7.合衆国のホワイトなハウスへ突撃します!
そして本当に大陸全土の支配を企む魔王が存在するらしく、領主にして見習い錬金術士のエフを筆頭に駆け出し農民のルリ。
それから幼きアイドルマスターのアカネ、盗撮魔スターでありコスプレイヤーのアズミによる計4人パーティーは別大陸のユリユリ合衆国へ乗り込んだ。
あいにく村から行くとなれば、現地に到着するだけでも相当な日数を要する。
そのためルリは本格的な農民生活を早く始めたい一心で、仕方なしに瞬間転移のスキルを発現させた。
更に一番の目的は吊り橋効果を利用した恋の成就なので、アカネとアズミの2人には具体的な行き先を伏せて観光ピクニックとしか説明していなかった。
それにより、いざ移動すれば荘厳な光景が目の前に広がることになってしまい、唯一アズミだけ思考停止するのだった。
「おぉー、本当に見晴らしが良い場所でピクニックするんだねー」
呑気な反応で済ませているのはアカネだ。
現実逃避した末の反応に思えるが、表情が移動前と変わらないので素直な発言らしい。
実際、誰もが認めるほど見晴らしは優れていて、本当に観光目的だったら理想的な場所だ。
一見周囲は切り立った崖だらけではあるものの、突き抜けた絶景は一枚絵に残しても良いくらいだ。
何より晴天の空が心地よく、好天に恵まれたおかげで気分が解放的になれる。
ただし問題もある。
ホワイトハウスという名の鉄壁要塞が鋼鉄の大地に建てられている上、いくら必死に見渡しても、そして全力で見上げても建物の果てが視認できないほど巨大建造物なことだ。
あまりにも規格外だが、支配を見据えている魔王の本拠地ならば当然のことかもしれない。
一方エフは村より大きな建物を前にしても怯まず、なぜか熱血タイプの勇者になりきって独り言を口走っていた。
「さすがユリユリ合衆国らしい圧倒的スケール感!そして、ここがあのハウスね!」
魔王討伐するに相応しい気概だ。
しかし、最初から魔王に挑むつもりのエフを含めて、4人全員の装備が普段着同然だった。
せいぜい用意してきたのは弁当と地面に敷くシートで、あとは個人的な私物くらい。
武器の類は皆無で清々しいほど無謀だ。
ちなみにアカネは私用のノートパソコンを持ってきて、「きっと配信映え良いだろうなー」とウキウキに言いながら配信準備を進めている。
また今回のターゲット、つまりアズミも普段通り愛用のカメラで動画撮影を始めている。
だが、ただならぬ事に巻き込まれている気配を感じ取っているようで、何をするつもりなのか薄々察していた。
「あのエフちゃん。私の思い違いで無ければ、ここって有名なホワイトハウスですよね」
「そうよ、あーちゃん。貴女はついに魔王の盗撮ができるのよ!そんな話は貴女の口から1回も聞いたことないけど、きっと多分おそらく念願の夢だったでしょう!?」
「うーん?あのね、私は何気ない日常風景を盗撮するのが好きなだけであって、特別なときは普通に堂々と動画撮影しますよ。あっ、ちなみにコミケなどのイベントは私にとって日常ですから」
「それなら魔王の日常を盗撮すればいいじゃない!」
「どうしちゃったんだろ、エフちゃん。いつもなら、いい加減に盗撮なんてやめなさいよ、このド変態ド畜生サキュバス女狐って叱るのに……」
さりげなくアズミの口から滅多に耳にしないであろう恐ろしい単語が聞こえてしまう。
そして、この状況に立たされてルリは初めて気が付いたことがあった。
やたらとエフが彼女の盗撮について怒っていたのは、他人に目移りしているように思えて嫌悪感を抱くせいだ。
何にしても色々と……本当に色々なことに対して大丈夫なのかという心配がルリの中で渦巻き、ひっそりとエフに小声で話しかけた。
「ねぇ、なんか目的のことしか考えて無くて、安全面とか頭からすっぽり抜け落ちてない?普通に心配しか無いんだけど」
「安心しなさい。秘策をより強固にするため超強力な媚薬を作ってきたわ。あと改良型のマジック看板もね」
「えぇ……。もうこれって村という檻から放たれた真の魔王だよ」
「そうね。今宵、私は魔王を打ち倒して新たなる魔王……いえ、あーちゃんの女王として君臨するのよ。世界の領主女王に私はなってみせるわ!」
雄叫びにも似た勇ましい宣言を口にし、エフは天井知らずに張り切ってしまう。
それからアカネが生配信を始めて間もなくしてのことだ。
唐突にホワイトハウスからサイレンが鳴り響き、空気を熱するほどに眩し過ぎるスポットが点灯される。
まるでアカネの配信に呼応したようなタイミングで、ルリは目を丸くする。
「へっ?まさかね?」
既に身の危険を覚えさせる騒々しさが辺り一帯を包んでいる。
そんな状況下でもアカネは平然とカメラへ向けて挨拶しており、早速コメントを読み上げていた。
「おぉー。皆の者こんにちはー、特技は爆弾解除のアカネちゃんだよー。そして開始前からお金ありがとうねー。えっとハンドルネームは、魔王ユリジロウさん。相変わらずゲリラ放送でも来るのが早くて、とっても良い子良い子だよー」
幼く見えてもアカネは人を甘やかすのが上手だとルリは思いつつ、すぐ鉄壁要塞に目を向ける。
すると待っていたと言わんばかりに黒龍の大群が直行してきて、侵入者を蹴散らそうとしている敵意に満ち溢れた雰囲気だ。
しかし身の危険を覚えたのは冒険経験のあるルリだけであり、不思議なことに他の3人はマイペース気分のままだった。
「おぉー、盛大なリア凸だー。こんなに大勢来るなんて前の世界を思い出して感激だなー」
「黒龍なんて村によく来ますから、あまり撮影する気が進まないですね」
「さぁ来なさい!貴方達なんてサプライズの余興よ!余興!」
ルリは誰が何を言ったのかまともに聞いてなかったが、たった一日の付き合いで誰がどんなこと言い出したのか分かってしまう。
何であれ、いつまでも気を抜いているわけにはいかない。
たとえ負傷しようが、魂ごと跡形なく消滅しようが、全知全能の力を持つ彼女が居れば無事に万事解決する。
それでも遅れをとって友達に恐怖や痛みなんて与えたく無いから、誰よりも素早くルリは前に出る。
「どこに行っても盛り上がりそうなパーティー仲間だよ。そして凄くちょうどいい乗り物かな。ということで、催眠魔法」
彼女は強力無比の魔法を放つ。
本来、催眠魔法は効き出すのが鈍く、厳しい条件を要求されたり通用する相手が限定される。
しかし、当然ながらルリは完全に例外だ。
彼女に備わっている数多のスキル効果により、あらゆる耐性と装備効果の完全貫通、それに加えて発現条件も無視するどころか、効果範囲と効力共に最大限以上に強化されていた。
要は何気ない技すら概念と因果律操作の領域を超えた、絶対の超必殺技と化している。
だから催眠魔法を受けた黒龍達は迎撃では無く、快く出迎えに来てくれただけの優しい生物となってしまうのだった。
あとは大人しいもので、ゆっくりと4人の前に着地しては大人しく頭を垂らした。
「よしよし、これに乗って行こうか。無事到着できるよう私が説得しておいたから。でもドラゴンの数が多いと魔王に警戒されそうだし、騎乗するのは3頭だけにしようね」
ルリは自分で言っていて意味不明な理由付けだと思いながら、エフに視線を送った。
この合図を彼女は上手く汲み取り、感謝を送る仕草として小さく頷いてみせる。
「それなら、あーちゃんは私と同じ龍に乗りましょう。本当は嫌だけれど、相乗りしないといけない状況だし盗撮を監視する義務が私にはあるもの!なぜなら領主だから!」
「盗撮しろと言ったり、盗撮を監視すると言ったり一体どっちなのでしょうか」
「その決定権は私にあり、心模様と同じで常に移り変わるものよ!なぜなら私は領主だから!」
「うぅ……ルリ様、助けて下さい。なぜかエフちゃんがいつになくハイテンションです。しかも必死にキャラ付けしようとしてきます」
ずっとアズミのことを不思議っ子だと思っていたが、どんな界隈だろうと上には更なる上が居るものだとルリは知る。
でも、きっとエフは媚薬の効果を試すためにも、まずは自分に服用したのだろう。
そのせいで異様な興奮状態が続いているのだと、ルリは何一つ根拠ない憶測で勝手に納得した。
密かにエフのステータスを確認しても状態が正常と表示されるが、よくある見間違いか気のせいだと思い込む方が冷静になれる。
「さぁ行くわよ!目指すは魔王の首のみ!待ってなさい!」
もはやピクニック目的ではない事について隠す気が全く無い。
彼女は飽きもせず勇ましい声をあげ、まるで当然のように勇者として魔王退治へ出向こうとしている。
こうして彼女達は黒龍を経由してホワイトハウスへ乗り込むのだった。
「おぉー、空中遊泳も映像栄えするねー。魔王ユリジロウさん、またお金をありがとー」