表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボーダレス  作者: 那須 儒一
黒の校舎 編
2/32

月明の校舎


 信也しんやは、急な喉の渇きを覚え目が覚めた。部屋のカーテンを開けると辺りはまだ暗闇に包まれている。


「今、何時だ…?」


 信也しんやは部屋の電気を点け、時刻を確認すると、時計の短針は1を指していた。


 何か飲もうと起き上がる信也しんやであったが、体はまだ眠ってるようで、足取りがおぼつかない。ふらつきながらも階段を降り、一階の台所へと向かった。


 コップを用意するのが面倒で蛇口から出る水道の水を直接、口に流し込む。余程喉が渇いていたのか 、水を飲む度に喉が小気味良い音を立てている。


「変な時間に目が覚めたな」


 徐々に意識が覚醒してきた信也しんやは、2度寝する気にはなれず、日課の深夜徘徊もとい、ジョギングをしようと支度をする。


 ジャージに着替えた信也しんやは、そのまま夜の世界へと飛び出した。


 信也しんやの住んでいるN町は、人口が4000人程度の小さな町だ。町役場の周辺には大型ショッピングモールが建っていて、それなりに賑わっている。しかし、少し郊外にいくと隣の家まで数百メートルは離れているド田舎である。


 自宅近辺は街灯も少ない為、夜中に出歩く人は滅多にいない。


 今晩は月明かりに照らされ、やけに明るい夜だ。


 昼間の出来事もあり、何故かやたらと学校が気になっている信也しんやは、ジョギングがてらに寄ってみることにした。


 「真依まいのやつ大丈夫かな。他の女子も真依まいと同じような黒い痣が残っていたし、なんもなければいいけど…」


 信也しんやの頭の中は未だ混乱していた。改めて考えても昼間の出来事は夢ではないかと思ってしまう。


 あれこれ考えているうちに、S高校の前まで到着していた。何気なく校舎を見やると、信也しんやの目に異様な光景が映る。


 外は月明かりに照らされ、光源がいらないくらい明るい…にも関わらず学校の校舎だけが、周囲の空間から切り離されているように、黒くかすんでいる。


「なんだ?学校がぼやけて見える。これ…オレの目がおかしいわけじゃないよな」 


 信也しんやが、何度目をこすっても目の前の景色は変わることはなかった。


「きゃああああああ」

 その時、つんざくような悲鳴が校舎から響く。

 悲鳴が聴こえるやいなや、信也しんやは校舎の玄関先まで駆けた。

 

 信也しんやは、直感で昼間の出来事と関係があると察した。近付けば近付くほど校舎が黒く歪んで見える。


「この黒いもや、触れて大丈夫か?」

 信也しんやなりに警戒はしていたが、それでも目の前の異常事態に対する好奇心が勝り、思いきって手で触れてみた。


 黒いもや…その異様な見た目とは裏腹に何の感触も得られない。


「……なんともないな」

 信也しんや躊躇ためらいながらも、もやを突っ切り、校内へと忍び込んだ。


 普段は用務員が施錠しているが、校舎の入り口に鍵は掛かってない。


 この事を気に止めつつも、信也しんやは悲鳴の主を探す。


 …1階の廊下で辺りを見回すが、人影はなく校内は静寂に包まれていた。


 外から見ると黒いもやが掛かっていたのだが、校内には何故か月明かりが差し込んでいる。

 視界は良好で、懐中電灯なども必要ないくらいだ。


 信也しんやの頭の中は、この異常事態の割には冷静だ。夜の校内は昼間の時とは違って、不気味であった。


 何事もなければすぐに帰るつもりだった。校内では霊の姿を一向に捉えることができないが、異様な気配だけは感じ取れる。


「1階には何もいない…」

 信也しんやは足早に階段へと向かい2階へと昇った。周囲には信也しんやの足音だけが木霊こだまする。


 2階廊下の中間あたりまで行くと、パジャマ姿の少女がうずくまっていた。


 信也しんやは、目の前の何者かを冷静に分析する。悲鳴の主が目の前の少女か、悲鳴の原因となったものなのか、警戒しながらゆっくり少女に近付いていく。


 信也しんやが少女に近付くにつれて、すすり泣く声が聴こえてきた。


「怪談のお約束みたいにベタな展開だな」

 信也しんやは拍子抜けだなと思いつつも、近寄っていくと少女のパジャマの柄が目に入る。


 パジャマにはリーゼントヘアーのからすの絵がプリントされており、独特なセンスをしていた。


 信也しんやがこの世に生を受けて、はや17年。様々な霊を見てきたが、パジャマを着た幽霊と対面したのは始めてであった。


 声を掛けようと近付くと、少女の幽霊は信也しんやの存在に気が付いた。


 その幽霊は突然、信也しんやに向かって抱きついた。

「ジンヤぐ~ん。ごわがっだよ~」


 さすがの、幽霊経験豊富な信也しんやでも、この訳のわからない状況に焦りを覚える。


「待て待て、何で幽霊が オレの名前を知ってるんだよ!」


 信也しんやはパニックに陥りながらも、抱きつく幽霊を体から引き剥がし、恐る恐る顔を覗き込んだ。


 驚くことに、その幽霊は信也しんやのよく知る人物だった。


 泣き顔でぐしゃぐしゃになっていたが、それは紛れもなく、天然娘、真依まいの顔だった。


真依まい、何でこんなとこにいるんだ!それに、どうして幽霊になってんだよ」


 状況が飲み込めず、信也しんやはついつい詰問口調になる。


「わだじにも分がんないよ~。それに、私は幽霊なんかじゃないよ。ただ家で寝てただけなのに~」


 真依まいはそう言い張るが、体は明らかに霊体だった。


 幼い頃から幽霊を見てきた信也しんやが幽霊と人間を見間違うはずがない。


「きゃあああああ!」

 再び悲鳴が聞こえた直後、ガラスか陶器が割れるような音も鳴り響いた。


「ここにいるのは真依まいだけじゃないのか?

 この学校で一体何が起きてるんだ!」


真依まい、とりあえずここから出るぞ!」


 信也しんやはこの異様な事態に何かを察知していた。嫌な予感がする…このままここにいてはいけないと本能がそう告げている。


 泣き崩れている真依まいの手を引き、そのまま走り出す。


 しばらく走り続ける二人であったが…。

「おかしい! どうしてだ!さっきからいくら走っても階段にたどり着けない」


 信也しんやたちが、どれだけ進もうが前方は暗闇に包まれており、端に行き当たることはなかった。


 ついに2人の息が切れその場に倒れ込む。

「ぜぇ、ぜぇ」


 休んでいる内に呼吸が整い、徐々に平静を取り戻していく。


 しかし、一息ついたのも、つかの間。信也しんやはある違和感に気付く。それは…明らかに自分たちの呼吸以外の音が聞こえてくるのだ。


 どこが聞き覚えのある何かを引きずる音…信也しんやはゆっくりと音のする方に目をやった。そして、驚きの光景に思わず声を失う。


 そこにいたのは昼間に教室内に侵入してきた

 黒髪の少女の霊だった。


 長く伸びた黒髪が壁や天井まで張り巡らされており、明らかな敵意を持って信也しんやたちに迫ってきている。


 真依まいも黒髪の霊の存在に気付いたようで、恐怖のあまり絶句して廊下にへたりこんでいる。


 よく見ると…黒髪の霊は女子生徒らしき人影を、蛇のようにうねっている長い黒髪で捕えていた。


 信也しんやは考える前に、言葉を発していた。


「おいお前!その子をどうするつもりだ」

 この問いかけに対して、黒髪の霊は言葉を返す代わりに卑しい笑みを浮かべるだけであった。


「この野郎!」

 信也しんやは怒りをあらわにして、黒髪の霊に突進する。


 同時に黒髪の悪霊は、物凄い勢いで髪を伸ばしてきた。


「うお!」

 信也しんやは反射的に目をつむり、咄嗟とっさに腕を交差させ自身の顔をおおう。


「…あれっ?なんともない」


 信也しんやが恐る恐る目を開くと、自身の体からうっすらと白い霧がでており、それに遮られ体に巻き付いた髪との間に数cmほどの空間が空いていた。


 髪は信也しんやの体に届いておらず、触れようとしたそばから溶けるように消え去さっていく。


 それは昼間の出来事と重なり、信也しんやの脳裏に、黒髪の少女の髪の毛が自分には効かないのでは…と感覚的に理解していた。


 これには黒髪の霊の顔も、心なしか驚きの表情に変わっている。


「よく分からんがなんともないな」

 信也しんやはその隙に黒髪の霊へと間合いを詰め、髪に埋もれた女子生徒を引き剥がそうとした。


 信也しんやが悪霊から伸びる黒髪の中に手を突っ込むと、髪が触れようとしたそばから消え去っていく。


 そのまま捕らえられた女子生徒を掴み、真依まいが座り込んでいる位置まで跳び退いた。


「おい!大丈夫か」

 信也しんやが女子生徒に声を掛けるが、彼女は意識を失っていた。


 そのまま肩を揺さぶり続けると…女子生徒は目を覚まし、今にも消え入りそうな声で言葉を発した。


「…生司馬いくしまくん?」

 女子生徒の意識は朦朧もうろうとしており、そうつぶやくと再び意識を失った。


 そこで、信也しんやはあることに気付く。


 捕らえられていた女子生徒もまた、真依まいと同様に霊体れいたいだったのだ。


「もしかして、かなめちゃん?」

 腰を抜かしていた真依まいが、四つん這いで助けた女子生徒の顔を覗きこんでいる。


「良かった。生きてるのね 」

 真依まい安堵あんどの表情を浮かべる。


「知り合いか?この子も霊体なんだが…」

「ヴォォォォォォ」

 信也しんやの言葉が遮られ怒号どごうが廊下に響き渡る。


 黒髪の霊は憤慨ふんがいしており、

 先程とは比べものにならない量の髪で、廊下を埋めつくしていた。


 信也しんやがそれに気付いたと同時に、黒髪の霊が津波の如く大量の髪を伸ばしてきた。


 ヤバいと思った時には既に遅く、信也しんやに出来ることといえば目を瞑ることぐらいであった。


 すると…何か弾けるような音が廊下に鳴り響く。


 その音がしてからどれくらいの時間がたっだろう。実際はほんの数秒だったかもしれないが、信也しんやにはお湯を入れたカップ麺を待つぐらい長い時間に感じられた。


 それでも髪が信也しんやの元に押し寄せることはなかった。

 痺れを切らしゆっくりまぶたを開くと、目の前には水の幕が張られており、大量の髪をき止めていた。


「間一髪だったな」

 聞き慣れない声に信也しんやは記憶を辿るが、それでも聞き慣れないという表現を訂正するに至らなかった。


 答えを知るべく、信也しんやは背後を振り向くと…どこか見覚えのある白髪はくはつの少年が立っていた。


「お前は…」

郡山こおりやまくん」

 信也しんやが喋るのと同時に真依まいが被せて名前を呼んだ。


真依まい、よく転校生の名前なんか覚えていたな」


「逆にシンヤくんは何で覚えてないの?朝礼で、ちゃんと自己紹介してたでしょ」


「それはだな…」

 名前が難しくて頭に入ってこなかったとは、さすがに言えない信也しんやであった。


「それより転校生、何でこんなとこにいるんだよ」

 信也しんやは話を逸らすように水姫みずきを問い詰める。


「それはこっちの台詞せりふだバカ。なんで生身の人間がここにいる。結界をどうやってすり抜けた? 」


「人間なんだから生身が普通だろ。それに、結界ってなんだよ!」

 訳のわからない問いかけに信也しんやの苛立ちがつのる。


「ヴォォォォォォ!」

 自分だけ蚊帳かやの外にされ激怒したのか、黒髪の悪霊は再び怒号をあげた。


「そうだな。こんなことしている場合じゃなかった」

 水姫みずきはそう言うと指を鳴らす。

 そこで、さっきの破裂音は指パッチンの音かと信也しんやは回答を得る。

 すると、廊下のタイルの切れ目から水泡が噴き出てきた。


 水泡は宙に浮き、凝固していく。


蒼弾そうだん飛沫しぶき

 水姫みずきは中二病全開の技名を叫び、そのまま狙いを定めるように指を向けると、

 水の弾が一斉に黒髪の悪霊を目掛け飛んでいく。


「グギァァァ」

 水の弾丸が黒髪の霊を貫く。

 黒髪の霊は一瞬怯んだが、すぐに髪で傷口をふさぎ元通りとなる。


「やはり器からの供給をった方が早いか…おい、信也しんやとかいったな。俺が力の元を絶ってくるから少し時間を稼げ」


 水姫みずきは命令口調で信也しんやに叫ぶ。

 この状況で、一般人パンピーに丸投げするのはいかがなものかと思いながらも、信也しんやは返答する。


「うるせえ、お前の指図は受けねえ」

 そう言いながらも、信也しんやは黒髪の霊に対して臨戦態勢をとる。


「1分だけでいい。無理なら逃げろ」


「さっさと行けよ。1分だろうが1時間だろうが稼いでやる。むしろ倒してやろうじゃねえか!」

 信也しんやはアドレナリンが出ているせいか闘志を燃やし意気込んでいる。


 現状があまりにも現実離れしていて、信也しんやは内心、夢じゃないかとも思い始めていた。


 それに…信也しんやは、もともと恐怖に対して鈍感であった。幽霊に対する恐れは一切感じていない。


 転校生は再び指を鳴らし、水の弾で窓ガラスを割る。そのまま颯爽さっそうと窓枠をくぐり、校庭へと飛び出していった。


真依まい!お前はそのかなめとかいう子を連れて逃げろ」


「無理だよ、かなめちゃん気を失っているみたいだし、私じゃ抱えれないよ。それに腰が抜けちゃって…。テヘ」

 真依まいはこんな状況にも関わらず、舌を出しておどけてみせる。

 極限状態での真依まいの反応に少しイラッとした信也しんやであったが、霊体れいたいにも抜ける腰があったのかという疑問も相まって、そんな事を考えている場合じゃないとかぶりを振る。


 再び黒髪の霊が髪を伸ばしてきた。

 先程よりも更に毛量が多く、押し寄せた黒髪の波に信也しんやたちはまれた。


「くそ!なんて密度だ」

 それでも信也しんやの体に髪の波は届いていない。だが髪の密度が高すぎて体が思うように動かない。


 信也しんやは周囲の髪から何となくだが、深い哀しみを感じた。この黒髪の霊はどうしてこれほどの哀しみを抱えているんだ?

 こんな状況下で信也しんやの頭の中に些末な疑問が浮かぶ。


 しかし、そんな興味を払拭ふっしょくするように真依まいの悶え苦しむ声えが聞こえた。

 真依まいなかめの霊体も髪にまれている。


 信也しんやの中で焦りが募る。

 「クソッ、一体どうすれば…」


 そんな時、校庭から地響きがした。直後に黒髪の霊がひるみ髪の勢いがおとろえた。


 信也しんやは今なら動けると判断して、その隙を逃さず黒髪の霊のふところへと飛び込んだ。

「オラっ!」

 そのまま右ストレートを黒髪の霊のほほに見舞う。


 黒髪の霊の深い哀しみに興味を持ったせいか、

 拳が霊の頬に触れた瞬間、信也しんやの中に、おぼろげに不思議な映像が流れ込んできた。


 突然、信也しんやの視界がホワイトアウトする。

 …視界が戻ると、そこには可愛らしい黒髪の少女が立っていた。


 髪はオカッパで、格好はどこか古めかしく昭和を感じさせる風貌ふうぼうだ。


 …映像が切り替わる。


 今度は大きな松の木が見えてきた。

 信也しんやは校庭に植わっている松の木と同じだとすぐに理解した。


 その根下で少女と少女の両親らしき人たちが、他愛ない会話を繰り広げながら弁当を食べている。


 …再び映像が切り替わる。


 場面は一転して視界が真っ赤に染まった。

 辺りを見渡すと一面は火の海に囲まれている。


 そんな中でもあの松の木は業火などものともせずに堂々と植わっている。 そして、その松の木の根本には衣服がボロボロに焼けただれた、少女が寄りかかっている。


 …少女はそのまま動かなくなった。


 これは黒髪の少女の霊の記憶。


 …再び信也しんやの視界が白く染まる。


 気が付くと信也しんやは松の木の根本に立っていた。今度は少女の視点になっている。


 突然、信也しんやの前に顔が隠れるほど深く帽子を被った黒服の男が現れた。


「君を解放しよう」

 訳のわからない言葉を放ち、黒服の男は信也しんやの胸を手で貫いた。


 するとどうしようもない哀しみと怒りが込み上げてくる。

 抑えられない感情に呑み込まれ、信也しんや の意識は遠退いていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ