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私がお世話する事になった、ノースヒル男爵令嬢キャロル様は解読不能な言語が堪能である。
「ねぇ、アナベルは転生者じゃないの?そうなら話が早いのに使えないわね!」
「あーあ、お助けキャラがランダム決定で難易度に関わってくるとか誰得設定なのよ。つーか、乙女ゲームのお助けキャラにバリエーションなんか必要なくない?」
「堅物アナベルだと賄賂戦法が使えないからタルいなぁ〜。カチュアだったらその辺上手くやって攻略対象とのイベントどんどん起こせるから楽なのに〜。」
「でもアナベルだとセットの騎士がランスロットだからそこはまぁ嬉しいかな!王子も良いけどランスロットも捨て難い!」
自分の名前やら所々の単語はこの国のものだが、話の流れが全く理解できない。
割り当てられた部屋に着いてから延々と一人で話しているキャロル様。最初のうちは何か返事をした方が良いのだろうかと色々考えたが、思った事が口に出てしまうご気性なのだと判断して黙殺する事にした。
そろそろお茶かお菓子で強制的に口を閉じてしまった方が良いだろうかと考えていると、ノックの音がした。
私が扉口で誰何する前になんとキャロル様が「どうぞー!」と大声で許可をしてしまいギョッとする。
「ミス・ノースヒル、入室許可は女官を通して相手が誰か確認してからするように願います。」
冷静に指摘をしながら入室して来たのは、キャロル様が散々口にしていたランスロット様だった。
流石は陛下の近衛、どんな事態にも動じず行動できている。私も見習わねば…。
「ヤバい!生ランスロット!!カッコよすぎる!ご飯3杯いけるー!!」
見目麗しいランスロット様に興奮した様子のキャロル様の雄叫びが室内に響き渡る。
隣の部屋まで聞こえそうな大声、しかも伯爵位にあるランスロット様の許可も得ずに名前を呼び捨てに…。
あまりの不敬に唖然として、部屋の隅に控えていたメイド達と同じくポカンと口が開きそうになったが、そこは堪えた。でも瞬きはだいぶ多くなってしまった気がする。
そんな中でもランスロット様は動じず、キャロル様に挨拶をなさる。
「滞在中の間、護衛を担当するランスロット・アンバーです。お見知り置きを。」
「クーデレランスロット萌える〜!壁ドンイベントは外せないよね!早いとこデレさせたい〜!!」
キャロル様の不可解な独り言は止まらない。
どうしたものかとランスロット様を見ると、彼もこちらを見ていた。
「……アナベル嬢、引き継ぎの件で少しいいか?」
「かしこまりました。キャロル様しばし席を外させていただきます。」
聞いちゃいないだろうが、一応許可を取ってからランスロット様と共に廊下に出た。廊下に出てさえ漏れ聞こえてくる室内の声にゲンナリする。角部屋で良かった…。
「……ミス・ノースヒルはずっとあんな調子なのか?」
「申し訳ございません閣下。不敬の数々、キャロル様に代わりお詫び申し上げます…。」
手を交差させ胸元に当て跪き、最大級の謝罪を表す。
「立ちなさい。彼女のした事で貴女が膝をつくことはない。」
大きな手が目の前に差し出された。どうやら立ち上がる為にエスコートしてくれるらしい。
節くれだった男らしい手に躊躇いながら自分の右手を乗せると、しっかり握られ力強く引っ張り上げられた。
スカートの裾を直したいのだが、何故か右手はランスロット様に握られたまま。なにやら緊張で汗をかいてきた気がするから早く離して欲しい…。
離して下さいというのも自意識過剰かと、握られた手を見つめてアピールしてみる。
「洗練された王妃陛下の元からいきなりアレが相手だと貴女も大変だな…。」
ランスロット様とは会話をする機会はほとんど無かったから、名前や所属を覚えていてくれた事にも驚いたし、慰めの言葉をくれたことにも驚いた。
それにしても紳士なランスロット様にアレ呼ばわりされるキャロル様すごい。
「ありがとうございます。キャロル様は思った事がすぐ口に出てしまうご気性のようでして…。ただ、殿下の前でもああなってしまったら大変な事になります。今後の対応を相談したいのですが、どなたに報告すれば宜しいのでしょうか?」
「ああ、私の方から殿下に伝えておく。こういった事は想定内だから心配しなくていいが、何かあったら逐一私に報告してくれ。」
想定内と言われて、張り詰めていた緊張が少し緩んだ。
キャロル様が不敬を働かないように言動や行動を自分一人で矯正しなければならないのかと暗澹たる気持ちでいたからだ。
上層部がある程度黙認してくれているのなら、何とかなるだろう。この1ヶ月の間さえ何とか大きな問題を起こさず無事に終われば良いのだ。とにかく私の役目は起こった事を監視役のランスロット様に報告をする事。
ところでそろそろ手を離して欲しいのですが…。
顔が赤くなっている気がして俯いたままでいると、
滅多に笑わないランスロット様が笑った気配がして思わず顔をあげてしまって後悔した。
キャロル様が騒ぐのも無理もないと納得してしまうほどに破壊力抜群の優しげな笑顔がそこにあった。
「しかし、表情を崩した貴女を見たのは今回が初めてだな。」
「お、お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。」
顔に出ないように気をつけてたつもりだったんだけど、どれだけ崩れてたのだろうか…!!
手を握られている恥ずかしさ以上の羞恥に、もはや顔がいつ発火してもおかしくないくらいに熱くなる。
「まぁ、崩れたといっても瞬きが多かった位だが。それから今は顔も赤いな。」
若木の様な優しい緑の瞳に覗き込まれて、逃れるように視線を彷徨わせると、ようやく握られていた手が離れた。
「ミス・ノースヒルは、いつも完璧な貴女ですら動揺するほど突飛な人物だと殿下には報告しておく。」
ランスロット様は笑いを滲ませながらそう言うと、殿下への報告の為に颯爽と歩いて行った。
クールで寡黙と評判のランスロット様にからかわれた?
熱を持った頬を掌で覆いながら、噂は当てにならないものだと、去っていく後ろ姿を呆然と見つめたのだった。