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広大な王宮敷地内にある『薔薇の宮』は、主に国賓の滞在に使用される絢爛豪華な宮殿。
その宮殿の大広間には今、美しく着飾った様々な爵位の家の令嬢が10名。テーブルの上を美しく彩る紅茶や菓子には見向きもせず、壇上に立った宰相補佐の説明を食い入るように聞いている。
彼女達は今日からひと月この薔薇の宮に滞在するという。
その目的というのが『第二王子妃選考会』である。
王太子である第一王子の正妃の座には1年前、国内の夢見る令嬢達を押し退けて、同盟関係にある隣国の王女殿下が鳴り物入りでお座りになった。
その為、第二王子妃にはぜひ国内の令嬢をという声が多数上がった。
普通は上位貴族の中から政略的に妃を選ぶが、貴族達の不満解消も兼ねて各家に平等にチャンスを与える為に今回の選考会開催の運びとなったようだ。
下は男爵家から上は公爵家まで、我こそはと立候補した10人のご令嬢達は、これから1ヶ月間、第二王子であるルイス殿下と交流をしながら王子妃としての適性や相性を見られるという。
相性はともかく、10人もいる令嬢達の適性までルイス殿下一人で判断しきれるものでは無い。
では誰が判断するのか…。
それはやはり陛下や王妃陛下だろうけれど、公務にお忙しい二人が割ける時間など僅かしかない…。
そこまで考えて、嫌な結論に行き着いてしまった。
各令嬢には期間中、王宮の女官と護衛騎士がつく。ご令嬢達に安心して過ごして貰いたいから……というのは建前で、実際は両陛下の目の代わりとなる監視役だろう。その役目を担うのが、もしかしなくとも今現在大広間の隅に整列して待機している私達…。
ご令嬢の毎日の行動をレポートにして提出させられたりするのだろうか…。
王妃様のご命令とはいえ、なんとも面倒な仕事を任されたものだと心の中で溜息を吐く。しかしそんな憂鬱な気持ちは決して顔には出さない。
『いついかなる時も動じず淑女たれ』
敬慕する王妃様の女官として品位を落とす真似は許されないし、何より私、アナベル・ガードナーの矜恃が許さない。
いつも以上に姿勢の良さを意識して立っていると、長々と続いた説明がようやく終わるようだ。
「最後に……この薔薇の宮に滞在される全ての未婚女性に第二王子妃となる可能性がございます。王子妃となった時何をすべきか考えながら各々有意義な時間をお過ごしください。」
そんな宰相補佐の言葉に、隣に立っていた女官仲間のカチュアが「なるほどね…。」と呟いた。
同じく王妃様の女官として働くカチュアは普段は業務中に私語などしない優秀な人なのだが…。
直立不動のまま目線だけで隣を窺うと、彼女はアイスブルーの切れ長の瞳をさらに細めて得意気に笑っている。クールビューティーな彼女の笑みはとても美しいが、その笑顔を見て思わず眉を顰めそうになった。
私はカチュアのこの笑い方が好きではない。
人の失敗を指摘する時や、後輩やメイドに嫌がらせをする時、こんな風に人を見下したかのような笑い方をするからだ。今も何かよからぬ事を考えているのではと不安になる。
そんな私の視線に気がついたのか、カチュアは前を向いたまま呟いた。
「お互い頑張りましょうね、アナベル?」
そう言うと、担当のご令嬢を部屋へ案内すべく、テーブルの方へ颯爽と歩き始めた。
頑張るって一体何を?
女官としての業務を指しているのではない事は何となく分かるのだが…。
カチュアの発言に頭の中で首を傾げながら、私も担当のご令嬢の元へと足を進めたのだった。
そして担当するノースヒル男爵令嬢キャロル様に挨拶したところ、
「ちっ、お助けキャラは堅物アナベルか…。」
舌打ちと共に謎の言語が返ってきた。
オタスケ…キャラ?
どこの国の挨拶だろうか?
「あ、でもお助けキャラがアナベルって事は護衛騎士はもしかして…ぐふふ。」
虚空を見つめながらブツブツと呟いて、淑女にあるまじき笑い方をしているこの少女の世話を1ヶ月もしなければならないのか。
なんの準備もなくいきなり襲ってきた虚脱感に、危うく淑女の仮面が剥がれかけたのは仕方ない事だと思いたい…。