27.さすがルリと魔王!赤コインを集めてクリアを目指せ!
ミャーペリコ、アカネ、アズミ、エフのそれぞれが自力で行動を起こしている中、ルリは密室で座り込んでいた。
なぜならば宇宙一の変態と名高い魔王と共に閉じ込められ、一緒に行動せざるを得ない状況だからだ。
それだけでモチベーションが大きく低下してしまい、進む気が湧かなかった。
そんな彼女の心境を魔王側は気配で察しているらしく、機械仕掛けの部屋を調べながら喋りかけてきた。
「どうした、ルリさんよ。仲間を助けるために脱出するべきでは無いのか」
「あれ……、なんで私の名前を知っているの?自己紹介したっけ」
「我はアカネちゃんのファンだと言っただろう。つまり、あの披露宴コンサートに我は行っていたのだ。例えライブ時と姿は異なっていても、我の観察眼は誤魔化せんぞ」
「あぁ、世間的には披露宴扱いなんだ。そう言われるのも納得だけどさ」
「うむ。このまま世間話を続けるのも構わないが、まずはアカネちゃんのためだと思って行動を起こすべきだ。付き合いの歳月は短くとも、固く結ばれた縁の夫婦なのだろう」
「魔王を名乗る癖に、ずいぶんとロマンチックな正論を言うね。だけど、私はそこまでアカネちゃん達のことを心配してないよ」
ルリの淡々とした口ぶりの返事は、魔王からすれば意外だった。
夫婦だからと言わずとも、同じ故郷に住む仲間や友人のことを考慮したら少しは必死になっても良いはず。
ただ彼女が薄情というわけでも無さそうなので、魔王は興味あり気に尋ねた。
「どういう考えだ?彼女らは歴戦の冒険者のような、優れた実力者では無いのだろう。申しわけ無いが、この由々しき事態を解決できる力があるとは思えん」
「そうだね。戦闘能力は皆無かもしれない。でも、私と出会った時と比べて、みんなのステータスが格段に上昇している。どこで条件を満たしたのか分からないけど、クラスも上がっているみたいだし。特にエフちゃんは即席錬金術がスキルアップしていたかな」
「ほう、なるほど。経験値分配と効率化が発生しているのか。もしルリさんが彼女達の前でスキル類を使用しているのならば、大いに起こり得る話だろう」
生き物は見たものや感じた事を記憶し、そこから学習が進む。
それは何も特別な事例では無く、並外れた才能を必要としない。
例えば剣の達人が素人に剣術を見せれば、それは指南となって見様見真似で振るうことを可能にさせる。
つまり第一歩、またはきっかけを与えられたら生き物は成長できるのだ。
特に一秒一瞬を全力で生きている彼女達であれば、変化が顕著に表れるのは自然な事であり必然だろう。
しかし本当にルリの影響で経験を得られたとしても、その成長具合は本人達の努力の賜物だから彼女は得意気にしなかった。
「どうだろうね~。そんな詳しくは調べてないけど、とりあえず全員が成長しているってこと。うんうん。これこそ本気で生きている者の特権で、とっても素晴らしいことだよ」
「それならば、ルリさんも同様に本気で生きているのだな」
「へっ?なんでそうなるのさ。残念だけど私は違うから。彼女たちの生き様に比べたら、私なんてぐうたら生活の怠け者だよ」
「っがははは!とんだジョークだ!ルリさんのステータスを見ずとも我には分かるぞ。あれほどアカネちゃん達に元気を与えられる者が、ぐうたらの怠け者なわけがあるものか!」
魔王は、魔王らしい風格で断言した。
まるで全てを見透かすような瞳で、尚且つ当然みたいな態度で言いきるからルリは不思議な気分だった。
この魔王という存在は、ルリについて何も知らないはず。
「魔王なだけあって自信家なの?どこに根拠があるの。何も事情を知らない他人なのに」
「そうだ、我は他人だ。だがな、こうとも言える。何も知らない他人である我が見ても分かるほど、ルリさんは素晴らしい志で生きている者だとな!」
立て続けに熱弁する彼を前にして、ルリは目を丸くする。
過言であるし、励ますにしても持て囃すぎだと彼女は思った。
だが、こんな本気で言われてしまったら、少なからず真に受けたくなる。
それに相手が変人であることに疑いの余地は無くとも、誰かに認めて貰うのは悪い気分では無かった。
「あっはは。もう、さすがにカッコつけ過ぎでしょ。真面目な時は口が上手いなんて卑怯なんだから」
「我はサークルで創作活動をしておるからな。そのため決め台詞をよく思案している。何より口説き文句でお持ち帰りする練習を日々繰り返しているぞ」
「あー……うん、ごめん。やっぱり色々と無しで。ちょっと私の中で魔王の評価が上がるかなーっと思ったけど、気のせいだったみたい」
少しずつマイペースさを取り戻したルリだったが、即座に引き気味の表情で突き放す言葉までかける。
しかし魔王は何も気にかけず、室内を見渡しながら淡々と応えた。
「うむ、素直に本心を告げるのは迂闊だったか」
「素直というか、単なる下心の暴露だからね。良くも悪くも裏表なさ過ぎ。ウケ狙いコメしているだけあるよ」
「それは過去の事だぞ。つい癖で大喜利したい精神が疼くがな。とにかく今は自治活動が大好きマンだ」
「どっちにしろ自己顕示欲が強いね。もはや自己肯定感が突き抜けていて羨ましいくらいだよ。それに今ではどんな事にも興奮する体質で、落ち込むことがない無敵精神みたいだし……っと」
気分を持ち直したルリは、立ち上がるなり近くのボタンを押した。
それにより扉が開錠される音が鳴ったので、魔王は感嘆の声を漏らした。
「おぉ、開閉装置を見つけていたのか。……いいや、見方を変えれば、進む方法を知っていたのに我と密室を過ごす事を選んでいたとも捉えられるな。これはNTRと同じ展開だ」
「意味が分からない曲解はやめて。あと、余計なこと言い続けるつもりなら調教するからね?」
「そうか。調教には興味あるが今後気を付けよう」
「釘を刺しておくけど、私の調教は生易しいものじゃないから。その気になれば、全てのコンテンツに対して関心や興味を抱けなくなる廃人にさせられるよ」
「娯楽を奪うのか。それは確かに恐ろしいな。生きる屍になるのは勘弁願いたい」
「分かれば良し。ほら、そろそろ行こっか」
ルリの警戒心は解けており、自ら魔王の背中を押してあげることで行動を促した。
そして機械仕掛けの部屋の先は、またもや機械仕掛けの通路となっていた。
建物の規模を考えれば通路であることに疑問は感じない。
だが、その通路は横幅が狭く、体の大きい魔王は動きづらそうにしていた。
「ずいぶんと狭いな。我のような巨体には窮屈だ。これからも獣っ子カフェに通うことを考えたら、早急な改築を願いたい所だ」
「まず痩せたら?」
「何を言う。我はむしろスリムなくらいだぞ。骨格のせいで太く見えるだけだ」
「ふぅん。……あっ、魔王。前に気を付けて」
ルリが前方に視線を向けつつ、注意を呼び掛けた。
すると通路を阻むようにレーザー光線が出てきて、行く先を遮る。
きっと当たれば、あっという間に焼き切られるだろう。
それにしてもレーザー光線を射撃に使用するのではなく、わざわざ進路封鎖させる様はアクション映画みたいな場面だ。
「避けながら進めというわけか。レーザーが動かないのなら隙間を慎重に潜れば良いだけだ。しかし、我の巨体では厳しいものがあるな。これはどうしたものか」
「いやいや、素直に通り抜けようとしなくて良いでしょ」
「それもそうだな。フンっ!」
魔王は腕に力を入れて、隣の壁に拳をめり込ませた。
同時に通路が揺らぐ中、続けて彼は壁の内側からケーブルやプリント基盤などの電子コンポーネントを乱雑に引きずり出した。
強引な手段で床へ散らばることになる電子部品と破片。
合わせて通路の照明が点滅するが、それをお構い無しに魔王は再び手を壁へ入れてスキルを使用する。
「大魔王スキル・大魔原王爆!」
「えっ、魔王の力を使うの?」
ルリが問いかけた直後、通路の壁一面に火柱が突き抜ける。
またレーザー光線の代わりに壁から爆炎が噴出していき、周辺の金属類は融解と膨張の反応を繰り返して跡形も無いほど変形する。
そして十数秒後には道が広く拓けており、足元一帯は熱反応でオレンジ色に光る金属で埋めつくされていた。
これにより発せられる凄まじい熱気は水を一瞬で蒸発させるほど高温であって、人間どころか多くの生物は生命維持できない空間だ。
まさしく地獄の通り道と化していて、この結果にルリは溜め息をこぼす。
「あのね、ここまでされると熱いから。普通に息苦しいし」
「なに?まさかルリさんの生命維持は環境に左右されるのか?であれば、事前に確認するべきだったな。失礼した」
「言い忘れていた私が悪いから別に良いけどさ。ちなみに私はランク2の農民だからね」
「はぁあ……!?馬鹿なッ!低ランクの農民だと!?」
大げさに思えたが、魔王は心底から衝撃を受けた様子で大声をあげていた。
愕然とした表情であって、信じられないものを目撃した目つきだ。
これまでと違って真面目な反応であるものの、魔王が驚いたポイントがルリには分からなかった。
「えぇ……、なんで今までで一番驚いた反応になるの。逆にびっくりさせられるよ」
「理から考えるにあり得ない話だが、そのレベルという事なのか……?ふむ、そうか。我のクラスでも理解が及ばないとなれば……なるほど。あのナンパ男がルリさんの力量を見抜けないのは当然だ」
いきなり魔王は独り言を始め、その上で一人納得してしまう。
ただし、まだ魔王はどこか不可解そうな視線でルリを観察していた。
彼は細かな仕草まで見ているようで、そのまま質問を投げかけてくる。
「もう一度訊きたいが、息苦しいだけで済んでいるのか?」
「え?あぁうん……一応ね」
「今この場所は、我のスキルによって死滅を遂げた。つまり完全な熱耐性や万全な環境適応力を備えていようと、ほとんどの生物は即死を免れない。これについては高いステータス値を持っていても同様だ」
「さらっと説明しているけど、女の子を連れている時にそんなスキルを使うのダメでしょ」
「的確なツッコミだ。そして喋りと反応に異常は見られず、状況を理解した上で拒絶反応も示さない。うむ、これなら我の推測通りになるな」
「さっきから会話のキャッチボールが出来て無いし、ダラダラと何を言っているの?私の事なんてどうでもいいから先に行こうよ」
「そうだな。あぁその通りだ。勝手に足を止めさせて悪かった」
魔王は軽く謝ると、先へ進むために歩き出した。
まだルリからすれば魔王の反応は不可解だったが、きっと何か勘付くものがあったのだろうと適当に流すことにした。
元より彼女は、自分が理から逸脱した存在なのは承知の上だ。
それにわざわざ魔王みたく推測を立てるという探偵ごっこをせずとも、訊いてくれたら素直に教えるつもりだ。
何も隠す気は無いし、もったいつけて秘密にするほどの事でも無い。
ただ問題なのは、言葉で教えるのは難しいという事のみ。
もっと噛み砕いて言ってしまえば、長くなるので一から十まで説明するのが面倒くさいとルリは思っていた。
それに農民ロールプレイングしている以上、基本的に一般農民と思ってくれた方が都合が良いので自分から望んで説明はしない。
「さてさて、私達の方は色々とアトラクションを用意してくれているみたいだね」
しばらく足を止めずにルリ達が辿り着いた先は、今度は目移りするほど様々な機械仕掛けのトラップやギミックが設置された場所だった。
ひたすらに広大で、その果てしない空間は飛行船のビーチを思い出させられる。
だからなのか、ふと魔王は別のことを説明し始めた。
「そういえばだが、空間圧縮技術は1人の錬金術師が研究チームの中心となって発明されたと聞いた」
「マスターって人の事かも。それなら、あの飛行船もここと同じ実験場みたいな感じだったのかな。色々なモノがある所とか、ちょっと似通っている気がするし」
「どうだかな。それにしても、試験ごっこで能力テストするつもりなのか?これは、そういう類の造りだ」
ひとまず魔王は見渡し、どこが出口となるのか探した。
再び力押しで突破することも可能だが、無暗に力を振り回してアカネ達にまで危険が及ぶ失敗は絶対に避けたい。
今もっとも大事なのは目先の障害を安易に解決するより、どうすれば最善になるのか判断するための情報収集だ。
だから2人して注意を払っている時、聴き慣れない男性の声がスピーカー越しから話しかけてくるのだった。
『こんにちは、高位存在のお二人方さん。私はここの主、そして世間では錬金術師王マスター・ベーションと呼ばれている伝説の天才だ。今、そちらの様子はモニターで見させてもらっているよ』
「転移で飛ばされる前に聞いた声じゃん。覗き見が趣味とか、アズミより質が悪いなぁ」
『お嬢さんの方は挑発が上手なようだ。しかし、調子を乗っていられるのも今の内だ。なにせお二方さんには、これから赤コインを10枚集めて貰うからね。そして10枚全て集めたとき、次のステージへ進めるのだ!』
「どんなテスト方法なの?やっぱり錬金術師って変わり者しか居ないのかな」
『宝探し形式で能力テストするのは、古典的ながらも実用的かつ有効的でね。データ収集するのに丁度良い手段なのさ。では、全力を尽くしたまえ。ステージ内には攻略に有効なアイテムもある。上手く使ってみてくれ』
そこでマスターという男性の声は途切れ、ステージが一斉に稼働し始めた。
先程と同じようにスキルを使ったら赤コインを破壊しかねないので、律義に10枚集めなければならない。
何であれ、思わぬ展開にルリは眉を潜めた。
「アイテムがあるって、これ知能テストも兼ねているの?私、そういうの苦手なんだけど」
「その気持ち、よく分かるぞ。我も面倒事が舞い込んだ際には、つい力で解決したくなる。特にオンラインゲームでは容赦なくチート使用して勝つぞ」
「まさしく魔王の所業だね」
「あぁ、ゴースティングとスナイプもする」
「ごめん。私って、そういう用語には詳しく無いから。とりあえず言われた通りに赤コインとやらを集めてみようか。私達なら時間かけずに達成できそうだしさ」
そう言ってルリは身体能力のみで仕掛けに挑み、魔王はスキルを駆使してステージ攻略を試みるのだった。