居場所
真依の実母は彼女を生んですぐに亡くなった。
実父は真依が小学校高学年のとき、知人の女性と再婚してすぐに交通事故で亡くなった。
中学生に上がる頃に、義母は別の男性と再婚して、血の繋がらない両親と暮らすこととなる。
その後、真依は新たな両親と新居に引っ越した。新居は2階建であったが、1階と2階は別々の家。それぞれ玄関があり、それぞれにトイレ、お風呂、キッチン、リビングが設けられていた。
そして、義母が
「何かあったときだけ電話を頂戴。お金は渡すから、自分でやりくりするのよ」…と、それだけ真依に告げた。
それは、遠回しに私たちには干渉しないでということ。真依は子どもながら、そのことを理解していた。
義理の両親とは同じ屋根の下で暮らしているだけで、真依は独りだった。家庭に居場所はなく、そもそも一人暮らしのようなもので、家庭という言葉すら相応しくない 。
そんな真依にも居場所が出来た。
中学校で同じクラスになったA子ちゃん。
活発で愛想もよく、クラスの中心人物であった。
おしゃれや流行りのものを教えてくれ、真依とは大親友だった。
ある日、そんな真依にも初恋が訪れた。
隣のクラスのB男くん。頭も良くて、運動神経も良く、ファンクラブも存在していた。
真依はその事をA子ちゃんに打ち明けた。
するとA子ちゃんは
「それなら、私と同じだね。これからはライバルだ。お互い頑張ろうね」
と応援してくれたかに見えた。
ある日、真依は突然、B男くん告白された。
今まで、何も良いことがなかった真依に、
生まれて始めて幸せと思える瞬間が訪れた。
あまりの嬉しさに、その場で告白の返事が出来ず、保留にしてしまった。
その事をA子ちゃんに打ち明けた。
するとA子ちゃんは手の平を返したように、真依をイジメるようになった。
B男くんにも、真依の悪い噂をでっち上げ吹き込んだ。そして、B男くんは真依への告白を取り下げた。
その後もA子ちゃんを主導にイジメはエスカレートしていき、B男くんのファンクラブの女の子も、イジメに加担するようになった。
真依の居場所はいとも容易く崩れ去った。
こんな境遇にも関わらず、ときどき学校を休みながらでも、何とか中学校を卒業した。高校は同じ中学の同級生がいない、遠くの高校へと進学した。
義理の両親に、わがままを言い、今の家を出て独り暮らしをすることとなった。
お金だけはあった義理の両親からは、特に反対される事もなく、二つ返事で承諾してくれた。
…高校生になった真依は誰も信じられなくなっていた。イジメの対象にならないようにと、天然キャラを演じ続けた。
誰からも攻撃されないように、自分が下に見られるように人間関係を作っていった。
…その結果、誰からもイジメられなくなったが、空気の読めない奴と誰からも相手にされなくなった。
人間関係に置ける成功体験が無かった真依が、計算で人間関係を築ける訳もなく、ここでも彼女は居場所を作ることはできなかった。
高校2年に上がり、真依は信也を見付けた。
チクチクした黒髪をアンテナのように立て、信也はいつも机に突っ伏して寝ていた。
周りの人とも距離を置いており、気に食わない相手は躊躇なく喧嘩する。
信也は喧嘩の才能に恵まれていて、負け知らずだった。ただ、自分から喧嘩を売ることはなかった…。
カツアゲ、イジメ、その他、迷惑行為など、普通の人なら目撃しても目を瞑るようなことでさえ、気に食わないというだけで首を突っ込んでいた。
真依が聞いた話では、育ての親であった祖母が亡くなってから、信也の素行が悪くかったとの事。
既に停学も何度か食らっており、次はないと釘を刺された信也は、周囲との関係を完全に断っていた。
度重なる問題を起こしながらも、退学を食い止めていたのは、意外にも担任である藁科であった。
信也はその事を知らないが、真依は藁科が教頭に対して、
「いま、私が信也を支えてやらなくて、何が教職だ。頼んますから、もう一度、アイツにチャンスを下さい」
と食い下がっているのをたまたま盗み聞きしていた。
真依は、教師の鏡のような藁科の行動に対しての感動は薄く、そんなことよりも、独りぼっちだった信也に親近感を覚えていた。
放課後、偶然にも教室で2人っきりになった、真依と信也。
正確にいえば、信也は終礼が過ぎても、そのまま寝ていることが多かった。
だから、真依はクラスメイトがいなくなるまで待った。半月前、勇気を出して信也の肩を揺さぶり起こして、精一杯の笑顔で声を掛けた。
「こんにちは」…と。
真依なりの不器用だが、精一杯のアプローチだった。
すると寝起きの信也は面識の薄い、真依に対して、
「何だか笑顔がぎこちないな」
と辛辣な言葉を返した。
真依は自身の心を見透かされた気がして。悔さと気恥ずかしさで、これまで堪えていたものを吐き出すように、その場で泣きだした。
止まって!見ないで!こんなイタイ女、絶対嫌われる。
止まらない涙。自己嫌悪。辛い過去が想起され、真依の内面はぐちゃぐちゃだった。同じ世界の住人だと思ってた人にも自分は疎まれるんだ…そう思っていた。
そんな真依を見て、信也は何も言わず、真依の頭を軽く撫でた。
信也はその時のことなんて覚えてないだろうが、その日から真依の居場所は信也の隣になった。
水姫の実家に信也が行くことが決まったときに、真依は自分に関係が無くても、ついていくつもりだった。
何故なら、信也の隣が真依の唯一の居場所だったから。
幸か不幸か義理の両親は真依がいなくなっても、気にも止めない。
『真依大丈夫?』
何となく過去の出来事を思い出していると、くろが心配そうに脳内で声を掛けてきた。
現実に意識を戻すと、信也が小柄なお爺ちゃんもとい、水姫の父親に引っ張られ ていった。
「まぁ詳しい事情は追々、親父から聞き出すか」
信也を助けるのを諦めた水姫は真依の方へ向き直り、前に出るよう促した。
「竹取さん、次は君の番だ」
信也と同じように真依の状態も灯浬が霊視てくれた。
「竹取さんもかなり特殊な状態になってるわね。そもそも悪霊が守護霊になるなんて前例がないわよ 」
灯浬さんは、今までの落ち着いた雰囲気から一変、嬉々として目を輝かせていた。
「いったい、なにが特殊なの?」
真依は驚きながらも、占いを受けている感覚に陥り、結果に興味津々だ。
「幸いにも、体には何処にも異常はないわ。前の守護霊も一緒に憑いているから安心して」
灯浬さんは笑顔で答え、少し疲れたからと、中庭の縁側に腰を降ろす。
「よくわからないんですけど、守護霊って普通1人じゃないんですか?」
真依は素朴な疑問を尋ね、それに対して水姫が答える。
「守護霊は必ずしも1人とは限らない。それに長い人生において、常に憑いているって訳でもない。守護霊が憑くメカニズムは解明されていないが、一説によると守護霊の数と人生における困難の度合いが比例するとも言われている」
「守護霊は象徴的存在で基本的には意志がない。ただ、護りの加護を宿主に与え、力を使いきると、いずれは天に還る。…くろは例外だが」
「わかったような…わからないような」
水姫からの説明でもよく理解できなかった。ただ、真依に言える事は、寂しさが紛れるから、くろが話せて良かったということだ。
一旦は落ち着きを取り戻した灯浬は興奮して座っていた縁側から立ち上がり、声のトーンがいっそう高くなる。
「さらに凄いことに竹取さんは、くろさんから受けた楔により、干渉力が扱える可能性があるわ」
「くさび…、かん…しょう…りょく?ミズキくんやシンヤくんが使ってた超能力みたいなやつですか?」
「そうよね。いきなり干渉力なんて言われても分からないわよね」
灯浬は申し訳なさそうに、自身の頬に手を添え、改めて説明を始めた。
「干渉力は、想いが“対象”に作用して、理を書き換える力なの。理が書き換わるのは“対象”がより高次元の“存在”になったからよ」
改めて説明されても、ちんぷんかんぷんだといった真依を見て、水姫が灯浬を制す。
「灯浬さん。これ以上は…。無責任に彼女をこの世界に引き込むことになる」
「ごめんなさい。つい…」
水姫が干渉力に関する話を強引に終えようとしたところで、くろが真依の体から出てきて、話を掘り返す。
「力が使える可能性があって当然よ。そもそも私が事前に髪を巻き付けたのは、力のある娘を餌にするためだもの。あの学校は土地柄のせいか干渉力とやらが高い人が多いのよ。真依のクラスにも素質がある娘が沢山いたわ」
「へぇー。なら要ちゃんとかも素質があったんだね」
水姫は話を逸らしたいのか、別の話題を切り出す。
「そんなことより、くろは悪霊に為る前のことは覚えてないのか?」
「記憶が曖昧なのだけど、黒服の男が私に何かしたのは間違いないわね」
「やっぱり大護が犯人か。奴の目的は何だ。…とりあえず大護と知り合いみたいだったし、ジジイからも情報収集してくる。竹取さんとくろは適当にくつろいでくれ」
そう言うと水姫は部屋を後にした。
灯浬さんも一段落ついたと、真依たちを休憩に誘う。
「お腹空いたでしょ。あとで間壁に作らせるわね」
「やったー。ありがとうございます。間壁さんって料理も出来るんですね」
「そうね。間壁は器用なのよ。郡山家総本山の手入れも1人で行っているわ。でも人手不足で、手入れが行き届いていないのが現状ね」
「では、ゆっくりしていってね」
灯浬さんは、そう言うと中庭からどこかへ向かっていた。
今までの説明を受けて、くろと真依は脳内会議を始める。
『ねぇ。成り行きでここまで来たみたいだけど、アンタはこれからどうするの?』
『どうするって決まってるじゃない。シンヤくんについていくのよ』
『私もあまり詳しくないけど、この業界にいたら命がいくつあっても足りないわよ。死ぬ覚悟があるの?』
『死にたくないけど、シンヤくんから離れるのは死ぬよりイヤだ。それに、シンヤくんが死んだら、私は死んだも同然なんだから』
『あんな奴の何がそんなにいいのかねえ。まぁ、私は何があってもあんたを護るだけだけど…』
『くろちゃん…。ありがとう』
『だって、守護霊なんだから仕方ないじゃない。私だってろくに青春時代を味わってないんだから、まだ成仏したくないわよ。もう少しセカンドライフを謳歌したいわ』
『そうだね。2人で幸せ目指して頑張ろー』