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37.エフちゃんが幼児退行したのでスーパーマーケットへ向かいます!

ルリは土まみれになりながらも、挫けることなく再び畑から賢者の石を収穫した。

前回より収穫量は劣るが、質は問題ない。

それに()りなければ増産するだけの話だ。

とにかく農業研究の第一歩を進めることが最優先事項であり、収穫を終えた彼女は大きく背伸びする。


「うーんしょっと……。さてと、賢者の石が採れたしエフちゃんの所へ行くかな」


それから彼女は無音で転移する。

だが、数日前にアトリエが吹き飛んだばかりなので行き先は前回と異なる。

今回はエフの家であり、その地下室だ。


「エフちゃーん。賢者の石が採れたよー」


ルリは気が抜けきった報告口調で呼びかけるものの、静寂の(むな)しさと冷たさが馴染んだ空気しか感じられなかった。

そして見当たるのは錬金器具と素材類ばかりだ。

また不十分な換気のせいで室内は薬品臭く、彼女は鼻を指で覆いながら呟いた。


「返事無し。ちょうど出かけているのかな。一応、お昼前に賢者の石を持って行くよって言っておいたんだけど。まぁ領主だし、急用が入ってもおかしくないか」


時間が前後しても用件を済ませられるには変わり無いため、ルリは気軽に捉えて地下室を見渡す。

あとは適当に過ごしてエフの帰宅を待つことにした矢先、部屋の隅から(かす)かな呻き声が聞こえてくるのだった。


「ん?声……?あっ!もしかして毒のせいで倒れているとか!?またはスライムに捕食されていたりして!」


ときに錬金術は本人にとって予想外の結果を生み出す。

そのため事故が起きてしまうことは多々ある話だった。

だからルリはエフの身を案じ、慌てて地下室を歩き回った。


それから彼女は間もなくして、床に伏しているとある(・・・)人物を発見した。

もちろんルリが探していたのは、危機に陥っているかもしれないエフだ。

しかし、奇妙なことに彼女が発見した人物はエフ本人でありながらエフでは無かった。


「はっ……?いや、なんで?」


呻き声を発していた本人を目にした直後、ルリは呆然とする。

なぜなら赤ん坊が床へうずくまり、おしゃぶり代わりに触手を咥えている珍妙な光景だったからだ。


それからルリは迅速に行動を起こし、いつもの親友たち3人をエフの家へ呼んで集合した。

いくら仲良しグループであってもアカネ、ミャーペリコ、アズミ、ルリの4人が家主不在のリビングへ集まるのは不思議な話だ。

だが、肝心の家主エフは居ると言えば居るのだ。


「ということで、エフちゃんが幼児退行しました」


ルリは赤ん坊の正体をスキルで判別したようで、その結果を簡潔に述べた。

ただ彼女の報告が揺るぎない真実だとしても、この呆気ない一言で納得するのは難しいだろう。

そのはずなのにアカネとミャーペリコの2人は現状を容易に受け入れていた。

むしろ戸惑うどころか唐突に幸せが降ってきたくらいの認識であり、心身ともに幼児退行してしまったエフを可愛がっている。


「おーよしよしー。笑顔がカワイイねー」


「可愛いですね~!」


特にアカネはずいぶんと手馴れていて、即座に簡単な手遊びで赤ん坊を笑わせていた。

合わせてミャーペリコの方は自慢のアホ毛でじゃれ合い、夢中にさせている。

なんとも和やかな場面だ。


とは言え、満場一致で疑問を抱かないわけが無い。

唯一アズミだけが赤ん坊を見かけたときから困惑し続けており、何度も見渡すことで全員の様子を伺っていた。


「えっ?どうしてこんな事になったのですか?ルリ様がエフちゃんを発見した頃には、もうこんな状態だったのですか?」


「うん。多分、錬金で自作した薬かアプリの効果じゃないかなぁ。それにエフって遠慮なく自分の体で試す癖があるから、そのせいだと思うよ」


「それは想像できますが……。ひとまず、大事なのは問題を解決することですよね。ルリ様の力で元の姿には戻せないのですか?」


「うーん。もし実験目的だったら干渉するのは忍びないから、とりあえず経過観察だね」


ルリは愛想笑いを浮かべ、すぐに言葉を続けた。


「それにエフを戻したところで、万事解決になるとは思えないかな。あとで更に変化が起きるとか、ちゃんと効果が切れて戻る計画でした~ってなると余計に厄介そうだし」


「なんと言うべきか……、予測がつかないわけですね」


「その通り。ってか、赤ん坊にまで幼児退行している時点で理解の範疇(はんちゅう)を越えているから、素人(しろうと)考えを実行するのは避けておこうか」


「なぜだかモヤモヤします。要するに、今のエフちゃんを見守ることが最善になるのですか?」


「うん。まぁ私的にも、そのために皆を呼んで説明したって感じだから。だけどね、これをするなら私達宛ての書き残しくらい欲しかったのは認める」


「あぁ……それは本当にそうですね。こうして1人で暴走するのはエフちゃんらしいです」


アズミは困惑が入り混じった苦笑い顔で呟く。

対してルリは1人で暴走するのは全員に当てはまることじゃないかと思い、こっちは呆れた感情が目つきに出た苦笑いになってた。

そうして2人が話し合う一方、アカネはエフを抱きかかえながら感動していた。


「おぉー。いつも目線を下に向けてくるエフを私が抱えてるー。これは不思議な感覚だなー」


「創造主様、本当に小さくなりましたね!前の私くらい小さいです!」


「そんなに小さいかなー。そういえば、これって母乳あげないとダメだよねー」


もはや育て親になりきっているアカネは、小さな赤ん坊の世話について本気で思案している。

ミャーペリコの時も親らしいことを言っていた覚えがあるので、なにかと彼女は親という立場に(こだわ)りがあるようだ。

またミャーペリコは彼女の意見を真に受けて、にこにこ顔で上着を脱ぎ捨てた。


「ミャーペリコに任せて下さい!栄養たっぷりの母乳を出しますよ!前にドラゴンさんから、ミャーペリコが牛さんみたいだと褒めてくれました!ですから、きっといっぱい出せます!」


「出てくるのは母乳じゃなく、スライムの粘液じゃないかなー。そんなのあげたら喉を詰まらせちゃうよー」


「それでは台所にあるハチミツをあげましょう!ミャーペリコ、実はハチミツが大好きですし、おいしい物を食べさせてあげたいです!」


何も知らないミャーペリコは親切心で提案しているが、傍から聞けば不安の塊だ。

このまま世話を任せてしまったら、すぐ取り返しのつかない事故を招いてしまう。

そう思ったルリは放置されている上着を拾い、無理やりミャーペリコに服を着せながら会話に()ざった。


「ごめん。その気持ちはありがたいけど、私が世話をするよ。一応経験者だしね。みんなには、とりあえず赤ん坊に危険が及ばないよう守って欲しいかな」


「えぇ~!?ルリママだけズルいですよ!ミャーペリコも母乳をあげたりしたいです!」


「はいはい。おむつの履かせ方を教えてあげるから、まずは正しい知識を身につけようね。あと乳歯の生え方からして……まだ1歳未満っぽいからハチミツは禁止」


「禁止!?そんなルールがあるのですか!」


「どの動物にも言えることで、赤ん坊は大人と違うところが多いんだよ。見た通り未発達でしょ?」


「ハッ、言われてみれば……。創造主様のおっぱいがアカネママと同じくらい小さいです!」


言葉のナイフがアカネの薄い胸板を突き刺す。

しかもミャーペリコの発言は誰よりも純粋無垢なので、より研ぎ澄まされた鋭利な刃だ。

この無意味な比較によってアカネが硬直する中、ルリは世話の準備を進めるためアズミに尋ねた。


「ねぇアズミ。村に赤ちゃん用品って売ってる?」


「もちろん売っていますよ。スーパーマーケットに行くだけです」


「スーパーマーケットって、あれ?ここの村の話だよね?」


ルリは本心から不思議そうに訊き直した。

この素直な反応にアズミは一瞬驚き、思わず素っ頓狂な声をあげた。


「えっ?あぁ……そういえばルリ様って、そのお店を利用したことが無さそうですよね」


「いや、そもそも存在することが初耳だね。それに私の場合、あの城みたいな錬金工房で生活用品が揃うようになっちゃったからなぁ」


「幅広く錬金されていますからね。ただ錬金工房の用途上、さすがに赤ちゃん用品は無いでしょうけど」


「もしあっても、こんな可愛い赤ちゃんに使用するのは無理かな。工房の物って食品以外は挑戦的なものばかりだし。とりあえずスーパーマーケットへ買いに行くけど、エフちゃんをどうしようかなー」


赤ん坊の生活用品や必需品を買うとなれば、知識あるルリが買い出しに向かうのは当然のこと。

だが、まだアカネ達には赤ん坊の世話についてレクチャーしていないため、このままエフを家へ置いておくことに不安が残る。

特にミャーペリコが衝動的に実行する年頃なので、誰かと一緒に残しても心(もと)ない。

だからルリが選ぶべき手段は限られていて、思いきったことを提案した。


「よし、みんなで行こうか。いつまで続くのか分からない以上、長期戦に備えておけるようにしないとね。つまり毎回私が買い出しに行けるとは限らないから、何を買えば良いのか把握できるよう全員で買い物に行く。どうかな?」


不安定な状態のエフを連れ出すのは気が引けるが、彼女の意見はとても合理的なものだった。

それに加えて最初から全員に長期戦を意識させることで、協力する意識を高めるのも正しい説得方法だろう。

何よりミャーペリコが一番納得した様子であって、アホ毛を振り回すほど楽しみにしていた。


「みんなでお買い物!とっても良いですね!ミャーペリコ、みんなでお出かけするの大好きです!」


「おぉー。チームで問題に取り組むときは最初が肝心とも言うからねー。連携しやすいように情報共有することって大事だし、私も賛成だよー」


こうして意見がまとまれば、早速ルリ達5人は手早く身支度を済ませて出かける。

ちなみに今回の外出ではルリが責任者としてエフを抱えていて、アカネのミャーペリコの2人は赤ん坊の調子を気にかけていた。

一方アズミは少し離れた立ち位置で見守っていて、彼女なりの方法で赤ん坊との接し方を学んでいる。

なにせ目利きスキルを持つ彼女の場合、観察に(てっ)した方が的確な情報を得られるからだ。

それでも、いつも通り賑やかに話し合うことには変わりない。


また一部界隈で有名な彼女達が出歩けば、村人たちは積極的に話しかけてきた。

その度に「もう第二子ができたの?」「あらま、もしかして領主様の赤ちゃん?」「アカネちゃん好きだぁあぁ!」「こんな小さな子が村に居たなんてなぁ。どこの子だ?」と質問攻めされる。


秘密にすることでは無いのでルリ達は素直に事情を説明するのだが、どれほど丁寧に説明しても村人は首を傾げる始末だった。

エフのことをよく知るアズミですら受け入れ難い事態だった上、領主としてのイメージが強い村人であれば順当な反応だろう。

しかし、とある1人の村人は事情をぼんやりと理解した後、懐かしそうに呟いた。


「そんな事もあるんだねぇ。あぁ、この小さい顔。エフさんのご両親を思い出すよ」


それは何気ない思い出話でしかなく、ルリ達は軽い相槌だけで済ませた。

しかしアズミだけは一瞬だけ表情を曇らせて悲しみと小さな怒り、更には自己嫌悪感が入り混じった複雑な目つきを見せる。

彼女が激しい葛藤を(あら)わにするのは非常に珍しく、ルリは心配して声をかけた。


「アズミ、大丈夫?」


「はい……、多分大丈夫です。個人的にエフちゃんのご両親は好きじゃなくて……、というのは嘘です。何でもありません。今の言葉は忘れて下さい。こんなことエフちゃんに知られたら、昔みたいにまた怒られてしまいますから」


「ふぅん?」


何らかの確執が感じさせる返答だったが、あえてルリは深入りせず話題を流すよう努めた。

親友や恩人であっても、易々と触れてはいけない部分があることを彼女は重々承知している。

まして好奇心のみで軽々しく追求するのは(もっ)ての(ほか)だ。

だからアズミの前では今後エフの両親の話題を出さないようにと心に留めて、スーパーマーケットへ向かって歩き続けた。


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