40.エフとアズミは既婚者・後編
早朝の村へ出かけると言っても、やることは暇つぶしの散歩と同じだ。
肩を並べて一緒に歩き、他愛ない事を話すことが昔は日課だった。
それを今になって再現するわけだが、あの頃とは村の景観が異なることにエフは気がつく。
「変化が珍しくない村だから気にしたこと無かったけれど、こうして見ると随分と様変わりしたものね。新しい人が増えて、長く住んでいた人は消えてしまった。そして新しい物が入ってきて、古い物は寂れてしまった」
「いつの日か、私達もそうなるのでしょうか。この世界に転移された私自身や、別世界へ行ってしまったエフちゃんの両親みたく」
突発的な転移に限らず、事故や病気などで別れてしまう事もありえる。
場合によっては自分の意思で村を出る事もあるだろう。
いずれ別れの時が訪れるのはほぼ確実で、自分達がどれに当てはまるのか予測できない。
だがエフは、どんな理由であろうと自分が消えることに対して悲観的な思いを抱いて無かった。
「だからこそ、何時そうなっても良いように私達は今を精一杯生きると決めたじゃない。私が錬金術で初めて造り出したカメラも、そのためのマジックアイテムだわ。記録を残すことで、一緒に生きた証を残せる」
「そして生きた証があれば、残された者も寂しく思わないで済みますからね。あれは夢じゃなかったと、記録を見るたびに実感できます」
「そうね。でも、できれば写真や動画の方が良いわ。子どもが描いたような絵だけだと、自分の両親の顔すら思い出すのが難しいもの。もう今では、どんな表情が好きだったのか覚えてないわ」
大切な身内の特徴を、どれだけ頭を捻っても思い出すことができない。
その事実にエフは言い表し難い不安と虚無感を覚えてしまう。
同時に悲しくもあるが、それは仕方ないことだと彼女は割り切っていた。
しかし、それは痩せ我慢に過ぎないだろう。
何より、その無理に納得した考え方がアズミには棘が刺さったように痛く、彼女と同じように悲しかった。
エフのことが大好きで大切だからこそ。
そして生涯の親友で恩人だと思っているから、その苦しみから解放されて欲しいと心から願わずにはいられない。
「やっぱり私は……、エフちゃんの両親が嫌いです。それに許せないです」
「えぇ、知っているわ」
「だって幼いエフちゃんを残して消えたんですよ!残っていたのは僅かな遺品だけ!それでエフちゃんは両親の跡を継いで自分から領主になった!領主という役割も1つの遺産だと、エフちゃん自身が思ったから!」
道端で少女は声を荒げる。
いくら人通りが少ない時間帯であっても人目につくはず。
それを気にかけないほど少女は激情に駆られているが、熱量が込められた訴えを聞くエフは冷静だった。
「そうね。村人たちは戸惑っていたけれど、小さかった私を宥めるためにと了承してくれたわ」
「それからエフちゃんは領主に見合う成果を出そうと頑張って、領主らしく振舞おうとして自分を捨てた!男っぽくマル坊と名乗り、特訓や勉強に精を出して……。それで上手くいくはずだったのにエフちゃんは私のせいで一度……!一度……シ……くぅっ……!」
アズミは先の言葉を口に出す事すら嫌がり、辛く悲しい想いを語らない。
代わりに強い怒りが込み上げて、その怒りの矛先はエフの両親へ向けられた。
「何もかも、エフちゃんの両親が居れば起きなかった事です!そうすれば重過ぎる負担だけじゃなく、悲惨な目にも遭わないで済んだ!」
「それは分からないわよ。両親が居ても私の苦労は変わらなかったかもしれない。そしてあの日、私は命を落とす運命だったのかもしれない」
「きっ、詭弁はやめてください!私はエフちゃんと言い合いなんてしたくないですから……!」
「ごめんなさい。でも、これだけは言いたいわ。私は今、とても幸せな日々を過ごせているのよ。アズミはどうなのかしら?」
エフは落ち着いた表情で見据え、優しく問いかける。
それに対してアズミは自分の怒りの根源に気づくと同時に、惑いながら答えた。
「多分……、きっと私も幸せです。今まで生きてきた時間の中でも、今が一番だと言いきれるくらいに。少なくとも奴隷として売られた頃とは比べ物にならないほど、ずっとずっと幸せです」
「そう、良かったわ。ふふっ。それなら良い買い物をしたわ。こんなに私の事を想ってくれる生涯の親友、しかも大好きになれる人を宝石1つで買えたのだから」
2人っきりとは言え、相手を買ったと外で大っぴらに発言するのは少し無神経かもしれない。
だがエフは、それらの経緯と経験を悪いものだと捉えていないだけの話だ。
なぜなら、その不幸と呼べる出来事があったおかげで今の幸せに巡り合えたのだから。
昔、アズミは転移されたばかりの頃に奴隷として売られ、エフが一目惚れして買った。
そして最初は使用人にすることで関係を構築し、今では最高の親友になれた。
それからエフは両親が消えたせいで多大な苦労することになったが、おかげで錬金術師という道を歩んで現在の自分がある。
他にも様々な経験が積み重なって、全てが今この瞬間に繋がっている。
それにアズミは、エフの両親のことを本気で恨んでいるわけではない。
その本心をエフは知っているから、彼女に問いかけた。
「あーちゃん。そろそろ自分自身を赦しても良いんじゃないかしら?」
「私は……」
アズミは目を伏せて口ごもる。
エフには数えれきれないほど助けて貰っているし、数えきれないほどの恩がある。
それなのに、当時苦しんでいた彼女を助けられなかった自分が腹立たしい。
つまりエフの両親が嫌いだと主張したのは、単なる八つ当たりだ。
自分が無能だと浮き彫りになった出来事が嫌で堪らなかったし、エフの両親であれば防げた悲劇だったから自身の無力さを痛感させられた。
だから嫌い。
どこかで責任逃れな事を考えてしまう自分が嫌いで、醜くて情けなくて、怒りが湧き立つ。
憎いくらい自分に呆れる。
やがてアズミの中では多くの感情が留め止めなく渦巻き、葛藤する。
その果てに出てきた言葉は、親友の前だからなのか素直で正直なものだった。
「私は、自分のことが嫌いです」
「私はあーちゃんのことが好きよ」
「でも、私はエフちゃんの隣に居ることしかできない無能です」
「そう卑下せずとも出来ることがあるじゃない。むしろ、私のワガママにあれだけ振り回されていたのに、よく付き合ってくれているわ」
「ワガママに付き合うことしかできませんでした」
「あまりにも充分すぎるわね。だってあなたは、私の親じゃなくて親友なのでしょう?そしてアズミという親友に代わりはいない。どれだけ欠点だらけでも、私が愛してやまない人に変わり無いのよ」
そう言ってエフは木刀を放り捨てて、手招きでアズミに屈むよう指示を出した。
それでアズミが屈んだ瞬間、少女は顔を近づけて額同士を優しく当て合わせた。
「たまには、一番最初に交わした約束を思い出しなさい」
「約束……」
「あら、忘れてしまったの?」
「しっかりと覚えていますよ。あのお呪いのことですね」
アズミは安心した光りの色を目の奥に灯す。
お互いに小さかった頃。
まだアズミが心からの笑顔を浮かべられず、ずっと不安な表情で慣れない環境に戸惑っていたときのこと。
幼少期のエフは無理やり彼女を外へ連れ出して、こう言った。
『あのね。エフはね、アズミちゃんのことが好きなの』
『……好き?好きってなんですか?』
『ずっと一緒に居たいってこと。だから約束しようよ。ママが教えてくれたんだ。好きな人とは、こう約束するんだって』
それからエフは小さな額をくっつけて、目を瞑る。
心を通わせて、意識を集中することでお互いの存在を身近に感じさせた。
続けてエフは、親に教えてもらった約束の言葉を口にする。
健やかなるときも
病めるときも
喜びのときも
悲しみのときも
富めるときも
貧しいときも
相手を愛し
敬い、慰め合い、共に助け合い
その命ある限り真心を尽くすことを誓います。
2人が、相手のために生きると交わした約束。
その幼少期の約束を2人は思い出し、また年月を経た今、ここで再び交わす。
残念ながら昔と同じく見届け人はいないが、その誓いが朝の清々しい風と日光に祝福されたのは間違いない。
それからエフは一歩離れて、幸せに満ちた笑顔を浮かべた。
「こうして私とアズミが親友で居られるのは、親のおかげだわ。そうでしょう?」
「それも、そうですね。ふふっ、あっははは。どうしてでしょうか……。何も面白いことじゃないのに、なんだか笑っちゃいます。あっはははは……!」
アズミは嬉しくて笑っていた。
自分にかけた呪縛から解放された事によって気持ちが軽くなり、大きな満足感を得たのだ。
そんな楽しく過ごす2人の様子を、ルリは家の窓から眺めていた。
ちょっと羨ましいくらいに彼女らは仲良くて、あのような形でも人生謳歌できるのだとルリは知るのだった。
※次回予告
アカネ「ルリさんと新婚旅行をして、私たちの子どもミャーペリコもできたよねー。
でも、やっぱり他にも形あるものが私は欲しいかなー。
それで夫婦には欠かせない物と言ったら結婚指輪でしょー?
次回『世界に一つだけの花』
ルリさんならナンバーワンでオンリーワンな指輪を用意してくれるんだろうなー」




