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プロローグ

ジェパニ編スタートです!初日三話投稿、以降毎日一話ずつの予定です。

体調次第で更新滞る可能性があります、ご了承ください…!(活報に詳細あり)

誤字脱字もご容赦ください…!報告歓迎です!

 


 第二王子妃選考会から半年が経ち、ルイスとキャロルの結婚式を来春に控えた、とある冬の日。


 折しも王太子妃の懐妊が公表された事もあり、厳しい寒さの中でもお祝いムードが漂う王宮。

 例年より明るい心持ちで春を待つ者が多い中、もたらされた言葉に困惑する女官がひとりいた――。



「ジェパニの皇女殿下の専属女官……ですか?」


 表情筋を総動員するも、驚きと困惑を隠しきれず、アナベル・ガードナーは美しいアメジストをせわしなく瞬かせた。


「そうなんだ。今度ジェパニから親善大使が来る事になってね。その一員である皇女の滞在中のお世話を、ジェパニ語が堪能な貴女に是非お願いしたい。もちろん王妃陛下ははうえの許可もいただいているよ」


 甘いマスクに蕩ける蜂蜜のような微笑みを浮かべて話す第二王子ルイスの横では、婚約者であるキャロル・ノースヒルが可愛らしく頬を膨らませ、盛大に不満を表している。


「ベルは私の専属なはずなのに! せっかく王宮に来てもベルが傍に居てくれないなんて淋しすぎる!」


 王子妃選考会以来すっかり親しくなり、アナベルに絶大なる信頼を寄せてくれているキャロル。

 今は男爵家のタウンハウスから王宮に通って王子妃教育を受けているが、正式に結婚した後は王子妃として王宮に住むため、アナベルが専属女官として配属になる予定となっていた。


「キャロルには少し淋しい思いをさせるけど、最近ようやく外交が開かれたジェパニからの親善大使だから、こちらとしても最大級のもてなしをして友好を深めたいんだ」


 ルイスが慰めるように頭を撫でながら、キャロルの顔を覗き込むと、キャロルはたちまち顔を赤くして下を向いてしまう。


「わ、分かってるわよ! 私だってルイス様の婚約者として、ジェパニと友好関係を築くために頑張るつもりだし!」

「そう言ってくれて嬉しいよキャロル。ベルが忙しい分、僕がこうして側に居るから、ね?」


 下を向いているキャロルの顎に手を添えて上向かせ、至近距離で更に甘く微笑むルイス。


「鼻血出るから離れてぇぇ! 程々でいいからぁぁ!」

「兄上の所にも赤ちゃんが出来た事だし、僕達も早く結婚して赤ちゃんが欲しいよね?」

「またその話! まだ早いから! くっつかれても、赤ちゃん出来ないからぁぁ!」


 そんな二人の甘いじゃれ合いもすっかり見慣れてきたアナベルは、脱線した話が元に戻るまでの束の間、今頃陛下のお傍に控えているであろう自分の婚約者、ランスロット・アンバーに思いを馳せた。


 アナベルとランスロットもまた、順調に婚約期間を過ごしていた。


 お互い休暇を合わせてデートをしたり、仕事終わりに食事をしたり……。南の孤児院に二人で行く事も、もはや恒例になりつつある。

 一緒に過ごす時間に比例するかのように深くなっていくランスロットへの想いに、アナベルは少し戸惑っていた。


(恋に夢中になって仕事が手につかないという話をよく聞くけれど、近頃その気持ちが分かってしまうのよね……)


 ふとした時にランスロットの事を考えてしまい、慌てて自分を戒める。でもまた、婚約の証として貰ったブレスレットが視界に入ると心が彼の元に飛ぶ。幸いなのは、婚約しても相変わらず真面目だと周囲から言われている事。


(今の所仕事に支障はきたしていないけれど、結婚して一緒に住むようになったら、どうなってしまうのかしら……)


 そんなアナベルとランスロットは、キャロル達よりひと月早く結婚をする予定になっていた。

 アナベルとしては、キャロル達の結婚を見届けて、落ち着いてからが良いのではないかと思っていたのだが、いい笑みを浮かべるランスロットに説得された。


「キャロル嬢が結婚した後は、生活に慣れるまで専属女官としての仕事も大変になるし、それが落ち着くのを待っていたら大分先になってしまうだろ? ベルが先に結婚して落ち着いて、万全の体制でキャロル様をサポートしてあげた方が良いと思うんだが?」


 それもそうだと素直に頷くアナベルに、ランスロットは小さくガッツポーズをする。


 ――慣習に則った婚約期間ですらまだるっこしいのに、これ以上待ってられるか。


 そんな本心はおくびにも出さず、真面目なアナベルを上手く誘導することに成功したランスロットだった。




 かくして、ジェパニから親善大使一行が到着した。


 第三皇子ナギ殿下を代表として、アナベルがお世話を担当する事になる第五皇女のスズ殿下、その他の武官文官に侍従侍女などの総勢三十名程が、第二王子妃選考会を行ったあの『薔薇の宮』に滞在する事となった。


 ジェパニは海に浮かぶ島国で、長らくどこの国とも交流していなかった為に、独自の文化を形成していた。

 港から王宮へ粛々と進む一行の纏う独特な民族衣装は、行列を見物した市井の人々はもちろん、出迎えた王宮の人々の間でも話題になった。


「ベースは奈良時代の着物っぽいけど平安風も交ざってて、いかにも『流行りにのって乙ゲー世界に和風感出してみました』的なあざとさを感じるわ……」


 一行を出迎える為、エントランスに待機していたキャロルが、彼らの民族衣装を見てブツブツと不可解言語な独り言を呟いている。

 ジェパニからそのまま船に乗せてきたらしい、牛が引いた馬車のような乗り物の中から、一組の男女が随行人に傅かれて降り立った。


 男性は頭に頭巾ときんと呼ばれる黒い帽子を被り、煌びやかな刺繍の施された、深紫のゆったりとした貫頭衣のようなものを纏っている。

 濡れたように艶めく漆黒の髪。切れ長の黒い瞳のすぐ下、右の頬に涙の跡ように並ぶ二つのホクロが、絹のような白さの肌によく映えて艶を添えている。

 大陸の男達とはまた違った魅力のある流麗な印象のこの男性が、今回の親善大使であるナギ皇子のようだ。

 その横に立つ、やはり黒目黒髪のかなり小柄な女性。

 女性というよりは、少女と表現した方がしっくりくるような、あどけなさを残す愛らしい顔立ちだが、その額に描かれた花鈿かでんや、ふわりと領巾ひれをたなびかせた天女のような華やかな衣装が幻想的な雰囲気を醸し出している。

 衣装の上を流れる長く豊かな黒髪は、念入りに手入れがされている事を物語るように滑らかで美しく、その一部は頭頂部で結い上げられて豪華な簪で飾られている。

 まるで東洋の絵巻物の中から飛び出てきたかのようなこの少女が、今回アナベルがお世話を担当する皇女スズだろう。

 スズは外国人が珍しいのか、顔がほのかに透けて見える丸い扇の陰から、黒目がちのクリクリとした大きな瞳を輝かせて、ルイスを一心に見つめている。


 外交の責任者であるルイスがナギとジェパニ語で挨拶を交わす。一通りの話が終わると後ろを振り向き、キャロルとアナベルを呼んだ。

 一行の視線が注がれる中、アナベルはキャロルと共にルイスの側に立った。


『紹介します。僕の婚約者のキャロル・ノースヒルです。日常会話程度でしたらジェパニ語も話せますし、年頃も近いですから皇女殿下のお話し相手になれるかと』

『お目にかかれて光栄です。キャロル・ノースヒルと申します』


 キャロルはメキメキと上達しているカーテシーを披露して、可愛らしく微笑んでジェパニ語で挨拶した。


『それから、皇女殿下の身の回りのお世話をさせていただく者達の責任者である、アナベル・ガードナーです。彼女はジェパニ語の勉強を始めたばかり・・・・・・でして、大変恐縮ですが何か伝わらなくてお困りの場合は、キャロルか僕に仰っていただければと思います』


 蕩けるような甘い笑みで平然と嘘をつくルイスの周囲に、黒バラが咲き乱れる幻覚をアナベルは見た。


 ――アナベルはジェパニ語をあまり理解出来ないふりをすること。


 皇女の担当女官になるにあたって、アナベルがルイスから指示された事がこれだった。


「さぁ、アナベルもご挨拶を」


 笑顔のルイスに促されて、アナベルは極度の緊張に陥る。


(ジェパニ語の勉強を始めたばかりっぽい挨拶……)


 咄嗟に、孤児院で最近勉強を始めた十歳のターニャを思い出して真似してみた。


『ハジメマシテ。ワタシのナマエはアナベル。ヨロシクオネガイシマス?』


 ジェパニの一行から生温かい視線を貰い、顔が熱くなる。


(上手く出来たかしら……?)


 嘘は苦手なのに、こんな無茶な設定でこの先上手くやっていけるのかと、冬真っ只中にも関わらず、アナベルの背筋を冷や汗が伝う。


『勉強を始めたばかりとは思えない、とても上手な挨拶でしたね』


 ナギが優しげな笑顔を浮かべて褒めてくれたが、分からないふりをしなければならず、アナベルは視線でルイスに助け舟を求めた。


『お褒めの言葉ありがとうございます。滞在中、快適に過ごして頂けるよう努めますので、何なりとお申し付けください』


 ルイスが応対を引き受けてくれたので何とかなったが、分かっているのに分からないふりをしなければならないとは、なんと難しい事か……。


(キャロル様が言うところの無理ゲーってやつよね……)


 これからの日々を思って、シクシクと胃が痛むアナベルだった。


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