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「ねぇ、私聞いちゃったんだけど…。」
「え、なになに?」
「ここだけの話よ?絶対誰にも言っちゃダメよ?」
「分かったわよ〜!で、何?気になる!」
具合が悪いと嘘をついて、昼になる前に職務放棄をして自室へ帰っていた途中、何やら面白そうな密談が聞こえて、私は咄嗟に足を止めた。
今日は殿下との交流の予定も無いし、マリア様の相手をするのも気分が乗らなかったから侍女に押し付けてきたが、ちょうどいい所に出くわした。
リネン室のドアが少し開いていて、どうやらその中でメイド達が内緒のおしゃべりをしているようなのだ。
内緒の話は脅しの良いネタになる。
これでまた体良く使える手駒を増やせるかもしれないと、ほくそ笑んだ。
見渡せば、都合よく周囲には誰も居ない。私は足音を忍ばせて、もっとよく聞こえるドアの傍に近づいた。
扉の隙間から中を伺うと、メイドが二人。ひとりは知らない顔だったが、片方はちらりと見えた横顔に見覚えがあった。確か、メナード男爵の娘だったはず。
その男爵の娘が声をひそめて話し出す。
「あのね、ルイス殿下と侍従殿が話していたんだけどね…どうやら北の孤児院の評判が良くないらしくて、殿下自ら明後日調査に向かわれるって…。」
「北の孤児院ていうと最近王子妃候補の方が熱心に寄付してるっていう…?」
「そうそう!なんか、その寄付金を着服してるかもって話で……」
そこまで聞いて、私はその場を後にした。
いつか露見するとは思っていたが、こんなに早く、しかも殿下自身が動くとは計算外だ。
殿下の指示を受けた役人が査察するならまだやりようはあったが…。
私は急いで自室へ戻った。
部屋に着くなり急いで2通手紙を書く。
1通は実家へ。明日屋敷へ行くから馬車と護衛を寄越すよう依頼する。
もう1通は北の孤児院長へ。
殿下が寄付金の件で直々に抜打ち検査へ行く旨と、その際決して私の名前は出さずに、予てからの打ち合わせ通りアナベルへ疑いが行くように誘導しろと指示。もし私の名前を出せば、孤児の人身売買の件をバラすと脅し、この手紙は見たらすぐ燃やすように念を入れて書いてやった。
2通を速達で、必ず今日中に着くように配達業者に金を握らせるように侍女へ指示した。
そこまでやり終えて、ひと息つく。
寄付金は一度孤児院の口座に入金され、その後支払手形を使ってアナベルを装って作った口座に移している。もちろんこれは、アナベルに罪を擦り付ける為だが、口座のお金まで没収されてしまっては意味が無い。
あの金は私のモノだ…。
メイドの話を信じるなら殿下の調査は明後日。
という事は明日中に口座から現金で払い出して隠せばいい。仮にあの話が間違っていたとしても、どのみち早めに金は隠してしまおうと思っていたからいい機会だ。
夕方になって、脅迫している殿下付き女官からの定期報告書が届いた。
メイド達の話を裏付けるかのように、殿下の北の孤児院査察の予定が書かれていた。
別の人物から同じ情報という事は、この話はまず真実だろう…。
それにしても早めに手が打てて良かった。この使えない女官の報告書を見てからでは対応が難しかったかもしれない。
内緒話をしてくれたメナード男爵の娘には感謝をせねば。
いよいよアナベルを陥れる事が出来るかと思うと嬉しくてゾクゾクする。
査察に訪れた殿下を前に、動揺した風でアナベルと連絡を取ろうとする院長。調べてみれば寄付金は孤児院の口座からアナベル名義の口座へ移されている。
そして口座の中は既に空っぽ…。
どう見てもアナベルが着服したようにしか見えない。あの女はすぐさま拘束され尋問される事だろう。濡れ衣を着せられて青ざめるあの女をこの目で見てやりたい。
口座を作った銀行は、最近あちこちに出来ている小さな銀行の中の1つを選んだ。顧客獲得に必死で来るもの拒まずだし、老舗に比べて色々と規定がユルい。
本人確認もあってないようなもの。
あっという間にアナベル・ガードナー名義の口座が作れた時は嗤ってしまった。
向こうにしたら、金を預けてくれるのであれば相手は誰でもよく、支払の時だけキチンとサインを照合すれば良いというスタンスのようだ。サインももちろんあの女に似せて書いたし、瞳の色は変えられないが、同じ髪色のウィッグも着けていたから偽装は完璧だ。
金はどこへやったと責め立てられて、知らないと泣くあの女を想像するだけで笑いが込み上げる。
本当に知らないんだから、そうとしか言えないものね?
そうやって拘束は長引き、尋問もより酷くなっていくことだろう。城の地下牢に入れられるのだろうか?そうなったら、元同僚として何か差入れを持っていってあげなきゃね?
なんて優しい私。
きっと王妃様もこれからは私を重用してくれる事だろう。まあでも、近いうちに第2王子妃になるから王妃様に仕えるのもあと僅か。
傅く立場からやっと傅かれる立場へ戻れる。
マリア以上の富と権力をこの手に出来る!!
燭台の火に小さな羽虫が飛び込んでいって塵となった。きっとあの女の末路もこんな感じになるだろう…。
願わくば、沢山、あの女の苦痛に歪んだ顔が見られますように…。
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「殿下、カチュア・グリーズが手紙を出しました。実家への物はそのまま通し、孤児院宛のものは回収して参りました。」
侍従が密やかに持ってきた手紙を開き笑みが漏れる。
急いで書いただろうに、手紙はすぐ燃やせだなんて指示まで徹底している事に感心する。隠蔽工作が得意なようだ。今までもこうやって何人もが陥れられてきたのだろうが、それもここまで。
これで動かぬ証拠が手に入った。
「陛下に至急お会い出来るように話を通してきてくれ。」
指示を聞き、素早く出ていった侍従を見送って、テーブルの上のチェス盤を引き寄せる。
中央に引きずり出されて周りを白に囲まれ、ポツリと孤立した黒の王。
白の歩兵を進め、黒の王を射程に捉える。
チェックメイトだ。
カチュアに偽情報を掴ませる為に手伝いをお願いしたメイドのメナード男爵令嬢が良い仕事をしてくれた。
わざと盗み聞きをさせるなんて、相手の心理を突いた良い作戦だ。盗み聞きした情報がまさか偽物だとは普通思わないだろうし、一介のメイドが自分を陥れるとも思わないだろう。
イトゥリ語も使えるし、ただのメイドにしておくには勿体ない。歩兵も使い方次第では何にでも成る。
カチュアに脅されて私の機密を洩らし続けた女官を排して代わりに据えようか。
つらつらと考えながら、白の歩兵でいたぶるように黒の王をつつく。
象牙で出来た駒は硬質だけれど柔らかい音でぶつかり合う。
私の妃を選ぶという選考会もあと数日で終わる。
当初は無駄だとしか思えなかったが、妃候補達の寄付金をきっかけに、カチュア・グリーズと北の孤児院長の罪を暴き、可哀想な孤児達も救う事が出来た。それだけでもこの選考会には意味があったと言えるだろう。
個人的にも予期せず興味深い出会いを得る事が出来た。
部下にしたいと思える人材や、王妃である母のお気に入りという事もあり予てから話してみたかったアナベル、そしてあの風変わりなキャロル嬢は女王に成る可能性を秘めているように感じる。
自分で妃に立候補したくせに、私の真っ黒な本性を感じ取って、怯えて逃げたそうにしている所が面白い。
その様子が余計に興味を引くとは多分気づいてないんだろうなぁ。
でもさ、逃げる獲物は追いたくなるものだよね?
扉が開き、謁見の手筈を整えて有能な侍従が帰ってきた。
まあ私の女王については、明日の大捕物を終えてからゆっくり考えよう…。
私は弄んでいた黒の王をゆっくり盤上から弾き落とした。
殿下が止まらない…ガクブル