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ホールの中央で幸せそうに踊るキャロル様を見て、私はそっと安堵の溜息を零した。
今日の舞踏会は、慰労会の意味も兼ねて担当女官や護衛騎士らも招待客として参加を許されていた。
だからマリア様が言いがかりをつけてきた時も、キャロル様の近くに控えて、いつでも助けに入れるように固唾を飲んで見守っていた。
けど、彼女はマリア様に臆すること無く(怯えている風な演技はしていたが)、身の潔白を証明してみせた。
話が全く通じない上に「マナー、何ソレ美味しいの?」なキャロル様の担当女官になって、どうなる事かと当初は案じていたが、何とか選考会を終えられて本当に良かった。
仲睦まじく踊る2人を目で追っていると、後ろから靴音がするのに気がついた。
「ベル。」
呼ばれて振り返ると、柔らかく微笑む新緑の瞳。
いつもの騎士服ではなく、式典用の正装を身にまとったランスロット様は脳内キャロル様が過呼吸で倒れる程に凛々しい。
きっと私の顔も赤くなっているに違いない。
そんなランスロット様が私に手を差し出す。
「どうか私と踊っていただけますか?」
「喜んで…。」
ちょうど殿下達のファーストダンスが終わり、多くの招待客が踊るためにホールへと広がっていく。
ランスロット様の大きな手に導かれ、私も夢見心地でホールへと足を進めた。
曲が始まり、ランスロット様の逞しいリードに身を委ねながら踊る。ただの社交の一環のダンスなのに、こうも密着している事が恥ずかしくて顔を上げられずにいると、耳元に声が降ってきた。
「ほら、キャロル嬢がこちらを見てる。」
言われて周囲を見渡すと、殿下と2曲目に突入しているキャロル様が、満面の笑みで親指を立てる仕草をしている。
『ランスロット様の正装美麗スチルゴチです!』
そんな声が聞こえてきた気がして、つい笑ってしまう。
うっかり表情を崩してしまったことに気がついて、慌てて仕事の顔に戻すと、大きな手が頬を撫でた。
「今日は招待客なんだから、素直に笑って楽しんでもいいんじゃないか。」
そう言われても咄嗟に笑えるわけもなく、頬に触れられた恥ずかしさで熱が顔に集まる。
「そのドレス、とても似合っている。」
「あ、ありがとうございます。」
今日の私は、ルイス殿下から贈られたドレスを着ている。
殿下は、候補者だけでなく、選考会に駆り出された女官にもドレスを用意してくださっていたのだ。
「本当は私が贈りたかったが、殿下もいい色を選んでくださった事だし、今回は仕方ないな。」
私のドレスの色は、新緑の色。
ランスロット様の瞳の色だった。
「こんなに素敵なドレス、私などがいただいてしまっていいのかと困惑しています…。」
「問題児を押し付けられた挙句、犯罪の濡れ衣まで着せられて怖い思いをしたんだ、慰謝料だと思って受け取ればいいさ。」
意地悪く言うランスロット様に、またも笑ってしまった。
問題児って…もしかしなくともキャロル様ですよね…。
最初は確かに大変だったけど喉元過ぎればなんとやら。彼女との出会いは私にとってかけがえのないものになった。
それに…
「あの、北の孤児院で…そばに居てくださってありがとうございました。濡れ衣を着せられて、ひどく動揺してしまって…。ランスロット様が居なかったら、多分殿下の命令も忘れて泣き出していたと思います。」
確かに怖い思いをしたけど、自分を信じてくれる人達に守ってもらえた。支えてくれる人がいた。
その事がとてもありがたく、嬉しかった。
「貴女をそばで支える事が出来て、泣かせずに済んで本当に良かった。」
柔らかく細められた新緑が優しく見つめてくれる。
北の孤児院で、凍えるような恐怖に冷えていくばかりだった手を温めてくれた大きな手が、今また私の手を握ってくれている。
嬉しい。
幸せ。
このままずっとお側にいられたらいいのに…。
選考会が終わってしまえば、またそれぞれの日常にもどり、遠くからお姿を拝見するだけになるだろう事がたまらなく寂しい。
今まで誰にも感じた事がないこの気持ちはきっと…。
「貴女に伝えたい事があるんだ。ここだと騒がしいから、外に出よう。」
曲の終わりに耳元で囁かれた言葉に胸が高鳴る。
声が出なくて、首を縦に振ることで了承を伝えると、そのままダンスフロアを抜けてバルコニーの方へエスコートされる。
「閣下、畏れながら…外はご令嬢にはいささか寒いのでは…。」
バルコニーへ続く扉の側で警備していた兵士、いつも孤児院への慰問の際に護衛としてついてきてくれる第1騎士団の人が私を気遣って声をかけてくれたようだ。するとランスロット様は自分の上着を脱いで私に着せてくれた。
「それほど長い時間は居ない。彼女に風邪をひかせたりはしないと約束するよ。」
そう言って出たバルコニーは確かにひんやりしていたけど、バクバク暴れる心臓を落ち着かせるには丁度いい空気だと思えた。
けれど、柱に灯されたランプの灯りと、空から柔らかく届く月明かりで、赤くなった私の顔はきっと隠すことが出来ていない。
「アナベル・ガードナー嬢」
向かい合ったランスロット様が姿勢をただし、新緑に緊張を漂わせ、その広い胸に手を当てる。
「貴女をお慕いしています。どうか私と結婚して下さい。」
飾りのない直球な言葉はその意味を考えるまでもなく…脳内キャロル様が倒れた。
ランスロット様が私を。結婚。うそ。夢?
発火しそうになる頬を両手で押さえて狼狽える。
嬉しい。胸が締め付けられる。
私もランスロット様をお慕いしている事は先程のダンスの時に自覚した。両思い。体が宙に浮くよう。
でも。ああ、でも。
混乱するさなかにも、眼裏に浮かぶのは王妃様。
そうだ。私の結婚は王妃様の良きようにと。
落ち着こう、地に足をつけて一旦落ち着こう。
王妃様にお伺いしない事には決められない!
というか王妃様助けて!
「お、お、王妃陛下に相談します…!」
顔を俯けたままに、それだけを何とか絞り出す。
すると、目の前に美しい封筒が差し出される。
驚いて思わず見上げると、口元に拳を当てて楽しそうに笑うランスロット様。なんてレアスチル。(脳内キャロル談)
「王妃陛下からのお手紙です。こんな事もあろうかと、先に陛下には求婚の許可を頂いてきたよ。」
求婚の許可!!
このバルコニーに来てから、今までの人生に全くと言っていいほど縁のなかった言葉が次々と押し寄せてくる。
震える手で手紙を開いてみる。
『私の可愛いアナベルへ
貴女の眼を、心を、信じます。貴女が想う人と結婚して幸せになる事を希います。その相手がランスロットだったらとっても素敵だけど、もし万が一気に入らないなら遠慮せず派手にフッていいからね?
良い報告待ってるわ。
貴女の第二の母より』
第二の母…。
私の幸せを願ってくれるもう一人のお母様。
瞬きと共に温かな涙が落ちるのを止められない。
想いを寄せた人からのプロポーズに、娘の幸せを願ってくれる母の手紙。
今日という日に一生分の幸せを使い果たしたようでこの先の人生が不安になるくらい。
涙で濡れた目元をそっと拭ってくれる温かな指先。手袋を外したその人の指は、騎士らしく硬くて逞しい。
この人の傍にいれば、今使い果たしたと思われる幸せもきっと、山奥の清水のようにこんこんと、枯れることなく湧き続けるのだろう。素直にそう思えた。
「…私もランスロット様をお慕いしています。こんな私で良ければ求婚をお受けします。」
勇気をだして顔を上げて、想いを告げる。
しっかり整えられた髪をぐしゃりと崩しながらとても嬉しそうに笑う彼の顔は、キャロル様にも誰にも見せてあげない私だけの……
とっておきの『神スチル』だ。
終わり
最後ベルたん頑張りました!殿下の好きになんてさせないんだからねっ!!