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ボーダレス  作者: 那須 儒一
黒の校舎 編
7/32

当主

 青く澄んだ空。辺りには広大な緑が拡がっている。

 鳴り響くのは信也しんやの背中が地面に擦れる音だけだ。


「おいジジイ。いい加減離しやがれ」

 信也しんやは何故か水姫みずきの父親に引きずり回されていた。


 小柄な体格からは想像できないような膂力りょりょくで、58.75kgある信也しんやの体をとも容易たやすく引っ張り続ける。


「ふむ。ここいらでいいじゃろう」

 気付いたら開けた場所に出ていた。水姫みずきの父親は、そこで信也しんやの襟首を引っ張り上げ、立たせた。


「ジイさん、いったい何がしてぇんだよ」


 問いかけるも、会話のキャッチボールは成立せず。水姫みずきの父親は、信也しんやの反応を待たずして話を進める。


「そうじゃのう。どこから話したものか…。あれは、ワシがまだ十字軍に参加していた頃の話しじゃ。青龍せいりゅうの討伐に向かい、大護だいごとは、そこで初めて共闘したのじゃ」


 認知症の進んだ、水姫みずきの父親は既に、現実と妄想の区別がつかなくなっている。


 頭の中ではどうやってこの場から逃げ出そうか算段を立てていた。そんな中でも、水姫みずきの父親の口は動き続けている。


「…だから、その時の恩を返さねばなるまい。まずは、お主のその奇っきっかい身体からだの謎を解き明かそうかの」


 …奇っきっかい

 その言葉が指し示すものは、信也しんやの体の異常に水姫みずきの父親が気付いているということだ。


 地面を引きずられたのに、体は無傷で衣服も擦りきれて無かったかからか…。

 何にせよただの若年性認知症の若年寄《わかどしよりではない。


 驚きを隠せない信也しんやに不意の一撃が入る。


水響芯すいきょうしん

 水姫みずきの父親の掌底が信也しんやみぞおちを捉える。


「ぐっ。何しやがる」

 未だかつて、味わったことのない不快感に襲われ、腹の底から何か込み上げてくる。


「ふむ。お主の身体にはくさびを打ち込まれとる。ただ、それがお主を守る為のものか、周りの人間を、お主から守る為のものかはわからぬが…」


 まともな事を言っているようだが、何を言っているかさっぱり理解できない。


くさびを打ち込んだのは大護だいごか?」

 いつの間にか水姫みずき信也しんや隣に立って、会話に参加してきた。


「いや…これは大護だいごのものではないの。すまぬが、ワシにわかるのはここまでじゃ…」


「わかった。珍しく郡山こおりやまさんの頭がしっかりしていて助かった」


 どうやら、水姫みずきに言わせれば、これが、しっかりしている方らしい。


「おいシンヤ?俺はこのまま生司馬いくしま大護だいごを追う。高い報酬が貰えるからな。お前はどうする?」


「オレも親父のことを知りたいけど…」


「お前は処刑対象の息子だからな。事が済むまではここで軟禁生活を送ってもらう。ただし、協力するなら多少の自由は保証しよう」


 水姫みずきは初めから信也しんやに協力を仰ぐつもりだったのだろう。信也しんやに選択肢を与えてくれているのは、彼なりの優しさなのだろうか…。


「協力っていったって、何するんだよ。オレはずぶの素人だぞ!」

 今まで育児放棄いくじほうきしていた父親のせいで、被害をこうむっていることに、正直憤いきどおりを感じている 。


 水姫みずきはさして考えもせずに返答する。

「そうだな…とりあえずお前にできるのは、人質役ひとじちやくぐらいかな」


「結局そうなるのな」


郡山こおりやまさん。大護だいごについて詳しく教えてくれ」

 水姫みずきは父親のこと郡山《こおりやまさんと呼んでいる。吐き捨てられたその言葉には、赤の他人を呼ぶような距離感が感じられる。


 その事を、水姫みずきの父親は気にも止めていないが…。

「ふむ、何処から話したものか…そうじゃな、あれは桶狭間おけはざまの戦いで、今川軍いまがわぐん足軽あしがるとして戦ってたときのことじゃ…」


 これ以上、情報を引き出すのは無理と判断したのか、水姫みずききびすを返す。


「シンヤ、もう行くぞ。そろそろ昼飯の時間だ」

 水姫みずき朦朧もうろくした父親を放置してその場を離れた。


 信也しんやも話を聞くのはあきらめて、水姫みずきについていく。


「どっちみちこれ以上はお手上げだ。アプリからの通知を待つしかない。それまでは敷地内でゆっくりしてていいぞ」

 結局、この神社からは出られないのか…。


「ところで…アプリって?」


「国が運営している、スマホのアプリだよ。その名も“ゴーストハンター”。これに依頼が貼り出される。依頼の達成貢献度によって報酬が支払われる」


「なるほど…。ちなみに親父を捕まえると、いくら貰えるんだ?」


「2億3千万円かな。規律違反者の懸賞額では過去最高らしいぞ」


「マジか…。それだけヤバい奴ってことか」

 信也しんやは改めて自分の父親がろくでなしだと痛感する。並行して、どれだけの事をしたらここまでの額になるのかとも思った。


 正直、父親と話したことも無いし、顔すら知らない。今さら父親が悪い奴でしたと言われても、どこか他人事に感じてしまう。


水姫みずき、オレはこれからどうなるわけ。さすがに父親のせいで俺まで罰せられるなんてことはないよな?」



「どうだろうな…。そもそも、大護だいごに息子がいたことも、信也しんやと出会うまではわからなかったからな。ま、事実確認も含めて“機関”からの返答待ちだ。とりあえず郡山家こおりやまけ現当主げんとうしゅに話を通しておかなないとな」


「現当主?当主は爺さんじゃないのか…」


「ジジイは隠居して、今は義弟おとうと朝水あさみが当主だ」


「へぇ、ミズキに弟なんていたんだな。まだ若いのか?」


「15だ」


「15歳で当主か。凄いな。てかそもそもお前の家は何なんだよ、お寺か?」


「その話は追々《おいおい》する」

 水姫みずきは飯を食いに行くぞと、軽く手を振り、お寺の中へと向かった。


 これは、結局話さないパターンだと思いつつ、先が見えない不安が信也しんやの心の内におりのように募る。

 たった、1日、2日で日常が一変した。


 信也しんや水姫みずきの後を追うようについていった。

 しばらく、お寺の中を進むと、だだっ広い和室に到着した。


 室内では、既に真依まい灯浬あかりさんが座っており、目の前にはお膳が並べられていた。


「この部屋、いったい何畳なんじょうあるんだよ」

 ここの和室はテニスでも出来るのでは、と思える程広かった。


 信也しんやが部屋中を見回していると、水姫みずきが視線で座るよう促す。


 数分すると使用人の間壁まかべ が目の前にお膳を運んできた。


 よくよく考えると、お寺の和のイメージと執事服の洋のイメージがマッチしておらず、和洋折衷わようせっちゅうも、ある程度考えてから実行しがいいのではと信也しんやは思う。


 そんな思考に囚われている内に、懐石料理が目の前に並べられていく。


 食事の大半をカップラーメンで過ごしている信也しんやには縁の無い食べ物ばかりだ。


「うまそー。いっただきまーす」

 信也しんやが勢いよく食べようとしたところを水姫みずきが制す。


「おまえ意地汚い奴だな。食事は当主が食べ終わってからだ。俺らその後にいただくんだよ」


「いつの時代の風習だよ。当主さんもまだきてないし」


「シンヤくんは相変わらず食いしん坊さんだね」

 そんなやり取りを見て真依まい灯浬あかりさんはクスクス笑っている。


「今日は珍しく賑やかだね」

 爽やかな声と共に1人の少年が入室してきた。

 どことなく水姫みずきと雰囲気が似ているが、表情は柔らかく、髪の色が真っ黒だ。何より眉間のシワがない。


「こんにちは。おおよその話は母上ははうえから聞いているよ。私は郡山家こおりやまけ26代目当主。郡山こおりやま朝水あさみと申します。兄がいつもお世話になっています」

 朝水あさみと名乗った少年は丁寧に頭を下げた。


「むしろ俺がお世話してやってるぐらいだ」

 朝水あさみ水姫みずきの訂正をなだめるような笑顔で流す。


 信也しんや真依まい朝水あさみなは習い、ぎこちなく自己紹介をした。


「せっかくのお客人きゃくじんなので皆で食べましょう」


 朝水あさみは歳の割りに落ち着いている。信也しんやは常識もなく、中身のない自分が恥ずかしくなり顔を伏せた。


 一通り食事を終えると朝水あさみは本題に入る。

「とりあえず生司馬いくしまさんと竹取たけとりさんは干渉力かんしょうりょくの使い方を覚えた方がいい」


 この時、既に朝水あさみの思惑通りに動かされていた事など、信也しんやたちには知るよしもなかった。


「母上の話では竹取たけとりさんも素質があるんですよね。僕が手解きしますよ」

 朝水あさみは爽やか笑顔で、とんでもないことを言い出した。


 これに対して、水姫みずきは猛反発する。

「お前何言ってんだ。敵意がないとはいえ、規律違反者の息子だろ。これ以上、力を付けて万が一のことがあったらどうする。それに、竹取たけとりさんもこっちの世界に巻き込む気か。危険だろ」


 水姫みずきの怒りなど意に介さず朝水あさみも穏やかな口調で反論する。


「どうしてだい。そもそも竹取たけとりさんをここまで連れて来たのは兄さんだ。既に巻き込まれているよ」


「それに、どう選択するかは竹取たけとりさん次第だ。力の使い方を覚えておいて損はないだろ。昨夜みたいに、今後、悪霊の被害を受けないとも限らない。自衛じえいすべぐらい身につけていた方がいいよ」


「だとしても…」

 そこで、水姫みずきは言いよどむ。


「それに信也しんやさんは良い人だよ。今後、協力を仰ぐにしても、最低限、戦えるようになっておいた方がいい。危険な目に合う可能性も高いし。もし、信也しんやさんが国家の敵になるようであれば、当家が責任をもって対処しますよ」


 表情は爽やかなままだが、目が本気だ。

 朝水あさみはこの若さで当主たる風格を備えている。


「そうかよ。勝手にしろ」

 口論の勝敗は朝水あさみに軍配が上がり、水姫みずきは不機嫌そうに、部屋を出ていった。


水姫みずきさん、お待ち下さい」

 灯浬あかりも、その後を追って部屋を出る。


「すみません。皆様にはお見苦しいところをお見せしました。…では改めてお聞きします。どうせ時間もありますし、その間に干渉力かんしょうりょくの扱い方を覚えませんか?ただ…竹取たけとりさんは、別に軟禁されているわけではありませんので、私からくろさんへの聞き取りが終われば、すぐにでも帰しますよ」


「オレはオレ自身のことを知りたい。それに父親のことも。だから少しでも真実に近付けるような力が欲しい。教えてくれ」

 これは信也しんやの本心だ。一方的に巻き込まれ、流されてここにやって来たが、少しでも抗いたい。


 闘争本能の塊のような信也しんやに当てられてか真依まいも乗り気のようだ。

「私もなんたら力っていうのを教えてほしい。くろちゃんとも永い付き合いになりそうだし。それに…」

 そこで真依まい信也しんやをチラッと見て言葉を止めた。


「それに?」

 朝見あさみが言葉を促す。


「これ以上は乙女の秘密です」


「おい。真依まいは家に帰れよ。みずから進んで、危ない目に合う必要は無いだろ」

 乙女の秘密の部分が気になる信也しんやであったが…、真依まいまで親父からの被害を受ける必要はないと止めに掛かかる。


「ねぇシンヤくん。朝水あさみさんが言ってくれた通り、これは私の選択でもあるの。私が決めるわ」


 ここまで食い下がる真依まいは初めて見た。気圧された信也しんやは渋々《しぶしぶ》承諾する。

「分かったよ。ただし、危険な状況になる前に家に帰れよ」


「そのときはシンヤくんが守ってくれるんでしょ?」

 真依まいはイタズラっぽく笑ってみせた。



 浅い関係を振り替えると、真依まいの頑固さを以前も体験していた事を思い出す。

 数日前、真依まいはストロー付きの紙パックの苺ミルクを飲んでいたときに、ストローの存在に気付かず、開口部穴を空け、直接、口を付けて飲んでいた事があった。


 それを信也しんやが指摘すると、

「私は小さい頃からこの飲み方なの」と言って、決してストローを使おうとはしなかった。


 たった数日前のことだが、凄く懐かしく感じる。感傷に浸っていた信也しんやの思考は、朝見あさみの声で現実に引き戻された。


「お二人の気持ちは、よく分かりました。ではさっそく、取り掛かりましょう」


 唐突な展開に驚く信也しんやたち。

「今から?」


「ええ。こう見えて、私も忙しい身なので…。それに、いつ干渉力ちからが必要になるかわかりませんから、早いほうがいいでしょう」

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