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「ベル!!どうしよう!!!」



 殿下とのお茶会を終えたキャロル様が、庭の東屋から離れて待機していた私の元にすごい勢いで突進してきた。


 そのまま抱きついて来たのを何とか受け止めたものの、勢い余って後ろに倒れそうになった所をランスロット様が抱き支えてくださった。


『殿下が!妃になって欲しいって!し、白!白!白の!ドレスを贈ったって!冗談だよね?!夢オチだよね?!』


 倒れそうになった事も気づかない様子で私にしがみつき、動揺の為かジェパニ語で捲し立てるキャロル様。

 そうなってもおかしくない内容に私も驚く。



 選考会の終わりの舞踏会には候補者全員が、殿下から贈られたドレスで出席する事が決められていた。そして、白のドレスを贈られた令嬢こそが王子妃内定者であるとも事前に説明を受けていた。白のドレスを贈られる…それはキャロル様が選ばれたという事に他ならない。


『キャロル様、とにかくお部屋に戻りましょう。』


 お茶会の様子を見に来ていた他の候補者達が怪訝そうにこちらを見ていた。慌てふためくキャロル様を見て、殿下に手酷く振られたのだと思ったようで、いい気味だと言わんばかりに意地悪く笑っている令嬢もいる。


 ジェパニ語で良かった…。


 キャロル様が振られたのではなく、選ばれたのだと知れたら、あやうくこの場が阿鼻叫喚の地獄と化す所だった。


 同じく内容を聞き取っていたランスロット様と頷きあうと、そのままキャロル様を支えるようにして部屋に戻った。




 やっとの事で帰りついた部屋には、夢オチを否定するように殿下からの贈り物だという大きな化粧箱が届いていて、ついにへたりこむキャロル様。


「え、マジで?ガチで?いやいや無いでしょ?自分で言うのもなんだけど、どこに選ばれる要素あった?これもヒロイン補正なの?乙ゲーの強制力?殿下の好感度上がってる感一切なかったんですけど?!」


「キャロル様、おめでとうございます!」


 外では言えなかった祝福の言葉を伝えると、キャロル様は頬に手を当ててイヤイヤと可愛らしく首を振っている。

 その頬が赤く染まっているという事は、嫌がっているのではなく、照れているのだろうと分かる。


「そんなまさか!きっとその贈り物は他の人宛で…!」

「しっかりキャロル・ノースヒル様宛となっているが?」


 間髪入れずにランスロット様が事実を告げる。


「きっとその箱の中身はカエルとかミミズとか…!!」

「……。」


 そんな訳あるかい!と、事情を知らないメイドも含めて、部屋にいた人間全てが思った事だろう。

 まだ信じられないらしいキャロル様を何とか宥めすかして、箱を開けさせるのにそこからしばらく。



「じゃ、じゃあ行くよ?開けるよ?カエルとかマジで無理だから!出てきたらランスロット様が捕まえてよね?!」


 はいはい、と呆れ気味に返事するランスロット様を後目に、キャロル様は両手を怪しくワキワキと動かした後、意を決して手を伸ばし、「そぉい!!」という変な掛け声と共に箱の蓋を一気に取り去った。



 中に入っていたのは、カエルでもミミズでもなくーーー白く輝く美しいシルクのドレス。しかもその輝きは普通のものではなく…


「…っ!!これは、王家にのみ献上されるという天使のシルクです!」


 私は思わず驚きに声を上げてしまった。



 天使のシルクは、特別な蚕から取れるという、ダイヤモンドを織り込んだかのような目映い煌めきを放つ糸で織られている高級品。

 蚕の成育法も含めてその製法は全てが秘匿されており、王家の人間しか身につける事が出来ない至高の品物だ。

 式典などの折に、王妃様がお召しになるのを間近で何度も拝見しているので見間違えるはずがない。


 キャロル様が震える手でドレスを広げると、どんな宝石も霞むばかりの美しい煌めきが溢れて揺れる。



 殿下…ガチで落としにきましたね…。



 ついつい頭の中でキャロル語をつぶやき、ガッツポーズよろしく拳を握りしめる。

 見るとキャロル様にも殿下の本気度がようやく伝わったようで、空色の瞳を潤ませて幸せそうにドレスを抱きしめている。

 更に、殿下の瞳の色と同じサファイアのアクセサリーまでセットとあっては、流石のキャロル様ももう現実を見ざるを得なかった。


「ベル……。私でいいのかな?こんな、マナーも覚束無いしがない貧乏男爵家の娘でいいのかな…?」


 ドレスを抱きしめながら、不安を零すキャロル様の前に膝を折る。


「キャロル様大丈夫です。自信を持ってください。この1ヶ月お仕えして、貴女は充分に王子妃たる資質があると私は感じました。マナーなどこれからどうにでもなります。私も力になります。全ては貴女のお心次第です。」


 潤んだキャロル様の瞳をしっかり見つめて、私の気持ちを伝えると、とうとう泣き出してしまった。


「身分に関しても、王太子との継承争いの火種とならない家の方が都合が良いと殿下は仰っていたから、問題無い。というか問題のある令嬢はここには来れない。」


 ランスロット様の援護射撃にもコクコクと頷きを返し、キャロル様はひとしきり泣くと、晴れやかに笑った。


「私…頑張ってみるね!ベルが教えてくれた事を無駄にしたくない。もっと色んな事を頑張って、殿下を支えて、寄り添っていけるようになってみせる!」



 硬い蕾だった薔薇が匂い立つように美しく咲いた瞬間を見た気がしたーーー



 明日の舞踏会へ向けての準備工程を確認しながら、部屋付きのメイド達に請われて嬉しげにドレスを見せるキャロル様を見守る。


 覚悟を決めたキャロル様が、目映いドレスにも勝る輝きを得たように感じて、不覚にも目頭が熱くなる。


 たった1ヶ月傍に居ただけなのに、こんなにもキャロル様の幸せな姿が嬉しいのは、彼女の言う『乙ゲーの強制力』とやらなのだろうか?私が『お助けキャラ』だからなの?



 それでも今感じているこの幸せな気持ちは本物だわ…。



 ふと肩に暖かい温もりを感じて見ると、ランスロット様の大きな手が抱き寄せてくれていた。

 ハンカチを差し出してくれるその新緑の瞳は、良かったなと言うように優しげに細められている。



 良かった。本当に。きっとキャロル様なら大丈夫だ。



 涙の溢れる目許をハンカチで隠しながら、今後も出来る範囲で『お助けキャラ』をやっていこうと私は新たな決意をしたのだった。


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