狼人間
水姫と姫乃は、担当する西の方角へと向かう。
「ちっ、何でよりによってこのDQN女と一緒なんだよ」
水姫は姫乃に聞こえるようわざと悪態をつく。
「アンタさっきから何なの!私には篤島 姫乃って名前があるのよ。それと、白髪のアンタに髪のことだけは言われたくないわね」
「姫なんて似合わない名前をしやがって」
「アンタの名前にだって姫が入ってるじゃない。男のアンタの方がよっぽど似合わないわよ!」
「なんだよ俺の名前知ってんじゃねぇか」
「うるさい。郡山家のボンボンを知らない方がおかしいわよ」
郡山家は、過去に水姫の父である海斗が分家を切り離し、勢力こそ衰えたものの御三家の称号は未だ剥奪されていない。理由は蛟が持つ干渉力と当代最強と言われていた海斗の存在が大きいからである。
「それより、そろそろヤツらとかち合うわよ」
姫乃は、水姫にスマホの画面を見せる。そこには、対象の正確な位置情報が記載されていた。
「結界で割り出した位置情報とアプリを連動させているのか?すげぇな、いくらなんでも万能すぎるだろ」
「本部周辺の結界は護りというよりは、探知に特化してるから、いくら位置が分かっても対処できなきゃ意味ないわ」
「それもそうだ。ところで、今更なんだけど奴らの目的ってなんだ?」
「さっき相模さんが言ってたじゃない、国家転覆よ」
「転覆してどうすんだよ、獣聖会が代わりに日本を統治するってのか?」
「そんな生易しいものじゃないわよ。アイツらの目的は人類を野生に還すことよ」
「なんだよそれ」
水姫が鼻で笑うが、姫乃の表情は至って真剣だ。
「獣聖会の厄介なところは、一般人や動物に干渉力を与えれることにあるの。教祖は犬を魔狼に、人間を狼人間に変えることができる。干渉者の中でも干渉力を伝染させれる人なんてそうはいないわ」
「厄介な能力だな…人手不足の本部を物量で攻め落とす気か。機関も自衛隊に干渉具を持たせればいいのに…多少の戦力にはなるだろうに」
「境界保全機関は本来、非公式の組織だから表立って人を集めれないのよ」
「人員が少ないなら、あんな高層ビルなんていらないだろ」
「確かにね。でも、お陰で私は広い職員寮に住めてるからいいんだけど」
「…っと」
敵の気配を察知した水姫は更なる敵の情報を得る為に指笛を鳴らした。
“蒼天・制覇”
その瞬間に大気が震える。
水姫は大気中の水分を周囲に張り巡らせ、大まかな地形情報、生物の輪郭を型どり探知した。
「人型が3人、犬みたいな奴が20匹ぐらいか…距離は100mを切っている。結構数が多いな。俺たちだけで大丈夫か?」
「何とかするしかないでしょ」
「とりあえずお前の干渉力を教えてくれ、連携もなにもあったもんじゃない」
「仕方ないわね。仕留めるついでに私の干渉力も見せたげる」
姫乃は、自身のピンク色の髪を数本抜き人差し指に巻き付ける。そのまま指鉄砲を作り構えた。
次の瞬間、巻き付けた髪が淡いピンク色に発光し徐々にその輝きが強くなる。
「いくわよ」
“レーザービーム”
彼女の指先から数発の光線が放たれる。
光線は着弾点を中心に爆炎を起こし拡散した。
獣の悲鳴と肉が焼ける独特の臭いが森の中に漂う。
「すっげ…なんて攻撃範囲だよ」
想像以上の威力に水姫は感心の声を漏らす。
しかし、爆炎を逃れた魔狼が水姫たちの前に姿を現した。一見、狼のような見た目をしているが、異常に発達した顎、棘のように突き出ている体毛、2,3メートルはある体躯。それらが、水姫と姫乃を取り囲むように襲いかかってきた。
“蒼双刀・二天”
水姫は声を発し水の双刀を精製する。
勢い良く飛び掛かってきた2匹の魔狼の攻撃を、避わしざまに斬激を浴びせる。
魔狼は、一瞬、怯むが傷が浅かったのか再び体勢を立て直す。
「コイツらタフだな」
水姫は双剣を構え迎撃態勢をとる。
「もうっ!私、接近戦は苦手なのに」
姫乃はそう言いながら、髪を数本抜いて宙に流した。流れた髪が光を放ち収束する。
“ビームセイバー”
収束した光は細長くなり、ピンク色の光剣と化した。
彼女は光の剣を持ち雑に振り回す。
魔狼は、光の剣を恐れてか後方へと 後退る。
「剣の扱いがなっちゃいない。このままじゃ、いずれやられるぞ」
水姫の言葉通り、魔狼が隙をついて姫乃の懐へ潜り込んだ。
「止まれ!!」
水姫は語気を強め言葉を発した。
“蒼天・凪伏”
水姫が発した音により、魔狼たち体内の水の分子に楔が打ち込まれた。それを隷属することで、魔狼たちの動きに制限が掛かる。
魔狼たちの動きが一瞬止まった。
すかさず姫乃が光剣で切りつける。切られた魔狼たちは発火し跡形もなく燃え尽きた。
「お前の干渉力って独特だよな…相伝ってよりは、趣味を拗らせて発現させた感じがする」
「うっさいわね、別にいいじゃないの。私はス◯ー・ウォーズが好きなの!文句ある?」
「いや…文句はねぇけど…」
「それより人型はどこに潜んでるんだ?目の前には魔狼しかいないぜ」
「アプリで確認してみる」
姫乃がスマホを取り出そうとした瞬間、彼女の背後に黒い影が現れた。
「危ない!」
水姫が声を挙げるが間に合わず、黒い影が腕で薙ぎ払い、姫乃勢いよく弾き飛ばされた。
同時に水姫の背後にも黒い影が迫っている。それを察知した水姫は咄嗟に振り向き双刀でガードする。
しかし、黒い影の薙ぎ払いで双刀が砕け散り、水姫も同様に吹き飛ばされる。
幸いにも水姫と姫乃は同じ位置に吹き飛ばされていた。
「いったー。なんなのよ…まったく」
姫乃の怪我は軽い擦り傷程度で済んでいた。攻撃を受ける瞬間に、咄嗟に水姫が、水のクッションを間に割り込ませていたのだ。
水姫も、すぐさま起き上がり黒い影を見据える。シルエットは人であったが、その体は獣のような体毛に覆われていた。
「お前ら一体何なんだよ!」
目の前の狼人間は水姫の問いかけには答えず、低い唸り声を上げてる。
姫乃が光剣を再び構えると敵の動きが止まった。姫乃剣の腕を差し引いても、一撃必殺の威力を持つ剣は怖いようだ。
「ピンク頭。奥の手があるなら出し惜しみしなくていいぞ」
「ないわよ。あんたこそ、さっさと蛟を呼び出しなさいよ」
「蛟の事まで知っているのか…でも、蛟を顕現させたらお前もただじゃすまないぞ」
「じゃあこういうのはどうかしら?」
敵に聞こえないように、水姫に姫乃が耳打ちをする。
「面白そうだ。それに賭けるしかないな」
作戦を立てていると、獣たちが一斉に飛び掛かってきた。
水姫は姫乃から《《ある物》》を受け取り両手を叩く。その手から水が溢れ出し、 それを周囲にばらまく。
“蒼影・群青”
散布された水は拡張し形を成し、水姫と瓜二つの分身をいくつも作り上げる。
魔狼が水姫の分身に食らい付く。
「今よ」
“ホログラム・ボム”
「名付けて『合体技・群青ピンク』ね」
青だかピンクだか分からない技名を姫乃が叫ぶとと共に、食らい付かれた水姫分身が爆発した。
その爆風に呑まれ、噛み付いた魔狼が消し飛んだ。
水姫が作り出した水の分身に姫乃の髪の毛を混ぜ込み、魔狼が食らい付いたところで爆発させたのだ。
しかし、その隙に2人の狼人間が背後から攻撃を仕掛けていた。
「ヤバい!」
“蒼刀・村雨”
水の刀で、水姫が一方の攻撃を受け止め、金属を弾くような音が鳴り響く。
もう一方の狼人間は反応が遅れてる姫乃に襲いかかる。
水姫は攻撃を受けた際に、発生した金属音で次善の手を打つ。
“蛟・部分解放・龍尾”
次の瞬間、水姫のお尻から白い龍の尾が生え、姫乃が狼人間の攻撃を受けるよりも先に、狼人間の胴体を龍の尻尾が貫いた。
狼人間は遠吠えを上げ、事切れる。直後、村雨と鍔迫り合いをしていた狼人間の干渉力が一気に跳ね上がった。
そのまま、水姫は押し負け弾き飛ばされる。
「やめろ!」
姫乃は、水姫に追い討ちをかけようとする狼人間を止めようと、全ての髪をピンク色に発光させた。
「やめろ!姫乃」
狼人間の体格は一回りは大きくなっていた。姫乃との圧倒的な干渉力の差を察知した水姫は姫乃を声で制す。
「大丈夫よ」
姫乃は自信満々の笑みをたたえてピンク色に光る髪の毛を伸ばし、狼人間へと巻き付けた。
狼人間はそれを振りほどこうと必死にもがく。
「おい、まさか自爆する気か!」
水姫は吹き飛ばされた衝撃と蛟を少し解放した反動で体が思うように動かせないでいた。
「やめろー!!」
水姫の叫びも虚しく、姫乃と狼人間は激しい爆炎に包まれた。
「くそっ!また間に合わなかった。いつも俺は手遅れになる。こんなことなら蛟を完全解放すべきだった」
水姫は、A樹海で仲間が襲われた映像が、フラッシュバックし地面に膝を折る。
そんな中、爆炎の中から嫌味ったらしい声が水姫の耳に届く。
「あんたって、意外と女々《めめ》しいのね。自分の力で死ぬなんてバカなことはしないわよ」
「お前…生きていたのか?」
姫乃は燃え盛る炎の中で、事も無げに立っていた。だが、頭には何故かスカーフが巻かれていた。
「その頭…」
「うっさいわね。この技は自分が巻き込まれないように、周囲に同等のエネルギーをぶつけて相殺する必要があんのよ。…だから髪の毛をほとんど無くなんのよ」
「数日もすれば元に戻るから、髪のことには触れないでね。なんか言ったら殺すから」
「わかったよ…。無事で良かった。…そういえば、あと一人、人型がいるはずだ。さっきは感知で捉える事ができたけど…」
水姫が再び、辺りを探知するが、アプリにも敵の位置は標されていなかった。