17
『はぁぁ?!なんでそこでアナベルの名前が出るのよ?!』
平静を保つ事に必死の私の脳内でキャロル様が代わりに荒れ狂ってくれる。
私はこの院長と会ったのは今日が初めてだ。それなのに、どうして私の名前が?指示を仰ぎたいだなんて、そんな不可解な手紙を貰うはずがない。それに、院長が私を知っているというなら何故…
「こんな手紙を出すという事は、院長殿はアナベル・ガードナー伯爵令嬢と知り合いという事かな?」
「ええ、も、もちろんです。」
いやいやいや、今日初めて会いましたよね?!!
そう主張したいが、殿下の指示で直立不動を維持する。
殿下は私の方をチラとも見ずに、話を続ける。
何故だろう、なんだかすごく嫌な予感がする…。
「この『指示を仰ぎたい』というのは、寄付金の着服がバレそうになっている事に関しての指示?」
「着服などそんな!な、何を仰っているのかさっぱり…!」
今や全身から汗を絞り出していると言ってもいい程になりながら院長はとぼける。
「とぼけても無駄だよ。帳簿に書いてあった、支払い先となっている全ての店にも確認は終わっている。この孤児院からこんなに大きな額の発注は未だかつて受けてないとね。」
やはり寄付金は着服されていたのか…。
院長は彫像のように押し黙ったまま俯いた。
殿下は俯いた院長を一瞥してから、一瞬こちらを向いた。そして人差し指を立てて自分の口元に当てて、
再度「喋るな」の指示を出してきた。
と、いつの間にか隣に居たランスロット様が、ドレスの袖に隠れるようにして握りしめていた私の手をそっと包んでくださる。大丈夫だと言ってくれているようで、少し冷静さが取り戻せた。
殿下は俯いたままの院長に、今度は優しい声音で労わるように話しかける。
「院長、もう隠さなくてもよい。銀行にも確認をとったから寄付金が何処へ流れたのかも分かっている。王妃陛下や私の妃候補からの寄付は確かに1度、孤児院の口座に入っていたが、その後別の口座に移されていた。貴殿は脅されていたのだろう?……アナベル・ガードナーに。」
院長はガバッと顔を上げて地面に跪いた。
「そうなのです殿下!!孤児院の子供達を盾に取られて…!やむなく私はっ!」
違う!!私じゃない!!!
指示に背いて思わず声を上げそうになるが、ランスロット様にきつく手を握られなんとか正気を保つ。
わたくし…は、濡れ衣を着せられている……。
極寒の地に居るかのように手は震え、自分の心臓の音ばかりが耳をつく。
どうして。なんで。
そんな言葉ばかりがグルグルと頭を巡る。崩れ落ちそうになる体を何とか支えてくれたのは震える手を包んでくれている熱だけだった。
そこから院長は堰を切ったように話し始めた。
カチュアが寄付金を持ってきた後、アナベルがやって来て、子供に危害を加えると脅して王妃様や国からの寄付金の五割の支払手形を切らせた事。王子妃候補の寄付金に至っては八割を要求された事など。
それは私じゃない!!!
そう叫びたいのに許されない。
殿下は何を思ってここに私を連れてきたのだろうか。この場で罪を明らかにして私を捕縛する為に?
あまりの現実に堪えきれずに目の奥が熱くなってきた所で、殿下が再び話し出す。
「もう一度確認だけど、アナベル・ガードナーが直近でここへ来たのは3日前なんだね?」
「はい、帳簿にも手形の控えにもそう書いてあるので間違いありません!」
…え?
3日前…?
確かに休みだったけど、私は…。
思わずランスロット様の顔を見上げると、力強く手を握って頷いてくれた。
「それはおかしな話だねぇ?その日はアナベル嬢には終日護衛を付けていたし、午後からは私も一緒に居たんだよねぇ…。」
殿下は可愛らしく首を傾げて不思議そうに院長を見る。
「ねぇ?本当にアナベル嬢に脅されてるの?」
「ほ、本当です!信じてください殿下!」
院長は殿下の足元に縋りつかんばかりに必死に言い募る。
「でもねぇ?本物連れてきても『初めまして』なんて挨拶するし?本物がここにいるのに何故か手紙を出そうとするし?本当は違うって言ってるようなものだよねぇ、ベル?」
殿下が腹黒全開の笑みでこちらを見ている。
本当に心臓に悪すぎる…つい殿下を恨みがましい目で睨んでしまった。
殿下から発言の許可を貰えたので、私は控えていた壁際から1歩踏み出し、ひたと院長を見据えた。
「初めまして院長殿。アナベル・ガードナーと申します。この度の事、名誉毀損で訴えさせていただきますね?」
そう言うと、院長は顎が外れんばかりに口を開けてこちらを凝視していた。まさか濡れ衣を着せた本人がここに居るとは夢にも思わなかったのだろう。
「それから、バレてないと安心してたようだけど、孤児の人身売買についてもキッチリ調べはついてるからね?本当の黒幕についても洗いざらい話す事をオススメするよ。」
殿下のトドメの一撃に、院長は泡を吹いて倒れた。
『ざまぁ!!』
脳内キャロル様が、淑女にあるまじきガッツポーズで快哉の声を上げた。