番外:衣装部は見た
ドレスって作るの大変だよなーと思い、その裏側を想像してみました。
第二王子妃選考会が始まり、多くの国民がその結果を心待ちにする中、尋常ではない緊張を強いられる面々がいた。
ーーーー王宮衣装部である。
関係者以外立ち入り禁止の張り紙がされた一室。
小さな机を囲み三人の女達が着席していた。
一人が重々しい様子で口を開く。
「只今より、第二王子妃選考会特別対応部隊会議を始めます。まずは現状報告を担当よりお願いします。」
「はい。殿下からドレスを贈るご令嬢と女官は各10名、計20名。そのうち女官分に関しては1名を除き選考会当初に色が確定していましたので、採寸データと共に外部メーカーに委託完了しており、納期も問題ないとの事です。
また、選考会10日経過時点で殿下が色をお決めになったご令嬢が5名出ましたので、そちらも複数の外部メーカーに委託。もちろんご令嬢の名前は非公開。
選考会最終日に間に合うよう優先的に仕立てるようにと、殿下直筆の依頼書も添付してあります。15日目の現在、まだ色が決まっていないのは残り6名です。」
「10日で半分脱落してるのね…。意外とバッサリ切るのねルイス殿下。色が決まらないことには縫製出来ないし、納期にゆとりが出来て衣装部としてはありがたいけど。」
「殿下が優柔不断な方だったら過労死一直線でしたね。何日寝れないと人は死ぬのか身をもって検証出来なくてちょっと残念ですねぇ。あはは。」
…笑えない。
残り5日でドレス10着作れとか言われた日には迷わず衣装部総辞職である。
殿下やご令嬢の気持ちを考えたら、是非とも選考会最終日までどのご令嬢を選ぶのか悩んでいただきたい所だが、決めたその日にドレスを用意するなど、魔法でもない限り無理無理の無理。
というか、誰だ。候補者にドレスを贈って舞踏会するとか決めたヤツは。衣装部に怨みでもあるのか。責任者出てこい。
ましてや王子妃内定者には激レア素材の天使のシルクを使う事になっている。王宮衣装部の威信にかけて、最短かつ最高のドレスを仕上げなければならないのだ。胃が痛い。
そういった非常に現実的な大人の事情で、最終日の5日前までには5人に絞っていただき、遅くとも3日前には全員の色を決めて欲しいと、内務省経由で殿下に懇願してある。
はたして3日で何とかなるのか…なんて弱気になってはいけない。
衣装部総動員で徹夜で仕立てれば何とかなるハズだ多分きっと。
その場の三人が、これから始まるデスマーチを想像して遠い目になっていると、立ち入り禁止の扉がノックされた。
内務省の選考会担当官が、新たにドレスの色が決まった令嬢のリストを持ってきたのだ。
官僚が退出し、また三人だけになった室内でリストを開く。
「アナベル様が緑ぃぃぃ?!」
思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を覆う。
世間で注目度ナンバーワンの選考会。その結果である候補者のドレスの色は最重要国家機密といっても過言ではない。だからこそ、我ら衣装部役職者のみの極秘作戦会議なのだ。
それは重々承知しているが、アナベル様は女官の中で唯一、色が決まっていなかった実質王子妃候補の一角だっただけに、白いドレスではなかった衝撃は大きかった。
「アナベル様が大本命だと思っていたのに…!というかアナベル様以上に相応しい人いなくない?!」
「アナベル様、候補者じゃないのに下馬評でもぶっちぎりの1番人気でしたもんね…。」
王宮内では密やかに、選考会の結果に関しての賭けが行われており、王宮中の人間がひと口噛んでいると言ってもいいくらいの盛り上がりを見せている。
アナベル様ぶっちぎりの下馬評を見て第1騎士団の筋肉達が悲喜こもごも大変暑苦しかったのは記憶に新しい…。
「ねえ、このアナベル様のドレスの指定色…よく見たら注記が付いてる…。『ランスロット・アンバー卿の瞳のような緑』って…。」
「うわぁ…殿下の表現露骨すぎ!!これ超ド級の極秘情報じゃないですか!アナベル様とランスロット様が…!!ヤバいです!誰かに言いたくて一週間くらい顔がニヤニヤするの止められなさそうです!」
「激しく同感です。ですが、耐えないと…!最終日の発表までこの秘密は何としても守り抜くのです!」
「この事が漏れたら解雇間違いなしですもんね…。殿下に試されている…ガクブル。」
その殿下のご衣装は既に完成して厳重に管理されている。衣装部渾身の自信作である。
「アナベル様と他4名、色が決まりましたね。あー、やっぱマリア様は真紅ですね〜。予想通り。」
「アナベル様のドレスは我が衣装部で手掛けましょう。王子妃に優るとも劣らない最高傑作を!あとは、ご身分的にマリア様の物もこちらで仕立てるべきですね。二班に分けて早速明日から。」
残り3名のご令嬢のドレスは、女官用の物を仕立て終わりそうな外部のメーカーに追加で依頼をかけることになった。
製作期間が短いため、代金奮発して依頼していいと予算管理室からも承認されている。王都のドレスメーカーにしたら選考会特需でウハウハである。
「となると…残るは、キャロル・ノースヒル様のドレスの色のみですね…。白になるのか、ならないのか…。」
最終的に、キャロル様も別の色が指定された場合、殿下は誰も選ばなかった事になる。選考会的には大変よろしくない結末だ。ドレスの作り損だ。そうなったら人目を憚らず泣いてやる。
「キャロル様ってどんな方なのかしら?男爵家のご令嬢でしょ?」
「私も詳しくは知らないですけど、専属女官としてアナベル様が甲斐甲斐しくお世話してらっしゃるみたいだから、白を賜ることも充分あり得ると思いますよぉ。」
「まぁ、そうなのね…。採寸データでは確か、キャロル様は愛らしい系だったかしら。本人を見てデザインのイメージを膨らませたいから、こっそりお姿を見に行こうかしら。」
「良いですね!明日早速行って、ついでにランスロット様の瞳の色もじっくり見てアナベル様のドレスの生地を選びましょう!」
ーーーーその後、最終日4日前にめでたくキャロル様に白いドレスを仕立てるよう依頼が来た。
「ついに我らが王宮衣装部の底力を見せる時が来ましたわっ!」
今か今かと待っていた王宮衣装部は全勢力を投入し、鬼気迫る勢いで昼夜を惜しまずドレスを仕立てた。
「「「徹夜上等ぉぉ!」」」
「「「睡眠なんて欲しがりません勝つまではー!!!」」」
その様子は、とある騎士団の腕相撲大会よりも熱い…いや、暑苦しい熱気に満ちていたと、衣装部を覗き見た王妃陛下が後に語ったという…。
最終日にドレスを着て舞踏会と決めたのは作者です。衣装部さんごめんなさい(土下座