16.たかが石ころ一つ、皆の想いで押し返してやる!
惑星同士の衝突。
それは世界の終わりだと断言しても差し支えない天災だろう。
そして並大抵の手立てでは打開不可能の問題だ。
この避けようが無い滅亡に対して凡人ができるのは祈るか、死を覚悟する2択のみ。
ただルリは滅亡の危機とは別の意味で頭を抱えていた。
「問題なく順調に達成できそうだなぁと思った矢先、全てが破綻し始めるよね。これが運命ってやつ?」
「んー……。運命かどうかは分からないけど、このままだと大変な事になりそうだよー」
「大変で済むレベルなのかな、これ。でも、この世界には惑星規模の実力者が大勢いるから放っておいても勝手に解決してくれそうじゃない?」
「多分、それくらい凄い人達は大人しく別の惑星へ行くと思うの。どこでも自由気ままに暮らしていけるから」
「うわぁ、普通にありえそう。むしろ納得した。自分が万能だと、いざ何かが消失することに対して執着する必要が無いもんね」
ルリは高次元の職業をマスターした経験があるからこそ、飛び抜けた高位存在は極論同然の倫理観や価値観を持っていることを理解していた。
高位存在と呼ばれる者達は実力ある神と大差無く、不老不死すら珍しくない。
そのせいで消失対象の規模に関わらず、今あるものが失せてしまうのは自然の摂理だから仕方ないくらいにしか思わないのだ。
しかも惑星の消滅なんて、高位存在からすればアリの巣が1つ潰れる出来事と変わりないくらい些末な出来事。
だからルリみたく他の誰かが解決するだろうと楽観視するのは、かなり危険な話だった。
それに今回の惑星衝突という危機が突発的なせいで、凡人たちが総力をあげて対処する猶予が残されていない。
つまり現状、ルリ以外に早急な解決ができる者は存在しないと言い切れた。
そのことについて本人も理解している。
「こうなったら仕方ないよね。コンサートを成功させるために、ここは私が一肌脱ぐかな」
ルリはコンサート成功を建前にして、農民では無く高位存在として行動を起こそうとする。
だが、アカネは偶然にも彼女の呟きを聞いて無かったらしく胸を張って言ってきた。
「ここは私に任せてー。なにせ私は魔法少女であり、おまけに元アイドルマスターで手品師なのでー」
「へっ……手品師?初耳なんだけど。エフもそうだけど、どれだけ兼業しているの」
「厳密には手品師のスキルも覚えているだけー。とにかく、あの惑星を手品師スキルのイリュージョンで移動させるのー」
「イリュージョンって、物体の位置を交換させるスキルね。そのスキルなら解決できるかもしれないけど、惑星をイリュージョンさせるのはステータス的に無理でしょ。それこそ高位存在クラスのステータスを要求されるよ」
「大丈夫、それについては考えがあるんだー。ずばり、みんなの力を合わせるのー。そのためにも、ひとまず映像を私に戻して貰ってもいいかなー?」
「うん、アカネちゃんに戻すね。だけど、みんなの力って、まさかね……」
ルリが彼女の発想に驚いていると、その間にアカネはステージマイクを使って観客全員へ向けて説明を始める。
そして緊急事態だから先ほどまでのアイドルらしい振る舞いは捨てており、いつもの彼女らしい口調だった。
「みんなー、どうか私のお願いを聞いて欲しいのー。この星を救うために、アカネがイリュージョンで相手の惑星を遠くへ飛ばすよー。でもねー、飛ばすためのステータスが足りないんだー」
妙なざわつきが起きる。
そのざわつきは本当に妙で、期待と不安が入り混じったものだ。
またコンサート中の高いテンションも混ざっているから、会場はより独特な雰囲気に満ち足りていた。
そんな中、全員の注目を一身に浴びるアカネは会場へ、更に画面の向こう側に居る者達へ言葉を届けた。
「私のステータス不足を補うために魔法少女スキルを駆使して、みんなの想いを私の力に変換させるよー。つまり、みんなで世界が助かるよう祈って欲しいんだー。そうすれば心の輝きが集まって、私とみんなの力で最大効果を発揮できるのー」
今ここにいるのは、ちょうど彼女の熱狂的ファンばかりだ。
更に世界滅亡という大胆な状況で、全員の力を合わせるというドラマチックな展開。
ましてアカネのお願いに応えた上で、推しと世界の両方を救えるなんてファンからすれば絶好の機会だろう。
それによって観客達は急激に大盛り上がりし、瞬く間にコンサート中とは一味違う熱気でフロアが湧き上がった。
「うおおおぉおおお!アカネちゃん、俺の力を受け取ってくれぇ!!」
「ワタシも世界を救いたいです!そして皆さんで世界を救いましょー!」
「やっぱりアカネちゃんこそ救世主!俺の心も浄化してくれたしな!」
「っぐははははは!想いだけというケチな事は言わず、魔王である我の力も受け取るといい!」
「アカネちゃんナンバーワン!アカネちゃんナンバーワン!」
「アカネちゃんならできるとアズミも信じていますよー!」
「いっけぇー!!アカネちゃーん!」
「星が駄目になるかどうかだ!やってみる価値ありますぜ!」
観客達の声援が光りとなり、どこからともなく膨大な煌きが発生してはアカネへ集束していく。
こうして彼女が煌きを纏った頃、いつの間にかネット中継までされていた。
当然、あまりの事態と展開続きでコメントも会場同様に盛り上がっている。
『うおぉおおおおおおおおおおお!』
『今月ヤバいけどスパチャも力になる?』
『ネットミームの魔王が居て草』
『アカネ最強!アカネ最強!アカネ最強!』
『アカネ様まじで女神すぎ』
『世界が終わる時くらい親にありがとうって言え』
『ありがとうアカネちゃん』
『アカネちゃん愛してるよ!!!!!』
『スーパーアカネ人になっているの草。もうこれ最終回だろ』
『 映 画 化 決 定 』
『勝ったな、風呂入ってくる』
『世界が助かったらアカネちゃんにプロボースする。アカネちゃん、びっくりするかもだけど』
《このコメントは削除されました》
『感動した』
『朝ごはんは食べて』
『正直ルリちゃんも好き』
『引きこもりだけど人のためになれるなんて嬉しい』
『全員の力がアカネちゃんを救うとか胸熱』
『涙と興奮でやばい。おてて震えてきた』
既に会場だけでも無数の力が集まっていて、それによる飛躍的なステータス向上がアカネの身に起きていた。
そのおかげでネットを通した遠方からの想いまで力に変換できるレベルへ一時的に達していて、やがて星全体から力を集め出す。
そして短時間の内に全ての希望が彼女の体に宿り、ついにスキルを発現させる準備は整うのだった。
「アカネちゃん。どうせなら向こうの星が見える方がやりやすいでしょ。上空の戦艦へ転移しようか」
「うん、お願いするねー」
ルリはアカネの手を繋ぎ、大気園付近を飛ぶ巨大戦艦へ転移する。
同時に星を包むような煌きが溢れ出ていて、アカネどころか世界全体を照らしているようだった。
その光りが集う模様は美しく、まるで銀河そのもの。
だが、この幻想的な光景と現象に余韻を浸らせている場合では無い。
見上げれば惑星が視認できるほど接近していて、地上では異常気象が起き始めていた。
そんな一刻の猶予も残されてない中、アカネは全生物の期待を背にスキル名を全力で叫んだ。
「たかが石ころ一つ、みんなの想いで押し返してやるー!魔法少女スキル・希望の天衣無縫!そして手品師スキル・現実幻想演出!」
色とりどりで美しい輝き、軽やかに舞う幻想的な煌き。
それら全てがみんなの力であり、スキルと共に光線として放たれた。
すると光りは一直線に突撃して来ている星全体を一気に覆う。
ルリの見立てだと、これならばスキルは万全に通用して危機を脱せる。
しかし見通しが甘く、いざ効果が発揮される直前に彼女は気が付くのだった。
「ねぇ、ちょっと待って。イリュージョンは位置交換だよ。それ以外の発現条件は無いけど、そもそも何と交換するつもりなの?」
「んー?何も考えてないよー」
「本当なの?」
「おぉー。これはやっちったなー」
発現条件が揃ってない。
そんな初歩的な見落としによりスキルは失敗し、せっかく集めた力は儚げなく霧散する。
それから流星の如く降り注ぐ無数の煌きは色鮮やかで、世界の終末に相応しい一枚絵だ。
本当に綺麗な光景で見る者の溜め息をこぼさせるほどだが、当然ながらルリ達は唖然とする他なかった。
「これガチか」
「ガチだねー」
文字通り全員の希望が打ち砕かれた瞬間だ。
だが、このような状況下でルリが問題を放置するわけが無い。
本来ならイリュージョンは成功していたはずであるし、アカネが失敗してしまったのは性格の問題よりも、このような事態に対する経験が足りなかったからだ。
そんなフォローをルリは心の声で入れながら静かに呟く。
「ルリ流スキルを発現」
傍から見れば、たった一言を発しただけ。
それだけで衝突しかけていた惑星は元の世界へ転移される。
要は全てを元通りにしたわけで、おまけにあの惑星に生息していた生物達と環境も再生させていた。
だからルリは完璧にして最良の結果を生み出したことになる。
「自分の畑を耕す前に、別世界の大地を復活させちゃった。まぁ別に良いっか」
これらの出来事はあまりにも一瞬のこと。
そのため映像を見ていた人達は、アカネがイリュージョンを成功させたと素直に思って歓声をあげるのだった。
世界が助かった事による歓声が凄まじい声量なのは言うでも無く、戦艦上に居ても地下からの声が聴こてくるほどだ。
ただ音が複雑に反響するせいで、彼女ら2人の耳に届く頃には唸り声みたくなっていた。
「凄い。地中の声という事も相まって地獄の怨嗟みたいに聞こえる」
実際は映像を見ていた全員が漏れなく喜んでいて、見知らぬ隣人と思わず抱き合うほど感動している。
自分の命どころか世界が助かったのだから、気分が舞い上がるのは真っ当な反応だ。
そのはずなのに、事実を知るアカネだけは少し気まずそうにしていた。
「むぅー……。ルリさん、ごめんなさい」
そう言って彼女はルリに頭を下げた。
しかしアカネが何に対して謝っているのか見当つかず、ルリは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?天災だったし、アカネちゃんが負い目を感じる必要は無いでしょ」
「ううん、そうじゃないよー。みんなが必死になって、私を信じて協力してくれたのに……。それなのに私が失敗した……せいで……。信じてくれた……みんなが危なくなって……」
これまで何事にも呑気な態度を崩さなかったアカネだったが、さすがに大きな期待と信頼に応えられなくて堪えるものがあったらしい。
よく見れば涙目になっていて、強い悲しみが彼女を襲っている有り様だった。
「ぐすっ……。だから私が悪いのー……。ごめんさない……」
「へっ!?ちょっ、ちょっと待ってアカネちゃん!アカネちゃんは何も悪くないよ!失敗は誰だってするし、元はと言えば私が解決できるのに黙って任せちゃったんだから!」
「任せたってことは、ルリさんも私なら解決できると信頼してくれたんだよね……?それなのに、やっぱり私は……うぅ~…ひぐっ……」
「信頼を寄せたのはあるけど、それで失敗したからと言って絆が揺らぐような関係じゃないよ!その、むしろ……好きになった!そう、アカネちゃんのことが好きになったよ!うん!もっと好きになったから!」
「どうして……?」
ごく自然な訊き返し。
それに対して分かりやすい返答は即座に思いつかなかったが、ここで言葉を濁すわけにはいかさない。
慰めるための方便だと予感している表情をアカネは見せていて、その不安を払拭するためにもルリは勢いで押し切ろうとした。
「それだけアカネちゃんが他人想いで、みんなのために全力で頑張る事ができる子だと知れたもん!星を救おうとしたのも、自分のためというより皆のためだったでしょ!」
「そう……かも。そんな深く考えてなかったけどー……」
「じゃあ無意識に思いやりができるくらい、ステキで良い子なんだよ!ほら、それを知れたから私はアカネちゃんの事がもっと好きになれた!そういうことだし、一番大事なのはそこなの!」
「ルリさんがそんなに言ってくれるなんて、うれしいな。どうしてなのか分からないけど、ルリさんに好きって言われて嬉しいのー」
「相思相愛なのかもね!とにかく泣かないで!ね?ねっ?」
ルリは焦っているせいで、思いついた言葉を片っ端から発言している状態だった。
それが不思議な誤解と雰囲気を生み出してしまい、アカネは小さく頷きながら1つの考えを導き出した。
「相思相愛……。じゃあ、アカネはルリさんと結婚するー」
「うん結婚ね!……ん?ケッコンって……結婚?えっ、いや……ふんふん……。あー、これ本気なの?」
「本気の本気で超本気だよー」
「凄い。いきなり友人関係を飛び越えっちゃったよ」
「うんうん、一線飛び越えちったねー」
「一応その線引きは理解しているんだ。いやいや、理解しているなら余計に告白の本気度が高いって!」
「本気だよー。それともアカネじゃあ、ダメなのー……?」
ルリが少しでも拒絶反応を示した瞬間、アカネは泣き落としにかかった。
いつの間にか手玉に取られている。
そうだと分かっていてもルリは彼女の演技に負けてしまい、相手の望み通りの答えを口にした。
そんな2人のやり取りは全世界に公開されており、その光景を見ていたファン達は盛大な拍手を送っていた。
「おめでとうアカネちゃん。そして彼女を幸せにしてやってくれ、ルリさん……!」
「おめでとー!だけど、俺もアカネちゃんにプロポーズされたかったぜぇ!」
「これが、先代が夢見ていたシチュエーションの1つか……。なんとも美しく、そして力強くありながら高潔だ。我は感服した」
「世界を救った後は恋人同士が無事に結ばれる。お約束だよな」
「コンサートかと思って来たら、実際は彼女らの披露宴だった。何を言っているのか分からないが、俺も分からねぇ」
「楽屋でのキスに引き続き、ありがとう2人とも。そしておめでとう。とってもお似合いよ」
いつまで経っても拍手が鳴りやまない。
その拍手は世界が助かった事による喜び。
更に2人の幸せを願う祝福の意味が込められていた。
「おぉー。これからもよろしくねールリさん」
「はははっ……、あはは…。えっ?これどうなるの?」
それから戦艦は彼女ら2人の新たな人生の門出のために祝砲を撃ったので、今度は火薬の炸裂が世界を照らすのだった。