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「キャロル…そのドレスとても似合ってるよ。」


 ルイスは蕩けるように微笑むと、迷いなくキャロルの前に膝をつき、その手を取りキスを贈った。


 ルイスの衣装は、キャロルのドレスと同じく、天使のシルクで出来ており、胸元から覗くチーフはキャロルの瞳と同じ配色。

 ルイスの心が誰にあるかは一目瞭然。

 お互いしか目に入っていないかのように体を寄せ、熱く見つめ合う様子は、誰がどう見ても相思相愛の恋人達だった。異国の言葉で話し始めた2人はきっと、2人だけにしか分からない愛の言葉を囁き合っているのだろうと周囲は微笑ましく思った。


『王子妃内定者として威厳を見せつけてやればいいのに、どうしてそうしなかったの?』


『田舎の男爵令嬢がいきなり偉そうになんかしたら、貴族達から反感買うに決まってるでしょ?でも舐められるのは癪だから徐々にやっていくわ。それになんと言っても、乙ゲーの主人公は悪役令嬢に虐められて儚げに震えるのがテンプレだし?』


『なるほど。やっぱり君は最高だ。』

『……!!』


 実際は愛の言葉とはかけ離れた会話がなされていたが、たちまちキャロルの頬が赤く染まったので疑う者は誰もいない。


『このドレスを着てくれたって事は、私の妃になってくれるという事だよね?』

『う……えっと…』


「ルイス殿下!!」


 追いつめられたキャロルから、あと一歩で言質が取れそうだという時に邪魔する無粋な声。

 ルイスは苛立ちを抑えながらサファイアの瞳を冷たく細めて声の主を見据えた。


「マリア・ランドルフ、君には赤いドレスを贈った筈だが何故その色を着ている?」

「殿下!目を覚ましてください!貴方の妃になるのは、そんな男爵家ごときの下賎な田舎娘ではなく、この私ですわ!」


『うわぁ…話聞いてないし、地雷踏み抜いてるんですけど…。引くわぁ…。』


 怯えた様子で可愛らしくルイスに身を寄せる行動とは裏腹にキャロルの言動は全く怯えていない事実に、つい笑いそうになる。


「男爵家ごとき…ね…。あなたの言動は全ての男爵家を敵に回す最悪の暴言だと理解しているのかい?」


 マリアは怪訝そうに首を傾げる。たかが男爵家を敵に回したところで何の支障もないと思っているのが見てとれた。なんと浅はかな…。

 マリアを押さえている公爵を見ると、あまりのことに顔を青ざめさせていた。


「あなたはキャロルの事を下賎な田舎娘だと言うけど、その彼女は既に5カ国語が堪能だと知っている?あなたは確か、フラン語ですら辛うじて話せるかどうかのレベルだったね?」

『ちょっと話盛らないでよ!まだ4カ国語で精一杯だわ!』

『…キャロル、緊迫感が薄れるからちょっと黙ってて。』


「高貴な私達が他国に(おもね)る必要などありませんわ!相手が我々の国の言葉を覚えればいいのです!」


『アイタタタ〜…空前絶後のイタさ…。悪役令嬢ってハイスペックがデフォのハズなのに、なんでこんな残念仕様?』


 だからもう黙っててってば!


 ルイスはキャロルを抱き寄せたまま、周囲を取り囲む貴族達を見渡した。


「いい機会だから、なぜ私がキャロル・ノースヒルを選んだのか皆に伝えておこう。」


 ちらりと壇上に目を遣ると、父も母も頷いて許可をくれた。


「今現在、我が国の外交に力を尽くしてくださっているメイナード公もお年を召してこられた。今後は公に代わり私が外交を担って行く事になる。」


 たちまち貴族達からどよめきが起こる。(まつりごと)に携わる者達にとっては、ある程度予測し得た事だが、こうして公式に発表したのは今日が初めてだった。


「だから私は、妃となる者には語学力を付けて、私を支えて欲しいと望んでいた。すぐには無理でも、真摯に学んでいってくれる女性であればと思っていた。だから選考会には、語学の教師を多く手配し、その為の支度金も用意した。」


 そこまで聞いて、気まずそうに顔を伏せる候補者達。


 彼女達はその意図に気付くこと無く、茶会に勤しみ、宝飾品を買い漁り、果てはよく調べもせずに北の孤児院へ寄付をしたのだから。


「皆も既に知っての通り、その支度金が思わぬ犯罪を明るみにし、孤児たちを不幸の連鎖から救う一助となった事は結果として良かったとは思うが。数多いる候補者の中で、語学の教師を雇い真摯に取り組んだのはキャロルだけだった。」


 私はキャロルに微笑んだ。

 キャロルは恥ずかしいのか、紅潮した頬に手を当てて下を向いている。


「瞬く間に上達する語学のセンスもさる事ながら、冷静な考察力、素早い判断力、他者を思いやれる優しさ、何より一緒に居て楽しいと思えるこの心が、彼女を選んだ理由だ。」


 会場のあちこちから拍手が湧き起こった。



『うぅ…はずかしい…羞恥プレイだ…!』



 羞恥プレイ?


 初めて聞く言葉だ。

 さっそくアナベルに報告して、キャロル語録に記録させよう。

 そんな事を考える自分が可笑しい。

 私はキャロルにこちらを向かせ、熟れた頬に手を添えた。


「キャロル、私の妃になってくれるだろう?」


 キャロルは潤んだ瞳を彷徨わせ、やがてその空色にしっかり私を映して、はにかんだ。


「はい…。私で良いのなら…。」


 やっと聞けた答えに柄にもなく舞い上がって、そのまま吸い寄せられるように唇を重ねようとして…


「殿下!何語を習得すればよろしいのです?!私ならその女よりも多くの国の言葉を習得してみせますわ!」



 空気を読め…!!



 せっかくのチャンスを邪魔されて、しかもまだ説得を続けないといけないのかという苛立ちが限界に達した私は最後のカードを切った。


「くどい!これ以上不敬を重ねるというのか、マリア・ランドルフ。あなたには、他の候補者達に北の孤児院への寄付を強要した疑いもかかっている。…その白いドレスを赤く染めたいのか?」



 会場の空気が凍る。



 白いドレスを赤く染める…彼女の血で。

 つまり死を賜るという事ーーー


 誰もが、これが最後通牒だと理解し固唾を飲んだ。

 理解出来なかったマリアはまだ何かを言おうとしたが、公爵が慌てて口にハンカチを詰め込み、床に引き倒した。


「第二王子殿下!この度は当家の娘が多大なる御迷惑をお掛けし、誠に、誠に、申し訳ございません!当家と娘の今後につきましては、後日改めてご相談させていただきたく!」



 これくらいで良いだろうか。


 しばしの沈黙の後、娘を押し潰したような状態で頭を下げ続ける公爵とその夫人に手を差し伸べる。


「ランドルフ公爵家のこれまでの忠信に免じて謝罪を受け入れよう。めでたい祝いの席が断罪の場になるのは私も本意ではない。ご息女は沙汰があるまで謹慎を申し渡す。」

「あ、ありがとうございます!」


 そのままランドルフ公爵家の面々は退出していった。





 広間に再びざわめきが戻ったところで私は手を打ち鳴らした。


「さぁ、舞踏会を始めましょう!私の唯一が決まった事をぜひ皆様に祝っていただきたい!」


 音楽隊が演奏を再開すると、たちまち明るい雰囲気が戻ってくる。

 抱き寄せていたキャロルに向かい合って、リードするように手を取る。


「キャロル、ファーストダンスだよ。いこう!」

「ええ!」


 空色の瞳が楽しげに輝く。





 今日の主役の為に空けられたホールの中央で2人は踊り始める。


 シャンデリアの光を受けて動く度に美しく煌めく衣装が、初々しい恋人達を祝福しているように見えたーーーー



しゃしゃりました。

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