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せっかくの休日だろうに、監視役でわさわざ南の孤児院までついてきてくださったランスロット様。
これから夕方まで孤児院に居るので、どうぞ街でゆっくりしていて下さいとお伝えしたらまた良い笑みで却下された。
「そういう訳にはいかないな。これは『任務』の一環だからね。それにもっとベルや子供達の事を知りたいし。」
そう言って子供達に笑いかけると、女子達は一様に顔を赤くして嬌声を上げ、男子達はヒューヒューと囃し立ててまた大騒ぎとなった。
子供達を完全に虜にしてしまったようだ。
クールで大人なランスロット様というイメージは完全に塗り代わってしまった。
その後は本当に子供達と遊んだり、院長に施設の事を熱心に聞いていたり、質素な食事も子供達と楽しそうに食べてくれたりした。
身体が資本の騎士様には物足りない食事だっただろうと、念の為余分に用意してきていた手作りのお菓子を差し出すと、ものすごく嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
「これがあの手作りの菓子か。食べられる日が来るなんて夢のようだ。」
あのというのがよく分からなかったが、喜んでくれたようで良かった。ランスロット様は一つ一つ味わうように食べた後、菓子よりも甘い台詞をくださった。
「とても美味しかった。今度は私の為だけに作ってくれたものが食べたい。」
これだけあからさまなアプローチを未だかつて受けた事がなくて、どうしていいか分からなくて困る。
王妃様の元に来て以来、結婚は王妃様の薦めてくださった方とすると思っていたし、周囲にもそのように言っていたから、今まで誰かと恋の駆け引きというモノをした事も無い。
経験が無いから、自分のドキドキするこの気持ちも、ランスロット様の気持ちもまだ信じられない。
自分に耐性が無いだけかもしれないし、もしかしてランスロット様は誰にでもこういう事を言っているのかもしれない。そんな事を考えだして更に身動きが取れなくなっていた。
でも女官として過ごす中で、ありとあらゆる噂話を聞いてきたが、ランスロット様に関してはその手の浮いた噂はついぞ聞かなかった。それゆえの『クールで大人なランスロット様』という印象だったのだ。
それに半月を共に過ごして沢山話をして、新たな一面を知る事が出来たが、軽薄だとか不誠実だと感じる事は一度もなかった。
ランスロット様を見ると、いつの間にかヤンチャ盛りな男の子達を順番に肩車してやったりして遊び始めていた。
彼の言葉は信じてみよう…。
あとは自分の気持ちがどうなっていくのかを見極める。
と、ここまで考えて、はたと気づく。でも彼からは好きだとか交際して欲しいとかそういう決定的な言葉は貰っていない。
自意識過剰だ…。
恥ずかしくなって顔に集まった熱を散らしていると、人形をもった女の子が遊びに誘ってきたので、その手を握った。
言われてもないことをあれこれ考えても仕方ない。またその時考えよう!!
人、それを現実逃避と言うのだろうが、更に現実逃避したい出来事が、豪華な馬車に乗って孤児院にやってきたのだ。
****
昼食後の休憩も兼ねて孤児院の庭で子供達と遊んでいると、遠くに王宮のものだろう豪華な馬車が近づいて来るのが見えた。
先駆けで一足先に駆けてきた騎士といつの間にか門の外に出たランスロット様が話している。話が終わったのかランスロット様は額に手を当て、陰鬱な溜息をつきながらこちらへ歩いてきた。
何か良くない事が起きたのだろうか?
不安に思う気持ちが顔に出たのだろうか、ランスロット様は私を見ると、眉間のしわを緩めて苦笑いをした。
「あの馬車にルイス殿下が乗っているらしい。この孤児院の視察に来たそうだ。」
マシュマロ陰険腹黒殿下再び…?!
衝撃のあまり声も出せずに固まっていると、ランスロット様は顎に手をやり目を細めた。
「恐らく、北の孤児院の寄付問題の調査の一環だと思うが……絶対俺の邪魔しに来たな陰険腹黒王子め。」
後半なんだか恐ろしいキャロル語が聞こえてきたが、そうこうしている間に、馬車が孤児院の慎ましやかな門の前に到着したので、院長を伴って慌てて迎えに出た。
馬車から降りて来たのはやはり第二王子ルイス殿下。
王宮にいる時と変わらない王子然とした美しさは、牧歌的な孤児院において異様に浮いていた。
が、しかし…
「「「王子様キターーー!!!」」」
子供達にはものすごくウケていた。
ランスロット様が来た時以上の大騒ぎが始まり、あっという間に殿下は子供達に取り囲まれていた。
護衛が慌てて止めに入ろうとするのを手で制し、殿下は子供達に向かって優しげに微笑んだ。
「いきなり来ちゃってごめんね?ベルがこちらに来てると聞いたから僕も来たくなっちゃって。」
キャロル様がよく使う、てへぺろ☆という擬音語が聞こえて来そうな素振りで話す殿下に口元がひきつる。
感じる寒さを必死に堪える大人達に対し、子供達は更に盛り上がる。
「ランス兄ちゃんのライバル登場だ!!」
「ベル姉ちゃんモテモテだなー!!」
「どっちもかっこ良すぎて選べないよー!」
話が変な方向に行ってる…!
下手したら不敬罪にもなりそうな為、慌てて止めに入ろうとすると、殿下は悲しげに子供達に言った。
「ランスはベルとずっと一緒に居るから今のところ僕の方が不利なんだ。だから皆僕の事応援して欲しいな?」
マシュマロの蜂蜜がけのような甘い笑顔に、年少の子供達は落ちた。
「いいよー!!」
「おうじさまがんばれー!!」
「おうじさまとけっこんしたらベルねえはおひめさまだね!!」
きゃいきゃいと可愛らしくはしゃぐチビッ子達を余所に、もうすぐ卒院を控えそれなりに世の中を知っている年長の少年少女達はヒソヒソと囁き合う。
「王子様と結婚なんて苦労が絶えないんじゃ…。」
「しかもあの王子絶対腹黒いぜ?」
「でもベル姉みたいな賢くて慈愛に満ちた人がエラくなればこの国は更に良くなるんじゃないかなぁ?」
「でも腹黒…。」
「天は二物を与えずとも言うからこの際もう腹黒は諦めるしかないんじゃない?」
ちょっと!聞こえてるから!
もう少し小さい声で!!いや、それ以前に思ってても口に出したらダメだって!!
度重なる不敬に、これはもう頭が地面にめり込む勢いで平身低頭謝罪せねばならないと決意した時、殿下が面白そうに笑いだした。
「君たちは人を見る目が備わっているね?特に最初に腹黒と言い出した君。」
殿下に指を指された少年キーファは顔を強ばらせて固まった。
思い思いに騒いでいた子供達もしんとなる。
「ベルに院長?彼の人柄と学力はどうなのかな?」
私と院長は慌てて地面に膝をついて頭を下げた。
「畏れながら申し上げます。このキーファはとても聡い子で学力も申し分なく、昨年推薦で王立学院に入学した子にも劣りません。隣国語はもちろん、私が教えているジェパニ語も日常会話はマスターしております。とはいえまだ子供ですから、至らない点もあります。本人にはよく言って聞かせますのでどうぞお慈悲を…!」
「わ、私からもお願い申し上げます!!キーファは将来有望な子です!」
院長と二人、平伏して最大限の謝罪スタイルをとる。
そんな私達を見て事の重大さを知ったのか、子供達は凍りついている。
殿下はそんな事はしないだろうが、世の中には理不尽な貴族も居て、下手したらその場で手打ちという事も有り得るのだ。
子供達が固唾を飲んで見守る中、殿下は子供達を安心させるように優しげに笑った。
「ガードナー伯爵令嬢ならびに院長の献身と、キーファの今後の可能性に免じて謝罪を受け入れよう。キーファは孤児院を卒院後、王立学院に入り更なる知識を身につけて国の為に働くように。推薦状は私が書こう。」
殿下の言葉に子供達が沸き立った。
キーファの優秀さは誰もが認める所だったので、未来が拓けたことを皆喜んでいた。
キーファ本人は頬を紅潮させながらも、口元をひくつかせながら最敬礼していた。
うん、わかるよ。腹黒王子にロックオンされてしまった気持ち。
キーファは本当に優秀な子だから、殿下の後見のもとでメキメキと頭角を現すだろう。遠くない未来、殿下に扱き使われるキーファの姿が想像出来て嬉しいやら、気の毒にと思うやら…。
でもきっと、彼の未来は明るいものになるだろうし、その輝きは孤児院で育つ子供達の希望の光ともなるだろう。
「さ、時間もあまりないから、僕に孤児院の事を沢山教えてくれるかな?」
「うん!あのねー、今からちょうどお勉強の時間なんだよー!」
「王子様こっちだよー!」
殿下は大はしゃぎで案内をするチビッ子達について、院内に入っていった。
その後は、私が担当するジェパニ語の授業と、年少組の算術の授業を視察したり、会計帳簿を検めたり、本当に真面目に視察されていた。