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ボーダレス  作者: 那須 儒一
第二章 金毛九尾討編
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窮地

 信也しんやの腹部から溢れだす、白いもやにより、九尾の体は弾き飛ばされた。


 くろは、その光景を、ただただ傍観することしかできなかった。


 次第に、大気中に満ちる白いもや奔流ほんりゅうは収まり、視界が開けると、信也しんやと九尾はうつ伏せに倒れていた。


「しんや!」

 くろが声を掛けるが返事がない。くろの脳裏に“死”の一文字が過る。


「しんや、まい、早く起きて!」


 奇しくも、くろの呼び掛けに応え、起き上がったのは九尾だけであった。


 九尾は怒りの形相ぎょうそうで、信也しんやを睨み付ける。


「うぬは何者じゃ?」

 九尾が信也しんやに問いかけるが反応はない。


「…なんじゃ、気絶しとるのか。正体は気になるが、厄介なことになる前に、わらわの全力をもって喰ろうてやろうぞ」


 九尾の肉体は、骨が鳴るような不快な音と共に、膨張していく。


 体毛がうねり、白装束の服は破れ、数メートルはあろうかという八本の尾を持つ妖狐ようこへと姿を変える。


 真依まいに尾を削られ、一本少ないが、これが本来の九尾の姿すがたなのかもしれない。


 変貌を遂げた九尾は、そのまま信也しんやを食らおうとよだれを垂らしながら、いびつな口を開く。


「やめなさい!」

 くろが言葉で制する。


「なんじゃ、娘子むすめごの守護霊か。ここまで意思表示できる守護霊も珍しいが…、いまはこやつじゃ。心配せずとも、うぬらも後で喰ろうてやる。そこで大人しく見とれ」


 くろは自身の無力さに打ちひしがれながら、それ以上、どうにも出来なかった。


 くろが、現実に堪えきれず、目を反らしている隙に、空から水で形成された剣の雨が降り注いだ。


蒼雨剣そううけん夕立ゆうだち


 無数の剣は九尾の体に容赦なく突き立てられた。


「くろ、わりいな。遅くなった」


「アンタは…」


 いつの間にか、くろの隣には水姫みずきが立っていた。


 優しくささやかれた、その声色とは裏腹に、水姫みずきの体はは激情げきじょうでで震えていた。


 くろからしてみれば、水姫みずきとの付き合いは短いし、信也しんやと比べ、何を考えているのか分かり辛い。その為、どことなく苦手意識を感じていた。


 ただ、真依まい信也しんやが傷付けられ、ここまで怒りをあらわにしているとこから、他人の為に怒れる人間なんだと、改めて見直した。


「これをやったのはお前か!」


「次から次へと馳走ちそうが飛び込んで来るのう。早めにどいつか喰ろうて、干渉力ちからを回復したいとこじゃが…」


 九尾は水姫みずきの問いかけなど意に介さず、どこまでの欲望のままに餌を求めるだけであった。


 水姫みずきが地面を叩くと、地表から僅かな水が涌き出てきた。

 その水は、気絶している信也しんやを包み込み、手早く自分の後方へと引き寄せた。


「うぉぉぉぉ!」

 水姫みずき咆哮ほうこうが、樹海に響き渡る。


 それに呼応するように、薄暗い樹海が、より一層、暗くなる。

 空は積乱雲せきらんうんで覆われ、次第に雨が降りだしてきた。


 その雨は九尾の結界に遮られることなく、辺りを濡らす。


「何が起きてるの?」

 くろは状況を飲みのめないまま、空を仰ぐ。


「なんじゃこれは…、うぬがやったのか?」

 突然の悪天候に九尾の注意は水姫みずきへと注がれる。


「天候をねじ曲げるなど、わらわより、よっぽど化け物じみとるではないか」


 九尾は即座に八本の鋭い尾を、水姫みずきに目掛け放つ。


「馬鹿な! 」

 しかし、その尾が水姫みずきを貫くことはなかった。


 驚いたのはくろも同じであった。降りしきる雨が、水姫みずきの体に吸い付くように、まとわりつき、信也しんやの体ですら貫いた九尾の尾を弾き飛ばしたのだ。


「いつ、 助けに来るかわからない相模さがみのオッサンを宛にするほど、俺は気が長くねえ。九尾を仕留める手札は、今の俺には、これしかない」


「くろ…すまん」

 それは、これから起こる事に対しての謝罪なのか、間に合わなかった事へと贖罪なのか、くろには検討すらつかなかった。


 降り注ぐ雨が、意思を持ってるかの如く収束し、水姫みずきは大量の水に呑まれた。


 そして、水姫みずき華奢きゃしゃな体は別次元の生物へと変貌していく。


 白い鱗。四足の屈強な手足から伸びる、いかつい爪。極めつけは、九尾を見据える、爬虫類はちゅうるいのような鋭い目。


「 へび?…いや、違うわね」


 水の形状が定まると水姫みずきは龍のような生物へと変態していた。


 その体は九尾よりも一回り大きく、水姫みずきの面影は一切残っていない。


「まさか川嶋河の大虬みつちの類いか!こんな有毒の化け物を体内に宿していたとは…これは、わらわも全力でかからねばなるまい」


 水姫みずきは獣のような唸り声をあげている。


 同じ化け物でも、流暢りゅうちょうに人語を話す九尾とは対照的に、水姫みずきは自我を失っていた。


 水姫みずきが龍の手を振り降ろす!


 激しい水飛沫みずしぶきと共に九尾の体は軽々と吹き飛ばされた。それと同時に樹海の木々も薙ぎ倒される。


「どうにかして、まいと、しんやを逃がさないと…」


 吹き飛ばされた九尾も負けじと水姫みずきに食らいつく。


 化け物どうしの闘いに圧倒されるくろ。


 水姫みずき若干じゃっかん押しているようだが、くろたちが、いつ巻き込まれるかわからない。


 先程の水姫みずきの謝罪の理由が分かったくろは、愚痴の一つでも言ってやりたくなっていた。


「グゥゥゥ…、尾を一本削られたのが響いてるわね。先に娘子から干渉力ちからを吸収せねば」



 九尾は尾を水姫みずきに絡ませ、地面に抑えつける。その隙に、くろたちを食らおうと飛び込んできた。


 もうダメだと諦め、くろは目を閉じた。


「…あれ?」

 気が付くと真依まい信也しんやは青年に担がれ、九尾の攻撃を回避していた。


 くろの霊体も、真依まいの体に紐付けられている為、引っ張られるように九尾から逃れていた。


「くろ様、お待たせして申し訳ございません」


 くろたちを助けた主は、眼鏡をかけた執事服の青年であった。


「あなたは確か、みずきの使用人の…。あれ?あなた眼鏡なんて掛けてたかしら?」


間壁まかべです。この眼鏡は私の干渉力かんしょうりょくの一環です」


「ありがとう助かったわ。でも、みずきが、まだ戦っているの」


「大丈夫です、くろ様。後は海斗かいと様が対処して下さいますので、ご安心を」


 くろは、再び水姫みずきに視線を戻す。水姫みずきは絡み付いた尻尾から抜け出し、再び九尾に飛び掛かる。


 刹那、水姫みずきの頭上に何者かが、飛び乗った。


 その衝撃で化け物へ変わり果てた、水姫みずきが地に伏せる。


 上に乗っているのは水姫みずきの父親、海斗かいとであった。


「あのお爺さん、いったい、どうやってここまで来たの?」


覆水盆帰ふくすいぼんきいな

 海斗かいとは右手で、暴れる水姫みずきを押さえ付けた。


 徐々に水姫みずきは大人しくなり、龍の体が崩れ、剥がれた部位は水に還っていった。


 後に残ったのは、人の形に戻った水姫みずきであった。

 水姫みずきは気絶しているのか、地面に倒れたまま起き上がる気配はない。


「しばらく、右手は使えんのう」

 海斗かいとの右手はだらりと垂れている。


「危ない!」

 くろが叫ぶ。


 隙をついて、九尾が海斗かいとへ飛び掛かる。

 しかし、次の瞬間には九尾の巨体が一回転して、投げ飛ばされる。


「凄い…」

 くろが驚きのあまり、あっけにとられていると、間壁まかべが説明を入れる。


「私と海斗かいと様は内干渉ないかんしょうにより、自身の体内の水分を操作しています。それにより強靭きょうじんな肉体を得ているのです」


 細身の間壁まかべがどうして、人を二人も抱えて素早く移動できるのか納得ができたくろであった。


 そして、二人を抱えたまま、一瞬の内に倒れている水姫みずきを回収し、再び九尾から距離を置いた。


間壁まかべ。子どもたちを頼む」

 海斗かいとがそう言うと、間壁まかべ

 かしこまりましたと返事をして、真依まい信也しんや水姫みずきを抱え、その場から退避した。

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