運命の歯車
郡山海斗。21歳の春。
海斗は産まれた子どもに水姫と名付けた。一族と縁を切ったにも関わらず、掟に則り、息子の名前に水に準ずる文字を刻んだ。
子どもには一族のしがらみなど、気にせず生きてほしいと願いつつも、水の名を刻んだ方が干渉力の恩恵も受けれるからと、海斗の中で損得感情が働いてしまった。
海斗とアキ、息子の水姫は、ささやかながらも、幸せな日々を送っていた。
そんなある日、郡山家から一通の手紙が届く。
文面には海斗を正式な当主として迎え、アキを正妻に据えるとの旨が記載されていた。
その為の、成人の義と結婚式を郡山家で盛大に行いたいとの事。
アキは家族が仲直りするチャンスなんだから…と喜んでいたが、海斗は何となく嫌な予感がしていた。
海斗自身も、どこかで父である瀑両と、けじめを付ける必要があると考えていた為、海斗とアキは、生まれたばかりの水姫を抱え、指定された日時に郡山家へと向かっていた。
郡山家総本山の参道を海斗たちは、休憩を挟みつつ登っていた。
「カイト、凄いね。いつも、こんな険しい山道を登り降りしてたなんて」
アキは水姫を抱え、息を切らし感心していた。
海斗は、アキに干渉力について話していない。
郡山家に嫁ぐのであれば、いずれは話さなければならないことだが、一般人に干渉力の説明を行い、理解してもらうにはハードルが高すぎ、ついつい問題を先送りにしてしまっていた。
「山登りがキツイなら、おんぶでもしてやうろか?そしたらアキの体も触り放題だからな」
「もうカイトったら。お父さんになったんだから、少しは自重なさい。教育上よくないよ」
「これでも自重してる方なんだけどな」
アキは海斗と結婚してから、性格が丸くなった。二人が喧嘩することも殆ど無いくらいだ。
そんなやり取りをしながらも参道を進んでいると、海斗が《《何か》》を察知した。
「アキ止まれ」
海斗は小声でアキを制す。
アキも海斗のただならぬ様子を察して、指示に従う。
「おい!そこの3人それで隠れているつもりか」
海斗が声を上げると、黒子のような格好の3人組が姿を現した。その手には鈍く光る小太刀が握られている。
「よく分かりましたね。さすがは郡山家の御当主様だ」
「お前ら馬鹿だろ。干渉力が駄々漏れなんだよ」
「なに!この人たち」
アキは怯えながら水姫を守るように抱き締めた。
「アキ大丈夫だよ!俺が付いてる」
海斗は優しくアキを宥め、会話を続ける。
「お前ら父上の手の者か?」
3人組は海斗の質問に答える代わりに、突如、手にしていた小太刀で切りかかってきた。
刺客は正面、左右に展開し、同時に刃を振るう。
海斗は微動だにせず三本の刃を受ける。しかし、刃が彼の体を切り裂くことはなかった。
全ての小太刀の刀身は折れ、折れた刃が頭上へと跳ね上がる。刺客たちは海斗に刃が通らなかったことに驚き、たじろぐ。
海斗はその隙をつき、一瞬で刺客たちの溝尾に拳を見舞う。
勢いよく吹き飛ばされた刺客たちは木々に激突した。
「動きは鋭いし連携も悪くないんだが…相手が悪かったな。俺は最強なんだよ」
海斗は余裕の笑みを浮かべ刺客たちを見据える。
海斗の干渉力は体内の水分操作。それにより肉体の強度、瞬発力、膂力といった全ての身体機能を底上げている。徹甲弾でも彼の体は貫けない。
アキは状況が飲み込めず困惑していた。
刺客は1人だけ意識があり呻き声を上げていた。海斗はそいつの胸ぐらを掴み片手で持ち上げる。
「もう一度聞く。父上の指示か」
「そうだ」
刺客が答えると、そいつの顔を覆っていたお面が地面に落ちた。
驚く事にそこには、海斗のよく知る旧友の顔があった。
「お前は…、逢海!」
「オウミくん…」
海斗とアキは驚きのあまり言葉が続かなかった。
「久しぶりだねアキ、海斗。2人ともどうしてって顔をしているね」
「嬉しいよ。海斗の困惑する顔が見れて」
目の前の旧友は、海斗たちには今まで見せたことのないような邪な笑みを浮かべていた。
「どうしてお前が…、村から出て行ったって」
海斗は想定外の事態でパニックに陥る。
「そうだね、理由を知らないのも可哀想だから、説明してあげるよ」
「僕は中学を卒業してすぐに、母さんが亡くなったんだよ。しかも病に伏した死に際にとんでもない事実を明かされた」
「母さんは僕の実の母親ではなかったんだよ。郡山家からお金を貰って僕を引き取ったらしい」
「郡山家ってどういうことだよ?」
「僕の本名は郡山逢海。郡山 瀑両の息子であり、郡山 海斗の双子の弟だったんだよ」
「まさか何気なく仲良くしていた相手が、自分を捨てた家の実の兄だったなんて…とんだ笑い話しだよ」
一族という枠組みにこだわる御三家は、双子は跡目争いの種にもなり、集約される干渉力が2人分散されるから、不吉の象徴とされていた。
「でも別に僕はそんな事を恨んじゃいないし、始めはそんな話を信じてなかった」
「でも…母さんが亡くなってから、僕は隣町の工場で勤めだした。そこで酷いイジメに合ってね。ある日、とうとう我慢の限界がきて、気がついたら僕はいじめていた上司、同僚を病院送りにしていた」
「その時、自分の中に眠っていた干渉力に気付いたのさ。幸いにも警察沙汰にはならなかったけど工場は辞めざるを得なかった」
「途方に暮れていた僕にある名案が浮かんだ。自分が本当に郡山家の人間なのかを確かめに行き、もしも海斗が当主になってたら、真相を話せば、憐れな僕にお金でも恵んでくれるかなと思って」
「ところが、郡山家に行ったら、海斗は当主の座を蹴ってアキと駆け落ちしたって言われてね」
「そして、僕を棄てた父は僕が郡山家の人間であることを認めた。本来、双子の片割れは殺すらしいんだけど、あんな父でも情があったみたいだね」
「別に僕は父の事を恨んでないし、母との生活はそれなりに幸せだった」
「今、僕が恨んでいるのは海斗、キミだけだよ」
唐突に明かされた、親友の過去に海斗の頭は混乱していた。
「いったい何で…どうしてだよ!俺たち親友だし、父上の言うことが本当なら血を分けた兄弟だろ?」
「そうだよ。キミは僕が欲しいものを全て手に入れていた。僕が産まれながらに奪われた当主の座を呆気なく蹴って、挙げ句のはてにアキまで奪った!」
「まさかお前もアキの事か…」
「そもそも僕の片想いだったし、アキが海斗の事を好きなのは気付いていた。キミがアキの事を好きなのもね。だから無理に関係をこじらせるような事はしなかった」
「ただね、これだとあんまりも自分が惨めで…僕の怒りは、不満はどこにぶつければいいんだ!」
逢海は、これまで溜め込んだものを吐き出すかのように言葉が止まらない。アキも怯えて何も言えずにいた。
「怒りに震えていた僕に、父上がある提案をして下さった」
「提案?」
「郡山 海斗を暗殺し、その子どもを奪えば当主にしてやるとね」
「父上が俺の暗殺を…」
海斗は驚きのあまり言葉が続かなかった。
「カイトは確かに強い、でも頭は弱いんだね。僕たちが干渉力を微塵も隠してなかったのは、もう一人の刺客を潜ませる為だよ」
「うっ…」
逢海が告げた瞬間、アキから途切れるような声が漏れ聞こえる。
慌てて振り向く海斗であったが、時既に遅くアキの背中に刃が突き立てられていた。




