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「いつまでお嬢様をお待たせするつもりですか?!」


「も、申し訳ございません!あと少しで準備出来ますので…今しばらくお待ちください!」


 このやり取りをかれこれ3回は繰り返している。

 本当は私が怒鳴ってやりたいが、アナベルに似せて変装している手前、まじまじと顔を見られて変に印象に残っては不味いし、なにより品位を疑われるので侍女にやらせている。


 それにどんなに待たされるとしても、私の金は何としても今日回収しなければならないのだーーー




 着服した寄付金を殿下に没収される前にと、侍女と実家の護衛を引き連れて例の銀行へ来ていた。


 窓口で、口座の全額を現金で持ち帰る旨伝えると、責任者らしき男が慌てて出てきて別室に通された。

 個室で特別待遇された事はまあ良かったが、使い途を執拗に聞かれ、全額は勘弁して欲しいと泣きつかれた。


 この小規模な銀行から、平民なら軽く10年は遊んで暮らせるような額をいきなり引き出すというのだから確かに慌てるのも仕方ないかもしれない。

 しかしこちらも時間が無いし、平民の願いなど聞き入れてやる必要性も無い。


 私の金なのだから、いつどうしようと私の勝手だ。


 払えないというなら、社交界でこの銀行の悪評を流すと暗に脅したら、顔を青くして引き下がった。


 そして、大量の現金を準備するのに時間がかかると言われて待たされ続けて今に至る。


 部屋に設置された時計を確認すると、ここに着いてからもうすぐ一刻が経とうとしている。


 いくらなんでも遅すぎではないの?


 おざなりに出された質の悪い紅茶もすっかり冷めて飲む気にすらならない。実家に届けさせる事にして今すぐ帰りたいが、アナベル・ガードナーを名乗っている手前それも出来ない。

 イライラが限界に達した所で、扉が開いた。




 ……中に入ってきたのは、ルイス殿下だった。




「ご機嫌よう、偽アナベルさん?」




 なんで?!どうして…?!



 とっさに扇で顔を隠すが、手の震えが止まらない。殿下の後ろからは何人もの兵士が入ってきて四方を取り囲む。扉の外にいた実家の護衛は鎮圧されてしまったようで、助けは来ない。


 これだけ待たされたのは、この銀行が既に監視されていて、殿下へ連絡が行ったからなのかと気づき、苛立ちに唇を噛む。

 ここからは逃げられないと判断した私は立ち上がった。


「殿下!!私、カチュアですわ!助けてくださいませ!脅されてこんな所に来させられて…!私とても怖かった…!」


 ふらりとよろけた様子を装って、殿下に縋りつこうと近寄るが近衛のランスロット・アンバー卿に阻止されてしまう。それどころか、兵士に後ろ手に腕を拘束されて、冷たい床に膝をつかされてしまう。これではまるで私が犯人扱いだ。


「離しなさい無礼者!殿下!私はアナベルに脅されたのです!!言う通りにしないと孤児院の子供達に危害を加えると!」


 怯えている風に装って上目遣いに殿下に訴えると、鼻で嗤われた。いつも優しい雰囲気の殿下が、見たことも無い黒い笑みを浮かべている事に冷や汗が出る。

 がしかし、それも一瞬の事で、殿下はまたいつものふんわりと甘い笑みをこちらに向ける。


「この期に及んでまだアナベルに罪を擦り付けるのかい?あなたの面の皮の厚さを測ってみたいものだね。北の孤児院長も黒幕はあなただと供述しているよ?」


「殿下!信じてください!院長もきっとアナベルの共犯で私を陥れようとしているんですわ!」


 何としてもあの女に罪を擦り付けなければならない。震える手を握りしめて必死に訴えた。

 決定的な証拠は残していないし、アナベルが疑われるような細工はしっかりして来た。私はただ、脅されたと訴え続ければ良い。だって、アナベルが私を脅していない(・・・・・・)という証明は絶対に出来ないのだから。


 床に押さえ込まれて座らされている目の前に、何か重いものが落ちた音と共に、その重さゆえに起きた風圧でウィッグの毛先が揺れる。見ると紐で括られた分厚い束の書類で、題名を見て思わず舌打ちしそうになるのを堪える。


「そこにある銀行の取引記録と支払伝票に残されたサインの筆跡、それから王妃陛下名代での孤児院慰問の際の第1騎士団の護衛報告書からも、あなた自身が全ての取引をしている事は明白である。」


「お許しください殿下…。アナベルに脅されて、殿下のお妃候補からの寄付金をはじめ、王妃陛下の寄付金や国からの支援金の多くをアナベル・ガードナー名義の口座へ不正に入金し、言われるままに引き出してあの女に渡す役割をしておりました…。そうしなければ、孤児院の子供達を守れないと思い…断腸の思いで…うぅ…。」


 顔を俯かせて泣き真似をしながら、思い描いたシナリオを喋っていく。

 本当は私は一切関与していない方向であの女だけに罪を被せたかったが、現場を押さえられた上に、ここまで調べられていてはそれも難しい。

 私も多少の泥は被るだろうが、あの女を牢屋にぶち込めるならかまわない。

 それにこれであの女には、明らかに嘘を言っているのが私だと分かるのだから、私にハメられたとあの女が気づいて悔しがると思えば胸がすく。


 他の誰でもなく、あの女を地獄に落とすのはこの私、カチュア・グリーズだ。


「……あなたはあくまでも主犯はアナベルだと、そう主張するんだね?でもおかしな話だなぁ…。それならなぜあなたは変装までしてアナベルの振りをしているのかな?アナベルがあなたを手駒にしているなら、自分が罪に問われないように手駒の名前で口座を作らせ、手駒自身が取引をしているように思わせると思うが?万が一露見しても罪を被せられるように…。」

「そ、それは…。」


 俯いて上手く表情を隠しながら、唇を噛む。


 痛い所を突かれた。


 殿下の言った事を今まさに自分がやっているからだ。チラリと盗み見ると、目の前に立つ至高の存在は、さも不思議だと言わんばかりに可愛らしく小首を傾げている。


 何としても言い逃れてやる。真綿に包まれてぬくぬくと育ってきた無垢な王子のひとり手玉に取るなんてわけもない事だ。


「何故かはよく分かりませんが…口座を作ったアナベルとその後の取引をする私の姿が似ても似つかぬのでは不味いだろうから変装させられていたのではないかと。」

「という事は、口座を開設したのはアナベル本人だったって言うことかな?」

「はい…。」


 口座を作ったのは2年以上前だ。大した記録なんて残っていないだろうし、当時を覚えている行員が居るとも思えない。

 殿下は私の前に放り投げてあった、銀行の取引記録を手に取り、ページをめくった。


「え、でもホラ見て?口座開設時の記録もしっかり残ってるけど、口座名義人の人相…銀の髪にアイスブルー(・・・・・・)の瞳って書いてあるよ?コレはあなたの事だよね?それに、その日の護衛報告書にも、あなたがこの銀行に立ち寄ったと記されている。」

「ちなみに、その日のアナベルの護衛報告書では朝から夕方まで南の孤児院にいた為、とても銀行に寄っている時間はありませんね。」


 ランスロット卿も書類を片手に頷いている。


「きっと行員が見間違えたのですわ!護衛報告書だって、平民も混じっているような烏合の衆の書いた報告書です!そんなもの信じるに値しません!きっとあの女が私に罪を擦り付けようとして…!」


 苛立ちに任せてそう叫んだところで、殿下とアンバー卿の凍てつくような視線に晒されて思わず口をつぐむ。


「今の発言を取り消してもらおうか。我が国は社会にある程度の秩序を作り出すために身分制度を採用しているが、身分を理由に無条件に人を軽んじたり貶めるのは間違っている。銀行員の記録も、騎士団の報告書も充分に信ずるに値するものだ。」


 どいつもこいつも、あの女と同じような綺麗事ばかりで鳥肌が立つ。高い位にあるものがその権利を行使していったい何が悪いのか。そう怒鳴りたいが、その身分制度の頂点に君臨する王子に歯向かう訳にもいかず渋々頭を下げる。


「殿下、どうか信じてください…。私は本当にあの女に脅されて…。」

「カチュア・グリーズ…私達は全てを知っている。いい加減に大人しく罪を認めてはどうかな?」


 殿下の溜め息混じりの勧告にイヤイヤと可愛らしく首を振る。

 状況証拠は揃っているようだが、アナベルが私を脅していない証拠は出てこない。出てくるハズがない。

 このまま時間を稼いで、起死回生の策を練ろう。お父様だって可愛い娘を助けようと各所に賄賂を配り奔走してくれるはずだ。何としてもあの女を引きずり下ろしてやる。


 私が諦めないと感じ取ったのか、殿下は溜め息を落とした。


「では別の質問だ。あなたが今日ここに来たのはアナベルの指示?」

「はい。」

「どのような指示?方法は?」

「手紙で…。明日、殿下が北の孤児院へ査察に行くから、その前に現金を全て引き出してこいと…。」

「その手紙は?」

「読んですぐ燃やせと指示があったので燃やしてしまいました。」

「そう…。」


 硬質な床に、靴音が鳴る。

 じっと見つめていた床に仄暗い影が落ちたかと思うと、殿下がすぐ側に膝をついた。


「カチュア・グリーズ。いい事を教えてあげよう。」


 甘く囁くような声に思わず顔を上げると、蜂蜜のように優しくとろけるはずの瞳は、捕食者が仕留めた獲物をいたぶる様な無慈悲で冷徹な輝きを放っていた。


「私もね、陥れる側(・・・・)の人間なんだ。」


 耳元で囁かれた言葉に、鋭利な爪を持った獅子に喉元を押さえつけられたように息が出来なくなった。

 ハクハクと浅い息を繰り返す私を満足気に見た殿下は少し体を離すと、懐から封筒を差し出してきた。


 見覚えのある封筒、封蝋、宛先は北の孤児院長…。

 これはまさか…。


「明日北の孤児院へ査察へ行くという(デマ)は、あなたと、あなたが脅していた私付きの女官だけにワザと流した。それで焦ったあなたが書いた手紙がコレ。北の孤児院へは行かず、あなたの部屋から出てすぐに私の元へ届けられた。内容は覚えているだろう?」


 殿下が楽しげに嗤う。

 デマ?ワザと?

 では、盗み聞きしたと思っていたのも殿下の差し金?

 殿下の情報をリークさせていたのも知られていた?

 知っていながら泳がせていたという事…?

 あぁ、それよりもあの手紙には、よりによって1番書いてはいけない事を書いた…。


「狡猾なあなたにしては珍しく慌てて下手をうったね?」


 歯の根もあわず震えている私の前で殿下はゆっくり手紙を開き、読み始める。


「殿下からの尋問の際には、予てからの指示通りアナベル・ガードナーへ疑いが行くように誘導する事。一貫してアナベルに脅されていたと主張する事。万が一私の名前を出した場合、孤児の人身売買の件が白日の元に晒されるという事をゆめゆめ忘れるな。なお、この手紙は読んだらすぐに燃やせ。」


 息が出来ない。体が動かない。どうして。なんで私がこんな事に。


「証拠が見つからなければ作ればいいよね。」


 ハメられた。悔しい。あの女さえいなければ!

 泣き喚きたいのに喉の奥からは自分の意思に反して、かつて見世物小屋で見た手負いの獣のような醜い呻き声が漏れるばかり。





「チェックメイト」





 殿下の厳かな宣言で、私の世界が終わった事を知った。






殿下無双の物語…どうしてこうなった…

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