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第二王子妃選考会の最終日。
この1ヶ月の滞在を締めくくる舞踏会の為に開放された絢爛豪華な薔薇の宮の大広間は、候補者達の家族や関係者達で賑わっていた。
一体誰が選ばれたのか。
我が家の娘であればいい。
いやきっとそうに違いない。
誰もがそんな希望を胸に、始まりの刻を待っていた。
やがて、候補者であった令嬢達が殿下に贈られた様々な色のドレスに身を包み、護衛騎士のエスコートを受けて続々と入場してきた。
贈られた色に納得出来ない者、悲しみに暮れた者、諦めて次なる出会いを探そうとする者。その表情もまた様々だった。
自分の家の娘のドレスの色を見て落胆する家族達は、後から入ってきた令嬢のドレスを見て自ずと納得する。
マリア・ランドルフーーー
やはり彼女が白を賜ったのかと…。
マリアは白く輝くドレスで美しく着飾り、堂々と会場に入った。
ドレスにはこれでもかというほどのダイヤモンドや真珠があしらわれており、銀糸で施された精巧かつ優美な刺繍も、他の候補者達のドレスが霞むばかりの素晴らしい出来栄えだった。
誰しもが殿下からの贈り物だと信じて疑わない程の…。
殿下から贈られたドレスの色を見た時、何かの間違いだとマリアは思った。
真紅のドレスは、マリアに良く似合うとても素晴らしい物だったが、色が違っている。
私が着るのは白に決まっている。
白でなくてはならない。
護衛騎士に訴えたが取り合ってもらえず、やむなく侍女から殿下の侍従に届け先が違うと伝えさせたが、間違いではないという不可解な回答。
そんなはずはない。けれど何度申し出ても答えは変わらなかった。殿下に会おうにも、寄付金着服事件のせいで多忙を極めている為それも叶わない。
マリアは考えた。
何者かが私のドレスを横取りしたに違いないと。
しかし犯人を探すにしても、もう舞踏会まで日にちがない。
仕方がないから、贔屓の仕立て屋にすぐさま白いドレスを作らせた。とても間に合わないと泣きつく仕立て屋に、10倍の代金を払うと約束して無理矢理作らせる。
こんな時カチュアがいれば、金を積まずとも仕立て屋を上手く脅して処理してくれたはずなのに、なんと、寄付金を着服した咎で牢屋に拘束されてるという。
カチュアの家はそんなに貧しかったのだろうか?
そんな感想しか持たなかった。
この大事な時期に私の傍に居ないなんて、使えない女だと思った。
でももう選考会も終わり。カチュアの事は最早どうでもいい存在として記憶から消し去っていた。
「マリア、良くやった。」
靴音を高らかに鳴らし、父親と母親が満面の笑みで寄ってきた。
すると近くにいた貴族達も次々に祝ってくる。
「やはり選ばれたのはランドルフ様のお嬢様でしたか!いやはや、このような選考会が必要だったのかと思うくらいに至極順当な結果でしたなぁ!」
誰かがそう言って、全くだ、という笑いが起きる。
和やかな笑いはしかし、突如途切れ、嵐のようなざわめきに変わる。
誰もが一様に広間の入口を凝視しているのに気づき、目をやる。
そこに、在らざるべき白が在ったーーーー
「白だ…。なぜ白が2人…?」
「あれはどこの家の令嬢だ?」
「あんな令嬢、見た事がないぞ。」
「いや待て、あの髪色は、ノースヒル男爵の…?」
「なんだと?男爵家の娘なのか?」
ざわめきは会場全体を侵し、楽隊による優雅なBGMも掻き消えるほどだった。
マリアは不快感に眉を顰める。
遠くから見ても、目映く煌めく極上の白。
あれは、私のモノのはずだ。
よりによってキャロルとかいう、あの身の程知らずの娘が私のドレスを盗んだというのか。
この私のモノを盗るなど、許される訳が無い。
すぐさま兵士に拘束されて連れて行かれるだろうと思ったが、どよめきが大きくなるばかりでその気配がない。
警備の兵士達は何をしているのか。
こんな時に動けないなんて、無能者の集まりなのか。
苛立ちを扇に隠し、マリアは諸悪の根源の元へ足を進めた。
貴族達がマリアに道をあける。
国王陛下の側近であるランスロット・アンバーにエスコートされ、のうのうとマリアの白を着ているキャロルの前に立ち、ひたと見据えた。
自分の今着ているドレスが途端に色あせてボロきれに見える程の、この世の物とは思えない輝きを放つ極上のドレス。
こんな田舎娘ではなく、私にこそ相応しい品だ。
怒りで頭に血が上る。
「兵士達、何をしているのです?!その女は私のドレスを盗んだ犯罪者です!すぐに捕らえなさい!」
一層熱を帯びる周囲のざわめきを余所に、兵士達は誰ひとり動かない。
「どうしました?早く捕らえなさい!アンバー卿、その女は重罪人です!」
「ミス・ノースヒルは貴女のドレスなど盗んではいません。よって兵士も動きません。」
ランスロットは冷ややかな声でそう答えた。
「では、こちらにいらっしゃる紳士の皆様、どうか私をお助けくださいませ!あの女を捕らえてルイス様に裁いて頂きましょう!」
周りにいた貴族達へ呼びかけるが誰も動く者は居なかった。
陛下の側近であるアンバー卿が否定しているからというのも理由の一つだが、それだけではない決め手があった。
柔らかい衣擦れの音と共にキャロルが一歩進み出て、優美なカーテシーを披露する。動きに合わせてドレスが美しく煌めく。
キャロルは可愛らしく小首を傾げた。
「マリア様ごきげんよう?
あの、何か誤解されてらっしゃるようですが、このドレスは殿下が私の為に誂えてくれた物に間違いありません。
だって私とマリア様では背丈が違いますから…。」
マリアより10cmほど背の高いキャロル。もし彼女がマリアに合わせて作られたドレスを盗んで着ているとしたら、明らかにドレスの丈が足りない筈なのだ。
加えて男性陣は男の性ゆえに別の点にも注目していた。
それはキャロルの豊満な胸元。
もしこのドレスをマリアが着たとしたら、相当な詰め物が必要になるだろうと…。
女性陣はドレスのデザインに注目していた。
キャロルに合わせた、可愛らしさを強調するそのデザインは、マリアの雰囲気とまるで正反対のもの。
シャンデリアの光を受けて一層美しく輝くドレスは、一寸の過不足もなく優美にキャロルを包み、その高貴かつ愛らしいデザインは彼女の魅力を最大限に引き出していた。
これが他の人の為のドレスである筈がないーーー
周りで観察していた貴族達はいち早くその事に気がついていたから、決して動かなかった。
「丈なんて、後から布を足せばどうとでも誤魔化せるじゃない!!」
苦し紛れに喚くマリアに、そんな事も知らないのかと、呆れたような視線が集まる。
王家にのみ献上される天使のシルクは、丈が足りないからといって気軽に足したりなど出来る代物ではないのだ。
「そのドレスは!殿下の妃になるのはこの私!!お前のような田舎娘の出る幕ではないわ!」
「マリア、いい加減にしなさい。」
怒りで我を忘れたマリアが、キャロルに掴みかかろうとした所で、父親のランドルフ公爵が辛うじて取り押さえる。
「離してお父様!!あの女からドレスを奪い返して!あのドレスは私のモノよ!!今まで私の思い通りにならなかった事など何一つないんだから!!」
目を血走らせる娘を見て、公爵は教育を間違えた事を知った。
キャロルは空色の瞳を潤ませて「怖い…。」と可愛らしく怯えている。
高らかな靴音を立てて、終わりが見えないかに思われたその修羅場を唯一終わらせる事が出来る存在が現れた。
「道を開けて。」
集まっていた貴族達が海のように割れ、膝を折っていく。
その間を悠然と歩いてきたのは、ルイス第二王子殿下その人だった。
次回、王子がまたしゃしゃる予感。
2020.09.25 マリアとキャロルの身長差を頭一つ分から10cmほどに修正しました。