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団外秘!!
【天使と書いてベルたんと読むの会】会報vol.21
〇月✕日 晴天
報告者
アルジャーノン・ウィッティントン
バーソロミュー・ウォルステンフォルム
本日、団員諸君のかねてからの夢を叶えるべく、団内で随一名前の長い我々があえてタッグを組み、決死の覚悟でベルたんの護衛の任に就かせていただいた。
涙を呑んで順番を代わってくれた団員にまずは敬意を表する。
いつも通り、早朝の集合時間前にベルたんは降臨なされた。
こんなに覚えづらい我々の名前も、ベルたんはしっかりと記憶してくれていて、律儀に家名で呼んで朝の挨拶をしてくださる訳だが、ここで作戦を決行。
有事の際に、長たらしい名前で呼びあっていると、指示が遅れるなどして場合によっては『任務』に支障をきたす恐れがある。その為、我々の事は名前で、それでも長たらしい場合は愛称で呼んでいただきたいと『団長からの指示』ですと申し上げた。
するとベルたんはいつもの無表情のまま、そのアメジストの様な美しい瞳を何度か瞬かせて驚いていた。
その頑張って驚きを隠そうとしている様子に直立不動で萌える。
そして数秒逡巡した後、我々が夢にまでみた言葉をくださったのだ!!
「分かりました。ア、アルジャーノン殿、バーソロミュー殿。私の事もガードナー伯爵令嬢ではなく、名前で呼んでいただいて結構です。」
キタコレ!!
思わずそう叫びたくなる衝動を抑えて、我々は重々しく騎士の礼をとった。
「ではこれから団員一同、ベルた…ゴホッ!失礼、アナベル様と呼ばせていただきます。我々の『任務』にご理解ご協力いただき感謝致します。」
そう言うと、ベルたんは鷹揚に頷いてくれた。
やはり魔法の言葉『任務』と駄目押しで『団長』を使ったのが効いたようだ。
そして律儀なベルたんは、相手を名前で呼ぶからには自分も合わせなければならないという思考に必ず至る!という予想は見事的中した。
鋭い洞察力を持った本作戦の発案者に改めて賞賛の拍手を贈りたい。
これで我が団員の夢『ベルたんと名前で呼び合いたい!』ミッション達成である。
そしてここからは名前の長い我々が是非とも達成したい追加ミッションである。
俺は意を決して次のステップへと踏み出した。
「アナベル様、アルジャーノン殿とバーソロミュー殿ではまだ長たらしいので、今後はアルとミューとお呼びください。」
「え…それは…。」
流石に愛称呼びは難易度が高いだろうか。今日のところは名前呼びを許可して貰ったところで良しとすべきか。
ベルたんに拒否される事を想像して怯え、不覚にも俺は尻込みしてしまった。
とここで、我が団きっての頭脳派のバーソロミューが神妙な顔で前に進み出た。
「恐れながらアナベル様、想像してみてください。今まさにアルジャーノンの後ろに賊が忍び寄り、剣を振りかぶったとしたら。それに気づいたのがアナベル様だけだとしたら…?」
おどろおどろしく語るバーソロミューに、ベルたんも思わずゴクリと息を呑んだ。そんな姿も天使。
「そうなった場合、『アルジャーノン殿後ろ!』と言うのと、『アル後ろ!』と言うのと、どちらがアルジャーノンの生存率を上げると思われますか?」
「それはもちろん短い方が…!」
思わず拳を握りしめて真剣に答えてくれるベルたんに激しく萌えつつも、我が意を得たりとバーソロミューは頷く。
「我々を愛称でお呼びいただくことは、我々の命を守る事にも繋がるのです。アナベル様には是非ともご理解ご協力いただきたく。」
「…わ、分かりました。アルにミュー、今日一日頼みます。」
バーソロミュー恐ろしい子…!
単にベルたんから愛称で呼んでもらいたいという邪な欲望を、壮大な命のやり取りの話にまで発展させてベルたんを納得させるとは…!
がしかし、ファインプレーである!グッジョブである!流石我が団きっての頭脳派!
名前が長い団員諸君はきっとこの報告書を読み歓喜の涙を流している事だろうと思う。次回の護衛の日に、呼んで欲しい愛称をベルたんに申告する事をお勧めする。
ベルたんについて語りたい事はまだまだ沢山あるが、この大いなる任務を無事遂行出来たことを早急に団員諸君に知らせんが為、名残惜しいがここで本報告を終わる。
なお、同志バーソロミューの偉業を讃える会を本日8の刻より『天使の渚亭』で行うので、夜勤以外の団員諸君は奮って参加されたし。
以上
回覧者サイン欄
勝手に団長命令発令しちゃうのはどうかと思う【団長】
団長が話合わせれば丸く収まりますよ 【副団長】
副団長に同意 【副団長補佐】
偉業達成キタコレ!! 【アレクシス】
アルとミューに感謝!! 【ナルガ】
俺はディーと呼んで貰うと決めた! 【ベネディクト】
感動の涙が止まらない 【ルーカス】
北の女王様(笑)に孤児院への寄付を勧められたので皆も注意されたし 【ランディ】
ランディ今日1日乙。ベルたんに癒されろ【ブラッド】
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私もベルたんにアリーと呼ばせてみようかしら【アイリス】
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近衛隊の訓練を終え執務室に入室すると、陛下は机に肘をついてニヤニヤと書類を見ていた。ここにはそんな楽しくなるような書類など回ってこないはずだが…。
「陛下に申し上げます。ランスロット・アンバーただ今戻りました。…その書類に何かございましたか?」
「おお、ランスか。まぁ、面白いから読んでみろ。」
そう言って渡されたのは、第1騎士団の定型の護衛任務報告書2枚と別にもう1枚…。
【天使と書いてベルたんと読むの会】会報?何だこれは?
定型の報告書を見ると、王妃陛下の名代で孤児院慰問へ行ったアナベル・ガードナー伯爵令嬢と、カチュア・グリーズ伯爵令嬢に対する護衛任務の内容がそれぞれ書いてあった。
アナベル嬢の方に関しては、終日の様子が仔細事細かに書かれているが、カチュア嬢に関しては、グリーズ家や孤児院内での空白の時間が多い。
両方とも端的かつ客観的に書かれているが、出発時間に始まり途中の休憩、孤児院の滞在時間等が彼女達の人柄を如実に物語っている。
そして謎の会報とやらを読んで唖然としてしまった。
なんなんだコレは…。
やたらとテンションの高い会報はどうやら『ベルたん』ことアナベル・ガードナー伯爵令嬢についてのものらしい。
回覧者のサインの欄には団員達の歓喜のコメントがビッチリと書かれてある。どうやらアナベル嬢は第1騎士団員に熱狂的に好かれているらしい。
そしてこの報告書は団外秘となっているが、一番下のアイリスとは、もしかしなくとも王妃陛下だろう…。
さらには、最終的にこの部屋にある時点で守秘義務は全く機能していない。
「その会報は、第1騎士団長が本来破棄する所を間違って普通の報告書と一緒にアイリスに回しちまって以来、面白がった彼女が団長に破棄せずこっそり回すように命令したそうだ。」
陛下は愉快そうに笑い、バックナンバーもあるぞと、分厚い報告書の束を机の上に取り出した。
「……拝見してもよろしいでしょうか?」
「気になるならお好きにどうぞ?」
陛下に面白がられるのは癪だが、王宮では表情を崩さず完璧な女官である印象の強いアナベル嬢の普段と違った様子が知れるとあって興味が湧いた。
彼女は近衛隊の中でも人気のある女官だが、王妃陛下の庇護下にある高嶺の花という位置づけなのだ。
会報の高すぎるテンションに慣れるのには苦労したが、王宮では見られない素顔の彼女を知る事が出来て嬉しいと感じた。
それ以来、彼女を見かけるとつい目がいってしまうようになった。
情報漏洩?何ソレ美味しいの?状態で回ってくる会報を楽しみにするようになった。
そんなある日…
「今度開催する『第二王子妃選考会』でお前も護衛騎士やって来い。担当は要注意人物のノースヒル男爵令嬢だが、相方の女官は『ベルたん』だ。」
こちらの気持ちを見透かすようにニヤリと笑う陛下を悔しく思いながらも、与えられた好機を逃してなるものかと私はすぐさま拝命したのだった。