虚空の闘技場
狼人間が間合いを詰める前にくろが叫ぶ。
「まいっ!早く干渉力を使って!」
「わかった。ドリームハ…」
真依が干渉力を発現しようとしたその瞬間、狼人間の爪が真依目前まで迫っていた。
“黑の獄衣 ”
くろが咄嗟に真依の髪を使役し攻撃を防ぐ。それでも、狼人間の刺突の衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされる。
「くろちゃん。私の髪で防ぐのやめてよ!いたむじゃない」
「命には変えられないでしょ。イヤならさっさと倒しなさい!」
「まったくもう、みんなして私の髪の毛をないがしろにして!!」
“夢想無双”
真依こめかみに指を当て、白い光の糸を引っ張り出す。糸が人差し指に巻き付き、それを振り下ろす。
「きて!」
“シンヤくん(verプリンス)”
真依を後ろ手に隠すように白馬に股がり、白いマント、白い中世の貴族のような風貌の信也が顕現された。
「まい…なによこれ…」
「なにって、シンヤくんだよ!」
「しかも、気持ち美形になってない?」
「なに言ってるのくろちゃん。シンヤくんはもともと美形だよ!」
「はっ、なんだよそのふざけた干渉力は、式神か?」
十兵衛は宙に浮かびながら大爆笑している。
「もうみんなして、バカにして!」
「シンヤくんお願い!」
「仰せのままに、姫君」
白馬に股がった信也は携えていたレイピアを抜き、狼人間へと突撃する。
狼人間はプリンス信也の刺突を軽やかにかわし、一瞬にして真依の背後に回った。
「式神使いは本体を叩くのが定石だろ、嬢ちゃん」
いやらしい口調で狼人間がそう言うと、鋭い爪を振り下ろした。
「まずい!」
くろが再び真依の髪を広げ防御を張る。
しかし、次の瞬間には真依ではなく狼人間が吹き飛ばされていた。
「姫を狙うとは不届き千万。騎士の風上にも置けん奴だ」
「はやい!シンヤくんが護ってくれたの?」
先程まで真依の数メートル先にいたプリンス信也が真依の背後に立っていた。
「なんなんだ、その式神は!?」
狼は後退して、真依から距離をとる。
「無様に逃げるがよい。不逞の輩よ」
「式神風情が!」
狼人間はプリンス信也の挑発に乗って突っ込んできた。
「フッ。バカな獣は扱いやすくて助かる。いでよ聖剣」
プリンス信也は天にレイピアを掲げた。それに呼応するように空から光が射し、レイピアを照らした。
天からの光を集めレイピアは煌めく剣へと変化する。
“シンヤカリバー”
プリンス信也は掛け声と共に、光の剣を振るった。
直後、光の斬撃が閃く。そして、その軌跡上に立っていた狼人間に一筋の光がほとばしる。
「ばかな…」
狼人間が地面に膝を付き倒れ込むのと同時に、斬撃の衝撃が遅れてやって来て空気が振動する。
その衝撃に当てられ狼人間は意識を失い倒れ込んだ。
「勝負ありだな」
今まで傍観していた十兵衛が終了の判断を下す。
地面に突き刺さっていた長刀が消えると…周りの景色が元の森の中へ移り変わりプリンス信也も消え去っていた。
十兵衛が仰々しく拍手をしながら、真依の元へ歩み寄る。
「素晴らしい干渉力じゃねえか。その能力を機関で活かさないか?」
「えっ!?そんな事、急に言われても…」
「まい…やめといた方がいいわよ。コイツなんか胡散臭いし」
「手厳しいな。お友達の蛟の使い手も誘うつもりだから二人で相談してくれても構わないぜ。機関は一応、公務員扱いになるし生活には困らないと思うが…」
「私たち。まだ高校生なんだけど…」
「もともと非公式の組織だ。干渉力さえされば年齢なんて関係性ねえ」
「公務員なのに非公式ってなんか矛盾してない?」
「お前、意外と鋭いな…まぁ、世の中の境界なんて曖昧ってことだ」
突然の誘いに真依の頭の中は軽くパニックになっていた。
「…少し考えさせて」
「わかった…っと、勧誘なんてしてる場合じゃないな。コイツから情報聞き出さねえと」
十兵衛は気絶して、地面に倒れている狼人間を軽く蹴飛ばす。
狼人間は呻き声を上げながら目を覚ました。
「ほら、おっさん早く獣聖会について洗いざらい吐けよ。誓願を破ると死ぬぜ?」
十兵衛は脅しにかかる。
すると、狼人間が思いがけない行動にでた。
「どうせ、情報を漏らした者は教祖様と交わした誓願で死ぬ。だから何一つ話さない!」
狼人間が声を張り上げ宣言した。その言葉を最後に彼は糸が切れたように倒れ、それっきり動かなくなった。
「ちっ、こんなことなら誓願なんて掛けない方がよかったか?」
「えっ…このおじさん、死んだの?どうしよう救急車をよばなきゃ」
真依は初めて人が死ぬ瞬間を見てパニックに陥った。
「救急車って…頭大丈夫か?」
「こういうことに慣れないと、俺たちの仕事は務まらないぜ」
十兵衛は呆れながらも真依を諭す。
「私、人を殺すような仕事はやりたくないよ」
「別に無理に殺す必要はねえ。ただ、相手に殺す気がないとも限らない。相手を殺さず、自分が殺されないようにするには、強くなるか逃げ足の速さを鍛えるしかないだろ」
「まい…あんたは普通の変な女の子なんだから無理する必要はないわよ」
「変は余計だよ」
そんな時、十兵衛の携帯が鳴動する。相手は相模からであった。
「…わかり…ました。竹取さん。向こうも片付いた…みたいです。本部に戻りましょう」
いつの間にか十兵衛の口調が元に戻っていた。
十兵衛の性格の変わりのようが気になった真依は尋ねずにはいられなかった。
「ねえねえ、十兵衛くん。さっきはどうして急に性格が変わったの?」
「それは…またの機会に…話します。とりあえず本部に戻りましょう」
本部へと向かう道中、真依は頭の中でくろとやり取りをする。
『くろちゃん。私、機関で働くべきかな?』
『アンタには学生生活があるじゃない。無理にその選択をしなくてもいいと思うわよ』
『でも、シンヤくんが学校に来ないなら、私が行く意味はないよ』
『まったくアンタは…。そもそも、ここに来た目的はしんやを治療してくれる人を探す為なんでしょ?』
『それを聞いてから考えれば?』
『そうだね。そうする。相談に乗ってくれてありがとう、くろちゃん』
『どういたしまして』
普段、真依に対して当たりが強いくろであるが、基本的には真依の事が心配なのだ。
守護霊という役割を鑑みると当然といえば当然なのだが。




