12.神や大悪魔とかと雌雄を決します!
賞品に目が眩んだ高位存在や猛者達が揃い踏み、戦場と化しているキャラカフェ。
その状況下でも2人の少女は呑気に寛ぎ、司会進行を務めるアナウンスの説明を穏やかに聞き続けた。
『早押しクイズのルールは簡単っス!僕が出題するので、参加者は誰よりも早くボタンを押して解答するだけ!ただし、ボタンはドームの天井に張り付けてある1つだけっス!』
「なんで天井?それだと超人かバケモノしか届かないでしょ」
『当然、暴力行為は禁止ですよ!ファン同士、仲良く挑戦して下さいっス!常識の範囲内で行動をお願いしますよ!そして今日の問題は全部で3問ありますから、焦らず頑張って下さいっス!』
短く簡潔な説明だったので、もはや説明が無くとも理解できるほど典型的な早押しクイズだ。
ただ特徴をあげるならボタンが1つしか用意されてない事と、天井にボタンが設置されているという酷い不親切さだろうか。
ルリは言われるがままに天井を見上げ、他人事みたくぼやいた。
「階段とか経路的なものが見当たらないし、普通の人だと参加資格すら無くない?」
「ルリ様。それでも……、それでも私は賞品のカタナが欲しいです!」
「そう懇願されても周りは怪物だらけだし、あれを押すために争奪戦するのはちょっとなぁ」
「ルリ様は神様みたいですし、何とかできませんか?」
ここにきて、ルリは再び神扱いされてしまう。
アズミは確信を持って言っているみたいだ。
しかしルリ自身は神だと名乗ったことが無ければ、容姿に関しても単なる小娘に過ぎないはず。
だから何を根拠に神だと認識しているのか、相変わらず謎だ。
そんな小さな疑念を彼女は覚え、今更ながらアズミに向けて言及した。
「前も変に思ったけど、なんで私が神様なの?」
「実は私コレクターとカメラマンの職業でして、骨董品類や人物に目利きのスキルが使えるのですよ。そのスキル判定によると、ルリ様は神だと私に情報を与えてくるのです」
「そうなの?私の能力が神と遜色ないせいかな?それにしてもアズミの職業って、盗撮とコスプレイヤーじゃなかったんだね」
「うふふっ、そんなわけないじゃないですか。それはあくまで趣味であって職業ではありません」
「趣味でも盗撮は大問題だと思うけどなぁ」
何てこと無い話題で会話を弾ませているのも束の間。
すぐに早押しクイズが始まってしまい、司会による出題がドーム内に響き渡る。
『では、早速第1問!原作であるポケットソードスレイヤーの漫画、初版の第12巻102ページ目では………』
まだ問題を出している途中のことだった。
突如、世界の時間が停止してしまう。
どうやら他の客が時間停止を仕掛けたらしいが、それでも動ける者が大勢いた。
さすが高位存在の類となれば時空系統のスキルが通じず、耐性装備やパッシブスキル、または特性で完璧な対策を施しているようだ。
とは言え、初手から躊躇なく強力な能力を発現させるのはあまり感心できない。
「わざわざ上位スキルを使用するなんて、やる気に満ち溢れ過ぎじゃないかな。既に運営の言ったことを無視しているしね」
ルリは完全停止しているアズミの向かい側に座ったまま、時間が止まった世界で平然と空中乱闘を繰り広げる集団を眺めて呟いた。
争っているのは武闘派の神、存在するだけで世界に影響を及ぼす神獣。
自分の庭を保有している上級悪魔。
突然変異の超越者に比類無き猛者など、異世界から集結しているだけあって多種多様だ。
運営側が認知しなければ何をしても許されると考えている辺り、高位存在らしい行動だ。
ひとまずルリは無防備となっている客達のために次元の壁を作ることであらゆる影響を完全遮断しつつ、ドリンクを悠然と飲み続けた。
「しょうがない。気は進まないけど、一瞬だけスキル解放しておこうかな。一応、攻撃系は停止させたままで、あとは~………。もう、こんなことになるなら生命保険に入っておきたかった」
この世界に保険制度があるのか分からないが、先ほどから容赦ないエネルギー破が飛び交っている。
どれも巨大惑星を消滅させられる一撃となっており、ユリユリ合衆国の魔王が霞んで見える領域の死闘だった。
果てには精神耐性が高い悪魔ですら発狂した後に失神し、最強に値する神話生物は封印が施され、万物を従わせる神は十字架に貼り付けられている有り様だ。
これらの悲惨な現状に彼女は呆れるしか無く、小さな溜め息を吐いた。
「きっとこれってイベントとか関係無くて、人間みたくお祭り気分で騒ぎたかっただけなんじゃないかな。本当、高位存在って行動原理や理念が極端で謎だよ。そして、いい加減に騒ぎ過ぎだからルリ流スキル発現っと」
ルリがスキル発現を宣言した直後、彼女の能力により暴れていた存在のみが強制転移させられた。
更には少しの間だけ自力で戻って来られないよう、概念と因果に干渉することで対象の活動を完全停止させる。
その他にも存在の書き換えや事実改変、更に数多の影響排除を施しているが、全ての効果を説明するとキリが無い。
これはルリが無数のスキルを複合させて生み出した能力だ。
また、誰も真似できない自己流であるため、彼女はルリ流スキルと命名した。
ルリ流スキルはあらゆる場面に効果的で、どのような問題も万事解決へ導ける。
仮に武力面で言えば、相手が神を越える存在だろうと塵未満同然となるチート効力だ。
「さてと、これでひとまず落ち着くかな。時間停止を強制解除」
誰かが発現させた時間停止スキルは、他者の強制解除を無効する厄介な仕組みが施されていた。
だが、完全無効や絶対禁止だとか、はたまた無限貫通などの付加効果はルリからすれば一切意味を成さない。
なぜなら彼女には無限を越えた補正値が備わっている。
それは唯一無二の特殊スキルを誕生させ、現在進行形で一瞬の合間に新たな特殊スキルが増え続けている有り様だからだ。
つまり未知の能力に対して完璧な特効を取れるし、思い通りに正面突破することも容易だ。
まさしく無限という概念の壁すら突破している彼女だが、今はドリンクを飲み干すことに精一杯となっていた。
「あー……。ずっと飲んでいるせいでお腹タプタプになりそう」
そんなことを呟いている間に世界は平常運転となり、無事アナウンスは続いて出題が再開された。
『102ページ目では新たなモンスターが出てきますが、その第一声はなんでしょうか!?』
「あっ!ルリ様、私分かりましたよ!ヘゥロヘゥロです!」
「にわかな私が言うのもなんだけど、そんな独特なイントネーションだっけ?アニメではもっと発音が簡単になっていて、ヘロンヘロンじゃなかった?」
「問題の内容は漫画のことですから!絶対にヘゥロヘゥロです!」
「本当に合っているの?一夜漬けとは言え、私は一度覚えたことは間違えないよ」
「これはファンとして譲れません!私は命をかけてもいいですよ!」
「なら私が間違えていたらアズミに人生を捧げても良いよ」
2人揃ってく些細な言い合いをしている時だった。
その隙に他の人が天井のボタンをボールの遠投で押したらしく、解答権を手に入れていた。
『お?押しましたね!では12番テーブルの御仁さん、解答をどうぞっス!』
「ペロペロベ!」
『おぉー!正解です!これは緊迫したシーンであったため、アニメでは早口で言われ、単行本では第二版印刷以降に修正が入った非常に稀有なケースなんです!そして出題は初版だと明言したので、正解はペロペロベとなります!』
ドーム内に残った客は一般的な良識を弁えた人たちだけになっていて、正解者を讃える盛大な拍手で場は満たされた。
雰囲気の流れでルリ達も拍手するが、どこか呆然とした顔で冷めたものとなってしまっていた。
その表情を浮かべる理由は2人とも思い浮かべていた答えが間違えていたせいだ。
だから微妙に気まずい中、ルリが宥めるような口調で言った。
「へ、へへへ……。二人とも間違えていたね。ちなみに、アズミが持っている単行本って………」
「えぇ、お察しの通り第二版以降の単行本です……。私は最古参ファンではありませんし、みんなの熱が凄くて初版はネットでも手に入れられませんでした」
「そっか。私の勘違いじゃなければさ。今お互いに自分の人生を失ったね。気軽に人生を賭けちゃったよね」
「忘れましょう。恥ずかしい出来事は忘れるに限ります。はい……」
「うん……。あと私、心だけじゃなくお腹も辛い」
「え?これからもまだ出題が続きますよ」
アズミはルリの生理的な現象に戸惑うが、こればかりはどうしようもない。
そのまま彼女は席を立ち、自身の下腹部に手を当てながら申し訳なさそうな会釈をする。
「ごめん、すぐ戻るから。絶対クイズには間に合わせるから」
「本当に大丈夫ですか?並大抵の人ではボタンに触れること自体が難しいと思ったので、エフちゃんやアカネちゃんでは無くルリ様を一番に誘ったんです」
「大丈夫、アズミがどれだけ本気なのか分かっているから。これから人生を捧げるべき友達のためにも、まずは用足しを気合いで踏ん張ってくるよ」
「いくら気合いを込めても、事態の好転は望めない気がしますけど……」
「私の気合いは凄いよ。カフェで言う事じゃないけど、おかげで幼少期から便秘になったこと一度も無いからね」
「本当に言う事じゃないですね。その、不要な情報という意味も含めて」
それからルリは高い身体能力を最大限に駆使することで用足しを素早く済ませ、なんとか最終問題には間に合わせるのだった。
更に結局は読心スキルを使用したりボタン破壊するなどの力技で早押しを制した彼女は、見事クイズに正解して賞品をゲットして雄叫びをあげた。
「どんなもんじゃい!おりゃああああああぁ!一夜漬けの苦労を舐めりゅなああぁあ!」
ある意味、ルリがこの世界の独特な空気感に染まり始めた瞬間だ。
そして色々と災難だらけだったが、キャラカフェを充分に堪能して退店した後のこと。
カタナや店内特典を手にしたアズミは心底嬉しそうだ。
景品のどっしりとした重量を気にかけず、街中では軽い足取りでスキップしていた。
「もう本当に感謝感激雨嵐ですよ!俗に言うチョベリグです!ルリ様とマブダチになれて最高に嬉ピッピで、どこまでもテンションあげあげのシャシャシャです!!」
「急にどうしたの?謎単語の連発で理解力が漂流したんだけど。でも、まぁ喜んでくれたなら良いかな」
「嬉し過ぎて走馬灯を見そうなくらいですよ!ポケットソードスレイヤーのファンで良かったです!それに……はぁ~…。本当に良いカタナ……。眺めているだけでヨダレがこぼれそうですぅ」
「間違っても舐めて舌を切らないでよ~。間違って良いのはクイズだけなんだから」
ルリの表に出す態度は落ち着いているが、口から出てくる表現は妙な言葉続きとなっていた。
きっとアズミほどでは無くとも同様に浮かれているのだろう。
そうして2人がイベントの余韻を楽しんで歩いていたとき、彼女が転移させた高位存在達が目の前に立ちはだかった。
闘志が滲み出ており、まるで怒りを抱いているように見えた。
だが、どのような能力の持ち主であろうとも、ルリの力によって転移させられたことは気づいていないはずだ。
「あー、もしかしてクイズ賞品の方が狙いか」
よく洞察すれば彼らの視線が賞品のカタナに向けられているとルリは気が付き、すかさず前へ出た。
いくら高位存在が相手でも苦労して入手した賞品を渡すわけにはいかない。
「る、ルリ様。さすがにこれは大変ですよ、危険な状況です……!」
「そう怖がらなくていいよ。それにしても他の客に狙われるって最初に言っていたのは、こういうことだったんだね」
確かに店外で襲撃すれば、どれだけ店の警備が熱心に警戒していても無関係だから積極的に介入しない。
事実、赤の他人だと言わんばかりに無視を決め込んでいるし、まだカフェが経営中なので人員を割く余裕が無かった。
要するに周囲の手助けを期待できないわけだが、それでもルリは落ち着いていた。
それどころか彼女は賞品であったカタナを鞘から抜き出し、優雅に構えてみせる。
その構えはポケットソードスレイヤーと同一で、相手もモンスター同然なことから作中再現のような光景と化す。
異様な雰囲気に包まれた場には観衆が集まり始め、やがて高位存在の1体が大声で叫んだ。
「抵抗するな!大人しく賞品を渡すといい!それは我々のような強者が手にすべきグッズ!ただの人間が手にしていい代物では無い!」
言葉と共にビリビリと伝わる圧倒的な強者感。
しかしルリは一瞬たりとも怯まず、むしろ優しい愛想笑いを作りながら気遣う声色で答えた。
「ごめんなさい。まったくもって何を言っているのか理解できないので、金輪際絡まないで下さいね」
言いきった直後。
彼女の目つきは歴戦の戦士の如く鋭くなり、纏う雰囲気が変化すると共に凍てつく視線は高位存在全員を捉えていた。
あとは刹那より短く細い時間に起きたこと。
彼女の洗練された足捌きと鋭く軽やかな身のこなし。
そして究極の武を越える剣術は空間ごと高位存在を穿ち抜いた。
もはやルリが振るう太刀筋と切り返しは何者の認識を許さず、完璧としか言いようが無い的確な攻撃は敵全員を圧倒する。
ただ、繊細でもある剣撃は周囲に影響を与えてないどころか、流れる空気すら僅かほども乱していない。
これは傍から見れば、本当に彼女がカタナを振るったのか怪しく思うほどの現象だ。
何よりもルリはいつの間にかカタナを鞘へ納めており、今しがた使用したグッズを飄々とした態度でアズミに返していた。
「このカタナって凄いね。峰打ちだったのに、ちゃんと効力が発揮されていたもん。ついでに私達のことが認識できないよう相手の感覚をいじっておいたから、安心してね」
「えっと……?もしかしてルリ様って、私が思っているより凄い神様なんですか?」
「単なる農民だよ。少なからず武術の心得があるのは認めるけど。とりあえず、また別の人に襲われない内に今日は帰ろうか。荷物も多いからさ」
ルリからしたら気にかけるほどの問題では無いため、まるで何事も無かったことのように話しながら瞬間転移でアズミの家まで直接戻った。
あとは戦利品の整理に付き合っていると、ふとアズミから今日一日ついてのことを言ってきた。
「そういえばルリ様、今日はありがとうございました。移動はラクチンでしたし、グッズは無事に手に入れられました。何もかもがルリ様のおかげさまで、いくら感謝しても感謝しきれません」
「私が想像していたより災難な事ばかりだったからねー。まぁ、そう考えたら付いて来て良かったなと思うよ。アズミだけだったら絶対に危険だった」
「ここだけの話、コミケでも死にかけましたからね」
「だろうね。じゃあ……。心配でしょうがないから、これからも何かあったら外出に付き合ってあげるよ。あくまで私の都合が合えばだけどさ!」
露骨に言葉を付け足し、いわゆる『仕方ないなぁ感』を強調して言ったつもりだった。
なのにアズミは彼女の照れ隠しだとして受け止め、満面の笑みで喜んでしまう。
「本当ですか!ありがとうございます!」
「念押しで言っておくけど、都合が合えばだからね?あと今後は一夜漬け却下。決して私に高望みや期待はしないよーに」
「残念ながら期待させて頂きます。だって、もうルリ様は私に人生を捧げてくれると約束して下さいましたから」
「はん?もしかしてクイズの時のこと?いや、あれはどう考えても場のノリ的な会話でしょ。でも、うーん。とりあえずは、そういうことで良い……のかなぁ?」
アズミの幸せそうな姿を見たらルリも満更では無い。
だから釈然としない気持ちはあったが、途中で言葉を呑み込んで同調した。
ここで言い返して訂正しないなら、ノリで口にした人生を捧げる約束が現実になったことを受け入れたようなもの。
だけど、誰かのために努力してみる生き方も、たまには悪く無いかなとルリは密かに考えるのだった。