1.ルリは異世界転生しました!
どうやら私、麗しき乙女ルリは異世界転生を果たしました。
だけど記憶が曖昧なので、もしかしたら転移かもしれません。
何にしても全く別の世界へ行ってしまったわけだから、それまでの経緯だとか、実際の生死についてなんて些末な要素に過ぎないでしょう。
そしてよく分からない何か……多分、女神的な存在なんだと思う。
とにかく神様と朝食に関する雑談をして、それからまるで創作物で使い古されたファンタジー世界へ私は来てしまったわけです。
「えっ?突然よく分からない場所に無理やり送られたんだけど。凄く怖い」
異世界における記念の第一声は、これ以上なく率直な思いだった。
なにせ私は先祖代々から見知らぬ土地というのが本能的に苦手で、初めて都会へ行った時も同じくらい怯えた覚えがあるくらい。
まして私が今いる場所は、頑張って周りを見渡しても人工物の類が一切見当たらない。
それどころか、人が踏み慣らした道すら無いみたいで凄く困る。
きっとこのまま当ても無く夜まで歩いたものなら、夢あるファンタジー世界からサスペンスな怪異事件が起きる閉鎖的な村へようこそ、ってなりそうな気がする。
そのため私は初めて都会に行った時のことを思い出し、人工知能に呼び掛ける感覚で言ってみた。
「ハロー、神様!」
『はい、どうかしましたか?』
脳内に直接声が聞こえてくる。
たまに自分自身と脳内会話する事は少なからずあるけど、こうして他人と会話するとなったら音量調整機能が欲しい。
「凄い。思ったよりレスポンスが早いね。朝食がお米派だから?」
『雑談のことは一旦忘れた方が良いですよ。それよりもオートナビゲーションが必要ですか?』
「オート……なに?それって美容に優れていたりする?」
『いえ、名前通り自動案内のことです。実は転生者に研修期間を設けてありまして、その世界における一週間は神の補助を全面的に受けられるのですよ。デメリットが無いので今は詳細を省きますが、なにかと手間いらずで便利になるためオススメです』
まるで老人にお得プランを説明するセールスマンみたいな口ぶりだ。
そして思考を働かせる気が無い私は、一人暮らしを始めたばかりの学生感覚で答える。
「うん。イマイチ分からないけど、とりあえず必要なら案内は任せた。あと、ここの世界観を最低限知りたいなーって」
『貴女に分かりやすく言うと、とってもファンタジーな世界です』
「よし、把握した。ステータスオープン!って、あれ……?」
それらしい台詞で呼びかけたのに何も起きない。
だから私が拍子抜けに思っていると、女神がすかさず答えてくれた。
『すみません。ステータスを見るのには特定のスキルが必要です』
「わぁお」
『あと料理するのにスキルが必要ですし、掃除するにもスキルが必要です。さすがに日常生活で頻繁に使用するスキルの習得自体は容易ですが、職人技となれば練度を上げなければいけません』
「うーん、要するに経験を積めってこと?それだけ聞くと、元の世界と何も変わらないな~。とりあえず、サービスでステータスを見させて欲しいかな」
『はい、まだ研修期間ですから良いですよ。……はぁああぁあぁん!ステータ!!スオープン!!!』
「うるさ。あと区切り方が変でしょ」
神様は嫌がらせ行為かと思うほど私の脳内で声を張り上げた後、数値化された能力一覧を表示してくれた。
すると明らかに桁違いの数字が並んでばかりでいて、職業欄には神とある。
まさか一般女子高生から神へ昇格とは……、いや場合によっては降格かも。
何であれ予想外の高ステータスなのは素人でも理解できて、これには私の顔から笑みがこぼれてしまっていた。
「これは凄いね。まるで年末宝くじみたいな桁数じゃん。ちょっと知能低いみたいだけど、いきなり私が強いなんて感動ものだよ」
『あれ?それは私のステータスですよ』
当たり前のように言われて、湧き上がりかけていたワクワク感が一気にしらける。
あの流れで神様が自分のステータスを見せつけてくるとは、表示通り知能数値が微妙に低いためなのかもしれない。
「あっ、ふ~ん?いや、ステータス見させてって、私のステータスって意味だったんだけど」
『あぁ、失礼しました。どおりで他人のステータスを見てニヤニヤしているなぁと思いました』
「凄いね。何が凄いかは言わないけど、性格が凄く悪いよ神様」
『はっきり言っているじゃないですか……。とにかく、これが貴女のステータスになります』
次に見せられる数字の羅列は、さっきとは打って変わって数値が低く平凡なものとなる。
最初の欄にレベル1と表示されているから、当然と言えば当然か。
しかし先ほど大きな数値を見ただけに貧相なステータスに思えて、声のトーンが自然と落ちてしまった。
「まだ基準が分からないから平凡に思えるけど、元の私が運動音痴だし、一応マシな方なのかなぁ?……でも、補正値ってやつだけ割かし高めの数字だね」
『補正値は、いわゆる主人公補正ですね。その数値が高いほどステータス値が伸びやすく、また状況によって全能力が一時的に上昇します。あと特殊スキルが覚えやすくなったりと他にも色々あるので、基本能力より重視すべき要素に成り得ます』
「へぇ、なんだかロマンあるね。そして職業は転生者か。あっ、私って転生だったんだ。そしてランクが1ね。このランクって何?」
『職業のランクです。職業ごとに定められている目標を達成すれば、次のランクへ自動で上がります。ちなみにどの職業であろうともランクは10で打ち止めになります』
「ふぅん、なるほど。そのランクを上げるために必要な目標ってのは確認できるんだね」
『いえ。本来は確認できませんが、今回は神の力を行使したステータス開示ですからね。補正値もそうですが、普通のステータス開示では認識不可能ですよ。ですから、人によっては補正値の存在すら知らなかったりします』
何でも親切に教えてくれるが、この神様は心なしか後出しの説明が多い。
そもそも神様がお米派だと教えてくれたのも、私が食パンの味付けや調理のバリエーションについて散々語った後だった。
そんなどうでも良い出来事を思い返しつつ、私は理解したことをそのまま口にしていく。
「それなら研修終了後のランク上げが大変だ。とりあえず、私の栄えある第一目標はチンピラにからまれている異性を助けて仲間にする、か。これを達成すればランク2になれるってことで良いんだよね?」
『はい、その通りです。ただ場合によっては、複数の目標を達成する必要があります』
「けっこう手間がかかる感じなのかな。だけどチンピラうんぬんって、いきなり実力行使を要求されちゃうの?」
『もしもの話ですが、冒険の類が嫌であれば転職して娼婦になるのも一つの手段ですよ。そうすれば少なくとも生活資金には困りません』
「いきなり神様から娼婦を勧められるって、後にも先にも私だけだろうな~。なる気は無いけど、ちなみに娼婦の目標は?」
『性別問わず千人斬りとか、全種族とヤッてしまうとかですね。高ランクに達していけば、もはや口外したくない目標になります』
これだけフレンドリーな態度で話してくれる神様ですら言いたくないとは一体なんなのか……。
とは言え最初に教えてくれた千人斬りとやらも、充分に口に出したくない内容だ。
それより私は結婚するまで処女を守っていられそうなほど、貞操観念がダイヤモンドより固い。
だからこそ、このとき私は一人頷きながら確固たる想いで決心する。
「うん、娼婦には絶対ならない。そういうことするぐらいなら巨悪と対峙し、世界中を股にかけた大冒険をするよ」
『そうですか。是非とも冒険を頑張って下さい。それと沢山の職業をこなせば強くなれるので、一応このことを覚えておいてください。時には武の道へ目覚める可能性がありますから』
「武の道はともかく、何をやるにしても私にとっての最終目標が必要かなー。まぁ色々と知っていけば、いつか決まるでしょ。それじゃあ出発するかな!私の新しい人生の幕開けだよ!」
それからファンタジーな世界における私の冒険は始まった。
しかしながら私は自分の性格を理解できていなかった。
どれほどの経験を積み重ねようと、そしてどんな偉業を成し遂げても最終的な目標を決めらないほど、私は1つの物事に熱中するタイプでは無かったことに。
そのまま私は「とりあえず」と言いながら、ひたすらに転職や冒険を繰り返してしまう。
結果、気づいた頃にはあらゆる職業をマスターしてしまっていた。