41.畑がミントで埋め尽くされたので家族旅行します!
ある日のこと。
ルリは自分の畑の前で膝を崩し、打ちひしがれていた。
「どうして……。なぜこんな事になっているの……」
彼女は低ランクの農民だが、能力が全知全能である事に変わりない。
しかし、それでも目前の困難に辟易する気持ちは抱くものだ。
そして今、彼女が自慢にしている広大な畑はミントで覆い尽くされてしまっていた。
ものの見事に緑色一色で、もはや背丈が低いジャングルだった。
「一体全体、どういう繁殖力しているのさ。まったく土が見えないとか、あり得るの?いや、そもそもミントなんて植えた覚えが無いんだけど……」
あれこれ考えても意味は無いと分かっているが、せめて原因を究明しておきたい。
ふと最初に思いつくのは、何者かによる嫌がらせという可能性だ。
「周りに迷惑をかけてないつもりでも、私って色々とやっているからなぁ。それで知らない内に恨みを買っちゃったかな」
この異世界に来てから経過した日数はまだ浅いが、数えきれないほどの出来事を成し遂げたような気がする。
だからルリは言葉に出す事で、これまでの自分の行いを思い出してみるのだった。
「魔王を倒したり、カフェで神々や悪魔を倒したり、錬金術師を調教したり、犯罪組織に痛手を与えたり、他にも自由勝手したり……。そういえば飛行船でギャンブル問題もあったかな」
いざ自分の行動を省みてみると、標的にされる心当たりしかない。
むしろ嫌がらせされるどころか、凄腕の殺し屋に狙われても不思議では無いレベルだ。
ただミントを植えた犯人は分からないままなので、ひとまず保留するしかないように思えた。
そんなとき、ミャーペリコがアカネを背負いながら走って来る。
そして彼女ら2人はミントに占領された畑を見るなり、ミャーペリコが真っ先に目を輝かせた。
「あっ!見て下さいアカネママ!前にミャーペリコが植えたハーブ、いっぱいになって育っていますよ!もう山盛り状態です!」
「おぉー、中々に壮観だねー。これだけあればミント専門店を始められちゃうねー」
この短い会話だけでルリは事情を察し、言葉を失った。
実行犯を目の前にしてしまった今、どんな気持ちで反応するのが適切なのか分からない。
だが、まだルリの早とちりかもしれない。
たとえばミャーペリコは誰かに騙されてミントを植えてしまったり、嘘を教えられて唆された可能性は捨てきれない。
それに彼女は単純で純真無垢だから、ありえる話だ。
「だとしても……、ミャーペリコが騙されているのは0.1%くらいの可能性かな」
思わず言葉に出してしまうほど、ルリはミャーペリコが真犯人だと確信している。
しかし、万が一の可能性、その一縷の望みにかけて彼女に確認する。
「ねぇミャーペリコ。1つ訊きたいんだけど、このミントの大群はどうしたの?」
「ルリママ、これ凄いですよね!ミャーペリコが精一杯頑張って植えました!一緒に畑仕事できてミャーペリコは嬉しいです!」
「あぁ……そうなんだ。これは親切心の結果なんだね……。うん、ちなみにミントって誰から貰ったの?」
「獣っ娘カフェのスタッフさんからです!ミャーペリコも自家栽培したいと言ったら、お嬢さんにはこれが良いよって渡してくれました!」
「小さい子にも育てやすいようにミントを選んだのかな。だとしても、なんで私の畑で……。一応その理由も予想はつくけど、うーん……」
なるべくミャーペリコを傷つけないように言葉を選ぼうとするものの、咄嗟に上手い言い回しが思いつかない。
どれだけ丁寧かつ優しく伝えても、本当は迷惑だと知ったら彼女は悲しむだろう。
そうとなれば、あえてルリは自分に責任がある言い方に留めた。
「ミャーペリコ、ごめんね。ルールを決めてない私が悪かったよ。これだと私が栽培する場所が無いからさ、仕切りを作ろうか」
「あれっ!?本当ですね!これだとルリママの場所が無かったです!うぅ、全部使ってごめんなさい……」
「気にして無いよ。ミャーペリコも初めての栽培で、よく分かってなくて当然だしさ。むしろ、本格的に農業を始める前に気づけて良かったくらい」
内心、既に手遅れだとルリは思っている。
しかし、こういう時は仕方ないで済ませるのが一番平穏で手っ取り早い。
何よりも大事なのは対策と改善だ。
そうルリは自分を無理やり納得させて、ミントと同化した畑を眺めながら喋り続けた。
「じゃあまず、どう仕切ろうか。最初から広いと色々な手間がかかって大変だし、ミャーペリコが使えるところは小さくても良い?」
「大丈夫です、ルリママにお任せします!ミャーペリコ、なにも分からないので!」
「それじゃあ、バーベキューの煙や灰が防ぎやすい場所にしようか。それでビニールハウスみたいに囲えば、普通の花も育てられるよ」
「なるほど!分かりました!」
ミャーペリコはルリの説明に何度も頷き返しながら、元気よく返事する。
それから少女は照れた笑みをこぼし、ちょっと自慢気な様子でアカネに話しかけるのだった。
「アカネママ!ミャーペリコ、ルリママから畑を貰いました!これってプレゼントですよね?」
「おぉー、確かにそうだねー。いいねー、プレゼントー。羨ましいなぁー。私、まだ貰ったこと無いなー」
「そうなんですか?それじゃあミャーペリコが一番ですね!」
「一番……。ふぅん?ルリさんにとっては、私よりミャーペリコの方が大事なのかー。名前と体をあげるくらい、あれこれと気を遣っているもんねー?」
アカネはわざとらしく勿体つけた素振りで言いつつ、横目でルリに視線を送ることで強く訴えかける。
それは物を買って貰おうと強請る子どもみたいであり、距離を少しずつ詰めながら言葉を続けた。
「あー、私もミャーペリコみたいにルリさんからのプレゼントが欲しいなぁー。そういえば、夫婦らしい物を何も持って無いんだよねー。もう子どもが居るのに、記念品が何も無いなんて不思議だなー」
「えっと、思い出をプレゼントしたかな……。一応ね」
「うんうん、思い出って大切だよねー。でも、どうせなら形ある思い出の方がステキだと思うなー。この私の意見について、ルリさんはどう思っているのかなー」
気がつけば、この会話の間に2人の距離は手を伸ばさずとも触れられるほど近くなっていた。
もはや既に密着していると言えるほど接近しており、ルリは逃げ場が無い状況へ追い込まれている。
またアカネは背伸びまでして、お互いの鼻先同士が触れあいそうな距離にまで迫っていた。
その圧力と気迫に耐えかねて、ルリは彼女を軽く押しのけた。
「わ、分かったから。アカネちゃんのために何かプレゼントを用意するよ」
「それって具体的には何時頃になるのかなー?」
「えっ?あー……、じゃあ今月中には渡すから」
「今月中ってことは、明日もありえるよねー?または今日とかー」
「思いつきの割に気が早くない?もしかしてミャーペリコに嫉妬しているの?」
「えー、そんなこと全く無いよー?たとえ私よりミャーペリコの方が好きで大切でも、なにかと後回しにされても私が怒る事は絶対に無いよー。釣った魚にエサをあげない人でも、寛大な私は愛情だけで許しちゃうなー」
実はアカネの喋り方と声色は普段と変わりない。
だが、衝動的な想いが彼女の中で駆け巡っているのは確実だ。
どこからともなく発せられる力強い雰囲気からして、彼女が怒っていることに疑いの余地は無い。
思い返せば、あのコンサート以降、アカネだけを相手するという状況を作れていない気がする。
そう考えてみると、これは彼女を長く放置した事に対して詫びるチャンスなのかもしれない。
よってルリはやぶれかぶれの気持ちでアカネの手を握った。
「よぉし!それじゃあ、これからルリパワー全開の超スペクタクルな思い出を作ろうか!最後はデートでお約束のプレゼントを用意するよ!何もかもが凄いサプライズだから、期待しておいてね!」
「おぉー。もう本人に言ったらサプライズじゃない気がするけど、楽しみだなー」
「うん!是非ともご期待下さい!あとミャーペリコも一緒に行こうか!初のデートで、初の家族旅行だよ!」
ルリは完全に場の勢いだけで提案し、ミャーペリコも誘った。
いくら家族旅行と銘を打っても2っきりで無くなるのは違和感あるが、大事なのはアカネが満足しくれるかどうかだ。
それにミャーペリコの方は誘われたのが嬉しく、飛び跳ねて大喜びするのだった。
「うわぁい!ミャーペリコ行きます!みんなでお出かけ楽しみです!」
「おぉー、ミャーペリコ良かったねー。やっぱり、なんでも言ってみるもんだよー。ルリさんは優しいからねー」
どうやら甘えたアカネからしても、ここまで話がトントン拍子に推し進められるとは思って無かったらしい。
だからこそ予想外の形で望みが叶い、ミャーペリコと共に心から浮かれて喜んでいた。
こうしてルリは彼女ら2人を連れて出かける事にした。
だが、やはりと言うべきか、あまりに唐突だったので具体的なプランは一切考えついていない。
つい責任から逃れたい気持ちが逸り、とりあえず相手を納得させるためだけに言ってしまった。
とは言え、親愛なる二人を期待させてしまった以上、もう後には引けない。
とにかくルリは頭に思い浮かんだ事を片っ端から実行へ移すことにした。
「まずは3人で過去へ行こうか!村の歴史観光!上位スキル・次元時空跳躍旅行!」
思案に時間を費やすほど相手の期待値を上げてしまうから承諾は求めない。
ルリは即座にスキルを発現させて、3人の姿は村から忽然と消えてしまうのだった。