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ボーダレス  作者: 那須 儒一
第二章 金毛九尾討編
26/32

仁王

 郡山海斗こおりやまかいと。38歳。

 誓願せいがん破棄の代償として、老化が著しく進行している。


 その容姿は既に高齢者の仲間入りを果たしており、脳の萎縮により認知症も進行している。その為か、1日の半分も思考が定まっていない。


 現在、A樹海にて金毛九尾きんもうきゅうびと交戦中。


「何とか水姫みずきたちは逃がせたかの」


 海斗かいと水姫みずきには、一族に縛られずに生きて欲しいと、勘当してまで郡山家こおりやまけから遠ざけた。


 一族が解体され、信仰の力が薄まったにも関わらず、みずち干渉力かんしょうりょくは、今なお絶大なものであった。


みずちのお陰で、わしが到着するまでの時間は稼げたが、危うく若人わこうどたちを死なすとこじゃった」



 海斗かいとに蹴り飛ばされた九尾が体勢を整え今にも飛び掛かろうとしている。


「わらわを足蹴あしげにするとは、許すまじ!」

 九尾は怒りに身を任せて、海斗かいとに向かって突進してきた。


「所詮は獣、人様ひとさまには敵わんの」

 海斗かいとは、臆することなく、合気の構えに入る。


 九尾は突進ととも8本の尻尾をいかづちの如く伸ばしてきた。


流水拳りゅうすいけん八塚やつかの捨て石》

 この技は、てのひら干渉力かんしょうりょくで形成された、薄い水の膜を張る。その膜に物体が触れた瞬間に水を緩衝剤として、力学的エネルギーの同調を図り、力の流れを意図した方向へと受け流す合気。


 海斗かいとは九尾の8本の尾を左手のみで受け流そうと試みる。しかし、全ては受け流せず、海斗かいとの胴に2本の尾がめり込む。


「ぐっ!」

 海斗かいとは、勢いよく吹き飛ばされた。


覆水不返ふくすいふへん”の代償で、海斗かいとの右手には力が一切入らず、左手のみで応戦するしかなかったのだ。


「大人しく、わらわに喰われよ」

 九尾は、怯んだ海斗かいとを丸呑みにしようと口を大きく空けた。


「なんのこれしき」


 海斗かいとは身をひるがえし、九尾の口を交わし、その頭上を取る。


覆水盆帰ふくすいふへん

 そのままに左手で、九尾の額に掌底打しょうていうちを入れた。


「何じゃこれは?先ほどみずちを抑えた技か」


 九尾が上手く干渉力かんしょうりょくが練れずに狼狽うろたえている。


りゅうのつがい”

 海斗かいとは隙だらけの九尾の顔面に、両足に水で双龍を形成し、そのままドロップキックをぶちこむ。


「ぐぎゃぁぁ」

 九尾は悲痛な叫びを上げながら吹き飛ばされる。


「よくも!よくも!わらわの御尊顔を…」


九十九つくも禍津魂寄まがつたまよせ

 九尾が怒号を上げると樹海中の空気がざわめく。


 九尾は口を大きく開き空を仰ぐ。そしと、樹海にうごめく怨念を破竹はちくの勢いで口の中へと、吸い込みだした。


 九尾の体は数倍に膨れ上がり、干渉力かんしょうりょくも先ほどと比べ物にならない程、高まっている。


 約千年ぶりにこの世に顕現した九尾は、体が鈍っていた。それが、図らずも海斗かいとたちとの連戦により、勘を取り戻してしまったのだ。


覆水不返ふくすいふへんくさびも解かれてしまったか…。ここまでかの、…死してしかばね、拾う者なし。若人わこうどを逃がせただけでも良しとするかの」

 海斗かいとは覚悟を決めて九尾へ向け、駆け出した。


 九尾の体はドス黒く変色していた。突っ込む海斗かいと目掛け、いびつな黒い爪が振り下ろされた。


「死を美徳びとくとするのは日本人の悪い癖だぞ」

 その瞬間、海斗かいとの耳に、渋い男の声が届く。


 九尾の爪が海斗かいとに直撃するよりも速く、その声の主は、右手のデコピンのみで九尾の巨体を吹き飛ばした。


 直後、 辺りに粉塵ふんじんが巻き起こる。


「この技は…。たつさん!」

 徐々に視界は晴れ、海斗かいとの目に、風になびく金色の髪が映る。


 そこには、相模さがみ辰五郎たつごろう海斗かいとに背を向け、仁王立ちしていた。


「あの時とは、立場が逆転したな。これで、借りは返せたかな」


青龍せいりゅうの件は、貸しだなんて思ってませんよ。それに…あの時、相模さがみさんを助けたのは、大護だいごさんです」


「貴様ら。次から次へと…グォォォォ!」

 九尾は誰の目から見ても、かなり消耗しているのが分かる。


 九尾は木々を薙ぎ倒しながら、辰五郎たつごろうへと飛び掛かる。


「九尾さんよ、今の一撃を耐えたからっていい気になるなよ。私は本来は左利きなのだよ」

 そう言って辰五郎たつごろうは、今度は、左手で九尾の額にデコピンを食らわす。


 先ほどとは、比べ物にならないほどの土煙が巻き上がる。


「相変わらず凄い威力じゃの」


 辰五郎たつごろう干渉力かんしょうりょくは肉体強化。干渉者であれば、誰しも備えている能力である。


 その能力に限界を感じた辰五郎たつごろうは、 ある“誓願せいがん”を設けたのだ。


 それは、干渉力かんしょうりょくによる肉体強化を、体の局部にしか指定できないというものだ。変わりに、指定した局部に高密度の干渉力かんしょうりょくが集約される。


 移動時は足、攻撃時は手といったように。そして、指定する部分が小さければ小さいほどその威力は絶大なものとなる。


 辰五郎たつごろうのデコピンは、第三指爪先の僅か1mm×1mmの面積に干渉力かんしょうりょくを絞っている。


 再び視界が晴れた時には、九尾の巨体は跡形もなく消しとんでおり、前方の樹海は数百メートル先まで木々が消し飛んでいた 。


たつさん、助かりました」


「上がった発煙筒に、それぞれ救助に向かっていたら遅くなった。残念ながら、殆どが九尾に殺られていたよ。カイトがいなければ、全滅もあり得ただろう」


「九尾は力こそ増幅していたが、かなり消耗していた。オレだけで倒せたかは、わからんよ」


「いえいえ、ご謙遜けんそんを…。ワシも歳には敵いませんから」


「まったく。誓願せいがん破棄なんて無茶をするからでしょうに」


「ははは。返す言葉もございませんの」


「それに、口調まで爺さんにしなくてもいいだろうに」


「この見た目で若者のような物言いをすれば、育ちが悪く見られますからの」


「実際、育ちは悪いだろ。とりあえずは、任務完了だ。死亡者の確認と、その後の対応はこちらで請け負う」

 そう言うと、辰五郎たつごろうは目を伏せた。


「どれだけ強くなろうが、何も変わっちゃいない。何の為に私は…」

 辰五郎たつごろうはそれ以上何も言わなかった。


 海斗かいとは、その事には触れず、一礼だけして、その場を後にした。


 金毛九尾討伐任務完了。

 任務参加者54名中、生存者10名。

 結界に 巻き込まれた一般人15名。全員生存。

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