つかの間の夜会
…信也たちの修行は、早くも2週間が経とうとしていた。
通っていたS高校も夏休みを迎える頃だ。
郡山家での生活にも慣れ、日課の深夜徘徊を続ける余裕も出てきた。
夜間は灯りが少なく、暗い森が周囲を囲んでいる。とてもではないが神社から離れる気にはならない。
水姫の父親の修行の成果か、信也は多少なりとも自分の力を理解し、コントロール出来るようになった。
地面に腰を下ろし、満天の星空を見上げる。
「オレ自身はこれからどうしたいんだ?」
信也の口から、ついつい本音が漏れる。
暫く答えの出ない考え事をしていると、突然、信也の背後から何かが、のしかかってきた。
「うおっ!」
信也は思わず声を上げ振り払う。
背後を振り向くと…
「うらめしやー」(棒読み)
くろが幽霊の真似をしながら…いや幽霊なんだけれども、両手をはためかせ立っていた。
その背後では真依が声を上げて、笑い転げている。
「お前ら何してんだよ」
「信也を驚かそうと思って…。このポーズをしたらびっくりするだろうって、まいが教えてくれた」
そう言ってくろは、再び、幽霊の真似をする。
「くろちゃんナイス!これで学校のときのリベンジが出来たね」
真依は満面の笑みを浮かべている。
「お前らなー。…それにしても2人は随分、仲良くなったもんだな。S高校では危ない目にあったっていうのに」
「まぁまぁ、無事だったからよかったじゃない。それに私はいつ死んでもいいんだよ。今が一番幸せなんだから。不幸なときに死ぬより、幸せな時に死んだ方がいいでしょ」
「また真依の天然持論か…」
どんな状況であれ、死なずに済むならそれに越したことはないだろうに。
「お前はいつでも家に帰れるだろ?オレは何度、鳥居を潜っても外には出られなかった」
「シンヤくんはあの退屈な日常に帰りたいの?私は嫌だよ。ここなら私も何か力になれるかもしれない。役に立てるかもしれないじゃない」
珍しく真依が真剣な面持ちで訴える。
真依なりに、何かここに留まりたい理由があるのだろうと察した信也は、これ以上はツッコまなかった。
「それより信也。いつまでここにいるの?」
くろが唐突に話題を切り替える。
「いつまでっていってもなぁ。こっから出れねぇし。親父の件も進展ないし」
オレは自分の正体を知りたい。それに親父に聞きたい事も山ほどある。
「あなたなら本気を出せば、出れるでしょ。逃げださないってことは、今の状況は満更でもないんじゃない?」
くろは信也の本心を見透かしているようだ。
確かに、家、学校に居ても信也は一人だ。特に帰りたい理由は見当たらなかった。
「取りあえず、この干渉力って、いったい何なんだよ?」
ここでの修行で、信也たちは人間離れした身体能力を得ていた。
「そうだね。よくわかんないよね。そう言えばシンヤくんってご飯を食べる時とか、お風呂に入る時はどうしてるの?」
「どうしてるって、他の人と変わらず普段通りにやってるけど」
真依はとうとう、持病の天然が重篤化したのかと信也は呆れる。
「シンヤくんの力って、3次元の物体の干渉を防ぐのよね?でも触れれない物なんて無いじゃない?」
よくよく、考えてみると、真依にしては鋭い指摘だ。
信也はそこで、ようやく自身の干渉力に関する違和感に気付く。
「確かに、今まで疑問に思わなかったが、ミズキと戦いの際に、ミズキの水は完全に弾いて濡れることもなかった」
「でも風呂に入るときは、体がしっかり濡れている。これは、どういうことだ?」
くろも自分なりの考えを2人に伝える。
「信也の欲求が関係あるんじゃない?水姫の話しでは、干渉力って、想いに反応するんでしょ。だから、食べたい物は食べれて、お風呂に入りたければ、お湯も体に浸透するとか…」
「結局、どういうこと?」
真依ははてなマークを頭の上に浮かべる。
「なるほど。オレは無意識に自分の欲求に合わせて干渉力を使い分けてたってことか」
「まだまだ、わからないことばかりだ。とりあえず今日はもう休もうぜ。さすがに疲れた」
信也はグッと背伸びをして、真依とくろを見やる。
「そうだね。このまま、この生活が続けばいいのに」
真依はよほど家に帰りたくないのか、おそよ楽しいとは思えない、この状況に満足しているようだ。
天然の考えることはわからないと、信也はつくづく思う。
信也たちはそれぞれお寺内の客間に戻り、用意された布団に潜り込んだ。
1人になると、いろいろと考えてしまう。
信也はなかなか寝付けず部屋の天井ばかり、見つめていた。
水姫の家はとてつもなく広い。これだけ広大な土地だというのに、使用人が間壁、1人というのも驚きだ。
水姫に関しても謎が多い。
勘当された理由や、この寺のことも信也の想像力では答えに辿り着くことはできなかった。
思考を巡らせているうちに、意識は夢の中へと落ちていった。