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 ルイス殿下の南の孤児院突撃訪問から3日ほど経ったある日。朝食を終えて、キャロル様に語学の講義をしていた所に、ランスロット様がいらっしゃった。


「キャロル嬢、急に申し訳ありませんが、今からベルをお借りする。長くかかるので今日は戻れません。代わりの女官を手配しましたが、訳あってベルの不在を知られたくないので、今日は一日体調不良という事で部屋に籠っていただきます。」


 私とキャロル様は思わず顔を見合わせた。


「ベルはこのまま直ぐに私と来てくれ。」


 声色は優しいが、やや緊張した面持ちのランスロット様に不安を覚える。


 私の不在を知られたくない…?

 極秘裏に私は何処へ連れて行かれるのだろう?



「待って。ベルは何処へ連れて行かれるの?仕事サボってお忍びデートって訳でもないんでしょう?」


 不信感を隠さないキャロル様の質問に、ランスロット様はひとつ頷く。


「何処とは申し上げられないが、全てはルイス殿下のご指示です。王妃陛下からも許可をいただいています。私も付いて行くからベルが危険な目に遭う事は絶対に無いので安心してください。」


 ランスロット様が一緒と聞いて、無意識に詰めていた息を吐き出した。彼が一緒なら大丈夫だと思うくらいにはランスロット様を信頼していた。


「それはここ最近ベルに付いていた護衛(・・)と関係があるのね?」

「……そうです。」


 監視を護衛だと勘違いしてはいたが、キャロル様が私に付いていた監視の存在に気付いていたことに、ランスロット様は驚いた顔をしていた。かく言う私も驚いて瞬きが多くなってしまった。


 日々の会話からも、語学の講義をしていても感じたが、キャロル様は思考能力が高い。論理的かつ多角的に物事を捉えられる。


 語学は3ヶ国語同時並行しているが、しっかり身についてきている。あとは次々に繰り出される不可解言語とマナーさえどうにかなれば、王子妃として充分やっていけるのではないかと感じていたのだ。


 キャロル様は可愛らしく小首を傾げてしばし思案したあと、頷いた。


「分かったわ。ベルが心配だからホントは私も一緒について行きたいけど、私の髪色は目立つし、殿下の計画に支障をきたしたら後がこわ…んん!支障をきたしてはいけないですものね!」


 そうですね、後が怖いですね。殿下は怒らせない方が良いですね、絶対。大事な事なので、私は何度も頷いた。




 そこから私とランスロット様は、どう手配したのか分からないが、見事に誰にも会う事なく速やかに薔薇の宮を出て、待機していた馬車にそのまま乗り込んだ。


「随分早かったね?これでキャロル嬢は思慮深い女性だという事が分かった。」


 乗り込んだ先にはルイス殿下。マシュマロのような甘い笑顔を浮かべて頷いていた。

 まさか殿下までご一緒とは思わず一瞬固まってしまった。


 殿下は普段の煌びやかな装束ではなく、ランスロット様と同じ騎士服に身を包んでいた。今思えば、馬車も王宮の物ではなく、目立たないような意匠のものだったから、恐らく殿下もお忍びでの外出なのだ。


「キャロル嬢はベルに付いていた護衛(・・)の存在にも気づいていました。今日も本当は付いて行きたいが、殿下の計画の邪魔をしてはいけないと思い留まったようでした。」


 ランスロット様がそう報告すると、殿下は更に目を細めて笑った。


「どうやら彼女は思慮深いだけでなく、洞察力や判断力も備わっている女性のようだね。」


 私は何度も頷いた。


 そうなんです!キャロル様は実は素敵な女性なのです!

 キャロル様の良さが殿下に伝わって嬉しさのあまり、表情が崩れそうになる。持ちこたえろ表情筋!!


 馬の嘶きと共に、馬車が走り出す。外から見られるのを防ぐために、窓のカーテンは閉じられたまま。

 いったい何処へ行くのだろうと不安になっていると、殿下が目的地を教えてくれた。


「今から北の孤児院に向かうよ。そこで貴女にやってもらいたい事がある。」


 問題になっている北の孤児院で私に出来る事…?

 私は固唾を飲んで殿下の言葉を待ったのだった。




 ****




 院長室と書かれた、趣味が良いとは言えない無駄に豪奢な扉をノックして、返事を待たずに扉を開けて一人で入室する。


 正面にあるデスクには、院長と思しき人物が座っていて、訝しそうにこちらを見ていた。


 通常であれば事前に訪問の約束をするべき所をかっ飛ばして突然来たのだから仕方ない反応だ。

 しかもいきなり入ってきて名乗りもせずにつっ立っているのだからいよいよ失礼だろう。


 しかし院長は、入ってきたのが一目で貴族と分かる身なりの女性である事から、紳士的な対応を取る事にしたようだった。



「初めましてレディ?お名前とご要件をお伺いしても?」



 そう促されても私はそのまま一言も話さず立って院長を見つめていた。それが殿下の指示だから。


 室内に気まずい沈黙が横たわる。


「も、申し訳ありませんレディ、どこかでお会いしましたかな?貴女のようなお美しい女性ならお会いした事があれば絶対に忘れないはずなのですが、私も歳ですかな…どうぞお許しを…。」


 無表情で沈黙を保ったままの私が怒っているのかと勘違いした院長は、やや焦った様子で言い募る。


 一言も喋ってはいけないという殿下の指示の為に返事が出来ずに困っていた所で、少し開けたままにしていた扉から殿下たちが一斉に入室してくる。


 騎士服に身を包んだ男達を見て、あからさまに怯えた様子を見せる院長をひたと見据えてランスロット様が告げる。


「こちらは第二王子ルイス殿下にあらせられる。本日は、殿下の妃候補が当院に施した寄付金の使途調査にいらっしゃった。速やかに経理関係の全書類を提出せよ。」


 院長は怯えていた顔を一瞬何故か緩めたかと思うと、指示に従い机から帳簿やら書類やらを取り出し始めた。




 ****




 張り詰めた空気の中、時計の音と紙をめくる音ばかりがする院長室。殿下は、真っ赤な革張りの悪趣味なソファに腰掛け、同行させた文官と共に帳簿を検めている。時折、騎士に指示を出して、その騎士が部屋を出入りする以外は、誰も動く事を許可されずにその場で待機していた。


 どれほど時間が経っただろうか、痺れを切らした院長がおずおずと見張りの騎士に話しかけた。


「あの…殿下も皆様もお疲れかと思いますので、職員にお茶を用意させたいのですが、いかがでしょうか…?」


 大して暑くもない室内で、ダラダラ汗を流していた院長は明らかにこの中で誰よりも水分を欲しているのだろう。


 殿下は書類を繰る手を止めると院長に微笑んだ。


「そうだね、貴方がこの部屋から出ることは許可出来ないが、職員に頼むのなら許そう。」


「あ、ありがとうございます!では早速!」


 院長は殿下の気が変わらぬうちにと、執務机の上にあった呼び鈴を盛大に鳴らす。

 しばらくして、部屋に来た職員らしき男性に茶の用意を言いつけると共に、これで皆様に菓子を買って来いと言って、現金が入ったと思われる封筒を渡した。


「ちょっと待て。その封筒の中を検める。」

「なっ!」


 殿下の指示で、ランスロット様が素早く職員から封筒を取り上げる。


 慌てて取り戻そうとする院長を騎士に押さえさせながら、殿下が封筒を開くと、果たして現金は入っておらず、何か書かれた便箋が出てきた。


 殿下はそれを開くと声に出して読み上げた。



「内容は…『火急の件にて指示を仰ぎたし』。宛名は…アナベル・ガードナー伯爵令嬢…。」



 思ってもいない所でいきなり自分の名前が出て盛大に驚いたが、声も出さず、瞬きだけで動揺を隠せた自分を褒めてやりたい。


 孤児院に着いてから下された殿下の指示は、「今から許可するまで一切喋るな。動揺を見せるな。」なのだから…。




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