郡山家総本山
半ば強制的に連れ出された信也たち、…ただし、真依は喜んで水姫ついていったが、水姫が用意した黒のセダンに乗り込み、かれこれ2、3時間は車に揺られていた。
昨夜の疲れ、睡眠不足も相まって、信也は唐突な睡魔に襲われる。
しばらくは、うとうとしながらも、後部座席の窓から外を眺めていた。
見渡す限りの木、木、木。まだ昼前だというのに、生い茂る枝葉が空を阻み、山道は薄暗い。心なしか車内の雰囲気も暗く、沈黙が支配していた。
そんな空気に耐えきれず、信也は口を開く。
「水姫、いい加減行き先教えろよ。オレたちを嵌める気じゃないだろうな。てか、そもそも前に乗ってる運転手は誰だよ。紹介まだなんだけどー」
信也がわめき散らす中、鬱陶しそうに水姫が答える。
「相変わらず質問の多い奴だ。俺の実家に向かうと言っただろ。運転手はただの使用人だ」
騒ぎの原因が自分だと察した、使用人は遅ればせながらと自己紹介を始めた。
「これは申し遅れました。郡山家使用人の間壁と申します。以後、お見知りおき願います」
使用人の青年は、丁寧に自己紹介をする。
黒髪の短髪で、あつらえたような燕尾服はいかにも執事ですといった格好だ。
「間壁さん。俺たちに余計な気遣いは要りませんよ。俺も実家から勘当 された身ですし」
勘当というワードで水姫も訳ありなのかと、余計な勘繰りをしてしまう信也。
再び車内に重たい空気が流れる。
そんな中、最も重たい空気と欠け離れた生物が、声を上げる。
「はいはーい。暇だからみんなで“しりとり”しようよ」
今まで黙っていた真依が無謀にも車内の空気を盛り上げようと策を弄する。
…真依にそこまでの思惑があるかは甚だ疑問だと信也は思う。
「まず最初に私からいくね」
真依は誰からの承諾も得ていないのに独りよがりな“しりとり”が開始された。
「最初の言葉は“悪霊”。
はい!次はくろちゃんの番。“う”だよ」
「なにそれ?私への当て付けかしら」
くろが真依の体から出てきて、不機嫌そうに返答する。
時々、真依の天然ムーブは故意にやってるのではないかと信也は疑問に思う。
「くろちゃん。“しりとり”は文字の語尾を取って次の言葉を答えるんだよ。“なにそれ”だとしりとりになってないよ」
ミズキは助手席でふて寝を決め込んでいて、最早、誰もツッコまない。
「ハァー」
くろが深いため息をつく。
道中、盛り上げっていたのが真依だけであっであり、何となく重たい空気のまま、水姫の実家へと向う一行。
…しばらく進むと開けた場所に出る。
そこには、どデカい鳥居が立っていた。
ただ、正確に言うと鳥居しかなく、周囲に正方形の白い石畳がところ狭しと地面に敷き詰められているだけで、めぼしい建物などは見当たらなかった。
見知らぬ人が訪れたら、解体された神社の跡地かと何かと疑問に思うであろうスポットだ。
上記に漏れず、首を傾げている見知らぬ人に該当する信也たちを見て、水姫の頬が緩む。
「ここだよ。俺の元実家は」
家はどこだよとツッコミを入れる間もなく、車は鳥居をくぐる。
信也たちの乗ったセダンは鳥居の中へと文字通り、吸い込まれていった。
鳥居をくぐり抜け出た先で、更なる驚きの光景を目にする。
今まで何もなかったはずなのに、幾重にも鳥居が建ち並んだ神社が突然出現した。
何が起こったか困惑している信也を横目に、間壁は自身の業務を全うする。
間壁は速やかに車を後者すると、車のドアを開け、軽くお辞儀するし、信也たちを順番に降車させた。
間壁は全員が降りたのを見計らい、
「では、私めは車を停めて参ります」
と車に乗り込みどこかへ行ってしまった。
間壁の動向よりも、信也と真依は目の前の幻想的な光景に感心しながら、神社を眺めていた。
赤を貴重とした社殿建築、全貌が窺えない程の神社の規模、それに目を奪われていた信也に、突然、敵意に満ちた声がが浴びせられる。
「曲者め、覚悟!」
何者かが、いきなり信也の 顔面目掛けて跳び蹴りをかましてきた。
「うぉっ」
突然の事で驚いたが信也であったが、持ち前の反射神経と喧嘩慣れしていたこともあり、上体を反らし、何とか蹴りをかわす。
しかし、相手もただ者ではなく、既に体を翻し次手を組み立てていた。
「本命はこっちじゃ」
鋭い正拳突きが信也の胴へと放たれる。
「くっ!」
それを何とか腕で防ぐ信也であったが、衝撃で2、3歩、後退さった。
「むむっ、貴様やりおるな」
襲撃者の正体は白髪まみれで小柄な爺さんであった。
「いい加減にしろ」
水姫は爺さんの後頭部にチョップを入れた。
爺さんはさして痛がる様子もなく、水姫を見ると、今までの敵意は嘘のように解かれる。
「お主は…。おぉ!愛しの我が息子ではないか。小学校の友達を連れて来たのだな。ほれ、ぼた餅をやろう」
まるで、いつものやり取りだと言わんばかりに、水姫は爺さんをスルーした。
「こいつは郡山さん。いろいろあってこんな見てくれだが、まだ30代後半だ。痴呆が進んでいるから、放っておいていい」
「放っておいていいって…」
あまりにも辛辣な扱いに高齢虐待が頭に過ったが、よくよく考えれば、30代が高齢者に該当しないことに気付き、それなら問題ないかと納得してしまう信也であった。
「お帰りなさい、水姫さん。実のお父様なんだから、もう少しお手柔らかにお願いしますね」
気が付くと爺さんの背後に、白ベースに牡丹の花が刺繍された和服の女性が立っていた。顔立ちはどこか幼いが、立ち振舞いから相応の年齢を重ねているだろうと信也は思う。
「灯浬さん。ご無沙汰しております。父と言っても、俺は勘当された身ですから」
水姫の勘当された理由が気になる信也であったが、デリケートな問題であるし、角が立たないように聞ける自信がない為、言葉には出さなかった。
「ミズキくんはどうして勘当されたの?」
信也の気遣いなど、露知らず、真依がストレートに尋ねた。
水姫は、さして気まずそうにするわけでもなく、あっさりと答えた。
「あぁ、それが…詳しい理由は俺もよくわかんらん。理由を聞こうにも当の本人はこの調子だし。俺としても一族だの、血の繋がりだのに縛られずに生活が出来てるから、願ったり叶ったりなんだけど」
信也が思っていたほど複雑な関係ではなかったのか、水姫はあっけらかんとしている。
「皆さんこんにちは、水姫さんが、お友達を連れてくるなんて珍しいですね」
「別に友達じゃないですよ。電話で事前にお伝えしていた二人です。ちょっと霊視てほしいのですが…」
「ええっ!私は友達だと思ってたのに…」
真依が大袈裟にショックを受けるが、それを容赦なく突き放す水姫であった。
「竹取さんは少し黙っててくれ。話がややこしくなる」
「あなた達が連絡にあった竹取さんと生司馬さんね。私は郡山 灯浬と申します。いつも、水姫さんがお世話になっています」
灯浬さんは丁寧にお辞儀する。
「いえいえ、半ば強制的に連れて来られただけですから…。あんまり状況も分かってないですし」
お世話というと語弊があると信也は訴えたかったが、あえて口に出すことはしなかった。
「それにしても、二人とも危ない目にあったって窺ったのですが、意外と平気そうですね」
「コイツら、イカれてるだけですよ。真也は、力の影響か恐怖に鈍感で、竹取さんは頭が鈍感です」
水姫が雑な説明をする。
「何にせよ、精神的なダメージが少なくて良かったわ。 とりあえず玄関先で視るのもなんですし、皆様、中庭までお越し下さい。境内をご案内します」
灯浬さんに促されるまま、信也たちは屋敷へと入っていく。
最早、相手にされないことが、当たり前となっている爺さんは、独り言を呟きながら、そのまま玄関先で立ち尽くしていた。
神社の建物内は長い日本家屋の廊下があり、そこを抜けると中庭が見えてきた。
中庭の地面には白い小石が敷き詰められており、手入れが行き届いているのだなと信也は感心する。
庭の中央に大人1人入れそうな大きな瓶が置いてあり、中には透明な液体が擦りきりいっぱいまで注がれていた。
「では…。さっそくですが、生司馬さん。こちらへ」
促されるまま、信也は瓶の前に立たされた。
“水鏡”
灯浬さんは瓶に手を入れ、中の液体を掴み出した。
液体は徐々に空中に拡散、停滞して、楕円形の鏡を造りだした。
水姫の力を目の当たりにしたせいか、この不思議現象を見慣れてきている自分が怖い。
「さあ、生司馬さん。この鏡をよく見て下さい」
信也は言われるがまま鏡を覗き込んだ。
信也は鏡を見ているうちに吸い込まれそうになる感覚に陥る。
信也の意識は宙に浮いた状態で、そのまま数分が経過した。
すると突然、鏡が割れ水晶玉のような形になり、
灯浬の手元に収まった。
「…これは凄いわね。どう言えばいいかしら」
「灯浬さん。勿体ぶらずに教えてくれ」
水姫は今まで平静を装っていたが、信也の正体に興味津々のようだ。
「そうね。簡単に説明すると。生司馬さんの全身に、強力な干渉力が鎧のようにかけられているわ」
「…それもかなり高位次元のものよ」
「なるほど…。高次元の干渉力で存在を隠しつつ、鎧にもなっているのか。どおりで、信也の干渉力が感じ取れなかった訳だ」
水姫は納得しているようだが、何を言ってるかさっぱりの信也は首を傾げている。
今度はくろが真依の体から出て来て話し始めた。
「しかも私も力を感じとれなかったから、私より上の次元よ」
「なら4次元クラスか。これなら、あの時、もっと本気で攻撃しても大丈夫だったな」
“あの時”とは深夜の学校でのくろからの襲撃のことだ。信也はここで、水姫が何だかんだいって、手加減してくれていたことに気付く。
「そうね。しかも高位次元の優位性を、防御と隠す方向に使っているみたいね。生司馬さん。この力に心当たりはないの?」
灯浬まで食い気味に質問する。
皆が信也の正体に興味を注いでいると、いつの間にか、爺さんが横に立っていた。
「お主。生司馬といったか…。まさか大護の血縁の者か?」
「はぁ…、大護は俺の親父です」
専門用語ばかりで思考を止めていた信也に、爺さんも信也に関心を持つ。
「何と。あやつ息子なんぞ、こさえていたのか」
爺さんが目の輝かせながらオレの顔を覗き込む。
「爺さん、親父を知ってるのか」
「知ってるも何も。奴とは盟友であり、戦友でもあり、宿敵じゃった。あやつの息子なら無償で修行に付こうではないか」
修行する流れなんて何処にもなかっただろと反論する前に、爺さんは信也の上着の襟首を掴み、軽々と引っ張っぱっていく、信也の体は宙を浮き、そのまま何処かへと連れ去られた。