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10.一夜漬けで世界の終末に備えます!

一応、表向きにはピクニックの最中に魔王討伐を終えた夜のこと。

なぜかルリはアズミの家に泊まっていた。

ルリが直帰しなかった理由は、ただ単純に彼女から相談があると言われたからだ。


そう言われてしまったら強く断る理由は無いが、このまま私は自分の新住居に一度も帰れないんじゃないかと(ひそ)かに思ってしまう。

だが、初対面時から親切に接してくれている親友の相談に付き合うのが筋だろう。


だからルリは彼女の私服を貸してもらい、入浴まで済ませて一日の汚れを綺麗さっぱり落とす。

その後に2人は多くの盗撮写真とオタクグッズで溢れかえった部屋で過ごし、改めてアズミの相談に乗るのだった。


「すみません、ルリ様。ろくな歓迎も出来ないのに招待してしまって……」


「えー?そんな気にしてないよ。むしろ、盛大に歓迎される方が恐縮かな。それよりもさ、アズミが相談したい事って何なの?」


「単刀直入に言わせて貰いますね。実はですね。私、最近トキメキを覚えてしまったんです!」


「あー……うーん?トキメキって?」


ルリの胸中に不安がよぎる。

彼女の何気ない一言に不安を覚えてしまったのは、領主エフの恋愛騒動があった直後だからだ。

もしかしてと思ってルリが後退(ずさ)りしかける中、アズミはもっと予想外のことを勢いよく告白してきた。


「あの!最近になってポケットソードスレイヤーという作品にはまりまして、明日から開催されるキャラクターカフェへ一緒に行って欲しいんです!」


まったく想像とは異なる提案で、つい理解が遅れる。

やがて相手の言っていることが分かっても、ルリは拍子抜けしたせいかオウム返しに近い形で訊き返した。


「えっ、キャラクターカフェ?しかも明日なの?どういうこと?」


「はい!キャラカフェというのは、その作品をモチーフにしたドリンクやフードを提供する店でして、とても作りが凝っているんですよ!特に目玉なのは限定グッズが入手できることでして……」


「私が聞きたいのはそこじゃなくて、どうして相談する形にしたの?」


もっともな言い分だろう。

これは友達を遊びに誘う行動と変わり無く、この程度の頼み事なら密談する必要性を感じられない。

するとアズミはちょっと申し訳なさそうな表情で視線を伏せ、静かなトーンで答えてくれた。


「あの、この作品は最近になって人気が爆発したのですが、内容が……少年少女達がカタナを武器に、救うか倒すか葛藤しながら操られたモンスターと生身で戦う熱血友情ストーリー物なんです」


「うん。まぁ、よくあるバトルテーマの作品って感じだね」


ひとまずルリは適当な相槌で返すことに徹する。

それにより話を聞いてくれると判断したのか、彼女は自分なりの事情説明を続けた。


「それで私は別け(へだ)てなく作品を愛するタイプなのですが、エフちゃんは女性がメインの作品以外は興味薄くて………。アカネちゃんに至っては、元からディープに作品を追うタイプでも無いのです」


「なるほどね、それについては想像つくよ。それで?」


「この異世界では1人でイベントカフェへ行くのは無謀なんですよ。コミケと違って一カ所の席に留まるので。しかも場合によっては他の客に狙われます」


「ふぅん。よく分からないけど狙われるのは恐ろしいね。ちなみに建前無しの本音は?」


「限定グッズが1人3個までと決まっているので付いて来て欲しいです。あとルリ様は瞬間転移というスキルが使えるので、遠出になるためお願いします」


「あっ、はい」


正直、最後の返答だけで充分過ぎるほど彼女の思惑が伝わった。

同時にルリは自分が都合の良い移動役になっている気がすると思わざるを得ない。

それよりも結局こうして密談する理由が分からないままであり、再度訊くしかなかった。


「言いたいことは分かったよ。でも、やっぱり2人で相談することかな?私の経験からして、これって一泊する流れでしょ。まだ出会ったばかりだから、私と親睦を深めたいって理由なら素直に納得できるけど」


「もっと仲良くしたい気持ちはあります。ただ他にも大事な目的があって、まず限定グッズを入手するためには運営のクイズに正解しないといけないのですよ」


「あぁクイズね。んん……?えっ?」


もはや戸惑ってばかりだ。

しかし、アズミはそんな彼女の反応を気にかけず、まるで当然の事みたく張り切って頼み込んできた。


「もちろんクイズのお題は作品に関することばかりです!ですから、今から作品を完全網羅(もうら)して知識を得て欲しいわけです!」


「今からって……。一緒に行くのは明日って言ったよね?」


「はい、明日です!厳密には半日後ですね!」


「うん。ちなみに時間というか、日数をかけて作品を見たら駄目なの?例えばキャラカフェって期間中の開催であって、たった一日で終わるわけでは無いでしょ」


「限定グッズは生産量などが限られているので、初日に行かなければキャラカフェは開店したままでも品切れ状態になります」


それは確かに急いで行かなければならない由々しき問題かもしれないと思うものの、ルリは半分理解しきれてない様子で納得した。


「なるほど?」


「はい。でも、安心してください。この残された半日かければ大事な部分は覚えられますから」


アズミはにっこりとした表情を浮かべ、まさしく自分が好きな作品を語るときのウキウキ感で気軽に言い切ってしまう。

だが、既に今は欠けた月が2つも夜空に浮かんでいる時間帯だ。

そのせいでルリの嫌な予感は最悪な確信へ早変わりし、思わず訴えかけるように叫んだ。


「はっ、半日!?つまり徹夜ってこと!?体力は大丈夫だけど、精神や美容とかにヤバイって!それに農家の朝は早いんだよ!」


「農家?」


「ワタクシね、これでも農民です。ランク2だけど」


「うーん。でも、まだ家畜が居なければ畑を耕したりしていませんよね?」


「おかげ様でね」


「あっ……、ごめんなさい。そうですよね。私達がワガママ言ってばかりのせいですよね。ルリ様の都合を(ないがし)ろにしてしまい、本当にごめんなさい」


どうやらルリが望んでいた生活ができてない原因を彼女は察したらしく、お淑やな雰囲気で謝ってきた。

見るからに態度も落ち込み、申し訳ない気持ちが勝り出したようだ。


けれど、ルリは謝って欲しくて皮肉を口にしたわけではない。

ただ単に徹夜は厳しいと思って少し愚痴ってしまっただけで、すぐに彼女は表情を明るくしながら発言を撤回する。


「嘘だよ。そんな気にしないで。そもそも私って仕事真面目人間でも無いし、こっちこそ急ぐ理由なんて無いからね」


「でも、私達は知り合ったばかりですし、客観的に見たら……」


「いざ農業を始めたら、あとは忙しくなって時間が合わせづらくなるかもしれないもん。だから今の内に友達と色々楽しんだ方が良いよね」


「で、では……大変恐縮ですが、明日の朝のキャラカフェに付き合ってくれるのですか?」


「いいよ。アズミのこと大好きだし、キャラカフェってのにも興味あるからさ」


「ありがとうございます!私もルリ様のことが大好きになりました!ということで、時間が残されていませんから急いで作品を制覇しましょう!アニメと漫画、あと小説とファンブック、舞台インタビューに考察系!そして雑誌にしか掲載されていない情報の切り抜きもありますよ!」


アズミは怒涛の勢いで喋りつつ、大慌てで様々な情報媒体を次々と用意してくる。

その量は信じられないもので、とても半日で消化できるレベルでは無い。

だから想像を上回る試練を前にしたルリは表情が強張り、またすぐに発言を撤回したい気分となってしまった。


「ねぇ、この物量は物理的に無理じゃない?」


「何とかなりますし、何とかします」


「それは何ともまぁ凄く頼もしい言葉だよ。感動のあまり早くも涙が溢れ出そう」


「涙で顔を濡らすのは作品を見てからにした方が良いですよ!特に家族の絆で敵を倒すシーンで心を揺さぶられますから!またアニメ漫画ともに巧みとしか言いようがない演出が秀逸でして、美しくも格好いい映像と相まって、この作品にしか生み出せないであろう超一級品の感動場面が沢山あります!」


「凄い早口。そして普段の100倍くらい表現が堪能かつ饒舌(じょうぜつ)になったね」


特に意味の無い的確な指摘だった。

だがアズミは至上の誉め言葉として受け取ったらしく、遠出を終えた夜とは思えないほど上機嫌になる。

その結果、彼女は早々とした口調で作品の説明を続けた。


「もう言葉では言い表しきれないものが詰まった作品ですから。ちなみにキャラは一見すると一癖あるのに、高潔で素晴らしい心を秘めた者ばかりなんですよ。だから、どのキャラも憎めない感じになっていて、むしろお茶目なの性格がスパイスになっていて本当は良い人なんだなー、と思いながら見てしまうのも一興でして!」


「ほらほら、このままだと語るだけで一夜明けるよ。あと百聞は一見に如かずってね」


「そうですよね!ルリ様も早く鑑賞したいですよね!ようこそポケットソードスレイヤーの世界へ!」


「凄い。これはアレだね。自分の好みを語りたくて、相手の言葉を聞いてないパターンと完全に同一だよ」


「とにかく見ましょう!見れば分かりますよ!この作品の素晴らしさが!どうして世間で評価された神作品なのか!」


こうして半ば強制的にルリはポケットソードスレイヤーとやらの作品を見せつけられる事になった。

そして喜々として口を出し続けるアズミを傍らに、彼女は観賞している途中で思う。

娯楽作品は気楽な思いで見るのが最適であって、疲れ果ててから見ても何一つ楽しむことはできないものだと。


それでも彼女は作品に関する知識をしっかり吸収していき、何とも言い難い時間を過ごす。

やがて夜は明け、朝日が昇った頃には細やかな作中場面まで記憶してみせるのだった。


一言で言い表せば、とてつもない作業量だった。

しかし、ルリは地獄の深淵やら終末世界の禁忌を経験したことがあるから、鋼の精神に異常を(きた)すことは無かった。

逆に言ってしまえば、そういう過酷な経験と比較してしまう出来事を一夜通しで体験してしまった。

ひとまずルリは朝食として用意されたヨーグルトを食べつつ、窓際でのんびりと朝日を浴びた。


「徹夜しちゃうと、食パンよりお腹に優しいヨーグルトが良いんだなぁ」


「う~ん。それにしても、やはり時間が足りませんでしたね。まだファンブックが残っていますし、オーディオコメンタリーもあります」


「いやいや、私は充分によくやったよ。漫画を読んでいる途中で脳が活字の理解を拒みかけたけど、なんとか耐えたからね。あとアズミが同じシーンを数百回繰り返しで見せてきたことに一種の拷問を思い出したけど、私は逃げ出さなかったよ」


独白のように語ってみると、なぜか作品についてのエピソードより観賞中に起きたエピソードの方が鮮明に思い出せる。

もっとも恐ろしかったのは、時間経過するほどアズミの元気とテンションが増していった事だろうか。

そしてお肌艶々(つやつや)状態のアズミはファンブックを手にして、追撃の(ごと)く恐ろしいことを言い出した。


「では、そろそろ行って店前に並びましょうか。朝早く行くだけなら、たぶん連行されずに済みますので」


「連行って何のこと?」


「そして開店を待っている間にファンブック類を読破し、私と一緒にキャラの心情を復習しましょう!これも作品のためです!」


「わぁお、なんだか凄いよね。だって私なんて作品を少し知った程度なのに、いつの間にか熱烈なファン扱いだもん」


きっとアズミの脳内では『作品について知っている=最高のファン仲間』という図式が出来上がっているのだろう。

この仲間意識の強さは素晴らしい事だ。

だが、この調子で彼女のオタク趣味に付き合い続ければ、いつの日かエフと同じくアズミ好みの趣向に染め上げられてしまいそうだ。


何がともあれ、それからルリはアズミに急かされながら身支度を済ませた。

そして2人の準備が整うなり、すぐさま瞬間転移してキャラカフェがオープンしているという場所へ移動する。

つまり店前に転移したはずなのだが、ここに来てルリは更に戦慄した。


「あれ、もしかして場所を間違えた?これってライブコンサートとかするタイプの巨大ドームでしょ」


この世界におけるカフェとは一体何なのか。

目の前には超巨大なドームが堂々と建っていて、どれだけ必死に考えても状況が理解できなかった。

しかも大量の重火器と重戦車類に固定銃座が至るところに配備されており、小銃を持った軍服の兵士達が師団レベルの頭数で身構えていた。


一方、客と思わしき集団の中には大悪魔や神が当然のように(まぎ)れているから三度見せざるを得ない。

これだけの面々が一カ所に集結してしまっている以上、恐らくこれから始まるのはキャラクターカフェ開店日などという生易しいものでは無い。

種族の存亡を賭けた終末の日(ラグナロク)だとルリは確信した。


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