それぞれの道
真依たちが本部に戻ると20階の多目的フロアに全員無事に集まっていた。
フロア内は一間30畳ほどあり、ワインレッドのカーペットが敷き詰められていて、椅子やクッションが雑に置かれていた。龍五郎と水姫、姫乃が思い思いにくつろいでいた。
全員集まったのを確認して龍五郎が話し始めた。
「みんな、ご苦労だった。捕虜も何名か捕らえることができた。一応、各自報告してくれ」
『すごいわね!相模は1人で南の敵を全て倒したのかしら?』
くろが真依の頭の中で独り言のように呟く。
それぞれが担当した区域の報告を行うと、龍五郎は頭をもたげ考え込んでいた。
水姫もそれに気付く。
「どうした?相模のおっさん」
「どうもやつらの目的がわからん。本部を攻め落とすにしては人数が少ないし、偵察するだけにしては多すぎる」
「仮にミズキくんらの加勢がなかったとしても、本部自体には核兵器にも耐えられる絶対不可侵の結界を張っているから…やつらの実力では到底本部に侵入、破壊工作などをすることは出来なかっただろう」
「おいおい、おっさん!それなら、俺らがわざわざ倒しに行かなくてもよかったんじゃねえのか?」
「どこまで獣聖会のやつらが把握しているかわからんが、できる限り本部に関しての情報は隠しておきたかった…そこは大目に見てくれ」
「それこそ目的が気になるなら捕虜に聞けばいいじゃない?」
姫乃が気だるそうに提案する。
「そうだな…おいおい確かめてみるよ」
会話が終わると姫乃はショッピングの予定があると言い放ち機関を後にした。
真依は信也のメンタルケアができないか、龍五郎に声を掛けた。
「相模さん。話しは変わるんですけど、相談がありまして…」
「突然どうしたんだい? 私にできることなら協力するよ」
龍五郎は突然の申し出にも嫌な顔一つせず笑顔で対応する。
「シンヤくんのことなんですけど…」
龍五郎はすぐに何かを察したようで真依が次の言葉を紡ぐ前に話し始めた。
「あの時、九尾討伐に加勢してくれた生司馬さんのご子息のことだね。彼には申し訳ないことをした。私がもう少し早く駆けつけていれば…」
「いえ…命を助けてくれただけでも充分です」
「おっさん。知り合いでも職員でもいいんだけど、メンタルヘルスに特化した干渉者はいないのか?」
龍五郎は再び頭をもたげて考え込む。
「うむ、いないことはないんだが…生司馬さんのご子息の干渉力は少し特殊だからね。もしかしたら、他の干渉力を受け付けないかもしれない。それよりも一般のセラピストの方がまだ効果的だと思う」
「それと…もう一つ提案があるんだけど、あまりお勧めできない」
龍五郎はそこで言葉を止め言いよどむ。
「珍しくもったいぶるじゃねえか。早く言えよ」
「実はだね。生司馬くんの父親の大護さんが、感情操作の干渉力も有しているんだよ。だから、大護さんを見付けるのが手っ取り早いんだけど…。あの人ほどの干渉力の使い手なら、生司馬さんのご子息の干渉力を無視して力を浸透させれるんじゃないかな?」
「なるほどね。結局オレたちは大護を追うしかないわけか…俺はこのまま機関に在籍して大護を捕まえるけど、竹取さんはどうする?」
「私は…」
真依が言い淀んでいると、これまで黙っていた十兵衛が、龍五郎に提案を持ちかける。
「…相模さん。竹取《たけとりさんも機関で就職させることは…できないでしょうか?」
「彼女の実力は…僕が…保証します」
十兵衛の言葉を聞いて龍五郎は目を輝かせていた。
「ほう!あの十兵衛くんにそこまで言わしめるとは。一度ぜひ干渉力を拝見したいものだ」
「いえいえ、私なんて… 」
普段、誉められ慣れていない真依は適当な返しが思い付かず言葉が出なかった。
真依とくろは脳内会議を始めた。
『まい…結局どうするのよ?』
『できればシンヤくんのそばにいたいけど…このままじゃ、まともに生活を送ることもできないよね』
『とりあえず、機関でお金を稼ぎながら信也の父親を探したら?』
『そうだね。私の親には援助を頼めないから、自分で何とかするしかないよね』
水姫や他の人たちも真依の返答を待っていた。
「わかりました。シンヤくんが元気になるまでここで働かせて下さい」
「そうこなくっちゃ」
十兵衛が、珍しくハイテンションになっている。
「おっさん!くれぐれも御三家のごたごたに竹取さんを巻き込むなよ」
「無論そのつもりだ。竹取さん。決心してくれて嬉しいよ。改めてよろしく頼む」
そう言って龍五郎が差し出した手に真依は誠意を持って握り返した。
「待っててねシンヤくん。今度は私が助ける番だから」
真依と水姫は晴れて境界保全機関の職員として就職を決めた。