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転生皇女の目的


『わぁ〜! ここが【キミ薔薇】の舞台だった薔薇の宮なのね! こうして聖地巡礼できるなんて夢みたい!!』

『まぁまぁ、またスズ様の夢のお話ですか? 遠路はるばる来てようございましたなぁ。ばぁやも嬉しゅうございます』


 スズ達を滞在用の部屋へ先導する間に、後ろから聞こえてくるスズと乳母の会話を、アナベルは必死で聞こえないふりをしていた。


 エントランスでは一言も話さなかったスズは、出迎えの人々と別れ、用意された部屋への移動を始めた途端に、興奮気味に乳母に向かって話し始めた。


『はぁ〜……ルイス様カッコよかったぁぁ! ばぁやもそう思ったでしょ!? あんな天使みたいなお姿なのに、実は腹黒とかギャップが最高よね!!』

『ヒロインのキャロルも可愛かったなぁ〜! 見事にルイス様ルートのハピエンに辿り着いたのね! その調子でこの先の続編も頑張って欲しいわ〜!』


(何故スズ様がキャロル語を……!?)


 アナベルは思わず振り向きそうになるのを必死で堪えて歩き続ける。


『スズ様、あまり大きな声を出されますと周りに聞こえてしまいますぞ?』

『あら、大丈夫よばぁや。ジェパニ語はマイナーだから聞き取れる人なんてそうそういないわよ。ほら、アナベルだって知らん顔して歩いてるじゃない』


 アナベルは僅かに躊躇ったものの、自分の名前が出たので足を止めて振り返った。


(ターニャの真似……。ターニャの真似……)


『ワタシ、名前、呼ぶ?』


 首を傾げ、名前を呼ばれたと勘違いした風を装うと、スズは慌てて首を横に振った。


『あ、違うのよ! 何でもないの! ほら、アナベルはジェパニ語の勉強してて偉いなーって話してたのよ!』


 全くもってそんな話ではなかったが、それを指摘する訳にも行かないので、聞き取れなくて困っている風にする。


『ゴメンなさい? 少し、ゆっくり、話す。お願い?』

「畏れながら、アナベル様が私達の為にジェパニ語の勉強をしてくださっている事に、姫様は感心しておられます」


 スズのすぐ後ろから、一人の侍女が進み出て、アナベル達の母国語でもある大陸公用語で通訳をした。


「公用語がお分かりになるのですね。通訳していただき助かります」

「私はイヨと申します。私の公用語も覚束無いものではありますが、何かお困りの事があればいつでも仰ってください」


 イヨはそう言って、ゆっくりと頭を下げた。

 ジェパニ人は大多数が黒目黒髪だと聞くが、イヨは焦げ茶の髪に青みがかった茶色の瞳だった。おそらく大陸の血が混じっているのだろう。

 公用語が使える人物がジェパニ側の侍女にいた事にホッとする。

 イヨを通せば、言葉が分からないフリの為に発生する、無意味かつ無駄なやり取りは大幅に減るはずだ。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


(殿下の指示通り、私がジェパニ語を分からない事はもう充分に印象付け出来たはず。この後は、ボロを出さないように注意しながら、イヨと連携をとってスムーズに仕事を進める事が出来る……!)


 こういう、いかに効率良く仕事するかを常に考えてしまうところが、真面目すぎると人に言われる所以だとは自覚しつつも、染みついた習慣はそうそう変えられないとアナベルは諦めの境地に至る。


 滞在の為に用意した部屋へ着くと、さっそく室内のあちらこちらを興味津々で見て回り、乳母に報告をするスズ。

 常に喋っているスズを見ると、選考会当初のキャロルを思い出して懐かしくなった。

 今後の予定を伝えるために、通訳をお願いしようとイヨを探すと、スズの為にお茶を用意している所だった。


「午後七の刻より陛下への謁見と、その後、歓迎の晩餐会がひらかれます。時間になりましたら呼びに参りますのでお着替え等のご準備をお願い致します。そのように皇女殿下にお伝えいただけますでしょうか?」

「畏まりました」

「それと、荷解きなどで人員が必要でしたら、応援を手配致しますが……」


 アナベルがそう言うと、イヨは申し訳無さそうに肩を竦めた。


「私は通訳の為に臨時で雇われているので、姫様の身の回りのお世話に関しては詳しくないのです。今、聞いてみますので少しお待ちください」


 そう言って、荷解きに取り掛かっている侍女の元へ聞きに行ってくれた。

 応援は必要ないとの事だったので、アナベルは一旦スズの部屋を辞して、ルイスの元へ報告に向かった。



「……皇女がキャロル語をねぇ……」

 口元に手をやり、何かを考え込むルイスと、口をパクパクさせて頭を抱えるキャロル。


「【キミ薔薇】って! 皇女は絶対転生者! しかも続編て何!? 続編があるの!? 私知らないんだけど!?」


 ちなみに【キミ薔薇】というのは【キミと薔薇の宮殿で〜姫君に贈る七色のドレス〜】の略称で、キャロルが夢の中で見たという、この世界に酷似している物語の題名らしい。

 題名が随分長いのは、キャロル曰く《乙ゲー》の題名はそういう《コテコテ》が《テンプレ》なのだそうだ。


「皇女は僕達の知らない情報を持ってるという事だね? ……キャロル、ちょっと聞き出してきてくれるかな?」


 甘い中にも黒さの滲み出るルイスの笑顔に、キャロルは大きく頷いた。

 ちなみに、キャロルの夢の中の物語の話は、既にルイスに自供済みとのこと。


「モチロンよ! だって続編がどんな内容なのかものすごぉく気になるもの!」

「話をする時は人払いをした方がいいな。こちらはキャロルとアナベル。あちらは皇女と……その乳母がいいか。話を聞くに、皇女が一番信頼していて、裏切る確率の低い人物だろう。人払いする理由については、僕の事で内密に恋愛相談がしたい……とでも言えば大丈夫かな? 皇女は僕に興味があるようだから、のってくれると思うんだ」

「分かったわ! スズが何を思ってこの国に来たのか、バッチリ確かめてくる!」


 日々のお手入れの成果でますます輝きを増すストロベリーブロンドを大きく揺らして、キャロル様はヤル気充分に頷いた。


「アナベルは引き続きジェパニ語が分からない設定のままで。例の事・・・もあるから……。キャロルを頼むね?」

「畏まりました」


 例の事・・・……それは、ジェパニ語が分からないフリをしろという指示を受けた時にルイスから聞いた話──。


『ジェパニでは高貴な女性は滅多に外出しない慣習らしい。国内ならまだしも、国外なんて有り得ない事だそうだ。それなのに今回親善大使の一行に皇女が混じっている……。何か目的があるのか、それは来てみないと分からない。だからアナベルには、皇女周辺を探って欲しいんだ。言葉が分からないとなれば、相手の気も緩むからね』


 何か不穏な言動を見たり聞いたり、違和感を覚えたら即報告する事。そのように指示を受けたが……。


(私はただの女官なはずなのに、どうしてこんな密偵紛いの仕事をする事になったのか……)


 王妃様の元へ帰りたい……。そう真剣に願ってしまうのだった。


 ****


 突然の面会の申し出も快く承諾してくれたスズと、何とか予定通りに人払いをした上で対面を果たした現在。


『キャロル様は【キミ薔薇】って分かりますか!?』


 どうやって話を切り出そうか迷っていたキャロルに、スズは目を爛々と輝かせてソファーから身を乗り出して言った。


『わ、分かるわ。あなたも転生者……なのね?』

『はい! 私は中学三年生の時に病気で死んで、前世の記憶が戻ったのは親善大使派遣の話が出た時なので、わりと最近です!』


 スズはそう言って、人懐っこい笑顔を見せた。


『私は高校二年生だった……。どうして死んじゃったかは覚えてないけど……。記憶が戻ったのはルイス様の王子妃選考会の知らせを聞いた時よ』


 キャロルがそう言うと、スズのテンションは更に上がって、その場でぴょんぴょん飛び跳ね始めた。


『じゃあキャロル先輩って呼びますね! スゴい! ダメ元で聞いてみたけど、私の他にも仲間がいた! しかもヒロイン! これで続編がスムーズに進むこと間違いなし!』

『その続編っていうの、私知らないんだけど……』

『ええ!? マジですか!? それだと動き方分からなくて苦労しますよね! ネタバレになっちゃいますけど教えますね!?』


 グイグイ乗り出すスズに対して、やや引き気味のキャロル。


(勢いがウリの、あのキャロル様が圧されている……!)


 そんな珍しい光景を、アナベルは部屋の片隅から眺める。

 もちろん顔は無表情を維持。なにせアナベルは今繰り広げられているジェパニ語の会話は、聞き取れない事になっているのだから……。


 スズが身振り手振りを交えて興奮気味に語った内容を要約するとこうだ。


【キミ薔薇】の続編は、新たにジェパニのイケメンが攻略対象になる。

 続編でのメインヒーローとなるのは、スズの兄のナギ皇子。その他親善大使一行の中のイケメン達との恋を楽しむという。

 続編から新規でプレイする場合は、ジェパニ語の通訳としてイケメン達と関わる事になるが、前作の『王子妃選考会編』のデータを引き継いでプレイする場合、なんと、前作で攻略した対象者の婚約者としての立場でプレイする事になる。


『ちょ、婚約者がいる身で、他のイケメン攻略してどーするのよ!?』

『きっと制作側が『婚約破棄』って流行り要素加えたかったんでしょうね〜。前作データからのプレイだと、ジェパニの攻略対象者を落とすのに加えて、婚約破棄も達成する必要があるので、難易度がグンと上がるってネットで話題になってました!』

『そんな流行り要素いらないんだけど!? だいたい婚約破棄ってそんなのどーやって……!』


 徐々にヒートアップしてくるキャロルに、スズは得意気に笑って己を指差した。


『それはですね、この私、ジェパニ編においての悪役令嬢である皇女スズを上手く使うんです!』


(……ジェパニ語は分かるけれど、話についていけない……)


 選考会ぶりに感じるこの置いてけぼり感に、懐かしくなるやら疲れるやら……。

 分からないながらもスズの話を聞いていくと、攻略の邪魔をしてくるスズを、選択肢でうまく誘導して自分の婚約者とくっつける事が出来ると、婚約破棄イベントが発生するのだそうだ。


 その時、ジェパニの攻略対象者の攻略が上手くいっていれば、親密度の高いイケメンが助けに来てくれて、二人は結ばれハッピーエンド。

 攻略が失敗していると、婚約破棄だけされて泣き寝入りのバッドエンド。

 攻略に成功していても、スズの誘導に失敗して婚約破棄が上手くいかないと、不貞疑惑をかけられバッドエンド。


『何よそれ! 誰得なのよ!? ってか、あのルイス様を誘導するとか絶対無理無理の無理!! バレた時を考えたら怖すぎるっっ!!』


 思わず深く頷きそうになって、アナベルは慌てて直立不動を維持した。


(今の私はターニャなのよ。ジェパニ語の勉強を始めたばかりなのよ……)


『えっ! 困りますよぉ〜! 私ルイス様推しなので、先輩にはナギお兄様とくっついてもらわないと! ルイス様は私が幸せにしますから!』

『ダ、ダメよ! 私がルイス様と結婚するんだから! 続編なんてプレイしないから!』

『ちょ、ヒロインなんだからちゃんと仕事してくださいよ〜!』


 議論が白熱してきて、後ろで見守っていたスズの乳母もオロオロしだした。聞きたいことは聞き出せたし、ここが潮時だと、アナベルはキャロルの側に行って声をかけた。


『スズ様、キャロル様、ケンカ、ダメ』

『そうですよスズ様。滞在中はくれぐれも問題を起こさないようにと、ナギ様から言われておりますのに……!』


 アナベルと乳母の仲裁に、二人はようやく落ち着いて紅茶で喉を潤した。


『とにかく、私はルイス様が好きなの! このまま彼と結婚する! あなたのお兄様の攻略なんてしないからね!』

『そっちがその気なら私は私で動きます! 何がなんでも婚約破棄させて私がルイス様と結婚するんだから!』


 またもや喧嘩が始まりそうなので、アナベルは挨拶もそこそこに、キャロルの手を引いて部屋を後にした。

 王宮のキャロルの控え室に戻ってくると、帰って来る間ずっと押し黙って何かを考えている様子だったキャロルがぽつりと呟いた。


「ベル……どうしよう……? シナリオの強制力が働いて、ルイスがスズを好きになっちゃったら……!」

 見る間に空色の瞳に盛り上がる涙に、アナベルは慌ててハンカチを差し出した。

「それに、ただでさえ田舎の男爵令嬢が王子妃なんて分不相応だって言われてるのに、皇女のスズと結婚したほうが国の為だって言い出す人が絶対現れるよ……」


 そう言って不安そうにハンカチを握りしめるキャロルの様子に胸が痛んだ。

 普段はおくびにも出さないが、キャロルが密かに身分差を気にしている事にアナベルは気付いていた。自分ではルイスに釣り合わないという後ろめたさから、王子妃教育に心血を注いでいる事も知っていた。

 そんなキャロルの不安を少しでも取り除こうと、アナベルは努めて明るい声で言った。


「きっと大丈夫ですよ。シナリオの強制力とやらがあるなら、私とランスロット様が婚約している事もないはずなのでは?」


 驚いたように瞬きをしたキャロルの目から涙が零れる。


「確かに……お助けキャラと攻略対象者がくっつくとか、普通はありえない……。そもそもアナベルは充分ヒロインだし……」


 アナベルはキャロルの背中にそっと手を添えた。


「ルイス殿下を信じましょう。いくらスズ様が頑張っても、他の貴族達が何を言っても、あの殿下が自分の意に反する行動を取るはずがありません」


 キャロルはハンカチを目に押し当てて、何度も頷いた。


「そう……だよね。あの腹黒ルイスに策略で勝てる人はいない!」


 元気を取り戻したキャロルだが、泣いた事で目元が少し赤くなってしまった。

 ルイスの婚約者として晩餐会に出席するための支度もこのあと始まってしまう為、キャロルはその場に残り、アナベルがルイスに報告に行く事になった。


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