31.賢者の石を栽培して収穫します!
無事に村へ帰ってから2日後のこと。
ルリは自前の広大な畑を前にして、笑顔満点で大声をあげた。
「さぁて!賢者の石を栽培するぞ~!」
新婚旅行でミャーペリコという触手スライムの愛娘ができ、浮遊要塞という新しい仕事場も手に入れた彼女はやる気に満ち溢れている。
なぜなら異世界転移した初日に自宅と畑を手に入れたのにも関わらず、今この瞬間まで農民ロールプレイングのお預けを受けていたからだ。
これまでの道のりは決して平坦では無く、むしろ必要以上に険しく遠かった。
しかし多くの苦難を乗り越えた末、全知全能の農民ルリはついに晴れやかな第一歩を踏み出す。
「まずは賢者の石となる素材を畑に植えないとね!とりあえず媒体は……、マニュの調教で余った触手で良いかな」
彼女は大人が隠れられるほどの大きなカゴを手元へ転移させて、軽々と背負う。
そのカゴの中にはウネウネと蠢く大小様々な触手が入っており、かなり賑やかな状態だ。
それから彼女は活きが良い触手を、そのまま畑へ猛スピードで次々と突き刺すのだった。
事情を知らない人から見れば理解不能の行為であり、怪しい儀式のために生贄を準備している光景に見えかねない。
だが、当の本人は呑気な掛け声を口にしながら、洗練とされた手捌きで植える作業を進めていく。
「はいはいはいい、っと。はいはいはいはい~、っと。ほいほいほいほいほっと」
まるで畑に触手を植えるのが当然みたいに、彼女は綺麗に並べていった。
しかも一定間隔で触手同士の距離を空けるのが上手く、僅か数分足らずで畑全域は触手で埋め尽くされようとしている。
「植えた後の畑を見ると、なんだか別の異世界を思い出すなぁ。私が魔王のとき、触手が土壌で増殖することに目をつけて、これで食糧難を解決したっけ。……あれ、聖女の時だったかな。まぁどっちでも良いか」
あっという間に触手植えを終えたルリは、感慨深そうに畑全体を眺めた。
同時に畑は触手に浸食されていき、植えた箇所から増殖を始まってしまう始末だ。
普段なら畑の害獣となってしまうところだが、今は増えた方が都合が良い。
「うんうん、みんな元気でよろしい。それじゃあエネルギーを与える前に、赤鉱石の粉末と宇宙の魔水をあげようかな。確か赤鉱石は錬金工房の保管庫にあったな~。ふんふんふ~ん」
賢者の石の製造工程を熟知しているルリは鼻歌を歌いつつ、淡々と手順を済ませていった。
太陽の熱を受けることで輝きが増す赤石を保管庫から引っ張りだし、おにぎりを握る動作で粉末状にした。
そして宇宙の魔水とやらは、化石となった神話生物から抽出しなければならない。
「本当なら化石を見つけるだけでも一苦労だけど、ここの異世界では何も珍しく無いからね。それに心当たりあるし」
ルリは前にアズミと2人きりで行ったキャラカフェへ転移で赴く。
そこは相変わらず繁盛しているようだが、用があるのは店では無い。
その店の周辺であって、すぐに彼女は道端で化石となっている神話生物を発見した。
「おっ、警備隊に干された神話生物みっけ。きっと自分なら徹夜で待っても大丈夫だと高を括っていたんだろうなぁ。なんてことないクイズ勝負の賞品ですら、神々を打ち倒せるカタナが用意されるくらいなのに」
ルリはアズミと満喫した当時のことを思い出しながら、しみじみと呟く。
それから思い出に浸りながらも畑へ戻り、集めた素材を手順通りに畑全体へ撒いた。
その途端に触手は急成長して大きく伸びたり突然変異してマンドラゴラ化する。
挙句の果てには醜悪な神話生物が誕生しているが、ルリはそれらを気にかけずバーベキューしている龍族へ近寄るのだった。
「すみませーん!ちょっとお話があるんですけどー!」
賢者の石の仕上げに大事なのは、膨大なエネルギーの一斉放射だ。
そのためにも龍族が放つ炎は欠かせない。
だからルリはバーベキューを楽しむ龍族に事情を説明すると、相手は乗り気で快諾してくれた。
「そういう事ならば我らに任せるといい!畑で賢者の石を作るなど、滅多に見られるものでは無いからな!」
「ありがとー!おいしいお野菜やお肉ができたら、是非試食して下さいねー!」
「それは楽しみだ。さぁ、神龍一族の頭として号令する!皆よ集え!我らが力を、この女神に証明するのだ!」
「今の私は農民だけど……、呼び方なんて何でもいいか。とりあえずお願いしまーす!」
ルリは大声で頼んだ後、一定の距離を保ちながら周囲と大地に被害が及ばないよう結界を張る。
それから神々しき龍族が村へ一斉に集結してきて、触手や謎の生物が誕生した畑へ向けて全力で炎を吐いた。
圧倒的な火力であり、凄まじい神力による火焔は万物を滅する。
しかし大地はルリの結界のおかげで消失せずに済み、莫大なエネルギーが伴った火焔放射を受けたのは媒体だけだ。
一方で火焔放射の様子を眺めていたルリは、巻き上がる炎の景色に感動していた。
「すっごーい。ビッグバンみたい」
もはや他人事みたいに、あっさりとした反応だ。
一方で村人達はまた火の不始末かと思って消火活動に出ようとしていたが、いつもとは違うことに気づいて畑近くに集まっていた。
その中にアズミとアカネ、ミャーペリコの姿もあったのでルリは彼女ら3人の所へ転移で移動する。
「あれ、3人とも錬金工房で遊んでいたんじゃないの?」
錬金工房は様々なアトラクションと娯楽が備えられているので、今では暇があれば遊びに行くアミューズメントパークへ化していた。
特にアズミは獣っ子カフェに入り浸っていたわけだが、彼女が一番にとんでもないことを言い出す。
「私、出禁にされました」
「へー。驚くところかもしれないけど、私は納得しているよ。どうせ盗撮のせいでしょ?」
「いいえ。知らない間にお触り厳禁のルールができていて、新人のスタッフに抱き付いて頬ずりしたら一週間出禁にされました。1時間くらいしか堪能してないのに」
「それって私が考えるに、入店直後に抱き付いたでしょ?多分、スタッフは説明しようとしていたと思うんだよね。あと制止を無視していた事まで分かるよ」
「よく分かりましたね。さすがルリ様です」
「なにその世界一嬉しくないさすがの使い方。とりあえず、次からは気を付けることだね。それでアカネちゃん達は?本は読み飽きたの?」
ルリはアズミの失態話を程々にし、アカネとミャーペリコの方へ顔を向ける。
すると彼女の質問にミャーペリコが前のめりとなって答えるのだった。
「いいえ、ルリママ!絵本や映画が沢山あって楽しかったんですけど、大変だったので逃げて来ました!」
「大変で逃げた?ずっと読み続けて疲れたってことかな」
まだミャーペリコは幼いので、要領得ない説明となってしまう。
そのため、すかさずアカネが彼女の言葉に補足をかけた。
「うーんとねぇ。創作物の世界に取り込まれる本があったんだよねー。あとでエフに聞いたら、錬金術による仮想空間なんだってー。どれも楽しかったんだけど、魔女討伐が一番疲れたかなー」
「凄いね。じゃあ、いつの間に色んな大冒険をしてきたんだ。その……リアル体験で」
「今度ルリさんも一緒にやろうねー。動物と遊ぶだけの物語もあったからー」
「それだったら付き合うかな。ただ、私の作業が一段落するまで少し待っててね」
「えー。じゃあキスしてー」
「へっ、なんで?脈絡なくてびっくりするんだけど」
おそらく新婚さんだからという理由かもしれないが、それでも唐突なタイミングでルリは不思議に思った。
それにも関わらずアカネは目を瞑ってキスを待ち構える顔をしたとき、なぜかミャーペリコはアホ毛を振りながら同じ顔をする。
「ルリママ!ミャーペリコにもチューして下さい!あ~母親の愛情が恋しいなぁ~ですよ~!」
「どんな家族なの、これ。スキンシップくらい良いけどさ」
仕方なくルリは2人に軽く口づけするだけのバードキッスで応える。
それによってミャーペリコは飛び跳ねて喜び、アカネは物寂しい目で見つめてきた。
案外、彼女は普段の受け答えに反して欲張りな性格のようだ。
そんなことをルリは思いながら何気なく横を見たとき、いつの間にかアズミまでキス待ちの顔で構えていた。
「んん~!ルリ様ほら、ここにも!ん~」
「アズミにしては珍しく攻めるね」
「たまにはいいじゃないですか。私を可愛がって下さいよ」
「はいはい。じゃあ目を瞑って」
ルリの言う通りアズミは目を瞑り、今か今かと体が揺れ動くほど期待していた。
しかしルリは要望通りにキスをせず、代わりにカゴに残っていた触手を彼女の口に添える。
すぐに吸い付く唇と触手。
更に粘液のいやらしい音が何度も発せられる。
ひたすら珍妙なだけで、エロチックな要素は何も感じられない。
それでもアカネは咄嗟にミャーペリコの目を覆い隠し、見せないようにしていた。
なにせアズミの表情は、他人に見せるべきでは無いほど恍惚とした状態だったからだ。
「あぁ~そんなルリ様!アカネちゃんやミャーペリコちゃんの前で、そんな熱烈なキスを……うぅ…ぷは……はぅ…。癖になりますぅ~……。この吸い付きと絡み…はぁ~…」
「そう。エフちゃんが聞いたら泣いて喜びそうなセリフだね」
ルリは普通に話してしまうが、アズミは触手とのディープキスを熱心に楽しんでいるので気づいていなかった。
それに本人が喜んでいるようなので、ルリはそのまま彼女を放置することにした。
一方で、ようやく龍族の火焔放射は終わったようだ。
龍族は次のバーベキューの話で盛り上がっており、その傍らでルリは焼き焦げた畑から輝かしい光沢を放つ賢者の石を拾い上げる。
結晶の中には変色する炎が揺らいでおり、ほんのりと温かく滑らかな肌触りだ。
何よりも強烈なエネルギーを感じられて、ルリは成功を確信した。
「うんうん、無事に豊作だね。品質も良し。ありがとうね、龍族のみんなー!」
そうしてルリは賢者の石を手に入れると共に、龍族との親睦も深めるのだった。




