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32.勝手に戦え!家畜ミノタウロスの暴走!

畑で採れた賢者の石の収穫量は多く、最終的には手のひらサイズの石がちょうど1万個という膨大な数量になる。

それに伴って一カ所へ集めた際には軽く見上げるほどの小山となってしまい、他人から見れば畑の隣に宝石が積み重ねられている状態だ。

ただルリからすれば研究素材でしか無い。

だが、それでも初めての収穫であることには変わりないので感慨深い眺めだった。


「いやぁ、こうして見ると壮観だなぁ。家より大きい岩山みたいになっちゃったよ。空間圧縮があるとは言え、これだけの量をアトリエに保管しきれるかな」


些細な心配を覚えてしまうものの、あとはエフが居る錬金工房のアトリエ部屋へ運搬するだけだ。

だからルリはすぐさま転移で運ぼうとしたが、その直前にミャーペリコが威勢よく声をかけてきた。


「ルリママ!この宝石、1つだけでも良いのでくれませんか!」


宝石だと言っているあたり、彼女にとっては綺麗な装飾品という認識なのだろう。

そのことをルリは察して、気さくな笑顔で応える。


「うん、いいよ。私、まだミャーペリコに親らしいことをしてあげられてないからね」


「えっ、そんなことは無いですよ!だってルリママはミャーペリコに姿を与えてくれたじゃないですか!あとミャーペリコのために調べて、色々と教えてくれました!」


ルリの発言が自虐的に聞こえてしまったらしく、ミャーペリコは熱心に彼女の素晴らしさを語った。

なにせ少女からすればルリは立派な親であり、人生の指針で心から尊敬したくなる存在。

しかしルリは、そこまで重々しい意味で親らしい事という言葉を使ったわけでは無い。

そのため彼女は愛想笑いで返しつつ、(なだ)めるようにミャーペリコの頭を優しく撫でた。


「そういうつもりで言ったわけじゃないよ。それとはまた別に、って事だから。とりあえず1つで良いの?」


「えっと……。それでは、やっぱり2つでも……いいです?」


少女は機嫌を伺う幼子みたいに、指で2の数字を表しながら上目遣いで恐る恐る訊く。

その遠慮がちな仕草がルリにとっては可愛らしく見えて、思わず距離感を詰めたくさせられた。

そして、つい彼女は撫でる動作からアホ毛を(いじ)る指の動きへ変えてからか(・・・)う。


「んん~?2つだって?2つも欲しいのか、この欲張りちゃんめ~」


「うぅ、くすぐったいですよぉ~。それに2つは、やっぱりダメでした~?」


「ううん、むしろ3つあげるよ。余った分はエフちゃんの趣味に使われそうだし、ミャーペリコにあげた方がお得なくらい。はい、どうぞ」


ルリが何気ない態度で喋りながら3つ渡すと、それをミャーペリコは一生の宝物を手に入れたみたいに両手で大事に抱え込む。

それから少女は興奮した素振りで賢者の石を間近で見つめて、宝石同然の瞳を大きくさせた。

よほど嬉しいのか、観察しなくても分かるほど口元がにやけている。


「わぁ~!本当に、すっごくキラキラピカピカです!ありがとうございます、ルリママ!」


「そういう時は、もっとフランクにありがとうで良いよ。礼儀正しいのも結構だけど、そういうことを気にするタイプじゃないしね」


「えっとえっと、ありがとうルリママ!早速アカネママとアズミさんに自慢して来ます!」


すぐにミャーペリコはアカネの所へ駆けて行き、賢者の石を見せびらかしていた。

また(いま)だに触手とキスを交わすアズミにも見せようとして、無邪気に彼女の顔へ押し付けている。

その光景は中々にハードなものであって、ルリは子ども特有の残酷さを感じずにはいられなかった。


「ミャーペリコったら、アズミの両目に賢者の石を押し付けてるよ。なんだか雪だるま作りみたい……」


口には触手、両目には賢者の石というモンスター同然の顔にさせられるアズミ。

それでもミャーペリコは遠慮を知らず、笑顔のまま(たわむ)れていた。

きっと彼女の行動は、大人相手に突撃したり()し掛かろうとする子どもの悪戯と変わりない。

だからルリはあまり気にかけず、次にエフが居るアトリエへ賢者の石ごと転移した。


「エフちゃん、調子はどうー?」


ルリは見渡す限り資料と機材だらけの大部屋へ着くなり、気兼ねなく声をかけた。

けれど彼女の姿は見当たらない上、返事すら無い。


「あれ?どこ行ったの?トイレかな?」


「違うわ。おかげさまで今はルリちゃんの足元よ」


ほぼ言葉通り、足元付近から彼女の返事が聞こえてきた。

見ればエフは賢者の石で埋もれており、上半身のみ自由な状態だ。

かなり強い圧迫感を受けていても不思議では無いのだが、本人は至って冷静な表情をしている。

置かれている状況に反して彼女は無事らしい。

そのためルリは慌てず、エフとの目線を合わせるように(かが)んで謝った。


「あっ、ごめん。まさか賢者の石で下敷きになるなんて。不慮の事故は怖いね」


「次からは気を付けて欲しいわ。それにしても、ずいぶんと生成……いえ、栽培だったかしら?とにかく量産できたのね」


「うん、今のところは順調だよ。あとはエフちゃん次第かな、っと!」


ルリはエフの両腕を引っ張り、あっさりと救出する。

そして賢者の石から這い出た彼女は服に着いた埃を手で払いつつ、会話を続けた。


「これが賢者の石ね。こんなに綺麗で神秘的だったなんて。初めて見るから、ちょっと感動するわ」


「まぁそうだよね。1つあれば世界の情勢を(くつがえ)せる兵器と言われるくらい強力で貴重だし」


「それなら、これだけあれば数千回は世界を覆せるわけね」


「なに?世界を覆したいの?」


「えぇ。覆して、みんなに触手の素晴らしさを……」


「うん、ところでさ」


エフが余計なことを言い出す前に、ルリは本題へ話を戻そうとする。

それによりエフは一瞬だけ不服な表情を見せるが、彼女の話に合わせることにした。


「何かしら?」


「最初は家畜を錬金してくれないかな。多分だけど、そっちの方が調整に時間がかかるでしょ?」


「安心して。今は優秀な助手が居るおかげで、栽培と家畜の研究を同時に進められるわ。それにちょうど家畜の方は準備が整っていて、今すぐにでも結果を出せるわよ」


「へぇ、手際が良いね」


「有効活用できる研究データが既に豊富だったおかげよ。ここの錬金工房は、前々から生態研究と兵器開発を主軸に進めてあったから」


「あー。そういえば前の持ち主はウルフキングを特に自慢していたっけ。あとステータスをあれこれ(・・・・)する装置とか」


そう考え始めると、増々この錬金工房はルリの農業生活に欠かせない施設であり、幸運な巡り合わせだった。

これならば他の場所にも農民ロールプレイングに使える要素があるかもしれないとルリが考える隣で、エフは賢者の石を手に取って歩き出す。


「とにかく、牛……みたいな牛を何匹か作れるはずだわ」


「今の微妙な言い(よど)みは何なの?もしかして別の生き物を作ろうした?」


「それは(うたぐ)り過ぎね。ただ賢者の石に関することは知識として知っているだけで、実際の効力がどれほどなのか把握できてないのよ。最悪、爆発して吹き飛ぶかもしれないわ」


「あっははは、それは無いよ。賢者の石を使った錬金で爆発が起きるなんて、さすがにありえないって」


「そうよね。それについては私の杞憂よね。それじゃあ始めるわよ。まずは床に3回融解を繰り返したオリハルコンと悪魔の消化液を煮詰めた液体で錬金の陣を描き、あとはスキルで……」


エフは黒魔術のような儀式を進め、ついに賢者の石で生物錬金を始める。

これで家畜となる牛が誕生するはずで、ルリは浮かれた気分で事の成り行きを見守った。



その一方、外ではアズミがルリに騙されて触手とキスさせられていたのだと、ようやく気づいた頃だった。

それにより彼女は驚き戸惑い、塞ぎ込みながら変な泣き言を口にする。


「うぅ~……、私の唇が(もてあそ)ばれましたぁ~」


アズミはウネウネする触手を片手に泣き真似をした。

するとミャーペリコは賢者の石で遊ぶことを止めて、彼女を慰めるのだった。


「よしよし。アズミさんは良い子ですから、泣かなくて良いんですよ」


「ありがとうございますミャーペリコちゃん~。ついでに抱き付いて頬ずりしても良いですか~」


「もちろん良いですよ!ミャーペリコの胸にドンと来いです!」


ミャーペリコは気前よく笑顔で引き受け、両腕を大きく広げた。

同時に大きな胸が強調され、アズミの視線はそこへ釘付けとなる。


「よぉし、それでは容赦なく行きますからね。いざミャーペリコちゃんを堪能させて頂きます!」


アズミは犯罪者呼ばわりされても仕方ないほど欲望にまみれた表情を浮かべつつ、全身全霊でミャーペリコへ抱き付こうとした。

しかし、その直前に錬金工房で大爆発が発生する。

それに合わせて唐突な爆音が広がると共に、凄まじい衝撃波が彼女達を襲うのだった。

特にアズミは運悪くも工房から吹き飛んできた触手と直撃して、全身が畑の方へ宙を舞った。


「ひでぶっ…!?」


「あ、アズミさぁ~ん!!」


アズミは情けない呻き声を発しながら吹っ飛ばされたため、思わずミャーペリコは大声をあげた。

対してアカネは変わらず呑気なもので、よろつきながらも錬金工房がある方向へ視線を向ける。


「おぉー、とてつもない事になってるよー」


「え?はわわっ!?アカネママ、あれは一体何なのですか!?」


「なんだろー。()いて言うなら核爆発かなー?」


ルリの畑と錬金工房はかなりの距離が離れている。

それでも視界に収まりきらないキノコ雲ができあがっていて、空と周囲一帯を覆っていた。

更には(うごめ)く巨大な影が見え始め、それはゆっくりと前へ出る。

一体、全長何百メートルあるのだろうか。

あまりにも大きすぎる生物が急に湧いてきて、ついアカネは顔をしかめた。


「んー……、大怪獣?」


「凄いです!ミャーペリコ達が体験した仮想空間より迫力がありますね!顔は牛さんみたいですけど、かっこいいです!」


ミャーペリコが言った通り、突如キノコ雲から姿を現した巨大生物の顔は、(まぎ)れもなく牛だった。

だが、頭から足のつま先まで筋骨隆々であって、人間と変わらない手が四本も生えている。

また2本足で立っているので、それはまさしくミノタウロスの種族と酷似していた。


とは言え、全身が白黒のまだら模様であるため、あながち牛という認識も間違いでは無い。

何であれ大怪獣なのは事実で、その牛らしきミノタウロスは叫んだ。


「我ら種族を家畜と扱う傲慢(ごうまん)な生物どもよ!これは逆襲だ。これからは家畜とされてきた生物を解放するため、傲慢な者どもを家畜にしてやろうぞ!モォオオ゛ォオオォオ゛オオォオオ゛ォォ゛ォオオォォ゛ォ!!!」


凄まじい雄叫び、もとい牛の鳴き声をあげる。

これによって空気は震え、村人達は腰を抜かすほど萎縮してしまっていた。

あのような脅威が暴れてしまったら村は一溜(ひとたま)りも無い。


だが、今は村に龍族が居る。

しかもルリからバーベキューの材料の話をされたばかりでもあったので、龍族たちはミノタウロスを見て大興奮するのだった。


「うおおおぉおお!まさかの大物が登場ではないか!よーし、皆の者、あれを丸焼きにするぞ!おそらく極上品の霜降り肉だ!骨の(ずい)まで食べ尽くそうぞ!」


信じられないほど一致団結しており、本能から湧き立つ闘争心と食欲の両方が龍族を突き動かす。

こうして龍族と、復讐を誓う巨大ミノタウロスの大決戦の火蓋が切って落とされた。


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