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薔薇の宮の庭の匂い立つ薔薇に囲まれた東屋で、優雅なティータイムに興じる美少女と貴公子。
2人は親密な様子で語り合い、時折微笑みを交わし合う。
遠くから眺める分には、切り取って額縁に飾りたくなる程に絵になるその光景…その実態は……。
『やだ何これめっちゃウケるんですけど?!』
煌めくストロベリーブロンドに空色の瞳の美少女、キャロル・ノースヒルの可愛らしい唇からはジェパニ語かつ不可解言語という新言語が紡ぎ出されている。
白く艶やかな手は、今しがた読み終えたばかりの冊子から、次の冊子へと移っていた。
その冊子のタイトルは【天使と書いてベルたんと読むの会】会報綴第2巻
『これ読んでると、ベルってホント愛されてるんだなってよく分かるわ!』
『そうだね。私も毎月楽しみにしている愛読者なんだ。』
爽やかな風にプラチナブロンドを揺らす第二王子ルイスは、テーブルに頬杖をついたまま蕩けるような笑みを浮かべて、キャロルの楽しげな様子を見守っている。
『天使なベルたんと、どうにかして仲良くなろうと奮闘する騎士達のやり取りが微笑ましいわ〜。もうあれね、ベルはお助けキャラじゃなくて立派なヒロインよ!』
ひとりで頷きながら、くすくすと可愛らしく笑うキャロルの不可解言語は止まらない。でも楽しそうだからまぁいいかとルイスは聞き流す。
それよりも彼女は気づいているんだろうか?
このお茶会が始まってから2人は一切母国語を使っていない。どころか、比較的メジャーなフラン語、イトゥリ語はもちろん、かなりマニアックなジェパニ語やリア語も簡単な会話は難なくこなしている。
周囲に会話の内容を聞かれたくないからというのと、他国語であればキャロルの不可解言語も矯正されるのではという思惑があり、最初から意図的に他国語で話し掛けてみた。
すると彼女は少し周りを見渡して頷くと、ルイスの言語に合わせた言葉で返してくれた。
この二人だけのお茶会は、妃選考会の最後の交流の機会として設けられたものだ。
半刻程ではあるが、全ての候補と行う事になっている。
その為、次の順番の候補者や、一足先にお茶会を終えた者、他の候補との様子が気になって様子を見に来る者が入れ代わり立ち代わり周囲を遠巻きにうろついているのだ。会話が聞かれるほど近くはないが、万一を考えての措置に彼女は気づいてくれたようだ。
やはり彼女は察しがいい。
パズルのピースがまたひとつピタリとはまったような感覚がして嬉しくなる。
お茶会は、北の孤児院寄付金横領事件の顛末を説明する事から始めた。彼女の専属女官であるアナベルの無実を立証する為とはいえ、理由も明かさずにアナベルを強制的に連れ出した日の件も含めて。
彼女は他国語での説明をしっかりと聞き取り、また自らも事件に関する質問や再発防止策について意見を述べてきた。
ちなみに、事件の説明はカチュアに唆されて支度金から寄付を行った全ての候補者へも行った(大半が母国語で)が、「まぁなんて酷い…。」とか、「大変でございましたね。」とか、気の抜けて温くなったシャンパンみたいな反応しか返ってこなかった。
そしてどの候補者も事件の話は早々に終え、自分のアピールや私の事に関する質問を投げかけてきて、懸命に甘い時間を作る事に苦心していた。
それに比べてキャロルはというと、話の中で出てきた第1騎士団の護衛報告書に興味を示したので、資料として見せるのと一緒に例の会報も見せてやると、すごい食い付きを見せて、目の前の美貌の王子そっちのけで読み始め…途中不可解言語を挟みながら読み続け…今に至る…。
妃になりたいと立候補してきたはずなのに、ここまで放置されるなんて…。
他の候補者達とあまりに違いすぎて新鮮で、報告書を読みながらクルクル動く彼女の表情を面白おかしく眺めて、時折、報告書の解説をしながら過ごした。
彼女が3冊目に突入しようとした所で、やんわりと冊子を取り上げる。非難の目を向けてくる彼女には申し訳ないが、そろそろ終わりの時間なのだ。
『殿下、あとでお返ししますので続きを貸して頂けませんか?!』
二人の時間を惜しむ風もなく、そんな事を言ってくる彼女にふと意地悪をしたくなった。
『ごめんね、これは極秘の取扱になっていて、閲覧出来るのは王族に連なる者だけなんだ。』
耳許に顔を寄せて甘く囁く。
『君が私の妃になってくれるなら続きを見せてあげるよ?』
『?!!』
キャロルは椅子の背もたれに背中を打ち付ける勢いで距離を取ると、囁かれた耳許を慌てて手で隠し、たちまち熟れたリンゴのように顔を赤くさせる。
これで当分は私の事で頭がいっぱいになるだろうか?
『というかアレだね。既に閲覧してしまったという事は、もう妃になるしかないね?』
そうだ、これを理由に囲いこんでしまえばいいのか。
思わず黒い笑みが漏れると、キャロルは『ひぃっ!黒い!』と器用に他国語で怯えていた。
しまった、漏れすぎたかと、いつもの甘い笑顔に切り替えて、耳許を覆っていた彼女の手をそっと引き寄せる。
引いていたリンゴの赤みがまた戻った事に気を良くする。
他の候補者が見抜けなかった私の黒い内面をいち早く察知した彼女は、私に怯えて逃げ腰だけど、それでもこの私の外見は好きなのだと確信する。
私の本性を知ってしまい、逃げたいのかも知れないけど、自分から立候補してきたのだから諦めて捕まってもらおう。
だってここまでピースがかっちりはまる女性なんてそうそう居ない。
『君に白いドレスを贈った。私の妃になってくれるなら、明日の舞踏会に着てきて欲しい。』
『そ、それは、ガチで言ってるんですか?!』
『ガチは本当とかって意味だったかな?うん、本当に真剣に言ってるよ?』
『なんで私?!正気ですか?!』
『いたって正気で真面目な話だ。…君がいいんだ。』
引き寄せていた手の眩しいほど白い手首の内側にそっと口づけを贈ると、すごい勢いで慌てて引っ込められてしまった。
『べ、ベル…!ベルに相談します!!』
それを聞いた瞬間思わず吹き出して声を上げて子供のように笑ってしまった。
キャロルは驚いたように空色の瞳を丸くして、やがて顔を真っ赤にしてその瞳を潤ませたかと思うと、脱兎の如く去っていった。
腹黒王子が今まで見せた事のない、飾らない笑顔ーーー。
これで『好感度は爆上がり』って所かな?
キャロルの不可解言語を引用するとまた可笑しさに笑いが込み上げる。
なぜルイスが不可解言語を理解しているかと言うと、真面目がドレスを着て歩いているといっても過言ではないアナベルのお陰だ。
真面目な彼女は、選考会の当初からキャロルの不可解言語を何とか理解しようと地道に書き出し、訳や注釈を付けて、キャロルの素行報告書と共に提出してくれていた。
お陰で彼女の人となりはよく理解できたし、多くの言語を習得してきた自分にとって、未知なる言語ときたら学びたくなるのは必然で、思わず熟読してしまった。
おそらくアナベルもそうだったのだろう。
探究心の赴くままにキャロル語録は増え続け、もはや辞書でも刊行出来そうな域まで達しているという。
…当初、妃にするならアナベルをと考えていた。
母のお気に入りで、報告書や会報で彼女の清廉潔白な人となりも分かっていたから。
でも実際に会って話してみて、何というか、腹黒い私にはあまりに眩しい無垢な天使すぎた。
私の妃になる女性は、私の本性を理解してくれて、なおかつ一緒に悪巧み出来るくらいの黒さがある人がいい。
まぁ、こんな事言ってるけど、アナベルは私など眼中に無く、この機を逃すかとグイグイ攻めるランスロットに早いうちから囲いこまれていた訳だけどね。
キャロルは今まで会った令嬢の中で1番興味深くて、1番しっくり来る人。
そこに恋や愛はまだ無いけど、育んでいける自信はある。
彼女は明日、贈ったドレスを着てくれるだろうか?
アナベルに相談すると言っていたから、きっと上手く宥めて良いようにしてくれるハズだけど…。『ツンデレ』気質のあるキャロルだから一抹の不安もある。
念の為、後で確認しよう…。
視界の隅にちらちらと、次の順番の妃候補がそわそわ待機しているのが映る。
既にキャロルに決めたのに、他の候補者と無意味な時間を過ごさねばならない事実と、飲みすぎたお茶のせいで胸焼けがする。
でも平等に機会を設けておかないと、後でイチャモンをつけられかねないのだから仕方ない。
陰鬱な気持ちを溜め息と共に吐き出して、次の候補者をエスコートすべく席を立った。
主人公どこ行った(遠い目




