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9.何の成果も得られませんでしたぁ!

彼女達4人が部屋で無事に休められたのは、城内の魔物が揃って職務放棄してくれたおかげだろう。

もちろん、普段通りならば侵入者を放置することはあり得ない話だ。

だが、魔王があれだけ下劣な失態を公開してしまった今、誰もが戦意喪失するのは当然だ。

しかも単なる上司では無く、国王として君臨していた(うやま)うべき存在が無様な醜態を晒したのだから、国民の失望と絶望は計り知れない。


その一方で、事の発端であるエフが目を覚ましたのは数分後のことだ。

しかし、おぞましい光景を見たショックは大きかったらしい。

一休憩を挟んだ後でもエフの動悸は激しいままで、顔色が悪い上に全身は汗びっしょりとなっていた。


「ヒィッ…!!?ハッ……ハッハッハ……お、恐ろしい悪夢を見ていたわ……!!」


彼女は失神する直前に見た光景を現実だと受け止められないままだった。

(いま)だショックに(さいな)まれているあたり、生涯のトラウマとして脳に刻み込まれてしまったようだ。

こればかりは同情する他ない。

だから3人が彼女の体調を気遣う中、まずはエフのことを誰よりも心配していたアズミが声をかけた。


「エフちゃん、あんな無茶はもうしないで下さいね。そもそも、どうして本当のことを私に黙っていたんですか。本当はピクニックでは無く魔王打倒が目的だったと、つい先ほどルリ様から教えて貰いました」


「それについては……、ごめんなさい。熱中してしまうと、周りが見えなくなるのは私の悪い所だわ。無理やり付き合わせたせいで危険な目に遭わせて……。その、本当に……」


しんみりとした表情でエフが言っている時だった。

ちょうど城内で警報音が鳴り響き、ストーリー終盤ならお約束と呼べるアナウンスが大音量で流される。


『自爆装置が稼働(かどう)しました。10分後に魔王本拠地は跡形もなく綺麗さっぱり吹き飛びます。城内に残っている者達は、押さず走らず喋らずのおはしを守り、迅速に半径100km外へ避難して下さい』


この事態は予想外であって、まだ配信を続けているアカネを除いた3人が目を丸くして驚いてしまう。

唯一アカネだけが呑気な調子で「合衆国となれば自宅花火のスケールも違うんだねー」と配信の視聴者達に向かって言っている。

そんな余裕を披露している場合では無いが、一応ルリが瞬間転移すれば避難は完了できる。

しかし、アズミが真面目な一面を発揮させて大声をあげた。


「大変です!なんとかして爆破を止めましょう!魔物さん達だって全員が悪いわけではありません!あとホワイトハウスと言えば、伝説的な大手サークルでしたから失うわけにはいきませんよ!」


彼女の口から願望らしき本音が若干漏れ出ているが、爆破問題を解決しようという意見そのものは真っ当だ。

それにアナウンス通りであれば爆発範囲が広大だ。

このまま放置すれば被害が甚大となる上、自爆装置を稼働させてしまった非は襲撃を仕掛けた私達にあるとルリは考えていた。

ただし心意気があるだけで、具体的な解決手段はまだ無い。

いざとなったらルリが能力行使すれば造作も無く停止させられるが、ひとまずアズミに案を求めてみた。


「アズミの意見に賛成するよ。だけど爆破を止めるって言っても、一体どうするつもりなの?爆弾解除なんて無理でしょ」


「いえ……魔王さんです。魔王さんを説得すれば、きっと思い直して爆破装置を止めてくれます!」


「えっ、あそこに戻るの?自分から地獄へ飛び込もうとするなんて、アズミって勇気があるね~」


「いいですか、ルリ様!子ども達の命を助けられるなら勇気を出すことに臆する理由は無い、です!」


突然アズミが勇ましいポーズを取りながらヒーローのような決め台詞(ぜりふ)を言い出すため、ルリは戸惑った。

すると彼女の発言を一言一句聞き逃さなかったエフが機敏な反応を示し、純粋に感動した眼差しでポツリと呟く。


「究極色欲戦隊ハイエースの決め台詞ね。マジックミラーを備え付けたハイエースって乗り物で、幼い子どもを助ける時によく言っていたわ」


「酷いくらい不穏な単語の羅列(られつ)……。というか、2人とも戦隊物まで網羅(もうら)しているんだね」


そうしてルリが呆れ顔で感想を言っている間にも、アズミは呼び止める間も無く駆け足で部屋から出て行った。

爆破までの猶予が残されてない事のみならず、謎の使命感に押されて独断先行してしまったのだろう。

そのまま彼女1人で魔王の所へ突撃させるのはあまりにも危うく、ルリは目を見開くほど焦った。


()っや!勇気があふれ過ぎでしょ!」


今すぐアズミを追いかけたい所だ。

しかし、エフはまだ絶不調で満足に動けない。

そんな彼女を放置できないとルリが判断に困る中、アカネが冷静に状況分析して行動を起こしてくれた。


「じゃあ私もアズミと行くよー。実は私、生まれつき交渉や説得も特技なのでー」


そう言い残してアカネは配信中のノートパソコンを忘れずに携帯し、そそくさとアズミを追跡する。

これで部屋に取り残されたのはルリとエフの2人だけだ。


「あぁ、行っちゃった。あの2人で本当に大丈夫かなぁ」


本人達にどれほどの自信があるとしても、ルリからすればアズミ達は無防備かつ無策で戦地へ向かったように捉えられた。

むしろ自暴自棄になっている魔王に下手な刺激を与えるのでは無いかと、更なる心配が募る一方だ。

ただ、それとは別に今回の件についてエフと話し合える状況がタイミング良く出来上がった。

ルリはこれを機に、ようやく冷静さを取り戻し始めたエフとの対話を試みる。


「それでエフ。まだ慌ただしいピクニックは続いちゃっている最中だけど、望んだ結果は得られそう?」


「もうイジワルな質問ね。でも、私にとって良い薬になったわ。無理に急いでも失敗に繋がるだけで、身の丈にあったことをするべきだと分かったもの」


「いきなり魔王打倒はさすがにね。とりあえず、それなら良かった」


「えぇ。だから次は天界へ行って、人間らしく恋の神様にお願いすることにするわ。これなら私と貴女の2人だけで済ませられるでしょう?」


「うん、よく分かった。これからも私がワガママに付き合される前提なのは変わりないんだね」


このままエフのワガママに付き合っていたら、本当にいつまで経っても農民としての生活が送れそうに無い。

そして彼女の要望を叶え続けるより、自分なりの説得で考えを改めさせた方が早そうだ。

だからルリは仕方無しに彼女が錬金した看板を手早く(かす)()り、すぐ近くの壁へ貼り付けた。

するとあまりの行動の早さにエフは気づくのに遅れて、見覚えしかない看板を発見して一体何事かと驚いてしまう。


「ねぇ、ちょっとルリさん……。それは接着素材を別に錬金した特製品なのよ。それに何が書いてあるのか、ちゃんと分かっているワケ?」


「見たら分かるよ。『相思相愛にならないと出られない部屋』だね。そっか。単純にエッチしただけだと、心から好きになるかどうかは別問題だもんね」


「そういうことを言いたいわけじゃないのだけれど……」


エフが疑念と動揺を同時に抱き、明らかに戸惑っていることが表情から伺えた。

その心の隙をルリは突いて、視線を合わせた際に発現の気配を完全に消した魅了魔法(チャーム)をかける。

ただし、発現させた魅了魔法(チャーム)の効力は意図的に弱められていて、心を無理やり塗り替えるものでは無い。

せいぜい与える効果は『発現者の言葉を嘘だと一切疑わない』というもの。


これは悪魔の職業をランク上げしているときに思いついたアイディアで、魅了魔法(チャーム)を説得のきっかけに留めて、あとは甘い言葉で心酔させるテクニックだ。

そうすれば状態異常回復をされても問題無く、周りからも変だと思われずに済む。

そもそも唐突に魅了する手段を取ったのは、これ以上振り回されないようエフを満足させる狙いだ。


「ねぇ、エフ。ううん、これから2人っきりのときはエフちゃんって呼ぶね」


「それは構わないけれど、どうかしたの?」


独特な雰囲気を察したのか、ほんの一瞬エフの金色の瞳が揺らぐ。

しかしルリは彼女の整った顔に手を添えて、視線を逸らさせないよう誘導させた。

続けて甘くせつない表情で見つめつつ、もう片方の手を彼女の腕へ伸ばした。

あとは(いと)おしさが伝わる指使いで触れ、愛情を求めるよう視線を真っ直ぐに合わせながら囁く。


「あのね。私、本当はエフちゃんに一目()れしていたんだよね。最初に会った時からドキドキして、凄く好きだったんだ」


耳に入り込む声調。

露骨に()びた態度。

漂うフェロモンの匂い。

視線を外せなくなる切ない表情。

好きだと伝えようとする気配。

欲望が見え隠れする触れ方。

そして本心だと錯覚させる言動。

ルリのそれら全てのアピール方法が、エフの心に刺激を与える。


「え?そっ、そんなことを急に言われても困るわ……。私は想い人には一筋で居るつもりなのよ」


「じゃあ、私が抱いている大好きな気持ちって、ずっと苦しく悲しいままで終わっちゃうの?エフちゃんなら分かるよね。一方的に好きなのが、どんなに辛いのかさ」


ルリは同情を誘った。

いじらしく、堪らず愛したくなる仕草も欠かさない。

もはや今のエフは光りに誘われる夜の虫と同じで、つい意識が惹かれて他のことが考えられなくなる。


それでも気合いで理性を保とうとするが、次第にエフの口からは言葉が出てこなくなっていた。

そんな動揺する反応すら可愛く思っている眼差しをルリは作り上げ、今度はその残った理性に訴えかける工程へ進めた。


「突然の事だから混乱しちゃって、どう答えれば良いのか分からないんでしょ?でも、ただ聞いてくれるだけで良いんだよ。私はエフちゃんの事が大好きで、ちょっとアズミに嫉妬しちゃってた」


正常な判断ができないから当然だが、未だエフから拒否反応らしい様子は無い。

むしろルリの一つ一つの挙動に意識が向いてしまい、瞳に吸い込まれているのが(はた)から見ても分かるほどだ。

妙な高揚感がエフの中で膨れ上がる。

またルリもほんの少し照れ臭そうに微笑み、囁き続けた。


「それにさ、もう相思相愛じゃないと出られない部屋になっているんだよ?私は条件を満たしているけど、ここから出るにはエフちゃんの協力が必要なの」


「……協力。私の……そう、よね?」


「うん。私の熱意に応えてくれなくてもいいから、とりあえず部屋から出るために協力して欲しいだけ。だからその……。私が言うのも恥ずかしいくらいなんだけど、仕方ないよね?」


「仕方ないことなのかしら……」


部屋から出るためには仕方ないと、そう僅かでも理性に働きかけられたら勝ちだ。

ルリはすかさずトドメを刺す。


「ねぇ、ちょっとドキドキしているでしょ?それはね、エフちゃんが気絶している間に残った媚薬を与えちゃったせいなんだ……。どうしてもエフちゃんを私だけのモノにしたくて、駄目だと思ったのに抑えられなくて、悪いことしちゃったんだよ……?」


媚薬については嘘だ。

だが、ここで更に嘘を重ねたのには理由がある。

それはエフのように普段押している少女は、いざ強引に押されたら弱いのだと知っていたからだ。


事実、先ほどから体に触れているのに嫌悪するのでは無く恥ずかしがっていた。

何より魅了魔法(チャーム)のせいで本音だと受け止めるから、彼女の精神力だけでは抗う術が無い。

そしてルリは顔をゆっくりと彼女に近づけ、今度はもっと小悪魔らしく囁いた。


「朝のときに教えたでしょ?外的要因を理由にして、イチャイチャするのは王道だってね……」


「あ……ふぅ、う…んっ……ルリ……」


ルリはエフの唇に口づけをし、そのままベッドへ押し倒して情熱的な行為へ繋げた。

このとき既に看板の効力は失われていて、部屋の出入りは自由になっていた。

解除条件が相思相愛だからルリも本心から好きになる必要あるが、それについては自分自身に魅了魔法(チャーム)を掛ければ解決する話だ。

また今だけ相思相愛なれば良いため、行為が済んだ後は適当に『冗談だった』ことにして有耶無耶(うやむや)にできる。


こうしてルリ達が愛し合う一方で、アカネとアズミの方も異様な状況へ発展していた。

2人は一体どのような作戦を立てたのか。

説得に向かったはずの彼女達は、魔王に見せつけるように熱い口づけを交わしていた。


「んっ、アカネ……ちゃん」


「どうかなー。私、こういうのは初めてだからー………」


この2人は照れながらも、お互いしか見えていない視線で何度も口づけを繰り返していた。

それはどちらも満更(まんざら)では無いという反応だ。

その(かたわ)ら、ただ黙って見ていた魔王は元の姿へ戻りながら呟いていた。


「これはどういうことだ。我の荒んだ心が……癒されていく。しかも、我の脳まで修復されているのが分かるぞ。そうか、これこそが親父が夢見ていた光景なのか。美しく幻想的で、なんとも可憐なのだ……」


アカネは背伸びしながら口づけしているせいで精一杯なようだ。

対してアズミは平常心を残しており、僅かに横目で魔王の様子を伺っていた。

それからついに魔王は心からの敗北を覚え、とても穏やかな表情と口調で言った。


「すまない……。我が間違っていた。そして生きる活力を与えてくれた者達に感謝しなければならない……。自爆装置は止めよう。それから我は新たな魔王として生まれ変わり、これからはサークル活動に精を尽くそうぞ!」


どうやら魔王の心中を思い留めるために、アカネとアズミは口づけする様子を見せつけたらしい。

半信半疑であっても行為の成果が見られ、すぐにアカネが喜んだ反応を見せた。


「おぉー、こんな上手くいくなんてリスナーが提案してくれたおかげだよー。あ、サブ垢なのに本垢の登録者数を越えたね。みんなありがとー」


「何でもやるとは言いましたが、こんな姿が世界中に流れるのですか?死ぬほど恥ずかしいです……」


「途中でアカウント変えたのに、同時接続が6000万人になってたからねー。急いで立体音響に変えた甲斐(かい)があったよー」


ひとまず一難去り、2人は一段落した雰囲気で和やかに話していた。

しかし魔王は険しい表情を浮かべた後、突如不穏なことを訊いてきた。


「美しき2人の少女よ。1つ訊いておきたいんだが、爆発オチは好きか?」


この発言に現状の全てが集約されていた。

自爆装置は一度稼働させたら止められないらしい。

また、すぐさまリスナー含めた全員が意味を察してしまう。

特に配信で流れていくコメントの変化が凄まじくて、一気に至福の喜びから阿鼻叫喚と化した。

この爆発する事実にはアカネでも少なからず衝撃を受けたらしいが、それでも度胸ある彼女は呑気な態度を崩さなかった。


「うーん。アカBANどころか、リアルBANは勘弁して欲しいかなー」


「すまんな」


再び生きる活力を得たはずの魔王は全身が脂汗ギトギトとなり、心底申し訳なさそうにしていた。

ただ最終的には結局ルリが爆発を未然に防ぎ、彼女達四人は無事に村へ帰る事となる。

それから魔王はサークル活動を再開するも、とんでもなく無様な痴態を晒した事とアカネを爆発に巻き込みかけたことから大炎上してしまい、アへ顔の化身と呼ばれ一生ネットのおもちゃとして生きていく事となった。


そして隠れた主犯であったエフはこの日を境に、やたらルリにベタ惚れで少しだけ大人しくなる。

だが当初の目的を思い返せば、誰にとっても単なる無駄骨折りの魔王討伐であった。


「おぉー。激辛ロシアンルーレットたこ焼きって、おいしいなー。せっかくだから食レポしよー」


ただ1人、アカネだけは今回の出来事を一つの思い出として心から満喫したようだった。


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