33.ホルスタインの逆襲~ミャーペリコと賢者の石~
※補足
『ホルスタイン』・牛のこと。正確には品種名なので乳牛や肉用牛もホルスタインと呼ばれる。
賢者の石を栽培する際に力を使ったとは言え、村にバーベキューへ来た龍族は高位存在に匹敵する力を有していることに変わりない。
つまり大勢が集えば、この異世界でもトップクラスの一大勢力になるのは確実だ。
だが、巨大なミノタウロス強さも同じく規格外であり、龍族のあらゆる火焔を軽々と耐えきっていた。
その様子は傍観しているだけの少女たちにも分かる事で、密かに数々の大冒険を成してきたミャーペリコはミノタウロスの変化に一早く気が付いた。
「見て下さいアカネママ!あの牛さん、ドラゴンさんの炎を気にしないようになっていますよ!」
「そうなのー?私にはあまり分からないなー。それよりもルリさんとエフさんはどうしたんだろー?」
ルリならば、あの脅威を瞬時に制圧しているはず。
それなのに見逃しているということは、何か問題に見舞われたのかもしれない。
だからアカネがミノタウロスの暴走より彼女らの身を心配する一方、畑へ吹き飛ばされていたアズミが土塗れの状態で這い上がってきた。
「こほっけほっ。口の中に土が入りました……。って、なんですかあの大きなホルスタインは!?ホルスタインなのにワガママボディでは無いのですかぁ~!」
「アカネママ大変です!アズミさんが凄く混乱しているみたいですよ!多分、さっき吹き飛ばされた時に頭を打ったんです!」
ミャーペリコは慌てて報告するが、当然ながらアカネは気にしなかった。
それどころか彼女はアズミの心配を一切せず、すぐに簡単な頼み事をする。
「あれはいつものことだよー。それよりアズミ、あの牛怪獣に目利きスキル使えるー?」
「はい、任せて下さい。私のちゃんとした活躍はこれくらいしか無いですからね!はぁ!」
アズミは意味も無くカメラで撮影しつつ、ミノタウロスに目利きスキルを使う。
レベルアップしている今、彼女が引き出せる情報はより詳細で正確だ。
それによって驚愕の事実が発覚する。
「あの胸が無いホルスタイン、秒単位で進化していますよ!しかも賢者の石が動力となっていて体力が全く減りません!完璧な生命体です!」
「つまり無敵かー。それなら、やっぱりルリさんが居ないと鎮めるのは無理かなー」
さすがに高位存在クラスの実力となってしまったら、彼女たちでは手の打ちようが無い。
むしろ下手に加勢しようとするものなら余計に被害が広がるか、戦いの邪魔になるだけだろう。
そう思ってアカネとアズミは見守るのが得策だと考えていたが、人々の助けになることを夢見ているミャーペリコは違った。
今、少女に秘められた人助けの善心が躍動する。
「ここはミャーペリコに任せて下さい!」
「えー。私としては、あまり危険な目に遭わせたくないなー。それに仮想空間や錬金工房の探検とは違うんだよー?」
「大丈夫です!このミャーペリコに策があります!牛さんが賢者の石で強化されているなら、ミャーペリコも同じ方法で対抗です!」
ミャーペリコは勇気と希望にあふれた顔つきで、ルリからプレゼントされた賢者の石を1つだけ取り出す。
そしてアカネ達に問答する間を与えず、少女は独断で賢者の石を即座に体内へ取り込むのだった。
「んぐっ……!る、ルリママは言ってました!ミャーペリコに取り込めないものは無いと!ですから、きっと成功するはずなんです!」
いくらルリのことを信用しているにしても、ミャーペリコの行動は明らかに無鉄砲の何物でもない。
しかし、今更なにを言っても後の祭りだ。
よってアカネは娘の無事を願う他なく、すぐに気持ちを切り替えて応援した。
「おぉー。自分の意思を貫くということは、ついに娘が親元から離れる時が来てしまったのかー。ミャーペリコ頑張れー」
アカネが声をかけている間にもミャーペリコの異変は進行しており、少しずつ体が大きくなっていた。
ただアズミは彼女ほど切り替えが早くないため、冷静にツッコミを入れる。
「いやいや、さすがに旅立つのが早過ぎると思いますよ」
「そうかなー?私はすぐに親元から離れてアイドル活動したけどなー」
「それでもミャーペリコちゃんは生まれて間もなく無いですか?確か、まだ生まれて4日くらいですって。そんな幼子なのに、こんな責任重大の大役を……」
「えー?つまりアズミは生後4日の子に欲望をぶつけようとしたってことー?」
「ごめんなさいやっぱり何でも無いです!あぁ、子どもの成長って早いですね!親友として、この巣立ちを祝福させてもらいますよ!うわぁアズミ感動しちゃったなぁ!うわぁ!」
アズミは露骨に慌てふためき、上手く聴き取れないほどの超早口で言いきる。
そして、そんな中身が無い会話をしている間にもミャーペリコは容姿そのままで巨大化しており、僅か1分足らずで2人が見上げきれない巨体になっていた。
顔を真っ直ぐ上げても、彼女の脚か胸くらいしか見えない有り様だ。
「ミャーペリコ、でっけー」
「ほ、本当に大きいですね……。あれこそが真のホルスタインです。たったの一度でも良いですからアレに埋もれてみたい……」
結局アズミはミャーペリコに対して欲望をぶつけようとしているが、それより気にすべき事は目先の脅威だ。
気がつけば龍族は慎重な交戦を繰り広げるようになっていて、ジリ貧になっているのは素人から見ても明らかだった。
おそらく戦況を引き延ばしているだけで、このままでは龍族の敗北は免れない。
事実、1匹の龍が負け惜しみ同然の言葉を口にしていた。
「くそっ……!なんと我らは無様なんだ!酒さえ足りれば、一撃で炭にしてやれるというのに!」
「その必要はありません!ミャーペリコにお任せあれ、です!」
「なっ、誰だ!?牛より巨乳だぞ!」
「とぅわ!ミャーペリコはミャーペリコです!」
不思議な登場セリフを掛け声にしつつ、巨大化したミャーペリコは最前線へ足を踏み入れる。
こうして見比べると背丈はミノタウロスと同等だ。
また周りに多くの龍族が飛んでいる事も相まって、まさしく大怪獣バトル。
ただ傍観者と化したアズミからすれば、別のコンテンツを連想させる構図であって少し浮足立っていた。
「これ、昔ながらの特撮ヒーロー物で見たことがある光景ですよ。銀色の巨人が怪獣と戦うやつです」
「私的には、如何にもファンタジーって感じだよー。相手が牛さんで、他にもドラゴンさんもいっぱい居るからー」
「つまり私達だけにしか撮れない特撮物ですね。こういう事もあろうかと、村中にカメラを仕掛けておいた甲斐がありました!もちろん、言うまでも無く防犯目的のカメラですけどね!」
「んー、どういうことー?」
唐突にアズミが意味不明なことを口走るため、アカネは理解しきれず首を傾げた。
その一方でミャーペリコは龍族の援護を受けながら、ミノタウロスと取っ組み合いを始めていた。
ただし同じくらいの背丈で、同じく賢者の石を原動力にしているとは言っても2人のステータスには大きな差がある。
特に単純な筋力差が著しく、あっさりとミャーペリコは押し負けていた。
「うぅ~。腕を掴まれただけで、すぐに投げられてしまいます~」
「モォオオォォ゛オオ!貴様は一体、どれほどの家畜を食べてきたんだMoooooooo!!?」
「よく分からないことを真っ赤な目で言ってますし、思わず腰が引けちゃいますよ……。でも、ミャーペリコは決して挫けません!ミャーペリコはまだ変身を2回残しています!この意味が分かりますか!?」
「モォ?」
「つまりミャーペリコはまだまだ強くなれるのです!」
ミャーペリコは勇ましく宣言した後、体勢を立て直しながら2つ目の賢者の石を取り込む。
その瞬間、彼女は稲妻のように迸るオーラを纏うのだった。
心なしか髪も逆立っており、アホ毛も大きく伸びている。
一見すると身体的な変化は乏しいが、ミノタウロスは少女の気迫に押されて一歩後退していた。
それは本能的に脅威だと感じ取った証拠だ。
対して肝心の本人は3つ目の賢者の石を掲げるのだった。
「これがミャーペリコ、ギア2ndです!そ…、そしてこれが3回目の変身………!このままミャーペリコの最終形態を披露してあげます!」
そうしてミャーペリコは手持ち最後の賢者の石を、ほぼ間髪なく取り込んでしまう。
ただでも殺意に呑み込まれていたミノタウロスを後退させる威圧感があったのに、これから更に強くなるとなれば相手は強い危機感を覚えた。
そうとなれば敵が黙って少女の変身を見届けるわけがない。
まだミャーペリコが3回目の変身を遂げる前に、ミノタウロスは4本の腕を大きく振りかぶる。
「させるわけにはいかないモォ!今こそ家畜の恨みを一身に受けろ!ホルスタインスキル・貯蔵戦車!」
それは一斉に4本の拳が放たれる凶悪な4連撃。
1発毎が大地を割る威力を持っており、放つ動作だけでも大気を吹き飛ばしていた。
もしも直撃してしまったら、柔らかい体であるミャーペリコは簡単に粉砕される。
それどころか凄まじいエネルギー量を受けて、いくら賢者の石を取り込んでいても体の大半が消失してしまうかもしれない。
だが、そんな敵の強烈な攻撃は空振りとなるのだった。
「な、なんだとモォ?」
ミャーペリコが回避した気配は無い。
それなのに攻撃が当たらなかった。
『自分が気づかなかっただけで実際は回避された?』そんな考えが彼の頭に過ぎるが、事実とは異なる。
少女は……、彼女は一歩も動いていなかった。
そしてミノタウロスは足元から感じる恐怖に呑まれ、全身の毛を逆立たせながら慌てて顔を下へ向ける。
すると、そこには彼を見上げるミャーペリコが立っているのだった。
つまり小さくなったのだが、本来の身長に戻ったというわけではない。
本来の姿より一回り身長が高く、顔つきからは幼さが消え失せていた。
表情は落ち着いており、凛とした立ち姿で佇んでいる。
それから彼女は更に長くなったアホ毛に優しく手で触れた後、小さく呟いた。
「ミャーペリコスキル・終焉の賢者」
刹那、ミノタウロスの胸元は切り裂かれた。
彼女が振るう認識不可能の触手は世界を断裂し、ほんの一瞬とはいえ銀河を歪ませる。
それから敵の胸元からは粉砕された賢者の石が摘出されており、ミャーペリコは粉々となった破片を手に取っていた。
またミノタウロスが白目をむいて倒れ始めるのは、更に数秒後のことだ。
ゆっくりと前屈みになって地面へ伏し、重量ある肉体だったので倒された際には大きな地響きを鳴らす。
その間もミャーペリコは冷酷な目つきを保っていたが、ミノタウロスのせいで舞い上がる土煙に呑まれて思わず咳き込んだ。
「けほっ……、ごほっ…」
合わせて彼女の口から3つの賢者の石が吐き出されて、次第にミャーペリコの姿はあどけない少女へ戻り始める。
そんなとき、すぐに龍族が総出で少女の所へ集まってくるのだった。
そして、その中でも一番に神々しい存在感と威厳を持つ白銀の神龍がミャーペリコに近づき、喜ばしい大声をあげた。
「見ろ、小さな英雄だ!彼女こそ今回の功労者!我らで小さな英雄を歓迎しようぞ!」
「……は、はい?えっと歓迎ってことは、ミャーペリコのお友達になるということですか?」
「我らは友であり、共に危機を退けた戦友だ!今ここに末代まで仲間であることを誓おう!それも祝いに丁度良い肉が獲れた所だからな!皆の者、ミャーペリコ殿に功績を讃え、勝どきをあげよ!祝杯のときだ!」
「その、ミャーペリコのためにありがとうございます!それとミャーペリコの家族も呼んでいいですか?」
「もちろんだとも!この場にミャーペリコ殿の願いを断る者など居るわけがない!さぁ我の背で運んでやろう!」
そう話した後、ミャーペリコは白銀の神龍の背に乗せてもらってアズミとアカネの所まで飛んで行った。
当然あっという間に到着し、彼女らはお互いに手を振り合いながら明るく呼びかけあった。
「アカネママー!アズミさんー!ミャーペリコに新しい友達ができましたよー!」
「おぉー、おめでとー!それにミャーペリコの活躍を見ていたよー!」
「私もカメラ越しで、しっかりと見ていましたよ!あとで村中のカメラも回収して、編集で映画化してあげますね!映画のタイトルは、ずばり『ホルスタインの逆襲!ミャーペリコと賢者の石』です!」
こうしてミャーペリコの活躍により、アカネとアズミも龍族と仲良くなってバーベキューで親交を深める。
またアズミは龍族に手伝って貰いながらも今回の騒動を映像化させたものをバーベキュー中に上映し、みんなで更に大盛り上りするのだった。
一方でルリとエフの2人は完全崩壊したアトリエから抜け出し、まず先にエフが周りを見渡しながら呟いた。
「あら、せっかく収穫した賢者の石が全部吹き飛んでしまったわ」
「それは別に良いよ。それよりも、アトリエがバラバラになった事の方が深刻かな。一応、寸前でシールドが間に合ったから他の部屋は無傷だけどさ」
「爆発のみならず、吹き飛ばされた拍子に本の仮想空間へ取り込まれてしまったのも予想外だったわね」
「しかも、まさかの長編物の大作とはね。本当にやれやれだよ」
そう言いながらルリは、先ほどまで自分達が体験する羽目となった分厚い小説を地面へ放り捨てる。
それから溜め息を吐いた後、跡形も無いアトリエを見て彼女はぼやくのだった。
「あーあ、掃除が大変そうだなぁ」
※次回予告
アズミ「やめて!警察の特殊能力で撮影データが焼き払われたら、データと繋がっている私の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで私!
私が今ここで倒れたら、みんなと楽しく過ごす約束はどうなっちゃうの?
撮影データはまだ残っている。
この逮捕から逃れたら、警察に勝てるんだから!
次回『アズミ死す!』
………えっ、私死ぬのですか!?」