15.ついでにロリ化して最高のコンサートを披露します!
巨大惑星が迫る一方でルリ達は地下帝国、もといコンサート会場の控え室へ忍び足で移動した。
そこで衣装係であるアズミと最終チェックの打ち合わせを行い、メイクに関してはエフが担当することでステージ用の着飾りを終える。
「はい、これで化粧と髪のセットは終わりよ。アカネちゃんは幼いから、簡単な薄化粧だけでも充分に映えるわね。羨ましくなるほど素材が良いわ」
「おぉー。エフちゃん、ありがとねー」
アイドル衣装に身を包み、髪型にも手を加えたアカネは感動の声を漏らす。
普段は可憐さを前面に押し出しているというのならば、今は美しく華やかな要素を色濃く際立たせている姿だ。
一方、肝心のルリはいつの間にか同室から姿を消していた。
アカネは彼女からの感想も求めようとした時に気が付き、のほほんとエフに問いかけた。
「あれ、ルリさんはー?まだ衣装合わせ中ー?」
「拘りがあるみたいで、自分でメイクすると言って別室に行ったわ。すぐこっちへ戻るとも言っていたけれど……手間取っているのかしら」
2人がルリについての話題を出した直後だ。
アカネ達が居るメイクルームの扉が開けられると同時に、あまり聞きなれない子どもっぽい声が彼女達を呼び掛けた。
「いや~、ごめんごめん。時間ギリギリまで待たせちゃったね」
幼い少女だ。
それもアカネと同年齢くらい。
また非常に親しい雰囲気で話してくれているが、エフ達側からすれば全く心当たりない存在だと断言できた。
「あら、ファンかしら。ここは楽屋で関係者以外は立ち入り禁止よ」
エフはあまり邪険にせず、相手の年齢に合わせた立ち振る舞いをする。
その幼子は可愛らしい見た目と活発な雰囲気を持ち合わせており、どことなく見知っている者のような気はした。
だが、やはり迷子としか思えなかったので無難に他人行儀を続ける。
謎の幼子は2人の距離感ある反応に気づき、ふと思い出した口ぶりで自分の正体を明かした。
「あぁ、そっか。ごめんごめん。私だよ!こんな姿だけど、あの平凡な農民ルリだよ!」
突然現れた幼子は、意気揚々とした口ぶりでルリだと名乗った。
その際に2人は彼女の面影があることを知るが、それでもエフは納得しきれず言葉を濁す。
「言われてみればルリに見えるわ。でも、さすがにねぇ?」
幼子の純真な瞳はエフの記憶にある友人と同一だ。
だが、言葉一つでルリ本人だと認識するのは難しい。
それほどまでに身体的特徴のみならず、声色が大きく異なっている。
特に記憶力が優れているアカネは混乱しており、凄まじい記憶違いに戸惑いを隠せなかった。
「えー、本当にルリさんなのー?気のせいかなぁ。なんだか、さっきと比べて急に背が縮んでいる気がするー。あと胸まで小さくなっているかなー?」
「あ~、そう見えちゃうよねぇ。えっとね、これは……そうアレだよ!特殊メイクの力だって!特殊メイクのおかげでアカネちゃんと同い年くらいに見せかけているの!」
「なるほどー。でも、声まで幼くなってるよー?」
「もちろん声も特殊メイク!」
「じゃあ髪もー?」
「それはウィッグだから実質特殊メイク!あと他に変わっている所も、ぜーんぶ特殊メイクパワーだからね!」
説明が面倒なのか、特殊メイクの一点張りだ。
当然、事実は違う。
実際は変身系のスキルによって肉体を変化させており、単純に年齢を逆行させたどころか体組織そのものが別人同然の状態だ。
つまりルリ本人でありながら、同一人物だと証明できる要素が一切無いという奇妙な話になっている。
もっと極端な例に言い換えれば、狼の姿なのに「私はルリです」と言っている状態に等しい。
そのため同じなのは思考や記憶くらいであって、容姿は完全に似て非なるものだ。
なにであれ、どうしてそんな真似をしたのか不思議だ。
しかし、これで出演者の準備は整ったことになる。
だからアカネは彼女の変貌ぶりに納得した後、愉快気に彼女の手を握りながら喋り続けた。
「よかったー。緊張し過ぎてトイレに籠っちったのかなぁと、ほんの少し心配したよー。特殊メイクで時間がかかっただけなのかー」
「大丈夫、もうここまで来ているからね。とっくに覚悟は決めているよ!この特殊メイクも私の気合いの表れ!よぉし、コンサート頑張るぞ~!」
「初めてなのに良い心意気だー。でも、張り切り過ぎは危険だよー。余計なプレッシャーを感じちゃうからねー。だから、ちょっとでも落ちつくように私の勇気を分けてあげるー」
アカネは自然体で言うなり、前触れなくルリに口づけする。
居合わせている全員にとって予測不可能な行動である上、意図が読めず衝撃が広がった。
「ちょっ……!?」
ルリは彼女の過剰なスキンシップに驚き、思わず相手の華奢な体を手で押しのけようとする。
だが、アカネは押しのけようとする彼女の腕を掴み、すかさず一気に体を引き寄せることで密着してみせた。
この状況を客観的に見れば、幼い少女同士が熱い抱擁と口づけを行っているようなもの。
それはエフにとってご褒美とも呼べる光景だったので、あえて傍観者に徹しながら感心していた。
「これは私へのデリバリーサービスかしらね」
この領主は何意味の分からないことを言って静観しているのだと、ルリは必死に眼で訴えかけた。
ただ今は雰囲気だけで文句を伝えるのが限界であって、アカネが熱心に口づけ行為を続けてくる。
こうなってしまうと力尽く以外での脱出は難しい。
もちろん、ルリがその気になれば押しのけるなどの抵抗は容易だ。
だが、アカネ相手に乱暴な力技を仕掛けるなんて論外だし、身の危険に晒されているわけでは無い。
そもそも今は戸惑いの心境でいっぱいとなっており、穏便に済む抵抗手段を思案する余裕は失われていた。
「むぅっ……んん…」
「はぁ……。ルリさんの舌って、とても甘いねー。あむ……」
「なっ…に……。うぅ~……」
一方的に動きを制されてしまった今、もはやルリは成されるがままだ。
比べてアカネは平常心を当然のように保っていて、ルリは彼女の考えが余計に理解できず激しい動揺を覚えていた。
この熱烈な口づけは、一体いつまで続くのか。
それからアカネが熱烈な愛情行為から解放してくれたのは、更に1分近くも口づけを交わした後だ。
とても長い口づけだったので、さすがのルリも息を浅く切らした状態へ陥ってしまっていた。
「はぁはぁ……、ふぅ。いっ、いきなりどうしたのアカネちゃん!?そんな気軽にキスするなんて、色々とびっくりしたよ!」
「んー?驚かせちってごめんねー。でも、エレベーター乗っている時にルリさんがかけてくれた暗示を分けてあげるなら、口づけが一番良いかなーって考えたんだけど。もしかして迷惑だったー?」
確かにさっきエレベーターで移動していた際、おまじないを口で呑むよう仕向けた。
ただ残念ながら、それは表面的な振りであって実際は新スキル付与だ。
要するに今の口づけは完全に無意味。
とは言え、彼女の励まそうとする親切心は本物だ。
だからルリはアカネの善意を素直に受け取るべきだと、すぐさま思い直した。
「あ、え……そういうつもりだったのね。不意打ちだったから、つい大げさに驚いちゃった。まぁ……迷惑では無かったよ?むしろ何かに目覚めそうな力強さがあったかな」
「おぉー。それは覚醒ってやつだねー。よくリスナーが言っているよー。私の配信を見ていると新しい境地に目覚めるって。そして、しばらくすると悟りを拓くんだってー」
「それは意味が分からないけど、多分そういう人達はそのジャンルが最初から好きなタイプだよ」
「好き?覚醒って、漫画みたいな新しいパワーが身に付くとかの事じゃないのー?」
アカネは発言通りあまり理解してないらしく、きょとんとした表情だ。
ひとまず彼女にとって口づけは応援手段に過ぎなかった、という事なのだろう。
先程の口づけの事すら気にかけてない素振りで、相変わらずあどけないままだった。
その一方で、ずっと鑑賞していたエフは顔を少しだけ紅潮させており、なぜか喜々として喋り始める。
「その覚醒や新しい境地というのは、いわゆる百合要素についてね。ただアカネちゃんは恋愛事に無頓着だから、特殊な状況下であっても相手に発情して情熱を押し付けることは無いわ。逆にそんな無知で無邪気な振る舞いが受けて、そういうファン層の性癖を強く刺激しているのよ」
「エフはいきなり何を言っているの……。見た事ないくらい満足そうな顔だし」
「良いから最後まで語らせてちょうだい。彼女のファンの中には、アカネちゃんには汚れを知って欲しくないという理想を抱く輩も居るわ。だから百合展開が好物で無くとも、もうこのまま女の子同士で仲良くしてくれーって考え出すの。そんな中、思わず恍惚してしまうフィクションみたいな展開が配信内で繰り広げられるから、尚更そのハプニングにロマンを感じて……」
「しつこいくらい長いって!わざわざ性癖解説を披露しなくて良いから!それに偏った知識はどこから得ているの!?」
「それこそ説明が必要な事なのかしら?」
「あぁもう、そうだよね。趣向が偏ったゲームのせいだよね。とにかく!とにかくだよ!さっさと舞台袖へ行こう!きっと他のスタッフさん達が待ちぼうけ状態だからさ!」
恐らくこれ以上の会話は無駄に時間を押すだけではなく、コンサートとは無関係かつ変な方向へ話題が広がるだけだ。
だからルリは威勢よく声を張り上げることで、会話を強引に打ち切った。
本当ただ一緒に居るだけで、つくづく話題が移り変わって賑やかさが絶えないグループだ。
おかげで緊張はすっかり解れたが、もう少しまともな品性を求めたくなってしまう。
とにかく3人は普段通り過ぎた調子だったせいで予定時刻寸前となってしまい、急ぎ足で舞台袖へ移動することになる。
すると彼女らを待ち構えていたのは、観客席どころか地下空間全体を埋め尽くす様々な種族たちだ。
この想像を遥かに越える来場者数に対し、ルリはちょっと興奮した口調で言葉を漏らした。
「ひぇ~、やっばぁい。分かってはいたけど、こうして見ると多過ぎでしょ~!過密じゃん!」
「おぉー。人が多いと気迫も違うねー。みんなが萌え萌えしているよー」
「萌えっていうか、目が完全にギラついているよ。張り切り過ぎている人が居るし、横断幕とペンライトも凄い。あと、なにこの観客達の一体感。ライブコンサートだからこういうもの?」
一目見ただけでも数えきれない動員数だと分かるが、実際はこれに加えて外界である地上と上空にまで観客が大勢いる。
そのことを考えたら、自分の目で直接コンサート鑑賞できる観客は全体の1%にすら達してないだろう。
それでも何とか現地参加しようとアカネのコンサート目的で集まっているのだから、彼女の人気の凄まじさが窺えた。
そして開始前から会場はボルテージが上がり続けており、これを機にエフは2人の登場を促すのだった。
「さぁ、お互いに熱意が高まっている内に始めるわよ。華やかなに、派手に、そしてドラマティックにね。世界一のコンサートを成功させましょう」
意気込みを共有し、全スタッフも真剣な面持ちで気張っていた。
それから間もなくしてエフとルリは表舞台へ姿を現し、ついに盛大にして最大規模の単独ライブコンサートが始まる。
同時に、かつては地下帝国だった場所とやらは爆音と変わらない歓声で満たされた。
当然、これほどの大人数による盛り上がり方は村にとっても初めてで、各所から慌ただしい様子が見受けられる。
それでも舞台に立った2人がやることは1つ。
この場を見てくれている全員のために、イベント協力してくれている人達のために、全力で歌って踊り、最高のパフォーマンスを披露するのみだ。
まずは景気づけに一曲だけ披露した後、アカネは普段の様子とは異なるアイドル要素全開の口調で挨拶する。
そして全観客への挨拶に引き続き、彼女はルリのためのお膳立てを始めた。
「みんなぁー!前回のコンサート同様、今回もサプライズゲストが参加してくれているよー!ネット配信を視聴してくれている人は知っているだろうけど、私から改めて紹介するねー!彼女は私の親友、そして恩人なの!その名もルリさん!どうかみんな、ルリさんの名前を一斉に呼んであげてねー!」
滅多に見られないハイテンションのアカネが呼びかけを促した。
その途端、熱中しているファン達は素直に従ってルリの名前を叫んでくれた。
「『「うおぉおおおおぉお!ルリさんんんんぅうぅうううおんんんんゥウウぅん!!!!」』」
こうして百万以上の人数が合わさった声量は会場全体に響き渡るのみならず、世界全域に轟き震えてしまいそうな雄叫びと化す。
何より観客の中には、たった1体で数千人分の声量を持つ怪物だって紛れている。
やや度を超した熱量を向けられているが、それだけ大きな期待を心から寄せてくれているのだ。
だからルリは相手の期待に見合った反応で返そうと、とびっきりの笑顔を浮かべながら身振り手振りで応えた。
それから元気よく一礼し、先ほどのアカネを見習った立ち振る舞いで挨拶する。
「皆さん、名前を呼んでくれて本当にありがとぉー!!こうして皆さんに名前を呼ばれたこと、そして世界一愛くるしいアカネちゃんに紹介して貰えた、幸せ者のルリです!精一杯頑張りますので、今日はよろしくお願いしますねー!」
「うん!ルリさん、今日は一緒に盛り上げていこー!おぉー頑張るぞー!」
「頑張ろうね、アカネちゃん!そして私とアカネちゃんの魅力だけじゃなく、普段の仲良しっぷりもアピールしていきたいな!もちろん、ルリはこの場を見ている皆さんとも仲良くなりたいです!」
あらゆる職業を制覇しているだけあって、ルリはエンターテインメントに対する理解と他者との接し方の両方をマスターしていた。
そのため相手が求めている愛嬌、望み通りの態度と姿勢、理想としている関係性を築きあげることは手間ですら無い。
また彼女は単純なパフォーマンスのみならず、コンサート開始前から全観客に魅了魔法かけていた。
つまり今はルリが場を完全に支配しており、雰囲気と心身をコントロールしているのだ。
ただ彼女は愚鈍では無いので、魔法に頼りきることはしなかった。
ルリは気遣いも一流であり、さりげないトークであってもアカネが目立つように細心の注意を払っていた。
また安易に弾みを付け過ぎないよう弁えているし、独りよがりに主導権を握らないよう気配りするのも得意だ。
自分はゲストという立場であって、今回の主役はアカネだと理解している。
だからアカネが気持ちを整えたい瞬間が訪れればルリが代わりに場を繋ぎつつ、積極的に活躍の場面を与えた。
それでいて自分の影が薄くならないよう、この場で存在価値を証明しきる様はまさしく完璧の一言に尽きる。
そんなルリの多芸かつ高度な立ち回りに気づける者は一握りだ。
事実、これらハイレベルの実力を理解できたスタッフはアズミくらいだった。
「何度もコンサートを見てきた重度なオタクの私なら分かります。ルリ様の何もかもが神レベルです。観客の熱量も凄いですが、アカネちゃんがあんなに楽しそうにしているのは初めて見ました。とっても活き活きとしていて、いつもより魅力的です……!」
歌やダンスを完璧に成し遂げながら、アカネの調子に合わせてアドリブを入れる。
一晩足らずで覚えたという事実を抜きにしても、どれもルリにしかできない芸当だ。
更に長年のグループだと錯覚させてしまうほど2人の息が合っているから、もはや魅了魔法を使用せずとも最高の結果が出せていたことに疑う余地は無い。
しかし、コンサートが順調に進行している時だった。
歌っている途中で曲が急に止められてしまう。
「あれ?どーした?」
どう考えても不測の事態であって大半の人は戸惑い、一部の客は落胆を隠さずスタッフに向けて野次を飛ばす。
それでもルリは自分の手にかかれば盛り上がった雰囲気への挽回は可能だと考え、すぐに機転を働かせようとした。
だが、この不測の事態は並々ならぬ原因のせいだ。
皆の想像を遥かに越えてしまう前代未聞のアクシデントに見舞われており、そのことを伝える案内放送が会場全体に流れるのだった。
『皆さま、緊急事態のお知らせです。今、この星に巨大惑星が接近しております。そのサイズは途方も無く、この星の十数倍だと観測されました。ただちに避難……いえ、どうしようもないので最期の瞬間までコンサートをお楽しみ下さい』
突飛も無い内容であり、何もかもが唐突な放送だった。
そのせいで放送内容を信じてない者が多く、ちょっとしたどよめきが起こるだけ。
これにはアカネも戸惑う他なく、ルリに心配そうな眼差しを向けていた。
「うーん、ルリさん。これどうしよっかー。なんか本当な気がするんだよねー」
「最期までやりきるのも悪くないけど、とりあえず事実確認が必要かな。会場の液晶パネルを使わせて貰うね」
ルリは即座にスキルを使用し、付近の液晶パネル全てに宇宙の光景を映し出した。
すると舞台上に設置されていた巨大液晶パネル、そして会場内と外界で勝手に設置された映像装置にも巨大惑星が近づいている様子が公開される。
「ガチじゃん」
「おぉー壮観だねー」
ステージに立っている2人は事態の深刻さを理解した上で、日常的な軽い反応を見せていた。
それに比べて観客側は、これが現在進行形で起きている映像だと理解しきれる人は少なかった。
むしろ理解が追いつかないのが正常な反応だろう。
少しずつ状況把握して混乱が広がっていく気配はあるが、結局はどう反応すれば良いのか分かってない人達ばかりだ。
そんな世界滅亡の危機を迎えた状況下でも唯一ルリだけは冷静なもので、惑星が転移されてきたのだと早々に察していた。
「ははっ、これは凄いね。もう私だけじゃなく、もれなく全員が災難に恵まれ過ぎでしょ」