3.盗撮が大好物なアズミと出会います!
ワンピース服の少女はルリより背が少し低く、また妖精特有の透き通った羽を背中に生やしていた。
そして髪と瞳が綺麗な緑色であって、間違ってもコスプレの類では無いとルリは長い人生経験から断定した。
でも、彼女の知る現代日本らしい特徴が見渡せば見渡すほど周囲には散らばっている。
ここは日本なのか、それとも環境が偶然似ているだけのファンタジー世界なのか。
ルリの記憶力はスキルによって優れているため、余計に混乱してしまった。
「これはどういうことなのか、サッパリだなぁ。私が知らなかっただけで、元から日本には妖精が居たってこと?でも緑色が特長的だから、可愛い河童の可能性が捨てきれない」
そう呟きながら彼女は勝手な憶測を始めてしまう。
一方で驚き固まっていた少女は目を見開いたまま、最初は怯えた声色で話しかけてきた。
「あ、あの……今、何も無い所からニュルニュルと湧いて出てきましたよね?」
「独特な表現するね。実際そういう風に見えていたのかもしれないけどさ」
「いきなり湧き出たのに、落ち着いていて余裕たっぷりな貫録………。ハッ、もしかして神様ですか!?」
少女は唐突にテンションを上げて、飛び跳ねることで喜びを表現してきた。
こうも全力で感情表現するあたり、とても感性豊かな持ち主なのだろう。
それから彼女はショルダーバックからデコレーションされたピンク色のカメラを取り出し、遠慮なく何度もフラッシュを焚きながら撮り始めた。
「撮影、失礼しますね!」
「これフラッシュいる?たった1台で緊急記者会見レベルにピカピカしているけど」
ひとまずルリは咄嗟にカメラ目線でポーズを決めたり、小顔効果ある身振りをする。
だが、なぜか少女の撮影は段々とローアングルになっていく。
やがて見下ろすほどの位置関係になったとき、ルリはこのタイミングで自己紹介を始めた。
「とりあえず私は農民のルリ、よろしくね。撮影好きな貴女の名前は何かな?」
「ルリ様ですね!私はアズミと申します!初めまして、よろしくお願い致します!趣味はコスプレです!」
アズミと名乗った妖精らしき少女は、ローアングル撮影のまま接近を続けた。
それでもルリは気にかけない器量を見せつつ、ひたすら被写体として肉体を強調するグラビアポーズを披露する。
特別に魅力的な美貌というわけでは無いはずだが、自分の容姿に自信あるようだ。
「コスプレが趣味なんだ。じゃあ、その姿もコスプレってこと?」
「いえ、これは私服です!」
ルリは羽のことを訊いたつもりだったが、服装について即答されてしまった。
ということは彼女の羽は本当に体の一部で、この世界では珍しくないのかもしれない。
「うーん、ますます謎だらけな世界だ。それより私、実は神様じゃないから写真撮影やめてくれるかな?」
「写真?これは動画撮影ですよ!」
「えぇ………?確かにさっき撮影とは言っていたけどさ。それじゃあ、この凄いフラッシュは何なの」
「細かい事は別に良いじゃないですか!可愛いので全てオッケーです!コスプレの参考にさせて貰いますね!」
アズミは元気よく応えつつ、今しがた撮影した動画のチェックを始める。
その際に一旦離れることはせず、相変わらず彼女らはローアングルな位置関係だ。
「私もだけど、すっごいマイペースな子だなぁ。ここまで振り切っていると感心しちゃうわ」
彼女の映像チェックは熱心なもので、これほどマイペースだと中々に掴み所が難しい女の子に思えた。
とは言え、初対面にも関わらず問題なく意志疎通できるのは貴重な存在だ。
しかも最初から非常に友好的。
その手応えからルリは充分な友好関係を築けたと考え、本題に入ろうとする。
「アズミちゃん。1人で堪能しているところ悪いけど、サービスしてあげたから質問に答えてね」
「はい!何でも答えますよ!撮影のことだったら何でも訊いて下さい!」
「そのことじゃなくて、アズミちゃんって妖精だよね?」
「ええ~、何を言っているのですか~!私はどこからどう見ても人間ですよ~!あっ、それとも妖精みたいという褒め言葉でしたかね?」
彼女の視線はカメラに向いたままだが、表情や言い方からして本気で人間だと思っている様子だった。
だからルリは単純に自分の認識が世界とは違うのかと解釈し、アズミの身体的特徴を指摘してみた。
「でも、背中に羽が生えてるでしょ。この世界ではそういう人間ばかりなの?」
「羽が生えているのは私だけですね!でも私、朝はヨーグルト派ですから!毎朝ヨーグルトをパクパク食べていれば、背中に羽の1つや2つくらい生えますよ!」
「わぁ、ヨーグルトって凄い」
このとき、早くもルリは悟った。
きっとこの子は少し変わっていて、コスプレのやり過ぎで羽を本物だと思うようになったか、自分を人間だと思い込んでいる一般妖精のどちらかなのだと。
だから、もう彼女の素性については触れない方が無難だと判断し、質問の内容を変えた。
「あー……。それじゃあ、次の質問ね。ここの国の名前は?日本だったりする?」
「にほん?なんですかそれ?ここはシン・ニッポンですよ!」
「余計にややこしい!ややこしく思っちゃうのは私の勝手な都合なんだけど!……えっと、なら……もう質問はいいや。もし不都合が無ければ、近くの町とかに案内してくれると助かるかな」
このままアズミのふんわりとした説明を受けても、おそらく理解に苦しむだけだ。
そうとなれば、百聞は一見に如かずの思いで相手に案内を頼んでみた。
すると彼女は明るい笑顔を向けてきて、もはや相変わらずと言えるくらいに愛想良い態度で了承してくれる。
「いいですよ!私ちょうどコミケ帰りで、ここでニヤニヤしながら動画見ていただけですから!コミケでいっぱい盗撮……じゃなくて、撮影できて満足ですよ!」
「不要な情報のようで、やっぱり凄く不要な情報だね。でも、親切にしてくれるのは本当に助かるよ。いつかお礼をさせてよ。もちろん撮影以外の方法で」
「え~、できたら女の子同士がイチャイチャする動画を撮りたかったんですけど!そして男性が割り込んでくるシチュエーションが巷では大人気なんですよ!」
「考えていることが分かりやすいけど、言っていることが理解できない子だなぁ。うーん。でも、動画を見せてくれるなら前向きに検討してあげなくも無いかな?」
さりげなくルリが交渉を始めたのは、彼女が撮った動画から多くの情報を得られるからと期待したからだ。
なにせ自分のイメージと噛み合わないことばかりだから、ちゃんと自分の目で判断できる情報材料が欲しい。
しかし、アズミはカメラをショルダーバッグにしまってしまう。
「データの99%が盗撮な上、重大な企業秘密もあるので他者に公開は禁止です!」
「ねぇ、その残りの1%って今しがた私を撮影したデータじゃない?厳密には、それすらも無許可だから盗撮と同じだよ」
このことをルリが口にした瞬間、アズミは視線を逸らすどころか露骨に体を背けてしまう。
合わせて彼女から僅かな焦りの気配を感じ取れて、犯罪行為か相手に失礼に当たる事だと自覚しているようだった。
「一応、誤魔化そうとはするんだね……」
話しかけてもアズミからの返事は無く、そのまま相手は道を辿って歩き出す。
きっと本人は道案内を始めたつもりなのかもしれないが、不自然過ぎるタイミングなのでルリは追跡と追求を同時に行った。
「ありえないほど無視したね。色々と大丈夫なの?盗撮って概念がある時点で、凄く危ういと思うんだけど」
どうしても返事を欲しかったわけだが、大地が剥げた道を歩き出して間もなくのことだった。
不意に後方から突風が吹き抜けた。
しかも風力は生半可な強さでは無く、大の男性でも転びそうになるであろう勢いの突風だ。
どう考えても自然発生では無い風にルリは違和感を覚え、まずは天気模様を確認しようと空を見上げた。
そのときだ。
日差しを遮る巨大物体が超高速で上空を通過して行くと共に、一帯は複数の大きな影によって覆われる。
そして地上からの視認が困難なほど、その影たちは鋭い速度で通り過ぎてしまう。
だが、万能であるルリが影の正体を見逃すわけがなかった。
「なんか今、黒龍の群れが飛んで行ったよ!というか、向かっている先から凄い煙あがってない?まさか……!」
「あっ!?ルリ様!今そっちへ行ったら危険ですよ!」
ルリは初めての世界ではあったが異様な胸騒ぎを覚え、アズミを置いて先行してしまう。
当然アズミでは彼女のあまりの速さに追い付けず、一瞬で消えたように見えるほどの駆け足だ。
そしてルリが着いた先には案の定、広範囲に燃え上がる光景が広がっていた。
いくら多くの世界を経験しても見慣れない状況に少し唖然とした後、晴れて農民となった彼女は空に響く大声をあげる。
「これが噂の焼畑農業!?なんて豪快なの!」