30.錬金工房を調教で占拠します!後編
術師マスターは困り果てる気持ちを隠しきれないほど、ルリ達の要求を受け入れ難かった。
自身が築き上げた城を無条件で明け渡すなんて無理難題だ。
そんな嫌がる彼の様子にルリは気が付き、次は妥当な案を口にする。
「アトリエを貸してくれるだけでもいいんだ。私達が住む村でも気軽に使えるようにしたいの」
「それならば、私のアトリエと繋ぐ転移装置を村に用意すればいい」
「あー、それはダメ。だって、やりたいことが農業に関する研究だから。同じ環境下が理想的なんだよね」
「要するに、さっきの言葉通り私の工房が欲しいわけか。中々のワガママだな」
「その言い方だと人聞きが悪いなぁ。あなたを追い出すわけじゃないんだよ?それに思いきって場所を変えて、色々な人を招いた方がインスピレーションが湧くんじゃないかな」
ルリは尤もらしい合理的な意見を伝えることで、なんとか自分が望む着地点になるよう誘導した。
しかし、相手からすれば予想外かつ考えた事も無かった話なので渋る様子を示す。
「その可能性は否定できないが、デメリットが目立つ。まず私の研究は宇宙エネルギーと惑星の自然エネルギーを用いたもので、最終的には惑星を錬金して理想的な環境を創りたい。つまり、この工房は楽園生誕の足がかりで……」
ひとまず術師マスターは意見をすり合わせるために、自分の研究目的について教えようとする。
お互いに事情を説明し合うのは、交渉の基本と言えるだろう。
だが、同行していたエフは相手が喋っている途中である事をお構い無しにスキルを使うのだった。
「面倒臭いわね。錬金術スキル・エフの催眠アプリ起動」
「あれ、エフちゃん?」
「対象の価値観と常識を改変。ルリと私の要求に従うのは常識であり、疑いを持つ必要が無い。また従うことが至福の喜びで、私達の考えは貴方にとって最優先事項である」
エフの催眠アプリは見事に術師マスターにかかり、相手はいきなり大人しくなる。
そうして手馴れた様子で発現させる中、その隣でルリは恐れ慄いた。
なにせ彼女はエフがアプリを錬金したことは本人から聞いていたが、その効果内容までは知らされていなかったからだ。
「アプリを錬金できるようになったって言っていたけど、まさかの完全催眠なの?」
「他にも使用者を最強無敵チート化するアプリもあるわ」
「いきなり無敵とか、効力の段階を踏まなさ過ぎでしょ。そもそも、なんで今のタイミングで催眠アプリを使ったのさ?」
「話が長くなりそうだったもの。それに、これは錬金術師同士の戦いを制したとも言えるでしょ?」
「よく分からないし、同意を求められても困るかな…。私的には一応、もう少し段取りを踏むつもりだったんだけど」
「何であれ、悪いように扱うつもりは無いわ。ただ相手の独自研究がちょっと停滞してしまうだけよ。ねぇ術師マスター、何も問題ないでしょう?」
早速エフは催眠の効果を確認するため、相手に同意を求めた。
すると案の定、彼の目は遠くを見ているばかりで、どこか虚ろながらもハキハキと答える。
「もぉちろんです!私は錬金術で不老不死となった身。そのため私の研究は急ぐ必要などありません。それよりも私はルリお嬢様、そしてエフお嬢様のためであれば喜んで従います。あぁ、尊きお嬢様方。どうか卑しく憐れな錬金術師にご指示を!」
「エフちゃん……。なんか設定した催眠効果と違わない?どう見ても過剰に敬わられているよね。これ、ちゃんと自我が残ってる?」
「きっと彼なりの誠意よ。それに私たちの農業研究を進めるためには、嘘偽りなく手助けしてくれる相談役が必要なの。それが新しく生まれ変わった彼よ」
「ついに生まれ変わったって言っちゃった。もうエフちゃんは相変わらず都合が良いなぁ」
「むしろ生まれ変わった気持ちで接してくれないと困るわ。散々、私達のことに酷い目を遭わせてきた張本人なのだから」
これまで錬金術で強硬手段を取ってきたエフが言うと、自身を正当化するための暴論に聞こえる。
だが、その言葉をルリが耳にしたとき、ふと大事なことを思い出した。
「そういえば、この人が飛行船の部屋を吹き飛ばした張本人じゃん。そう思うと、なんか無性に腹が立ってきたなぁ」
飛行船の部屋が砲撃を受けたとき、下手したら負傷者どころか死人が出てもおかしくない武力行為だった。
それに気づいたルリは小悪魔的な表情へ一変する。
「私が助けなかったら全員死んでたし、よくよく考えたら慈悲なんて必要無いっか。とりあえずエフちゃん。もう一度説得してみるから、催眠アプリを解除してくれる?」
「解除しないままでも良いんじゃないかしら」
「何らかの拍子で催眠が解けたら後が恐いからね。それにエフちゃんの錬金術はまだ不安定なんでしょ?だから私が居合わせる間に予防策を施しておかないと」
「そうね、それについては盲点だったわ。そういうことなら一度解くわよ」
ひとまずエフはルリの言葉に従い、催眠アプリを解除する。
すると、その途端に相手の顔つきは正気へ戻った雰囲気となり、すぐに慌てふためいた。
「お、お前たち……!なんて卑怯者なんだ!」
いきなり卑怯者呼ばわりするとは、どの口が言うんだと思わせる発言だ。
また催眠時の記憶はしっかりと残っているようで、狼狽と怒りが入り混じった態度だ。
対してルリは余裕ある振る舞いで接し、挑発する喋り方で相手の文句を一蹴した。
「あれれ~?そんなことを言える立場かなぁ?だって君、私達のことを何度も殺しかけているよ。そして、それは身勝手な思いばかりで一切の善心は無かった。そんな極悪人が私達に逆らうつもりなの?」
「くっ、何を言いたい……。さっさと、そちらの要求を話せ」
「さっきの話の続きだよ。あなたの全面的な協力かつ工房全域の所有権を渡してくれたら許してあげる。しかも、これらは期限限定の話。具体的な期間は未定だけど、罪を償うためと思えば、たとえ数十年でもあなたにとっては破格の条件だよね?」
「おいしい話に見せかけているが、そんなお遊びに付き合う悠長な時間など私には無いぞ」
「この期に及んで、はっきり言い返す度胸は認めてあげるよ。でも、ついさっき君自身の口から不老不死と聞いたからね。それなのに時間が無いわけ?」
「いいか、私の研究は常に進行している。つまり短時間でも研究を停滞させると、また一から作り直さないといけないモノが多い。他にも成果を取り戻すために数百年かかるわけで…」
術師マスターは極端な研究者タイプであるため、必死に抗弁を垂れ流す。
しかし、どれほどの理由があるとしても、それらは自分の悪事を棚にあげて話しているだけだ。
そのためルリは相手に四の五を言わさせず、テーブルを軽く叩いて話を遮った。
「そういうこと含めて自業自得でしょ。そもそも文句を垂れる立場じゃないし、あまりワガママ言うと貴重な体験をさせるから」
貴重な体験。
だいぶ遠回しな言い方ではあるが、彼女の苛立ちが含まれた声色からしてロクな事では無いと想像するのは容易かった。
それでも術師マスターは自分の事となれば横柄な態度を崩さず、ルリより激しくテーブルを叩き鳴らしながら強気に怒鳴り返した。
「何をされようとも私は研究を続けるぞ!これが私の長年の夢であり、最大のプロジェクトだからな!これだけは譲れない!私は脅しに屈しず、自分の研究を最優先する!絶対にだ!!」
もはや説得が無意味に感じられる。
そのため呆れかえったエフは催眠アプリを再起動させる準備を整えつつ、念のためルリに確認を取った。
「ルリちゃん。ここまで強情なら、やっぱり催眠使うべきじゃないかしら。これ以上はつまらない言い合いに付き合う必要なんて無いわ」
「大丈夫。むしろ、これくらい強情で助かるよ。それだけこの人はマッドサイエンティストってこと。……うんうん、じゃあ私の説得に応じなかったから調教決定ね」
ルリは無邪気ながらも友好的な雰囲気を微塵とも感じさせない、悪の親玉に近い目つきを初めてみせる。
それはエフですら背筋を震わせてしまうほどで、自分の想像がつかない恐ろしい行為が相手に行われるのだろうと予感できた。
しかし術師マスターは自分の発言を取り消そうとせず、未だに強気なままだった。
「馬鹿め。いくらお前とて、私は拷問程度で考えを改めることは決して無い!」
「賢い癖に長生きの秘訣を学習してないんだね。時には長い物に巻かれるべきだよ」
ルリは冷たく言い放った後、視線一つで相手の自由を奪う。
これにより自分の意思では指先すら動かせない。
だが、逆にルリの意思で指先どころか臓器の働きまで自由自在。
そんな緊迫しかけている時に、何も知らないウルフキングが呑気に注文の品を載せた盆を持ってくるのだった。
「お待たせしましター。ご注文のあれこれでスー」
「うん、ありがとうね。じゃあ、ちょっと場所を変えて食べるよ。エフちゃんは数秒だけ待ってて。私の方は1億年くらい相手を愉しませてくるから」
ルリは常人には理解できないことを言いつつ、注文の品を受け取ってから術師マスターごと転移してしまう。
忽然と姿が消えてしまい、状況を呑み込めないウルフキングだけが戸惑った。
「あレ?マスターたちはどこヘ?」
「テイクアウトだったみたいね。でも、すぐに戻って来るはずだから大丈夫よ。……それにしても、私のミントチョコジュースまで持ってかれてしまったわ」
エフは少し残念そうに言いながら、ひとまず大人しく待つことにした。
それから説明通りルリは数秒後に戻って来たのだが、彼女の隣に術師マスターの姿は無い。
その代わりに中性的な見た目で白髪の子どもを連れて来ており、その存在に気が付いたエフとウルフキングは揃って言葉を失う。
おそらく子どもの正体は、言うまでも無く先ほどの彼なのだろう。
そしてルリは激しく戸惑う2人を気にせず、紹介するのだった。
「はい、この子が新生の錬金術師マニュだよ。ほら、二人に自分のことを挨拶しようか」
「えっと……お姉ちゃん、それに大きな狼さん。初めましてマニュです。これからよろしくお願いします」
「よしよし、自己紹介できて偉いね。それじゃあエフお姉ちゃんの研究を手伝ってあげてよ。真面目に協力しなかったら、君のことが大好きな触手と遊ぶことになるから」
「う、うん。私頑張るよ」
どうやら錬金術師王マスターは多くのモノを失い、数多のモノを得たようだ。
年上が大好きな人見知りの子どもにされてしまったらしく、やたらと照れた反応が目立つ性格となっていた。
記憶に関してはまだ不明だが、受け答える様子からして全てを忘れてしまったわけでは無いようだ。
何にしても変貌を遂げたというレベルを超えていて、ルリ以外は唖然として固まるしかなかった。
こうして彼女は結果的に催眠より強硬手段で巨大な錬金工房を入手し、引き続き工房内を満喫しながら自分達の村へ帰るのだった。
※マニュというキャラに出番は与えないので忘れて大丈夫です。
メインキャラはルリ、エフ、アズミ、アカネ、ミャーペリコの5人です。