規律違反者
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン…
信也の自宅に誰かが、鬼のようにインターホンを連打している。
新手のピンポンダッシュかと、飛び起きた信也は慌てて時計を見やる。
時刻を確認すると朝の5時だ。
「うるせえな、こんな朝っぱらから一体誰だよ」
昨夜の学校での出来事は奇妙な夢を見たぐらいにしか捉えていない信也の頭に対して、体は倦怠感という症状で現実の出来事だと反論している。
信也は幽霊と格闘したことがさすがに現実離れしすぎていたことと昨夜の記憶が曖昧なことも相まって、現実の出来事かどうかの判断を下せずにいた。
信也がそう思うのも無理はない。それだけ昨夜の出来事は現実離れしていたのだ。
その間もインターホンは鳴り続けており、
信也は寝惚け眼でテレビドアホンに応答する。
「はい…どちら様?」
「朝早くに申し訳ございません。信也くんの大親友の郡山と申します。信也くんはご在宅でしょうか?」
似合わない丁寧な口調、軽くトラウマになりかけている、白髪一色の髪と眉間のシワにより、信也は解りやすく嫌悪感で顔を滲ませる。
これで昨夜の出来事が現実だったという証明がされてしまったのだ。
そんな衝撃の事実よりも水姫が発した、到底受け入れることの出来ない嘘に信也はツッコミをいれる。
「誰が大親友だ、誰が!それになんで、そんな気持ちわるい喋り方してんだよ」
水姫は応答相手が信也だと分かるといなや態度を一変させた。
「なんだ信也か。いるならさっさと玄関を開けろ」
いろいろと不満はあったが、とりあえずこのままにしておくわけにもいかず、信也は玄関のドアを開ける。
そこには眉間にシワを寄せたと水姫と真依が「ヤッホー」と手を振りながら立っていた。
信也は心なしか真依の雰囲気が変わった事に気付く。
「シンヤくん。おはよー!朝早くにごめんね。親御さんの迷惑になってないかな?」
「いや…オレ独り暮らしだから気にしなくていいぞ」
確かに戸建てである信也の自宅は1人で住むには広すぎる。
「それなら早く言えよ」
教養の欠片も窺えない発言を残し、水姫は信也に承諾も得ずに強引に家に上がり込んだ。
「おい!待てよ」
その言葉をスルーして水姫はリビングへと進んで行った。
「あの野郎…」
信也はため息をつきながら、真依の方に視線を向けると目があった。
…2人な間に微妙な沈黙が流れる。
そんな空気に耐えきれず、信也は家に入るよう促した。
「…立ち話もなんだ。真依も上がれよ」
少し間が空き、真依が返事をする。
「うん。お邪魔します」
そのまま真依と一緒に、水姫向かったであろうリビングへと移動した。
リビングに入ると水姫がソファーの上で不遜にも足を投げ出し、くつろいでいる。
「お前には遠慮ってものがないのか」
「お互い遠慮するような間柄でもないだろ」
いつの間にそんな旧知の仲なったのかという疑問が信也を襲う。
“親しき仲にも礼儀あり”という言葉があるが、
親しくなければ礼儀は不要という解釈が、水姫の頭に刷り込まれているのでは、と本気で考える信也であった。
ゆったりとくつろいでいる水姫とは対照的に真依は何故かソワソワしている。
「真依、どうした。大丈夫か」
「ゴメンね。男の子の家に上がるのは初めてだから…少し緊張してて」
何故か家主の信也よりも先に、水姫が遠慮するなよと着座を促す。
「そんなこと気にすんな。いいから適当なところに座れよ」
自分の家でもないのに許可をだす水姫に対して、もうツッコむ気も起きない。
結局、真依は立ったままで、話を進めることとなる。
「それで、何の用だよ。昨日の件か?」
「俺も竹取さんと黒髪に話を聞くだけの予定だったんだけど…状況が変わった」
水姫は怪談のオチを話すように間を空ける。
「生司馬 信也、担当直入に聞く。お前は何者だ」
ここまでの態度とは一変して水姫の表情は真剣そのものになる。
そんな態度に気圧されつつも、信也は反論する。
「何者って言われても、ただの高校生だ。むしろ何者だはこっちのセリフだろ」
「わかった質問を変えよう。お前…父親の名前はわかるか?」
そこで唐突に切り出された父親の話に、少し困惑する信也であったが、ここで言い淀むのも変だと思い正直に答える。
「親父の名前は生司馬 大護だけど…。それが何の関係があるんだよ」
「やっぱりか。俺がそもそもS高校に編入したのは、ある規律違反者の調査の為だ。そして、そいつの名前が生司馬 大護だ。現在、国の機関から捕縛及び処刑依頼がでている」
立て続けに出される、情報に信也の脳内処理が追い付かなくなる。
「まてまて、処刑って一体どういうことだよ。親父は何者だ。それに機関って何だよ!」
「お前の父親は各地の霊を刺激して悪霊を生み出しているそうだ。昨日の黒髪の霊が悪霊になったのもお前の父親が原因だ」
唐突に告げられる事実。今まで、顔もろくに合わせたことのない、父親の話が出て思考が止まる。
確かに信也自身、幽霊が視える為、父親が“その道”の人間でもおかしくないのか。
そもそも“その道”ってなんだよという疑問が信也の中で被さる。
「オレも親父のことはよく知らねぇけど、さすがに話が突拍子も無さすぎるだろ」
昨晩の出来事でさえ飲み込めてない信也が、ここにきて親父が処刑など、到底理解できる筈もなかった。
そんな信也の気持ちなどお構い無しに水姫は話を続けた。
「俺たちの“この力”は法では裁けない。だから、力の使い手は人の道から外れやすい」
「平和を保つ為にも規律を決め、それに背いた者は処刑される。至極当然のことだ。機関については機会があれば説明する」
水姫の説明で、不揃いだったパズルのピースが合わさる感覚に信也は陥る。
「もしかして、昨晩、黒髪の霊を殴ったときに視えた黒服の男が親父か…」
信也は一人言のように呟いた。
「オレの育ての親はばあちゃんだったし、父親の顔なんざ正直、覚えちゃいない。毎月、口座に生活費を振り込んでくれることが、親として果たしている唯一の義務だ」
そんな父親だけど、それでも、こんな訳のわからない界隈の住人だなんて、信也には信じられなかった。
「仮に水姫の言っていることが本当だとして、オレにどうしろっていうんだ?」
水姫は正気かと思える提案を真顔でする。
「そうだな。信也を人質に取って、生司馬大護を誘き出すって手もあるが…」
「父親と連絡は取れるか?」
今まで聞いていた真依も、さすがに、この提案には反対する。
「ちょっと、ミズキくん。そんな野蛮なことはしちゃダメだよ。それより、信也くんを高いとこから突き落としたら、お父さん、助けに来ないかなぁ」
前言撤回。真依は野蛮という言葉の意味を理解していないようだ。
死ぬ可能性が高いという意味では、真依の案の方が危険だ。
真依のサイコパスすぎる発想にドン引きしている信也であったが、それに加えて水姫が乗っかる。
「そうか、その手があったか」
「いやいやいや、お前ら悪ノリしすぎだろ」
彼らの本当に恐ろしいところは、実際に行動に移すかもしれないというポテンシャルの高さにある。
「さすがに、そんな簡単に捕まるなら、既に処刑か捕縛か処刑されてるよな。分かった!それならとりあえず俺の実家に来い」
水姫の何が、“分かった”なのか理解できない唐突な提案に沈黙が流れる。
それでもお構い無しと水姫は話を続ける。
「竹取さんの状態と信也が何者なのかを専門家に視てもらうから」
「おいおい。何でお前の実家に行かなきゃいけなんだよ」
「お前に拒否権はない。断るならすぐさま機関に報告して、捕らえてもらう。流石の信也くんでも国家権力を相手には勝てないだろ。大護が捕まるまで尋問され軟禁生活だろ」
「国家権力?ふざけんな。オレは何もしてないだろ」
「さあな。俺もお前のことはよくわからん。ただ…得体の知れない規律違反者の息子ってことは確かだ。だからまずは、お前の正体が知りたい」
不安に囚われている信也とは対照的に「やったー、お泊まり会だ」とはしゃぐ真依。
…水姫に言われて、初めて自身の体について疑問を持つ信也であった。
確かに信也は今まで怪我や病気をしたことがない。
に体が丈夫で、運がいいだけだと思ってた彼にとっては思いがけない話だ。
ダンプカーにはねられて無傷だったり、体に痛みを感じたことがなかったりと、よくよく考えれば思い当たる節が多い。
逆に何故今まで疑問に思わなかったのか不思議なくらいだ。
「ハァー」
ついつい大きなため息が信也の口から漏れる。
「ああもう、わかったよ。大人しくついていくよ。でも学校はどうすんだ。お前らも学校あるだろ?」
信也はダメ元で学校を理由に逃げようと試みるが既に手を打たれていた。
「今更学校なんか気にすんな。義務教育を終えてれば充分だよ。とりあえずは問題ない。俺はもう退学したから」
「いやいやいや、問題あるだろ。転校初日で退学ってどういうことだよ」
「もともと、依頼が目的で編入しただけだからな。それに心配するな。竹取さんに信也の休学届けも出してもらったから」
「マジかよ。本人不在でどうやって休学にできたんだ?」
「意外と簡単だったよ」
そこで、真依が驚くべき、ふざけた方法を説明する。
「藁科さんに『私とシンヤくんはのっぴきならない事情でしばらく学校をお休みします』って言っといたから」
真依はドヤ顔でVサインをしてみせる。
「おいおい。何でそれで休学届けが受理されるんだよ」
「担任の藁科さん『若いうちなら駆け落ちの1つや2つしとかないとな。気にせず行ってこい』って許可してくれたよ」
「藁科の馬鹿野郎。公務員の癖に…ちゃんと仕事しろよ。普段は真面目なくせに変なとこで、青春スイッチが入るんだから」
事前に休学届けを出したと言うことは、水姫ははなっから、実家に連れ込むことを想定していたのだろう。
「仕方ない。ここまでされたら諦めてついていくしかない 」
「話はまとまったかしら?」
唐突に信也の背後から、真依とは別の女性の声が聴こえた。
「うおっ、びっくりした」
信也が振り向くとそこには黒髪の少女の霊が立っていた。
「信也くん。驚かせてゴメンね」
「ミズキくんとの話が盛り上がってたから、紹介するタイミングがなくて…」
真依が申し訳なさそうにペロッと舌をだす。
「紹介します。はれてわたしの守護霊になった、くろちゃんです」
真依が「ジャジャーン」と言いながら、
黒髪の少女の霊に向けて両手をはためかせる。
「くろちゃんって、まさか髪の色から名前をつけたのか?」
そこで、信也は、真依の雰囲気が変わった理由がようやく分かった。
髪の色が茶色からやや黒みを帯びた色に変わっていたのだ。黒髪の霊が真依の守護霊とやらになったからかもしれない。
「そうね。この子が勝手につけたのよ。…でも私も生前の記憶が曖昧だから名前も思い出せないし、それでいいわ」
くろが真依の守護霊になったていたのは本当だったんだと改めて実感させられる。
その流れで水姫の専門用語・解説コーナーが再び始まる。
「幽霊は干渉力の塊だからな。記憶の保持も脳を持っている器がないと厳しいんだよ」
正直、今の信也は用語なんでどうでもよかったが、取りあえず水姫に質問する。
「かんしょうりょく?何だそれ」
「俺らが使っている力の総称だよ。説明は後回しだ。さっさと行くぞ」
自分から始めたコーナーなのに、水姫はあっさりと、それを打ち切った。
多少、文句を言いたかった信也だが、自分は大人だと言い聞かせ、気持ちを切り替える。
「それで、お前の実家ってどこなんだよ」
「山奥だよ」
水姫はニヤリと不適な笑みを浮かべた。