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それはある麗らかな昼下がり。
そんな外の空気とは裏腹に、むさ苦しい男ばかりで麗らかさの欠片も落ちていない第1騎士団の詰所の扉がなんの前触れもなくぶち開けられた。
すわ敵襲かと、思わずサーベルに手をやり警戒する俺達はしかし、扉をぶち開けた人物を目にして驚きのあまりフリーズした。
「ア、アンバー卿…?」
誰かが発した問いかけを無視し、アンバー卿は軍靴を高らかに鳴らし、あっという間に団長の前に立ち、手本のような美しい敬礼をする。
「近衛隊所属ランスロット・アンバーです。陛下の命により今から緊急で、ルイス殿下と共に犯罪者の検挙に向かいますが、仔細あって第1騎士団からも2名ほどご同行願いたい。速やかに人選を頼みます。」
ルイス殿下自らが動かれるという事はもしや、最近話題になっている北の孤児院の寄付金関係の捕物なのだろうか?
北の孤児院は俺達騎士団にとって縁浅からぬ場所でもあり、詰所全体に緊張が走る。
「承知しました。どのような団員が必要でしょうか?」
団長が普段の5倍はキビキビとした敬礼を返しながら聞くと、アンバー卿はひとつ頷いた。
「一人は役職者クラスの方が望ましいです。カチュア・グリーズの護衛に就いた事がある者で早駆けについて来られる者、胸糞展開になってもカッとなって飛び出さない忍耐力のある者。そして、万が一私がキレて手がつけられなくなった時に取り押さえて止められる腕力のある者をお願いします。」
「は?!あ…失礼!…ええっと、その条件だと…」
団長が戸惑うのも分かる。
忍耐力がある者と言いつつ、自分がキレる前提とか。
シレッと言い放ったが最後の条件おかしいだろ!!
断言していい。皆絶対そう思ってるハズだ!
俺は嫌な予感がしていた。
何を隠そう俺は自他ともに認める騎士団随一の筋肉バカ。
しかもこの前の『団内対抗!ドキッ☆男だらけのムキムキ腕相撲大会』でぶっちぎりの優勝を果たした腕力自慢なのだ。そんなイカつい見た目とは裏腹に花をこよなく愛する温厚な俺。
案の定団長がコチラを見ている…。
「あー…ケイン、出動だ。」
やっぱりぃぃぃ?!
「はっ!特命承りました!至急出立の準備をします。」
果たして俺ごときの筋肉で、陛下の右腕、怒れるアンバー卿を止められるかは謎だが、ここでグダグダして検挙対象を逃がしてしまったら取り返しがつかない。
おそらく、対象はさっき名前が挙がったあの北の女王サマなのだろう。
あと一人は団内きっての理性派の副団長に決まり、俺達は可及的速やかに出立した。
****
早駆けで辿り着いた先は北の孤児院ではなく、王都にあるいつもカチュア嬢が立ち寄る銀行。
北の街までの強行軍を覚悟していたから拍子抜けだった。
アンバー卿を先頭に、俺と副団長、その後ろに近衛2名を連れたルイス殿下が銀行の裏口から突入する。
カチュア嬢がグリーズ家の私兵を連れている可能性を考えると、もっと殿下の護衛が必要なんじゃないかと不安がよぎったが、一瞬で吹き飛んだ。物理的に。
案の定現れたグリーズ家の私兵と共に一瞬で…。
アンバー卿パねぇぇぇぇ!!
グリーズ家の私兵8人を、俺達が到達する前におひとり様で鎮圧。
俺の筋肉な口では言い表せない。とにかく凄かった。パねえ。それに尽きる。
えっ、これって既にキレて手がつけられなくなった状態?
俺はアンバー卿を止めた方がいいのか?
いや、無理じゃね?
壊れたブリキ人形のようにカクカクと首を動かして副団長を見遣ると、「骨は拾ってさしあげます。」と十字を切って祈られた。副団長の鬼!!!
「流石はランスだな。」
後ろから来たルイス殿下が声をかけると、いつの間にか私兵を拘束し終えたアンバー卿は敬礼を返した。
あ、大丈夫そう。良かったあと少しでチビるとこだった。
そうしてルイス殿下に続き、とある部屋に入室する。
そこには渦中の人物、カチュア・グリーズが居た。
俺達は指示通りに散らばり配置につき、万が一にも逃走などされないように睨みを利かせる。
そこからは、アンバー卿が条件に挙げた通りの胸糞展開が始まった。
カチュア・グリーズはよりにもよって俺達の天使ベルたんに罪を擦り付けようとしたのだ。
血気盛んで気の短い団員ならば、待機命令を破って目の前の悪女に怒鳴りつけるくらいしたかも知れない。
…いや、やっぱりしてないな。
だって、アンバー卿から漏れ出る殺気がパない。
あまりに濃い殺気に気圧されて自分の怒りなんか掻き消されるコレは。
女王様、その辺にして罪を認めないとマジで殺られるよ?
一応止めるの俺担当だけどさ、正直、キレたアンバー卿止められる自信ないよ?
こんなに殺気ダダ漏れなのに精悍なお顔は無表情のままとかもう怖すぎる。
いやホントに無理だから早く自供してくれぇぇ!
殿下に近付こうとした女王様をやむなく取り押さえている近衛も顔を引き攣らせて怯えている。心中お察ししますマジで!
その後、殿下に決定的な証拠を突きつけられた女王様は淑女とはかけ離れた呻き声をあげて頭を垂れた。
俺達、第1騎士団の書いた護衛報告書が証拠として認められ、女王様の悪行とベルたんの無実を証明できたのは胸がすく思いだった。仕事頑張ってて良かった!この事は後で会報の方で団員皆に回覧だ!また天使の渚亭で祝杯をあげるべき案件だ!
「妃候補の支度金なんかに手を出さなければ殿下に目をつけられてバレることも無かったのに!あの女のせいで!」
近衛に連行されるカチュアが憎々しげに呟く声は狭い室内に思いの外大きく響き、またアンバー卿の殺気を膨れ上がらせる。
だからぁ!地雷踏むなよ女王様ぁぁ!
「いや?支度金の事がなくても既に王妃陛下が手を回していたよ?遅かれ早かれアナタの罪は暴かれていた。」
ルイス殿下は可愛らしく首を傾げた。でもさ、ご尊顔が黒いんだよ!こええ!
「ランス、それ取っちゃって?」
殿下の指示でアンバー卿がおもむろにカチュア嬢の頭に手を伸ばし、髪をむしり取った。
おいいいい!むしり取った?!!
やべぇ!アンバー卿の沸点何度?!俺止められなかったけどこれは責任問題なのか?!ゴメン女王様!そんなあんたでも罪が確定するまでは守ってやらないとだったのに!
恐怖に戦慄して固まっていると、銀髪の塊を手にしたアンバー卿が振り返って俺達を見る。
次は俺達が殺られるのか…!ひいっ!
思わず防御姿勢に入ると、怒れる鬼神はため息をついた。
「よく見ろ、これが本来のカチュア・グリーズだ。」
そう言われてスプラッタ覚悟で女王様を見ると、ウィッグを返せと喚く元気な女王様。生きてた。
カツラを被る為にか、本来の髪をひっつめにしていて、なんとも珍妙だが生きている。その髪色は、ありふれた茶髪。
「ヅラだったのか…!」
俺達が見る女王様はいつも銀髪だったから、カツラだったという事実に驚いた。そうまで徹底してベルたんに罪を擦り付けようとしていたという事か。いくら温厚な俺でもさすがにブチ切れそうだ。
「数ヶ月前に君達が、同じ銀髪でもアナベルとは天地の差だと報告書に書いてくれたから、王妃陛下が異常事態に気づけた。君達のお手柄だ。感謝する。」
殿下からのお言葉に胸がいっぱいになる。俺達のベルたん愛が認められた!!絶対今夜は天使の渚亭で祝杯だ!
そんな感動に浸る俺の横で副団長は顎に手をやり何か呟いている。
「おかしいですね…。正規の報告書にはそんな事書いてないはずだが…。」
まーこの際何でもいいじゃないっすか副団長!
とにかく帰って直ぐに会報号外を書き上げねばならない!
俺達のベルたん愛がベルたんを救った感動と、アンバー卿を怒らせたらダメ、絶対!って事を同志達に伝えねばならないのだ!
ランスロット救済したくて書いたのにオカシイナ…?