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ボーダレス  作者: 那須 儒一
黒の校舎 編
3/32

譲れないもの

「…シンヤくん。…シンヤくん」


 気絶してた信也しんやは、真依に揺さぶられ目を覚ました。


 信也しんやが体を起こすと、真依まいは涙と鼻水を垂らしながら、勢いよく抱きつく。


「いったい何が…」

 信也しんやは悪霊の生前の記憶を垣間見たせいか、混乱している。信也しんやの心の内に、ただただ深い哀しみが込み上げてくる。


 信也しんやの目からも涙があふれ、いっこうに止まる気配はない。


 そこへ、水姫みずきが窓から戻ってきた。

 ざっと辺りを見回して、現状を把握したのか、彼の顔に驚愕きょうがくの色が浮かぶ。

「まさか本当に倒しちまうとは… 」


 水姫みずきの言葉を聞き、信也しんやも辺りを見るとすぐ近くに黒髪の少女も横たわっていた。


 黒髪の少女が悪霊になったのは、あの黒服の男のせいだ。信也しんやのなかで、不確かな確信が芽生える。


 そんな信也しんやの内心を知る由もない水姫みずきは指を鳴らし、水の弾を形成する。


 信也しんやはふらつきながらも、転校生の前に立ちはだかった。

「おい、待て待て。この子をどうするつもりだ!」


「どうするって決まってるだろ。始末するんだよ」

 水姫みずきは顔色一つ変えずに、言葉を返す。


「まだ結界も解けてないし、別の器にでも取り憑つかれたら面倒だ」

 水姫みずき信也しんやの許可は求めていないといった様子で、黒髪の霊に向かって、再び指を向ける。


「待ってくれ、この子はもう大丈夫なんだ。これ以上、悪さはしない。頼むから見逃してくれ」


 尚も食い下がる信也しんやに対して、水姫みずきは少しいらついたように語気ごきが強くなる。

「何で大丈夫だって言い切れる。器を壊しても霊はしばらくは活動できるし、新たな器を見つければ、そのまま消滅することはない」


「見逃して次の犠牲者がでたら、お前はそいつの人生に責任が取れるのか?」


 信也しんや水姫みずき気圧けおされながらも言葉を返す。


「理由は上手く説明出来ないけど、とにかく大丈夫なんだ。 それにこの子だって、オレたちと同じ人間だったんだ。むやみに消していいはずがない」


 信也しんやの訴えが終るやいなや、水姫みずき信也しんやの胸ぐらを掴んだ。


「お前、霊と人間を同等の存在ものとして捉えているのか。その価値観かちかんは危ういぞ。生者と死者の区別ぐらいしっかりつけろ!」


 信也しんやは胸ぐらを掴んでいる、水姫みずきの手を払いのけた。


 反論の余地が無かった信也しんやは、再び水姫みずきの前に立ちはだかることしかできなかった。


けろよ、さもないと死ぬぞ」


蒼弾そうだん飛沫しぶき

 水姫みずきは指を鳴らし水の弾を信也しんやごと、黒髪の霊に目掛けて放つ。


 彼は臆することなく、水の弾を素手で全て叩き落とす。

「転校生、お前が何と言おうとこの子は消させない」


 すると水姫みずきの表情が少し和らいだ。


信也しんや、この際お前が何者なのかはどうでもいい。そこまでの強い意思があるなら、俺はもう何も言わない」


「…だが、俺にも譲れない価値観ものがある。だから、少しでも一般人に被害が出る可能性があるなら、お前もろとも消す!」


「まるで、オレをいつでも殺せるような口ぶりだな転校生。自慢じゃないが、オレは生まれてこのかた、怪我けがしたことなんてないぜ。…たぶん」


 ヒートアップした2人を止めるのことは最早誰にもできない。


 水姫みずきは両手を叩き弓を引くポーズをしてみせる。すると、そこには水でできた弓が形成されていく。


 真依まいが2人を止めようと叫んでいる。

 しかし、その言葉で止まる2人ではなかった。


蒼弓そうきゅう穿雫せんだ


 水姫みずきがそう叫ぶと、今度は水で矢が形成されていく。

 そのまま、矢を信也しんや目掛けて、勢いよく放つ。


 信也しんやも同時に右ストレートを繰り出す。


 すると、信也しんやの突きだした拳から、白いもやが一直線に伸びていく。


 信也しんやは先刻から何の疑問も持たずに、この訳の分からない力に頼りきっている。


 放たれた水の矢と白いもやが衝突し、目映まばゆい光がぜる。


 その発光の最中さなか水姫みずき信也しんやの目前まで間合いを詰めていた。


 水姫みずきが再び両手を叩く。


 叩いた箇所から両手で何かを掴み、引き抜いた。

 水が刀を成し、転校生の左手には本差ほんざし、右手には脇差わきざしにぎられている。


蒼双刀そうそうとう二天にてん


 水姫みずきは、 そのまま二刀にとう信也しんやの真上から振り下ろす。


 信也しんやも負けじと拳打けんだを繰り出す。


「いい加減にしてよ」

 真依まいが泣きながら叫んでいる。


 真依まいの叫びもむなしく、二刀にとうと拳が衝突する。


 激しい光と共に彼らは互いに吹きとばされ、廊下の壁に衝突する。


 その衝撃で校舎全体が揺れだした。

 今までの戦闘もあり、校舎にガタがきたのか、真依まいかなめの真上の天井が崩れ落ちたら。


真依まいっ!」

「しまった!」

 信也しんや水姫みずきが同時に叫ぶ。


 激しい振動と共に土煙が舞い上がる。


 視界がはっきりすると、真依まいの下半身が瓦礫がれきに埋もれている。


 かなめちゃんは真依まいかばったのか、倒壊とうかいに巻き込まれずに済んだ。


 戦いを中断して、信也しんや水姫みずきは即座に真依まいの元に駆け寄る。


「すまない」

 水姫みずきは、ここにきて初めて悲哀ひあいの表情を浮かべた。


「あれっ?不思議と痛くないや」

 真依まいはそう言うが、霊体からだは徐々に透け始めている。


「おい転校生。これってどうなるんだ!霊体(れいたい)なら瓦礫ぐらいで死なないよな」

 信也しんやは必死になって、水姫みずきに詰め寄る。


「この校舎全体に悪霊こいつの結界が張り巡らしされている。この瓦礫にも干渉力かんしょうりょくが流れ込んでいるから、ただの瓦礫がれきでも霊体れいたいとっては致命傷だ」


 干渉力かんしょうりょく。馴染みのない言葉に信也しんやはよけいにパニクる。


 講義中に専門用語を多様し、置いてきぼりになる学生への配慮に欠けている大学教授よろしく、信也しんやへの配慮は微塵みじんも感じさせないまま、水姫みずきは説明を続ける。


幽体離脱ゆうたいりだつ中に霊体れいたいが消滅すると、肉体は脳死状態になる」


 水姫みずきは苦悶の表情を浮かべそう告げた。彼なりに、現状に対する責任を感じているのだろう。


「何を言ってるか分かんねぇけど、つまり死ぬってことだよな。どうにかなんないのかよ。真依まいっ、真依まいっ」

 信也しんやは泣きながら、真依まいの名前を呼び続ける。


「もう、シンヤくん。ワタシはおばあちゃんじゃないんだから、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ。でも、これで2人のケンカが収まったから良かった…」

 どこまでもマイペースなやつだ。


 もしかして幽霊になるなら、消滅するよりはマシなんじゃないのか。

 水姫みずきに言わせれば、生と死の区別がつけれていないヤバい考えが信也しんやの頭によぎる。


 そんな時、気付くと黒髪の少女が、真依まいの前に立っていた。


「ごめんなさい。私のせいで…」

 黒髪の霊は今までとは別人…、別霊べつれいのように謝ると、全身が髪の毛となり、真依まい霊体からだまとわり付いた。


 そのまま、真依まいの中に浸透していき消えかかっていた真依まいの霊体《 からだ》が、徐々に色を取り戻していく。


「まさか、守護霊しゅごれいになったのか」

 水姫みずきは驚きの声を挙げる。


 黒髪の少女は真依まいの中から煙のように抜け出てきて、今までの悪意など微塵みじんも感じさせず、穏やかな口調で答える。


「そうよ…私も何で人を襲っていたのかよく分からないの。あなた達には迷惑をかけたわね。結界も今解くわ」


 黒髪の少女がそう言うと、学校を覆っていた黒いもやが消え去る。


 直後に気を失っていたかなめ霊体からだが宙へと浮かび上がる。

 そのまま丸い光となって、何処かへと飛んでいっく。


「いったい、何がどうなったんだ。真依まいは助かるのか?」

 信也しんやは展開についていけずに混乱していた。


 そんな彼を見かねて、黒髪の少女が補足をいれる。

「私がこの守護霊しゅごれいになって干渉力かんしょうりょくの回復を図ったのよ。それと私が結界内けっかいないに捕らえてた霊体れいたいは、帰巣本能(きそうほんのう)に従って肉体に戻っていくわ」


 黒髪の少女はそう説明するが、信也しんやには馬の耳に念仏状態だ。


 水姫みずき真依まいの下半身に積もった瓦礫を、難なく持ち上げ動かし始めた。


「とりあえず何とかなって良かった。俺は疲れたから先に帰る」

 水姫みずきはぶっきらぼうにそう言って、大きく背伸びをした。


「おい転校生。このはもう消さないのか?」


「ああ、一度、守護霊しゅごれいになったら、成仏じょうぶつするか、器を変え別の人の守護霊しゅごれいになるかのどちらかだ」


「自身の怨みや悔恨かいこん、生への執着を昇華しょうかさせなければ、守護霊しゅごれいになることはできないからな。だから、この霊はこれ以上、誰かに危害を加えることはない」


「なるほど、よく分からんがとにかく大丈夫なんだな」

 信也しんやは身体中の力が抜け、その場に尻餅をつく。


「おい、黒いの。聞きたいことが山ほどあるから、覚悟しとけよ」

 水姫みずき黒髪くろかみの霊に、そう言い残すと、振り返ることなく去っていった。


 黒髪の霊は何も言い返せないのか、うつ向いたままだ。


「じゃあね、シンヤくん」

 真依まい信也しんやに手を降りながら、光となって空に飛んでいった。


 こうして、彼らの長い夜は幕を閉じた。

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