干渉力
朝水の誘導により、先ほど水姫の父親に無理矢理引きずり回された場所まで連れてこられた。
水姫の父親は、広場に点在している岩に腰掛け、何もない空間に話しかけていた。
それに気付いた朝水は声を掛ける。
「父上。こんなとろこに、いらしたのですね」
「うむ?お主は…タカシくんではないか。こんなに大きくなって…何年ぶりかのお」
相変わらずの朦朧っぷりである。
目も当てられない父親の様子を見てもなお、朝水は敬意を忘れずに対応する。
「このようなところにいらしては熱中症になりますよ。中に戻られては如何でしょうか?」
「ふむ。もう少ししたら戻ろうか」
朝水は父親の承諾を得ると、信也たちに紹介する。
「皆さん、父上にはもう会われましたか?」
「ああ。さっき、殴られて引きずり回された」
「それは申し訳ございません。父上は昔、一族の掟を破りその代償として、他人より歳を取るのが早くなりました。今では認知症が進行してまして…」
何だよその恐ろしい代償は、と思った信也だが、正直、今はそれどころではない。
「こんなジジイのことはいい。さっさと力の扱い方を教えてくれ」
「分かりました。まずは説明から入りましょうか」
朝水は順序を追って、説明し始めた。
「お二人は干渉力ってご存知ですか?」
「そういえば、ミズキがそんなことを言ってたような…」
「存じてないです」
信也の返答に真依が被せて答える。
「皆さんの馴染みのある言葉に言い換えるなら、霊能力や超能力のようなものです」
「具体的には、人の想いが作用し、万物の理を書き換える力。これは全ての人に大なり小なり宿っている力で、この力が《《物》》に宿っていることもままあります」
「噛み砕いて説明したつもりかもしれんが、さぱっりわからん」
「同じくです」
信也と真依は息の合った双子のように小首を傾げる。
「すぐには分からないですよね。兄さんの干渉力は視たことありますか?」
「あぁ…。何か水をこう…こうやって」
自身の語彙力の無さに呆れながらも、何となく、水姫がしていた動きを真似る信也。
「兄さんは自分の肉体から発する音を媒介にして、大気中の水の分子に楔を打ち込んでいます。楔とは、干渉力を対象に打ち込むマーキングみたいなものです。この楔の作用によって、兄さんは理を書き換え、水を隷属しています」
「はい。既に意味がわかりません」
専門用語に次ぐ専門用語で信也の脳内はパンク寸前だ。既にキャパオーバーになった真依は青空を見上げ小鳥の数を数えている。
「よくわかんねぇけど。そんな力を全人類が使えたら世の中、超能力大戦争になるんじゃないのか?」
「私も、そんな不思議な力を体験したのは、今回が始めてだよ」
「正直、我々みたいに干渉力を使っている人は稀です。一般人で干渉力の素養がある方でも、ボールを手足のように操るサッカー選手。万人を感動させる曲を作るアーティスト。宝くじの一等を当てる程度のものです」
上記の例は大したことないような言い方だが、それだけ出来れば充分凄いだろと信也は思う。
「多くの人は無意識に無自覚の内に力を使っています。それに比べて我々の力はより洗練され、高次元のものとなっています」
「このように意識的に干渉力を使う者を干渉者と呼びます」
専門用語の説明に専門用語が出てくる。まるで、横文字を多様する業界人、設定を盛りすぎて失敗する新人漫画家のようだ。
そんな中でも、自分の能力が非常に稀有な存在だということは、成績不振の信也でも何となく理解できた。
「もしかしてオレって、凄い人なのでは?」
「そうですね。信也さんは非常に珍しいケースです。そして、竹取さんのように霊から楔を打ち込まれて、干渉力に目覚める人もいます。実際に訓練してみなければ分かりませんが、竹取さんは、くろさんも憑いているので、問題なく干渉力を使えると思います」
「そして、信也さんのように未知数の干渉力を持った人もいます。干渉力は最近になって定義された力ですので、まだまだ解明しきれていないのも事実です」
「とりあえず説明はもういいよ。具体的にはどうすればいいんだ?」
「うん。私も話が難しくて、ついていけない」
初戦、滑り止めの私立校通いの2人には、到底理解できる話ではなかった。
「とりあえず、この干渉力を扱うことに慣れていきましょう」
「…っとその前に。兄さん!そんなとこに隠れてないで、手伝って下さい」
……数瞬の沈黙が流れる。
「っち。鋭い奴め」
朝水さんの声かけでミズキが木陰から姿を現した。
「修行には反対だが、信也の力が気になるのも事実。オレは見てるだけだから勝手にしろ」
ミズキは不機嫌そうに地面に座り込んだ。
「まったく、兄さんは相変わらずなんだから」
そんな様子を真依がニヤニヤしながら見ている。
「兄弟っていいね」
「弟の方がよっぽど大人だな」
「おいそこ!聴こえてるぞ!」
ヒソヒソ話をしていたつもりだったが、どうやら聞かれていたみたいだ。
「手伝ってやるが、俺の修行は手荒いぞ」
そう言うと水姫両手を叩く。
同時に信也たちの足元から水が吹き上げる。
「うわっ」
「きゃあっ」
真依は空高く打ち上げられたが、信也は今までと同様に、水が体に届く事はなかった。
真依はそのまま体勢を整えることが出来ず、凄い勢いで頭から地面に叩きつけられた。
…とすんでのところで、真依は特に大きな怪我も無く地面にへたり込んでいた。
「ミズキくんひどいよー」
真依は半泣きだった。
「大丈夫だよ。俺の水で地面への衝撃は抑えたから。竹取さん。俺たちの世界に踏み入れるってことは、今みたいに、命を脅かす危険性もあるってことだ。それでもいいのか?」
水姫は真剣な眼差しで真依に問いかけた。
真依は半泣きのまま、力強く頷く。
真依がどうして、ここま食い下がるのか、正直、信也は理解できないでいた。
「わかった。そこまで言うなら好きにしろ。とりあえず今の10mぐらいの高さから無傷で着地できるようになれ」
水姫は半ば強引に修業を再開する。
「すみませんが私は機関と連絡を取って、生司馬さん…と、このままだと、どちらか分からないよね。信也さんの処遇について確認してみます。兄さんが言ってる程、物騒な対応にはならないと思いますが念の為」
そう言って、朝水は、何処かへ行ってしまった。
「くそっ、あいつ元々、俺に修業をやらせるつもりだったんじゃねぇか」
水姫の眉間のシワが深くなるばかりだ。
「干渉力を使えば。物理法則も無視出来る。とりあえず聞くより慣れろだ」
「ミズキくん待って!せめてコツぐらい教えてよ」
何度も水流に打ち上げられ、パニックに陥ってる真依。
「コツって言われてもなぁ。俺は物心ついた頃から干渉力を使えていたからよくわからん。干渉力の力の源は想いだ。生命の危機を感じろ。そうすれば、自然と肉体に意識が向けられる」
「真依、いざって時は私が守るから心配せずに鍛練なさい」
ここまで。あまり喋らなかった、くろが真依を激励する。
「ミズキ先生!オレは何をすれば?」
「知るか。お茶でも汲んでこい。信也は干渉力を通さない時点で、修行方法がわからん。どうせ3次元以下の干渉は受けづらいんだ。高所からの落下ダメージも負うことはないだろ」
ミズキの説明を受け落胆したのもつかの間、何者かに首を捕まれ後ろに引っ張られる。
「ならばワシが力を貸そう」
「ジジイ!またあんたか」
先ほどもそうだったが、信也を掴んで引っ張れてる時点で只者ではない。
爺さんに再び引きずられ、森の中まで連れ去られた。無論、真依たちは取り残された。
「ワシが修行につくと言ったではないか。さっきは何処かへ行きよってからに」
爺さんは酷くご立腹のようだ。
「爺さん!修行する前にオレの身体は一体どうなってるのか教えてくれ」
「ワシも詳しくはわからん。お主に何度か触れて気づいたのは。 お主の身が護られているのは、誰かに打ち込まれた楔のせいじゃ。ただ…この楔が原因でお主の本来の力も封じられている」
「でもオレ、ミズキと闘ったときに、たぶん干渉力とやらを使ったぜ」
あの白い光…得体の知れない力は、意識的にではないが、確かに信也が発したものだ。
「なるほどの…。感情に合わせて力が漏れだす仕組みになっとるのか」
「とりあえずワシとやり合え。力を見せてみろ。話しはそれからじゃ」
「爺さん、オレは多少なりともアンタにはムカついてるんだぜ。俺が勝っても、高齢者虐待とか言うなよ」
「小童が言いよるわ。龍殺し《ドラゴンスレイヤー》の海斗と呼ばれたこのワシを倒せるとでも?掛かってくるがよい」
「そう言うセリフは龍を連れてきてから言いやがれ!」
こうして、信也は水姫の父親に言われるがまま、組み手を開始した。