4.そしてエフとアカネにも出会います!
しばらくして、激しく燃え上がり続けていた炎は鎮火された。
その際に村人達が総出となっていて、ルリは遅れて来たアズミから出火の詳しい事情を聞くのだった。
「へぇ、そうなんだ。龍が村へやって来て、よくここでバーベキューしていくんだ」
「はい……。どうやら『龍族決定版!家族旅行なら、ここがおススメ!観光スポットベスト1万!』という本に取り上げられたらしく、それで火の不始末で勝手に燃やされるのですよ」
「その割には消火の準備が良い上、大して村の人たちも気にかけて無いね」
燃えた跡地の一帯を見れば、そこでは平然と世間話をしている村人達の姿があった。
ここまで平穏な雰囲気で居られる辺り、日常茶飯事と感じで見慣れた火事らしい。
またアズミ自身も、村人達と変わらない淡々とした口調で説明を続けてくれた。
「もう観光資源にしていますし、燃えた所で地形の関係で住宅の方には被害が及びませんから。ただ鎮火しておかないと、すぐ来る龍族が困るだろうなーと思っての事です」
「人が良すぎて感動するよ。あまり重大視して無くとも、地元民が不始末の尻拭いするなんて由々しき問題なのに。……ところで、この村に空き家ってある?あと役所とか」
「どちらもありますが、ここでは勝手に住み込んで問題ありませんよ。実は異世界からの転生者やら転移者が多すぎて、まともに住民管理できていませんので」
急にアズミが当たり前のように異世界という単語を使い出す。
日常生活感覚で活用されるのは珍しいことで、このことにルリは少し驚いて訊き返した。
「転生と転移が多い?しかも異世界から来てるって分かっているの?」
「さすがに詳しくは知りませんが、世界中で境界線の綻びがあるそうですよ。そのせいで異世界から来訪してくる方が頻繁に居れば、逆に転移されて消える人が多いとも聞きました」
アズミはその事情を知っていたから、いきなりルリが現れても最初だけ呆然とした反応で済ませたのだろう。
それでも何を思って神様だと決めたのか謎ではあったが、ひとまず彼女は考える仕草を取りながら応えた。
「それじゃあ、色々な異世界人が宇宙規模で入り混じっちゃっているんだ。だとしたら、管理が行き届くわけないね。さっきの龍族の事と言い、普通の人じゃあ生活が大変そう」
「でも、そのおかげで技術の流入とかが凄く良いのですよ。実は動画撮影も、異世界のおかげで近年できるようになったみたいですから!」
よほど気に入っているのか、彼女は自慢気に語る。
また動画撮影に関しては余程アズミの生き甲斐となっているみたいで、とても活き活きとしていた。
実際、誰が見ても一目で分かるほど彼女は心底嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべていた。
ちょっとマニアックな一面が濃すぎる気はするが、それでも楽しそうにしている振る舞いは女の子らしく見える。
そんなことをルリが思っていると、今度は別の方向から大声で呼びかける声が聞こえてきた。
「ようやく帰って来たのね!変態犯罪女!」
突飛も無く厳しい罵声が浴びせられる。
しかし、きっとアズミのことを言っているのだろうなとルリは一瞬で納得しており、声が聞こえてきた方向へ顔を向けた。
すると視線の先には2人の女の子が、ずいぶんと気合入った足取りで近づいて来ていた。
その内の1人は明るい橙の髪色で、サイドアップポニーテルの髪型だ。
そして、この田舎村には合わないフリルのドレスを着ている。
またちょっと鋭い金色の瞳が特徴的で、誰よりも白く透き通った肌と気品ある雰囲気は、育ちが良い上流階級っぽく感じられた。
もう1人はアズミより全体的に一回り小さく、おっとりとした目つきと顔つきが愛らしい女の子だ。
それらの身体的特徴からして幼い子だと一目で分かる。
セミロングボブの淡い茶髪で、とてもシンプルなスカートを履いて上着もシンプルなシャツを着ている。
ただ編み込んだロングブーツを履いており、腕には白く丸いだけのぬいぐるみを抱き込んでいた。
アズミはそんな少女ら2人の存在に気づくなり、怒気が混じった口調の罵声など気にかけずマイペースに名前を呼ぶ。
「あ、マル坊とアカネちゃん。わざわざ来るなんて珍しいね」
一体彼女は誰に向けてマル坊と呼んだのか。
本当に数秒のことではあるものの、ルリには全く見当がつかなかった。
けれど、まるで答え合わせみたいに、フリルのドレスを着た女の子が大げさに反応を示してくれた。
「誰がマル坊よ!何度も言っているけれど、私はエフ・マルボーロよ!昔なじみの親友なんだから、せめてエフと呼びなさいよ!」
ドレスの女の子はエフと名乗ると共に、酷い罵倒した直後の割にはアズミのことを親友とも呼んだ。
どうやらちょっと素直じゃないように見受けられる。
だが彼女の実態がツンデレだと思ったのも束の間、すぐにエフはルリの方へ厳しい視線を向けながら愚痴のように喋り始めた。
「それでこの初めて見かける子は?もしかしてコミケでお持ち帰りして来たわけなの?私が目を離したら、すぐこういうことしちゃうの?私への盗撮に飽き足らず、本当あーちゃんは節操無いわね」
なぜか彼女からはイライラしているような気配が発せられている。
その気配はルリが女王の職業をしている時に何度も感じたことがあるもので、間違い無く嫉妬の類であった。
だからルリは、この子はアズミの事が好きなのかと瞬時に察し、なるべく穏便に済むような口調で自己紹介する。
「初めまして、ルリと言います。実は私、ついさっき異世界から転移して来たばかりでして。そんな時に偶然にも道端で出会った、親切なアズミに案内を頼みました。ちなみに朝食は生粋の食パン派です」
「私は果物派よ。……それにしても出会ったばかりと言う癖に、もう変態女を呼び捨てなのね。何より転移して来たなんて事実なのかしら?本当はあーちゃん………こほん、アズミに近づく方便で嘘の可能性があるわ」
「う~ん、そう疑われても困るかなぁ」
「ステータスを見れば分かることよ。はい、ルリさんのステータスオープン」
しっかりと敬称をつけるから性根こそは悪くないのか、ほんのり育ちの良さを隠しきれてない言い回しが多い。
だが、そんなことよりも問答無用にステータスを表示しようとするエフの行動に驚き、ルリは慌てて止めようとした。
「あぁっ!?ちょっと待って!私のステータスに限って、神スキル以外での開示は危険だから!」
「なによ?やっぱり何か隠し事をして……」
焦るルリの態度に対し、エフが怪訝とした表情を見せたときだ。
彼女のステータス一覧が空中に表示される瞬間、どういうことか数値が滅茶苦茶になりながら激しくロールしていき、明らかに異常事態を報せていた。
それから何事かと思った時には遅く、次の瞬間にはステータス表示が炸裂して弾け飛ぶ。
こんなことはエフにとって初めての経験であり、意味が分からなかった。
実はルリのステータスが高すぎるがため、並大抵のステータス表示ではスキルが暴走する。
その結果、使用者の頭をパンクさせてしまい、死に直結する深刻なダメージを与えてしまうのだ。
「スキル・宇宙時間完全掌握!」
ルリは急ぎ世界の時間を止める。
そして、その間にエフが受けたダメージを完全瞬間治癒スキルで癒すのだった。
「もう、せっかちなんだから。このまま時間を戻してもいいけど、一応私は農民だからね。身の丈にあったことをしないと」
彼女はそう言うが、時間停止の中で治癒している時点で農民とは言い難い。
だが、誰かが指摘できるわけでも無ければ、そもそもルリは自分が思っているロープレイングを実行しているに過ぎない。
まだ農民について具体的な決めごとを定めてない以上、結果的に緩い制限で留まってしまうのは仕方ない話だろう。
何にしろ、彼女は修復してから時間を再始動させる。
ただいくら負傷を治したところでステータス表示が暴走した事実は残るから、エフは1人で驚き固まっていた。
「……な、なに?何か取り返しがつかないような、悪いことがあった気がするわ………」
「エフさん、大丈夫?」
治癒は完璧であっても、記憶消去でもしない限り驚きによる精神的ダメージは残ってしまう。
しかし、エフはとても気丈だった。
少し涙目になってしまってはいたが、雑に咳払いすることで弱っている調子を誤魔化し、すぐに変わらぬ態度で言葉を返してくれた。
「ま、まぁ何とも無いわよ。正直、何が起きたのかよく分からなかったから!」
「そう?とりあえず一旦落ち着いて、良ければ私と仲良くしてくれると良いかな。これからこの村に住むつもりだから」
「あら、そうなの。なら、そのことについては領主として歓迎するわ」
「領主?エフさんは領主の娘ってこと?」
ルリの疑問は最もであったが、この疑問には隣に居るアズミが答えてくれた。
「マル坊……じゃなくて、エフちゃんはこの村の現領主です!一番偉くて大変なせいで、私とコミケ行けなくて一晩中泣くような尊さが高い子です!あとコスプレに付き合ってくれますよ!」
「ちょっと!初対面の人に向けて余計な説明を混ぜないでよ!せっかくの第一印象が悪くなるじゃない!早くも威厳を失いたくないわ!」
友達を変態女呼ばわりしていたり嫉妬で疑い深い対応していたのに、今更そのことを気にするのかとルリは内心思わざるを得なかった。
そう騒ぐ一方で、ずっと黙っていた背の低い女の子はルリを真っすぐ見つめ、今になって挨拶する素振りをしてくれた。
「おぉー」
「お、おぉー?」
「私、真間奈アカネ。特技は人の頭を気持ちよく撫でることだよ。よろしくねー」
ハキハキとした声では無いが、決して元気が無かったりテンションが低いようには感じられなかった。
むしろ幼い見た目からしたら上手な挨拶ができていて、初めて冷静な子に会えた事もあってルリは安心した口調で話した。
「どことなくニッポンっぽさを感じられる名前だね。これからよろしくお願いするよ。ところで朝食は何派かな?」
「朝は食べない事が多いよー。朝って、まだ私は寝ている事が多いからー。でも、強いて言うなら………うーん、インスタントラーメン?」
「その年でカップ麺漬けの生活かぁ……。よし、今度朝から沢山食べられちゃう料理作ってあげるよ」
「本当?わぁ、これは素晴らしい友達。もはやエフやアズミより、私にとっての大親友に決定だよー。おぉー生涯の友よー」
アカネという少女は穢れ無い瞳で健気そうに言うが、あまりにも単純すぎる。
如何にもお菓子に釣られて行きそうな純真無垢タイプで、ルリは少し心配に思った。
それにしてもアカネとエフの背中にも羽が見当たらないことから、本当にアズミだけが妖精の羽を持っているのだと改めて理解するのだった。