天草 十兵衛
同時刻、真依と十兵衛は、獣聖会からの刺客を迎撃すべく北へと向かっていた。
「ねえ、十兵衛くん。急がなくていいの?」
「たぶん…向こうから来てくれるから…待ってていい…。大まかな位置もアプリでわかるし…」
十兵衛は手元のスマホを操作して真依に画面を見せる。
「そのアプリってどういう仕組みなの?」
「本部の周囲に…半径5km圏内の干渉力を感知する…結界を…張ってるんです」
「どうせ聞いたってわかんないでしょうに」
くろがいつものように真依をディスっていると、十兵衛の表情が険しくなる。
「竹取さん…そろそろ来ますよ」
「えっ、でも木がいっぱいで、なんにも見えないよ?」
困惑する真依の眼前には木が幾重にも乱立していて数メートル先の見通しもきかない。
「大丈夫…僕に任せて」
そう言うと、十兵衛は虚空に手をかざした。直後、十兵衛の手元の空間が歪む。
“天叢雲”
そして、突如、十兵衛の手に3メートルはあろうかという長刀が現れた。刀身が日差しを反射し、白銀の輝きを放つ。
“一騎当千”
十兵衛が刀を真横に振う。
瞬間、その一振りで視界を遮っていた木々が刀の軌跡に沿うように薙ぎ払われる。
「十兵衛くん、すごい!」
「真依!気を抜かないで」
驚きのあまり跳び跳ねる真依にくろが警戒を促す。すると、木々の残骸から、姿勢を低くして斬擊を回避していた魔狼たちが這い出てきた。
「さすがにあのくらいじゃ、死なねえよな」
十兵衛はニヒルな笑みを湛え、語気が荒くなる。
「あれ、十兵衛くん、なんかキャラ変わってない?」
そんな真依の疑問などお構い無しに、勢いよく数えきれない魔狼が迫ってくる。
「オラァ!」
十兵衛が再び長刀を振り下ろした。
すると、目の前の全ての獣に一筋の白線が閃く。直後、獣たちは血しぶきを上げて真っ二つになった。
「ちっ!張り合いがねぇな」
「性格の変わりようが気になるけど、スゴいわね」
くろが先ほどみせた嫌悪感とは、うって変わって感嘆の声を漏らす。
「あぁ?1人逃げたか、ギリギリ届くか…」
“一罰百戒”
十兵衛は標的に狙いを定めるように、刀の切っ先を前方へ向ける。
「よし!捕らえた。竹取、一気に翔ぶぞ!!」
十兵衛は真依の了承を得ず、真依の体を抱えた。
「ちょっと待ってよ十兵衛くん!?もう、なにがなんだか…」
そして、真依が言い終える前に、十兵衛は真依を抱え煙のようにたち消えた。
真依が咳き込みながら顔を上げると、周囲には草木が生い茂っており、少なくとも十兵衛が木々を両断した位置から離れていることが、真依の頭でも理解できた。
そこには無数の白刀が牢のように組み上がり身動きが取れない中年の男性が捕らえられていた。
「コイツが主犯格だ」
「おい、お前。いくつか聞きたいことがある」
十兵衛は、長刀の切っ先を中年男性へと向ける。
「まさか…こんな化け物がいるなんて、聞いてねえぞ」
中年男性は十兵衛を見て酷く怯えていた。
「おれは末端の者なんだ…。許してくれ!」
十兵衛は、中年男性を威嚇するように刀を振るう。
「ごちゃごちゃうるせぇ!お前らの教祖の居場所!干渉力!目的を教えろ!」
「はっ、それは話せないな。話したら誓願で死んでしまう。俺たちは機密を遵守することで干渉力を得ている」
中年男性は突然、開き直り白刀の牢の中でふんぞり返る。
「その事は話してもいいんだね」
真依が率直に疑問を投げかける。
「交わした誓願の内容によりけりだが…コイツもバカでなければ喋っていい範囲で答えるだろ」
十兵衛は少し考え込んだかと思うと頭をくしゃくしゃ掻いて提案した。
「あぁ、めんどくせぇ!拷問やら、面倒な駆け引きは性に合わねぇんだよ。シンプルにいこうじゃねぇか」
十兵衛は、真依を指差し、こう告げた。
「コイツと勝負をして勝てば逃がしてやる。その代わり負けたら洗いざらい吐いてもらう」
突然の提案に真依とくろが困惑する。
「あんた、なに言ってんの!」
「えっ、十兵衛くん…冗談だよね?」
「誰がそんな話し信用するか」
真依とくろとは違った意味で、中年男性は十兵衛の言葉に対して疑問を口にする。
「まったく、こういう時の為の誓願だろうが」
“異界・一竿風月”
十兵衛が手にしていた白刀を地面に突き立てた。
すると…周囲の景色が一変、一瞬にして真っ白な世界に飛ばされた。
白い大地。白い景色が一面に拡がっている。
そして、空には無数の白銀の刀が星空のように明滅していた。
緑に覆われていた景色が嘘のように消え去っていた。この真っ白な世界には真依と中年男性、十兵衛以外に存在する《《もの》》はいなかった。
「天草家の干渉力は空間を司る。ここは完全に現世から切り離された。お前らに逃げ場はない」
「おっさんの信用を得るために誓願を立ててやるよ。フルネームを答えろ」
「石井広」
中年男性は、すんなりと自分の名前を告げた。
「石井広が竹取真依を戦闘不能にした場合は逃がしてやる。逆に負け場合は俺の質問に答えてもらう。また、勝負が決するまで天草十兵衛の手出しを禁ず。誓願破棄の代償は死とする」
十兵衛の手に白い杭のような物が2本出現した。それを一方を中年男性に投げ渡し自身の胸に杭を打ち込んだ。
「わかった。その条件なら飲もう。負け時点で」
そう言うと中年男性は渡された杭を自身の胸に打つ。すると、杭は光の粒子となって中年男性を包み込んだ。
「ねぇねぇ。十兵衛くん、その約束に私の承諾はいらないの?」
「竹取に誓願はかけてないから必要ない。ただ、あのおっさんは死に物狂いで攻撃してくるぜ、なんせ竹取を倒さないと死ぬんだからな」
十兵衛がそう言い終わる前に、中年男性は雄叫びをあげた。
「グォォォォ!!」
中年男性の体毛がみるみる伸び、狼人間へと変態した 。
「さぁ、竹取。お前の干渉力を見せてくれ」
十兵衛は宙に浮かび、ニヒルな笑みを浮かべ見下ろしていた。
「まったく、なんなのよ。まださっきのもやしだった頃の方がよっほど常識人だったじゃないの」
くろが文句を言うが状況が変わるわけでもなく、狼人間が飛び掛かってきた。
「真依、来るわよ」
くろの言葉に真依は臨戦態勢をとる。