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よく晴れた清々しい休日の朝。
そんな朝にお似合いの爽やかな笑みを浮かべた新緑の瞳の美丈夫が、待ち合わせ場所に佇んでいた…。
「おはようベル。今日はよろしく頼む。」
「おはようございます…ラ、ランス様。こちらこそ御足労をおかけして誠に申し訳ございません。」
「いや、南の孤児院に関しては以前から興味があったから訪問の機会を得て嬉しいよ。」
腹黒殿下(不敬)とのジェパニ語会見以降、常に誰かが傍に居るようになった。
それは女官であったり、近衛であったりしたが、物々しいものではなく、偶然を装ってさり気なくだったので、周囲も特に不思議に思わなかっただろう。
休日の予定を聞かれて、南の孤児院に行きたいと話したら、誰か同行者を手配すると言われた。そして待ち合わせ場所に来てみたら…同行者はまさかのランスロット様だった。
普段の騎士服ではなく、かといって貴族らしい豪奢な服装でもなく、待ち合わせ場所にした街の乗合馬車の停留所に居ても浮かない一般市民ファッションに身を包んだランスロット様は、それでも底抜けにカッコ良かった。
朝の忙しい時間帯にもかかわらず、行き交う人が一瞬足を止めて見惚れていく位には。
休日の為か、普段上げている前髪が下りたままなのも、少し幼げに見えてまた新鮮だった。
「ランスロットの私服スチル萌え死ぬぅぅ〜!!」
例のごとく脳内キャロル様がのたうち回っている。
最近キャロル様が悶える気持ちが分かってきたのが自分ながら怖い。そんな注目の的のランスロット様は顎に手をやり、まじまじとこちらを見下ろしている。
「今日は髪を下ろしているんだな。女官服の貴女は美しいが、私服だと可愛らしい感じになるんだな。とても新鮮な発見だ。」
公衆の面前でサラッとお世辞を言われて恥ずかしさの極地である。
「あ、ありがとうございます。ランス様もとても素敵です…。」
何とかそれだけ絞り出すと、ランスロット様は「ありがとう。」と穏やかに笑って、腕を差し出してきた。
エスコートしてくださるという事なのだろう…。
しかし一般市民の服装で腕を組んで歩くと、何というか、恋人のような雰囲気になってしまう気がするのは私だけだろうか?
そう思い、腕を掴むのを躊躇っていると、ランスロット様は笑って耳元に顔を近づけ囁いた。
「ひょっとして手を繋いで歩いた方がいいかな?」
ランスロット様と手を繋いで歩くとか!!絶対身体中の汗が繋いだ手から吹き出す!!
私は慌ててランスロット様の腕に掴まった。ランスロット様にクスリと笑われてまた顔に熱が集まってしまった。
からかわれた…悔しい…。
「今日は本当に王宮の馬車じゃなくていいのか?」
「休日に私用で王宮の馬車を使うなど、畏れ多いです!」
休日はいつも街の乗合馬車で孤児院まで行くので、今回もそのつもりでいたら、殿下が王宮の馬車の使用許可をくださった。
しかし休日のちょっとしたお出かけに最高級に目立つ馬車とか…小心者の私にはとても考えられず、丁寧かつ強固に辞退したのだ。
「王宮のが嫌なら我が家の馬車でも良いが…。」
「の、乗合馬車は市井の噂や情報収集にはもってこいなので!!あ!ほら、あの馬車ですよ!」
ランスロット様と馬車という密室で3時間二人っきりとか!想像するだけで恥ずかしくなる!絶対無理!!
私は話題をぶった切って、ランスロット様の腕を引っ張って乗合馬車へと急いだ。
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朝の乗合馬車は大盛況だった。
多くが商人なのだろう、最近の物価の話や、近隣の街や領地の景気の話、街で聞いた噂話など、耳を澄ませれば確かにベルの言う通り多くの情報を得ることが出来た。
王宮で得る情報は、煩雑な手続きを通した上で官僚のフィルター漉しになる為、伝わってきた時にはもう機を逸しているものや、都合の良いようにねじ曲がって伝わってくるものが多い。
だからか、こうしてリアルタイムであらゆる情報を収集できるこの空間に内心驚いていた。
隣に座ったアナベルを見遣ると、その喧噪に耳を傾けながら持参したレース編みを始めていた。
王宮の馬車とは比較にならないほど揺れる車内で美しく編み出されていくレースは、彼女の高度な技術以上に何よりも、彼女がこの空間に慣れていることを証明していた。
陽が高くなって行く中、馬車は順調に進み、乗客も半数以上が入れ替わっていた。
途中顔見知りが乗ってくると、彼女はにこやかに挨拶を交わし相手の近況を聞く。
中には隣に座っている私の事を夫や恋人なのかと聞いてくる者も居て、真っ赤になって否定する彼女を尻目に、「ご想像にお任せします。」とにこやかに答え続けた。
一切否定しない私に、涙目で非難の目を向ける彼女がたまらなく可愛かった。
そうして孤児院のある南の街に着くと、そこから徒歩で孤児院へ向かう。
歩きながら、土地勘がない私の為に、美味しいと評判の料理屋や、書店、武器防具店などを丁寧に紹介してくれる。
恐らく私が街で時間を潰しやすいようにとの配慮なのだろうが、生憎私は彼女から離れる気は全く無い。
何か言われたら魔法の言葉『任務』と『家訓』で押し切ろうと思う。
孤児院に着くと、わらわらと子供達が集まってきた…と思ったら、アナベルではなく私に群がった。
「「「ベル姉ちゃんが恋人連れてきたーー!!」」」
どよめく子供達に慌てて否定する彼女だが、子供達の大声に掻き消されてしまい、困ったように眉を下げて私を見上げてくる。
これは流石に否定しないと怒るかな…と、顎に手をやって数秒思案した後こう言ってみた。
「今はまだ違うんだ。いずれ…ね?」
口をパクパクさせて顔を真っ赤にするアナベルを余所にどよめきが起こり、子供達は更に騒ぎ立てる。
「ライバル多いけど頑張れ兄ちゃん!!」
「ベル姉鈍いからストレートに攻めた方がいいよ!」
「ここに来る騎士様の中でも兄ちゃんが1番カッコイイからきっと大丈夫だよ!」
嬉嬉として様々なアドバイスや励ましをくれる子供達の様子に、本当に彼女は子供達から好かれているのだと分かって心が温かくなった。
子供達に柔らかい笑顔で笑いかける彼女も、イタズラをした子供を叱る彼女も、第1騎士団のマル秘会報でしか知りえなかった光景を実際にこの目で見ることが出来て、感慨もひとしおだった。
道中の馬車で編んでいたレースが、リボンとなって女の子達の髪を飾った時には、会報で頻出単語と化していた『ベルたんマジ天使』と思わず言いそうになった。
子供達と楽しく食事を囲み、お腹の足しにと彼女お手製のお菓子を貰い、第1騎士団に独占されてきた幸福を体験できて、ポーカーフェイスを取り繕いながらも私は感動に打ち震える時間を過ごしたのだった。